軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

襲われるコウナツ

食事は十分な満足とともに終わった。

量があったので食べ応えはもちろん、スープに沈む野菜のカット、火の通り方もバッチリで、焼いた肉に掛けられたソースも高級店のそれに見劣りしないほどだった。

アリスがわざわざ連れてきたのもわかる。

「——なんでぇ、これ以上入荷できないってどういうことだい」

「——それがこっちも入れたいのはやまやまなんですが……」

「——どうせあちこちで売れ出したもんで、皇都まで運ぶのがイヤになっちまったんだろ」

「——違います、そんな……」

支払いを済ませて食堂の外に出ると、言い争うような声が聞こえてきた。ヒカルが様子をうかがうと、食堂の裏手、おそらくキッチンの勝手口の外で大柄な男性——やたらと黒く濃い体毛なので、獣人のようだ——と、へこへこしている金髪のひょろりとした若い男が目に入る。

「どうしました? シルシルさん」

「なにやら揉めているようだぞ」

「おっ」

トラブルと聞いて目を輝かせているのは公僕としてどうなんだ? とヒカルは思うものの、アリスがそちらを見るや表情を曇らせる。

「あれ……、ウチの知り合いの店長ですよ」

「そうなのか」

ヒカルはちらりと店の看板を見上げる。食堂の名は「満腹亭」という直球の名前で、原色の塗料で塗られた看板は遠目にも目立つ。

アリスはもめ事に介入すると決めたようで、店長へと近づいた。

「店長、どうしたの?」

「お、おお……アリスちゃんかい。いや、なんでもねぇんだ」

不味いところを見られた、というふうに店長が頭をかいている。

そのとき顔をこちらに向けた若い男をヒカルは正面から見た。鼻が大きい。だいぶ主張のある鷲鼻だが、その他の造作は割とふつうで、服装などを見ても平民の商売人のようではあった。

「結構大きい声で言い合ってたみたいだから、ウチも気になって」

「すまねえな。たいしたことじゃねえんだ……ただ、この『ゼペット商会』がもうコウナツを納入できねぇって言うからよ。あちこちで売れ出したからもう皇都で商売する必要もなくなったんだろうと思っていたところよ」

「『ゼペット商会』……?」

心当たりでもあるのかアリスが首をかしげていると、商会の若い男が、

「ち、違いますって! 皇都までのルートに山賊がかなり出るんですよ。よその都市はそうでもないんですが……。今月に入ってもう2回も襲撃されてて」

「どうだかねぇ? コウナツを奪う山賊なんているのかよ?」

「コウナツは美味しい。山賊の気持ちもわかる」

いきなりラヴィアが口を挟んだので、銀の仮面にフードをかぶった少女に驚いた顔をする店主と商売人。

「お、おう……」

「ウチのコウナツを気に入っていただけるのはありがたいですが、私どもも正直、なぜ山賊がコウナツを狙うのかはわかりませんで……」

「コウナツは美味しい。コウナツは正義」

「はあ……」

「コウナツが皇都で食べられないのは困る」

滞在中に、めいっぱい食べる気だな……とラヴィアの考えが読めてしまうヒカルである。ポーラも同じだったようで、ヒカルと視線が合うと苦笑した。

「——ちょっと聞きたいのだけど、その山賊が襲うのはコウナツだけなのか? ほかの果実や食料、あるいは通常の商隊は?」

ヒカルがたずねると、

「へい。機密情報を運ぶ軍関係の配達はもちろん、お貴族様の隊列、大金になるようなものを運ぶ商隊は狙われていないようです。もっともそういった商隊は腕っこきの冒険者を雇うものですからね……」

「ちょっと待って。コウナツには護衛をつけていないの?」

信じられない、とばかりにラヴィアが口を挟むと店長が答えた。

「お嬢ちゃん、コウナツを狙う山賊なんてふつういねぇだろうよ。二つ三つならまだしも、山のような果実を奪ってどうするんだ」

「食べる」

「まあ、それ以外に使い道はねぇからな。それなら肉や麦を積んだ商隊を襲ったほうがいくらかマシだろ? だから『下手なウソは吐くな』と言ってんだ。はっきりと『皇都で商売は止めた』と言やぁいいのに」

「ち、違いますって! ほんとうなんですよ! コウナツのレシピをいくつも開発してくださった『満腹亭』さんにウソなんて!」

店長の言い分もわかる。

山賊がリスクを取って襲撃するには、果物なんて積み荷は明らかにリターンが少ないのだ。だからこそ、大量消費されるコウナツのような果物には護衛をつけないのだろうけれど。護衛をつければそれだけで原価が上がってしまう。

「そのレシピをよそに持ってったんだろ? ウチとそっくりのサラダやソースが他の町でも食えるって冒険者が言ってたぜ」

「店長〜〜〜! それは私どもではなく、よそのお店の人が直接盗みに来たんですよ!」

「ハッ、ウチみたいな場末の食堂に、スパイが来るなんてあるわけねぇだろ」

スパイ、という言葉を聞いてアリスがぎくりとしている。どうやら店長はアリスの正体を知っているわけではなさそうだ。

「いや、 おれ(・・) もあちこちの店に行ったけれど、ここの食事は相当にレベルが高いと感じた。それこそ貴族が食べているものにも引けを取らないだろう」

「そ、そうか?」

ヒカルの率直な賛辞に、店長は照れたように頭をかいた。

「そうですよ! ですから、『満腹亭』を『場末の食堂』だなんておっしゃって卑下なさらないでください! ——決めました、コウナツはなんとしてでも皇都に運び入れます」

若い商売人は決心したように言うと、

「店長、お約束しますから! 今後もコウナツを使ったメニュー、よろしくお願いします!」

がばりと頭を下げ、店長の返事も待たずに走って行ってしまった。

「あーあ、行っちまったよ……。コウナツのメニューをよろしくっつったって、それにあわせて仕入れを変えてるわけでもねぇんだから、こっちとしちゃ準備もなにもないんだがな」

「店長、あの若い子、前から来てたっけ?」

「おお、アリスちゃんは知らねぇか。最近、アリスちゃんもウチの店はご無沙汰だったもんなぁ」

アリスはスパイとして各国を渡り歩いていたから、皇都にあまりいなかったのだろう。

またも痛いところを指摘されてぎくりとした顔をしている。

店長はそんなアリスに気づかないようで、思い出すように言った。

「……皇国南部でコウナツの栽培がうまくいってな、皇都にも何年か前からコウナツは入ってきていたんだ。だけどもクセのある味だからよ、そのまま かじる(・・・) 以外に食べ方がなくってなあ……。ニーノが——ああ、さっきの商人なんだが、ニーノがあんまり熱心に売り込んでくるものだからこっちもいろいろと考えてよ、それでだいぶコウナツも受け入れられるようになったってわけさ」

「店長、そんなことまでしてたんだねえ」

「そりゃあ俺だって仕事は真面目にやるぜ? ——っと、それはいいや。アリスちゃん、しばらく皇都にいるんだろ? また来いよ」

そんなふうに挨拶を交わしてヒカルたちは「満腹亭」を後にした。

コウナツを巡る縁が、今後も続くことになるとはこのときのヒカルは想像もしていなかった。