作品タイトル不明
褒美の話
皇都ギィ=クインブランドに着いた翌日にはヒカルたちは皇城に呼び出された。
その呼び出しは一風変わっており、馬車での出迎えがあったもののそれは荷馬車だった。
「シルシルさんは目立ちますから……すみませんですけど、この馬車でいいですか?」
「いいさ。 おれ(・・) たちは皇国から見れば『お荷物』だということだろう?」
「シルシルさ〜ん! そう意地悪言わないでくださいよお!」
皮肉にも反応してくれるのでついついアリスをいじってしまうヒカルである。
意図はわかっている。お忍びのお客様なので、目立って皇城に入ることはできないのだ。
見た目は荷馬車ではあったが、中に入ると広めの座れるスペースがあった。ヒカルだけでなく今回はスターフェイスとフラワーフェイスも招待されているので、3人が乗るには十分だった。
アリスはこれに乗っては行かないらしく、ヒカルたちだけを乗せて荷馬車は進んでいく。
「なんだか不安ですね……」
ポーラがそわそわしながら言う。
「まあ、大丈夫だろう。馬車はちゃんと皇城に向かっているようだし」
ヒカルの「魔力探知」は今やMAXの5で、「探知拡張」も5だ。そこに「ソウルボード」の強化である「ソウルブレイズ」も入り、5キロ以上先まで確認できるようになっている。ただ、あまりに脳への負担が大きいのでよほどのことがない限り最大値では使用していない。
皇城方面には複雑な魔力が展開しており、おそらく防御に関わる魔道具だろうけれども、逆に言えばそれが目印となっており目隠しをされていても皇城方面はすぐにわかった。
御者もこちらにはなにも言ってこない。皇城の資材搬入通用門で、門番と二言三言交わしていただけだった。
荷馬車は周囲に誰もいないところで止まった。
「着いた」
とだけ言い、御者は去っていった。
「さて……それじゃ行こうか」
「いいの? ふつう、皇族からの呼び出しなら必ず取り次ぎの人間がいるものだけれど」
「僕らはどうやらまともには扱われないようだね」
「わたしは冒険者ラヴィアだから、全然気にしないけどね」
ヒカルよりも先にラヴィアは馬車の幕をかき分けて外へと出ていった。
そこはがらんとした倉庫の中だった。
倉庫から外へ出ようとすると、
「ああ、先に出てきてしまったか」
向こうから、40代後半か50は超えているだろう男が現れた。どことなく優しげだが目元は笑っておらず、町ですれ違ってもすぐには思い出せなさそうな特徴のない顔をしている。
「まあね。待っていろとは言われなかったものだから」
「御者を任せた者は信用できる者ではあるが、少々寡黙でな」
ヒカルが周囲を見ると、確かに皇城内部であるようだ。夜中に忍び込んだときに見たことのある建物がちらほらとある。すぐ目の前は厩舎で、 まぐさ(・・・) のニオイが漂っている。
「……シルバーフェイス、こちらは?」
警戒を滲ませながらラヴィアが聞いてくる。
「そう言えばふたりは初対面だったっけ。まあ、おれも少しばかり面識があるだけだけど」
「少しとは、寂しい言われ方ですな。ヴィレオセアンまでの旅路をご一緒したではありませんか」
寂しいと言いながら、目はまったく笑っていない。
そんなヒカルと彼のやりとりを、奇妙そうな目でラヴィアとポーラが見ている。
「こちらは 侯爵(ジィ=) サカキミヤ閣下。この国の宰相殿だ」
「え……え?」
まさか宰相だとは思わなかったようだ。たったひとり、皇城内でもこんな薄暗く汚れた場所にいるオッサンが。
「ご紹介にあずかりました、サカキミヤと申します」
ぺこり、と頭を下げると、宰相は、
「え、う、え?」
「さあ、行きましょう。陛下がお待ちです」
さっさと先に立って歩き出した。
「え? え?」
「行こう、スターフェイス。あの人のポリシーは『質素倹約こそすべて』だからね、ぞろぞろとお供とかつけないらしいよ」
ヒカルの「魔力探知」にはこちらを窺うような数人を確認している。
お供をつけないことはあっても、身の安全を守るべく騎士やスパイくらいは配置しているのだろう。
宰相サカキミヤ侯爵に案内されたのは皇城内でも人気の少ないエリア——蔵書閲覧室だった。3階まで吹き抜けになっている蔵書室には本棚が並んでおり、ラヴィアがきらきらと目を輝かせていた。「お読みになりたいのでしたらどうぞ」とさらりと宰相が許可を出したので、閲覧室にいるのはヒカルとポーラだ。
「それにしても簡単に許可を出してくれていいのか? 貴重な蔵書も多いんだろう。こっちとしてはうれしいけど」
お茶を出され、それを飲みながらヒカルは宰相にたずねる。宰相手ずから淹れてくれたお茶は、深い緑色の薬草茶だった。
喉から胃袋までスッとした気持ちの良さが走る。
「皇城を訪れた貴族なら誰でも読めるものです。気にしなくてよろしい」
「そうか」
「貴殿は稀覯本を、護衛の報酬として希望しておられましたな。それは彼女が……?」
「スターフェイスは本の虫だからな」
「なるほど。本はよい。時代を超えて知恵を伝えて行くことができます。しかし悲しいかな、最近の若者は本を読まない」
聞いて、ヒカルは思わず笑ってしまった。異世界にやってきてまで「最近の若者の読書離れ」なんていう言葉を耳にするとは思わなかった。
「なにかおかしなことが?」
「いや、失礼。そういった悩みは時空を超えて存在するものだと思ってな」
「なるほど。確かに、我らが若かりしころは年長者から『最近の若者は本を読まない』と言われたものです。あの頃は思想において傑出した人物が多かったもので、それと比べられてはかなわぬと思っておりましたが……」
「その価値は絶対的なものではなくて、時代が一巡するとまた同じことを言われるものさ」
「そう言われると、そうかもしれませんな」
ドアがノックされ、皇帝の来訪が告げられた。
入ってきた皇帝がヒカルよりも頭ひとつぶんは小さいのは、彼がマンノームだからだ。70を超える年齢でありながら、見た目は十分に若いのもまた種族特性だった。
一目見て腕利きだとわかる、獰猛な目つきをした騎士をふたり左右に従えていた。ヒカルの指先の動きまでも見逃すまいと注視しているが、それは警戒しているからではなくて興味からといったふうだった。
(どこかで見たことがあるな……。ああ、ここからヴィレオセアンに向かうときに護衛でついていた騎士かもしれないな)
カグライはさっさとテーブルにつくと、
「久しいの、シルバーフェイス」
「マンノームの人生の長さに比べたら、会わなかった時間なんて瞬きみたいなものだろう」
「それはそうである」
にこりともせずにカグライは言い、宰相へと視線を向ける。
「して、サカキミヤ侯、シルバーフェイスに報酬の件は?」
「まだでございます」
「……余は、そなたから話しておくよう言った記憶がある」
「さようですな。そのご命令はお断り申し上げた記憶がありますな」
「むむむ」
カグライはじっと宰相を見るが、宰相はどこ吹く風だった。
いったい何の話だ? とヒカルはいぶかる。ここに来たのは護衛の報酬である「本」をもらうためだったはずだ。マンノームの里にご招待みたいな話もあるにはあったが。
「シルバーフェイス。本についてはその書庫にあるもののうち、好きなものを持っていってよい」
「そうか。それはスターフェイスが喜ぶと思う」
なにせ皇城の書庫だ。ふつうでは手に入らない本だって多くあるだろう。いや、むしろ本をもらうよりこの書庫へのアクセス権をもらったほうがいいかもしれない……なんてヒカルが考えていると、
「だが、ここより面白い本が余の里にはある。一度来ぬか?」
「あー。それについてはお断りだ」
即座に断ると、カグライの背後に控える騎士たちがぎょっとした顔をした。どうやら光栄なお誘いだったらしい、この国では。
「左様であるか……」
「そのお誘いを宰相閣下に言わせようとしていたのか?」
「いや、そうではなくな……そのな、そなたさえよければ、皇国に所属する気はあるかや」
「……は?」
「雇いたいのだ、そなたを。給金は年間1億ギラン」
あまりの金額に、騎士のひとりが「フゴッ」と鼻を鳴らした。もうひとりは目を剥いている。
「え、イヤだけど?」
即座に断ると、騎士のひとりが「ブヒッ」と鼻を鳴らした。もうひとりはさらに目を剥いているのでそろそろ目玉が落ちそうだった。
「左様であるか……」
カグライが目に見えてしょんぼりした。
「ほら、陛下、申し上げたではありませんか。この者は金になびいて主君を決めるようなことはしないだろうと。むしろ不快に思われて皇国を害する者になる可能性もあったと」
「いやちょっと待って宰相閣下。 おれ(・・) ってそんなにキレっぽい情緒不安定なヤツだと思われていたのか?」
「我らのような仕事をする者は、常に最悪を想定するのですよ」
「そ、そうか……」
なにげにちょっとショックを受けているヒカルである。
仕官のオファーを受けたくらいでは怒ったりしないのに。
「……そなたは冒険者のように自由でありたいのだな」
カグライの言葉に、一瞬ドキリとする。確かに自分はふだんは冒険者として生きているからだ。
「ではシルバーフェイス。今日は皇城に泊まってゆくがよい。夜に、余と語らうくらいの余裕はあるのであろ?」
「それは……別に構わないけど、いいのか? こんな素性の知れないヤツを皇帝陛下のそばに置いて」
「なにを今さら」
密室となる馬車でカグライ、宰相とともにヴィレオセアンへと向かったのだ。確かに「今さら」である。
「ま、それもそうだな」
「決まりだの」
カグライはすぐに席を立ち、宰相もそれに続いて書庫を出て行った。これから夜まで会議と会合が続くらしい。偉い人も大変である。
ヒカルたちは書庫で自由に——見張りはもちろんついていたが、読書の時間と相成った。
ラヴィアはもらいたい本を絞り込めず、最後の最後まで唸っていたが、結論としては「もらわない」ことになった。
「本は中身が重要なの。ここにあるものは装丁が立派すぎて、持ち歩けないもの」
確かに宝石で装飾されたり、両手で抱えなければ持てないサイズだったりと、この書庫にあるのは確かに「稀覯本」ばかりではあった。持ち運ぶことなど想定されていない。
ラヴィアは時間ギリギリまで本を読むことを「報酬」としてもらうことにしたようだった。ヒカルもそれには賛成だった。
本は、あるべき場所に収まっているのがいちばんだ。
(なかなか面白い本もあったしな)
あとでポーラに話してやろうと思った——いくつかの「聖」属性に関する魔法が記されてあったのだ。