作品タイトル不明
審問会の開催
クインブランド皇国の皇城内にある「貴族審問院」はその名の通り、犯罪疑惑のある貴族を審問し、その刑罰を与える場所だった。
石造りで年季の入った建物だ。窓も少なくのっぺりとした灰色の壁は威圧感を与えるが、建物に一歩入ればきらびやかな魔導ランプの明かりが降り注ぎ、靴が沈み込むようなふかふかの絨毯が敷き詰められている。
この場所を訪れるのは貴族しかおらず、審問会を傍聴に来るのも貴族だけ、つまるところ貴族審問院という 施設(・・) は貴族のためのものだ。ゆえに贅沢が許される。
「ロン伯爵、大変なことになりましたな……」
「うむむ。確かにゼペッタ伯爵には少々脇の甘いところもあったが」
新興派貴族たちが集まって審問院にやってきた。ロン伯爵は吊り目に白髪の男で、どこかとっつきにくそうな印象を与える。
10人を超えようかという彼らは、今回の審問院が下す裁きによっては、新興派の勢力が大きく削がれることを自覚している。そのために表情が暗かった。
審問院の中央には審理が行われる審問廷がある。傍聴席は地上一階、嫌疑を掛けられた貴族が審理されるのは地下一階にそのスペースがあり、頭上からその様子を眺めることができる。
ロン伯爵たちが傍聴席に入っていくと、すでに左手奥に、守旧派貴族たちが陣取っていた。
「おお、この皇城に入るにふさわしからぬ垢抜けない格好をした輩どもがおるぞ」
声を上げたのは、降格させられた右大臣(元)だ。降格しているとはいえ、彼の影響力はいまだ健在で、ロン伯爵たちの倍以上の貴族が群がっている。
「アレでも貴族と言うことでしょうな。皇城の門番が仕事をサボッているのならば誤って入り込んだ田舎者ということもありましょうが」
「いやはや、歴史あるクインブランド貴族にもあんな者がいたとは」
「今回審理に掛けられる方のお仲間だとか……?」
「なるほど! 納得納得」
守旧派貴族たちがどっと笑う。
ふだんならば負けじと言い返す場面ではあったが、ゼペッタ伯爵がどうなるかわからない以上、ロン伯爵たちにどうこうできることはなかった。
「ぐっ、いいのですか。あいつらは図に乗ってますよ。ただ貴族の家に生まれたからという理由だけで家督を継いだヤツらが」
「抑えなさい。ここで暴れても意味がない」
憤懣やるかたなしという新興派貴族もいたが、あまりに旗色が悪かった。
「——失礼、ここを通してもらおうか」
とそこへ、背後から声が掛かった。
「!? こ、これはコーン辺境伯……」
ロン伯爵がぎょっとして、貴族たちを横にどかせる。
やってきたのは筋骨隆々で、窮屈そうに貴族の礼服に身を通している男だった。その左頬にはばっくりとした大きな傷痕がある。
彼はコーン辺境伯。ポーンソニア王国との国境を守り、王国最強と呼ばれるローレンス騎士団長を相手にしていた男だった。
そんな彼の妻を寝取った右大臣は、難しそうな顔でそっぽを向くとイスに座り直した。
「……なぜ辺境伯がここに」
「……右大臣閣下のことですかな」
「……しっ、おふたりに聞かれますぞ」
貴族たちが囁き合うが、そんなのはものともせずにコーン辺境伯は傍聴席を進んでいく。
確かに彼が、この場にいるというのはひどくおかしい。彼の主要な任務は国境を守ること。それに専念しすぎたせいで妻を寝取られたわけだが——そのせいで誰も彼に近づき「なぜ来たのか?」を聞くこともできなかった。
コーン辺境伯は、
「——筋の悪い仲間をつけたものだな」
ロン伯爵の横をすり抜けるときに、そう、囁いた。ハッとしたロン伯爵だったが、すでに辺境伯は傍聴席を進んでおり、ど真ん中のイスにどっかと腰を下ろしていた。
(筋の悪い仲間……?)
ロン伯爵はコーン辺境伯と知らない仲ではない。
元々、魔術に明るかったロン伯爵は自分の開発した新しいタイプの傷薬を試してみる場所を探していた。そこで浮かび上がった候補が、ポーンソニア王国と小競り合いを繰り返していたコーン辺境伯だった。
回復魔法で傷を治すことが一般的なこの世界で、傷薬は、回復魔法を使える環境にない場所で使われていた。だから最初はコーン辺境伯も懐疑的だった。
しかし使ってみると、回復魔法を必要としない軽傷の治りが早く、生傷の絶えない軍で使用するに適していることがわかった。コーン辺境伯はロン伯爵に感謝の手紙を届け、ロン伯爵からも事務的ながら今後の傷薬の運用についての意見が届いた。
ふたりの書簡は何度か続き、その後、ロン伯爵の作る魔術傷薬が商用化されると連絡は途切れたが、それでもお互い、それなりの尊敬の念を持っていた。
20年以上も前のことだが。
(今、コーン辺境伯が仰ったのは、「忠告」か……?)
研究肌のロン伯爵は、他の新興派貴族ほどに皇城内で繰り広げられる政治闘争に興味があるわけではなかった。
ただ、新興派の中ではトップの貴族位だから担ぎ出されることが多かったに過ぎない。
新興派の貴族は、見知った顔ばかりではあるがこの派閥に加わって間もない者もいる。その中に——「筋の悪い」者がいるというのか?
「貴族審問院を開廷する。皆、起立」
審問廷のいちばん高い卓についたのは、この国の宰相であるジィ=サカキミヤだ。
書記や係員だけでなく、傍聴席の貴族も全員立ち上がり、
「我らが皇国旗に敬礼ッ」
全員が右拳を胸に当てた。略式の敬礼だ。
宰相の向こうに掲げられているのが皇国の旗で、剣と鳳がモチーフになった旗だった。
本来ならばその前に置かれたイスに、皇帝が座るのだが今日は来ていない。
(陛下は、まだ快癒なされないのか……)
ロン伯爵は空席を見つめて表情を曇らせる。守旧派だけでなく新興派の貴族たちも思うところがあるのだろう、つらそうな顔をしているのがちらほらいた。
(……ん?)
その中に、平然とした者が3人ほどいた。
彼らが気になったが、
「全員、着席」
宰相の声で我に返る。
今は審問に集中せねば。
「本日の審問はゼペッタ伯爵の嫌疑について行われる。伯爵をこちらへ」
「はっ」
審問院の中で、武装している者は少ない。帯剣した係は袖の通路へと消えていくと、やがてひとりの、鷲鼻の男を連れてきた。
「ッ!?」
思わず、ロン伯爵は立ち上がりそうになった。
(あれがゼペッタ伯爵だというのか……!?)
着ているものはガウン一枚で、薄汚れていた。髪も乱れ、頬がこけている。風呂にも入っていないのだろう、脂ぎった額で周囲をぎろりとねめ回す。
「ゼペッタ伯爵、このたびは審問会へのご参加ありがとうございます」
「……ぅ、ぉんな、茶番は意味がぬい……」
イスに座らされたゼペッタ伯爵は、宰相の言葉に、舌っ足らずの言葉で答えた。その口元からつぅーっと唾液が垂れる。
明らかに異常だった。
「……どうも体調がよろしくないようですな」
「宰相閣下、早く審理を進めましょう! このような破廉恥漢の健康を気にしている場合ですかな!?」
傍聴席で声を張り上げたのは右大臣(元)だ。
「傍聴者はお静まりください」
「ここには、その破廉恥漢によって愛娘の純潔を散らされた、男爵もおられるのですぞ!」
右大臣(元)は隣に座る、小太りな貴族の肩をバシバシと叩く。男爵はハンカチで目元を押さえている。泣く真似でもしているのだろう。
(茶番だ。これは。明らかに、ゼペッタ伯は薬かなにかで衰弱させられている!)
ロン伯爵はいてもたってもいられずに腰を浮かせた。ゼペッタ伯爵は、ロン伯爵の研究になにくれとなく援助してくれた。彼は「私は商売人ですからな、すべての行動は損得勘定です。援助するのは商売上、得だからですぞ」と笑うのだが、研究の資金援助、そして理解者はロン伯爵にとってなにより必要なものだった。
ここで恩を返さずにいつ返すのか。
「宰相閣下! ゼペッタ伯爵の健康異常は明らかではありませぬか! いったいどのように伯爵を扱っているのです——」
「静まりなさい!」
宰相の、怒気を含む声に審問廷は静まり返る。
痛いほどの沈黙が続いたが、それを破ったのはゼペッタ伯爵本人だった。
「……ろうせ、茶番れしょう。さっさと始めてくれぃ」
「いいのですかな」
「はい、閣下……」
「わかりました。ゼペッタ伯爵の弁護人をここに」
「弁護人?」
きょとん、とした顔のゼペッタだったが、地下一階のドアが開いて入ってきた人物を見てその目が見開かれた。
「ニーノ=ゼペッタでございます。正当な伯爵家の子ではございませぬが、確かにここにいる伯爵の血を引く子でございます」
一張羅に身を包んだ——それでもここにいる貴族たちの服と比べると二段も三段も下がるのだが——ニーノが、ゼペッタ伯爵の隣で国旗に向かってひざまづいた。
「おいおい、妾の子が来ましたぞ!」
「どうやら実の子らには見捨てられたようですな」
「恥知らずの子はまた、恥知らずということか」
守旧派の傍聴席で笑い声が起きるが、宰相がじろりとにらみを利かせると静まっていった。
「おぃ、ニーノ……なんでお前がここに。トラリーノたちはろうした」
「皆様、きわめて重要な商談があるとのことでございます」
「お前、それぁ」
ゼペッタ伯爵は言いかけて止めた。
彼は気がついたのだ。子どもたちが全員、今日この日に、重要な商談があるなんて偶然があるわけがない。子どもたちはニーノに、この厄介極まりない仕事を押しつけたのだ。
「ふー……残ったのはお前だけか」
「……なんですか? 父上?」
「いや、構わん」
イスに座ったゼペッタ伯爵は疲れ切ったようだった。
「弁護人、そのイスに座りなさい」
「はっ、閣下」
ニーノが立ち上がると、「なにが『閣下』だ。平民だろう、あれは?」という陰口が聞こえてきた。しかしニーノはそれを無視して正面の宰相を見やる。
「では審問を開始する」
宰相は、紙の束を持ち上げた。