作品タイトル不明
鷲鼻の謀略
彼はやがて一軒の店舗を見つける。そこには大きく「ゼペッ タ(・) 商会」と書かれてあり、ゼペッタ伯爵の息が掛かっていることがわかる。
遅い時間だというのに店には明かりが灯っている。ニーノはふだん自分が叩いている商店のドアとはあきらかにグレードの違う、分厚い二枚扉を両手で開いた。
「!」
まばゆいばかりの光が店内には満ちているが、人影はほとんどない。希少な宝飾を扱うこの店は、相手に合わせて商品を運んできて見せる。しかも店の奥の個室で。ここはエントランスであり、広々としてはいるもののカウンターと待合のためのソファとがあるきりだった。
ソファにいた3人の男女がハッとしてニーノへと視線を向ける。
だが彼らの驚きは、すぐにイラ立ちへと変わった。
「なにをしにきた、ニーノ」
言ったのは、40を越えているだろう白髪交じりの男だった。
「父上に、問題が起きたと聞きまして……」
3人に比べれば明らかに服装として一段も二段も下がっているニーノだったが、息を切らしているものの、物怖じせず3人へと向かっていく。
「おい、誰かいねぇのかよ! 部外者が紛れ込んでるぞ部外者が!」
テーブルに足を投げ出していた、マナーの悪い男が声を荒げる。彼はニーノにいちばん年が近そうだったが、それでも5つは上だろう。
男に言われ、壁際に立っていた護衛らしき男たちが戸惑う。
とそこへ、
「……いいわよ、別に。ニーノだって今回のことに無関係じゃないわ」
にたりと、濃い口紅を塗った女が笑った。
この厚化粧の女は、白髪交じりの男と、マナーの悪い男と中間くらいの年齢だろう。
3人はどこか風貌が似ていた——その最たるものは、鷲鼻だろう。
「私たちの父であるゼペッタ伯爵の大ピンチ。 家族(・・) で力を合わせなくちゃねえ?」
「フィリーノ義姉上、なにがあったのか教えてくださいませんか」
ニーノは、ソファから距離を置いたところで立ち止まると濃い口紅の女——フィリーノにたずねた。
この3人はニーノの兄弟だった。ただし、異母兄だ。
ニーノだけは妾の子であり、父は「伯爵」の貴族位を持つ男である。
「おい姉さん」
「お黙り、グラーノ。ニーノにも知る権利があってよ」
マナーの悪い男、グラーノはフィリーノになにか言いたげだったが、彼女のにんまりとした口元を見て言葉を止めた。
「ニーノ。お父様が近衛兵団に捕らえられたの。どこぞの貴族の娘の寝所に入った罪でね——しかもその娘が、生娘だったんですって」
「なっ……父上はそんなことを? 確かに、女性関係で奔放なところはありましたが……」
「『生娘には手を出すな』、それが父の教えだったな」
腕組みしてうんうんとうなずいた白髪交じりの男、トラリーノ。
その教えはどう考えてもろくでもない内容なのだが、まるで重要な教えでもあるかのようにうなずいている。
「そんな父上が、果たして未婚の貴族の女性に手を出すなんて……」
「あり得ない、そう思うわよねえ、ニーノ? 多分これは仕組まれているのよ」
「なんですって!?」
「もし仮にお父様が貴族の生娘に手を出したのだとしても、お父様なら近衛兵団なんかに捕まらないよううまくやるわ」
「それは俺も保証しよう」
トラリーノがうなずく。無駄な信頼感である。
「知ってのとおり、お父様は行商から身を立てたわ。開拓に不適と言われる地方にコウナツを植えて富を築き、その功績を認められて男爵に取り立てられるや、あれよあれよと出世して伯爵位まで手に入れてしまったほどの辣腕家」
「それはよく存じています」
ニーノは同意する。
そんな父に憧れているからこそ、ニーノもまた行商としてがんばっているのだ。
「でも貴族の世界では、父はただの『成り上がり者』だとバカにする者も多いのよ」
「そんな……」
「今回はいろいろな問題が噛み合って、父はつるし上げられたのよ」
「そんなの、間違ってる……」
「そうよね、間違っているわ」
ぎゅうと握りこぶしを作るニーノのそばへとフィリーノが近寄る。彼女のつけている強い香水の香りが漂ってきた。
「お父様も、なんとか弁明のチャンスをうかがっているはずよ。こんなことでへこたれる御方ではないですものねえ」
「それはもちろん、そうでしょう。でもなにか、私たちにもなにかできないのですか!」
「その言葉を待っていたのよ!」
パン、と手を叩いたフィリーノはニーノの両手を取った。
「実は3日後、お父様の弁明のための審問会が開かれるの。その場ではお父様本人以外に、肉親の弁護が認められているわ」
「なんと! それではフィリーノ義姉上……いや、トラリーノ義兄上が弁護の場に立たれるのですか?」
「それがねえ、困っていたのよ」
眉を「ハ」の字にしたフィリーノは言った。
「私たちの兄弟全員、その日はとても大切な商談があるのよ。私たちも審問会に出たいのはやまやまなんだけど、お父様なら、自分の弁護なんかよりお金稼ぎを優先しろと、そうおっしゃると思わない?」
「きっとそうおっしゃるでしょう」
「だけれど、誰も審問会に出ないというのもねえ……」
「ここにいます」
「え?」
「ここに、私がいます。私が審問会に出ることをお許しいただけませんか? その場で、お父様の弁護をしたいです!」
「ニーノ……アンタ立派になって」
フィリーノが目元をぬぐったが、その指に涙らしきものはついていなかった。
「それじゃアンタに頼むわ。審問会に出るにはこれを持っていって」
テーブルに置かれてあった、近衛兵団の封がなされている書状を手にしてフィリーノはニーノに渡した。
「わかりました。私は、ゼペッタ家の中では扱う金額も一桁小さい男ですが、必ずや父上のために尽くします」
「ありがとう。私たちのぶんもよろしくね」
「はい!」
ニーノは封書をしまうと、鼻息も荒く去っていった。
「…………え?」
それを呆然と見送ったのは、グラーノだった。
「い、いいのかよ姉さん。あいつに任せて! それに大事な商談なんてねえだろ!?」
「いいのよ。ねえ、トラリーノ兄さん?」
「うむ。審問会で下手なことを言えば我らの身も危ういぞ。その点、あいつは妾の子だ。なにかがあっても我らに累が及ぶこともあるまい」
「大体ねえ、今回のことだって全部仕組まれてるわけでしょ? 審問会なんてお飾りよ。お父様はよくて貴族位剥奪、悪ければ死刑よ」
「げっ……マジで?」
フィリーノの言葉に、グラーノが顔を青くする。
「お父様にはこの商会をもらった恩があるけどね、さすがに自分の命なんて賭けられないわ」
この貴族向けの商会といい、正妻の子である彼らは、いくつもの都市の大店を父から譲られていた。
「お父様も、手を出した相手が悪すぎるのよ……聞いたんだけど、右大臣閣下を失脚させたらしいわよ? これまでが上手くいきすぎて、選ぶ相手を間違えたのね」
「そのようだな……我らも最悪の最悪、商会まで取り上げられる」
「そうよ。アンタもうかうかしてないで、金目のものは隠しておいたほうがいいわよ」
「わ、わかった、そうする」
フィリーノに言われ、青い顔をしたグラーノは立ち上がった。
「ではな。ほとぼりが冷めたころに会おう」
それを追ってトラリーノも店を出て行く。
「それにしても、審問会なんて絶対出たくなかったけど……ニーノがいてくれてよかったわ〜。肉親の誰も出なかったらさすがにそれもお咎めを受けそうだけど、妾の子だろうと正真正銘お父様の子。これで申し訳も立つわね。さて、っと」
フィリーノは立ち上がる。
「この店はしばらく任せて、ちょっと皇都を離れましょう。そうしましょう」