軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

時空の再会

セリカが亀裂の向こうに消えてからすでに半日ほどが経っており、すっかり夜更けとなっていた。

吹きさらしの、遮るものもない場所では夜の冷たい風が厳しい。だが「東方四星」は亀裂のそばから離れるつもりはないようで、その場でたき火を始めた。

これではどれほど離れていても「ここに人間がいます」とわかりやすく示しているようなものだ。まだこの周囲にはモンスターがいるかもしれないというのに。

仕方なく、「魔力探知」で探りながらヒカルたちもまた「東方四星」のそばで夜を過ごすことにした。

(……まったく、なにやってるんだか、セリカは)

「東方四星」はセリカがいなくなってからずっと、この亀裂について議論していた。もちろんヒカルにもこの存在がなんなのか、聞いてきたのだが、ヒカルとてなにがどうなってこんなものが生まれたのかわかりはしない。この場に、強大なモンスターがいたことだけは話したが、それ以外はわからないと答えた。

——セリカは日本に戻れたのか?

——セリカは戻れるのか?

——「東方四星」の3人が亀裂の向こうに渡れないのはなぜだ?

——僕は……渡れるのか?

答えの出ない議論に疲れたのだろう、見張りのソリューズを残してふたりが眠っている。ソリューズは先ほどからなにか言いたげにこちらを見ていたが、ヒカルもまた寝たふりをしていた。

毛布にくるまり寝転がって、見上げた夜空には星空が広がっている。空気は澄んでおり、信じられないくらい美しい星空だ。

(見たことのない星座だ……。日本は今、夜なんだろうか)

亀裂の向こうには闇が広がっており、街灯のような光がぽつんとあった。そして時々車が走り抜け、そのヘッドライトが見えた。

(セリカは……日本にどうしても戻りたい、というわけではなさそうだった)

彼女の言っていた言葉を思い出す。

——あっちに未練はもちろんある。パパもママも大好きだし、クソ生意気だけど妹もいた。

自分が自分であるために、行かなければいけない——そう、セリカは言って、亀裂に飛び込んだ。

——それに……親友がいるの。

それが、ヒカルの知る葉月だとは思いも寄らなかったが。

(そうか……セリカは、心にケリをつけにいったんだな)

すとん、とようやくセリカのやろうとしていることに気がついた。

彼女は別れを告げに行ったのだ。父に、母に、妹に——そして、葉月に。

(僕には別れを告げたい相手もいない……だから、亀裂を見て動揺はしても「どうしても行かなければ」という気持ちにはならなかった)

——ほんとうに、そうだろうか?

ちらりと疑問が脳裏をかすめ、ヒカルはその疑問を押しつぶすように身体を起こした。ポーラとラヴィアは眠っていたがソリューズは起き上がったヒカルに気がついた。

「……眠れないのかい?」

聞かれ、ヒカルは首を横に振りながら立ち上がった。

風が吹いて外套を揺らす。

(未練は、僕にだって……ほんの少しだけ、あるじゃないか……)

ヒカルはこのとき、もうひとつの 事実(・・) に思い当たった。

ヒカルとセリカ、ともにこちらの世界にやってきたが共通の「魂の結びつき」があった。

葉月だ。

もしかしたらこの亀裂は、 亀裂ではなかった(・・・・・・・・) のかもしれない。形の定まらない純粋なエネルギーだったのかもしれない。

だけれど、ヒカルとセリカという——異世界の魂を持つ者が2人もこの場に近づいてきた。そのせいで世界を渡る力を発揮したのだとしたら——。

『ほぼ確実に、日本につながる……ということか』

思いがけず日本語で口走ったヒカルに、怪訝な顔を向けるソリューズ。

「シルバーフェイス、君は……」

「なあ、ソリューズ。アンタに聞きたいことがある。セリカとどんな約束をしたんだ?」

約束を忘れない、とセリカは去り際に言った。

するとソリューズは、くすりと笑った。

「なに、他愛のない小さな約束だよ……」

このときばかりは、裏もなにもないソリューズの素顔が見えたような気がした。

「きっとセリカは戻ってくる。たぶん、すぐにでも」

「どうしてシルバーフェイスはそう思うんだい? セリカのことをそんなに知っていたとは意外だけれど」

「そんな気がするだけさ…… おれ(・・) の勘は結構当たるんだ」

ヒカルは導かれるように亀裂へと歩いていった。

ここで吹いている風は向こうに届くのだろうか? 人間の身体は通さないというのに排ガスはやってくるのだから、龍のやることはわからない。

そっ、と手を伸ばした。亀裂へと。この先に日本があるのなら——帰れるのなら。

「っ!?」

だけれど、ヒカルの手は亀裂にぺたりと当たって止まった。

身体が、通らない。シュフィたちと同じだ。

「どう、して……」

この身体がローランドのものだからだろうか? もう、自分は完全にこちらの人間だから?

あるいは——あちらの世界に戻るには「未練」が足りていないのか。

残念に思う一方で、心のどこかがホッとしている。そんな自分に嫌気が差した。

「————」

ふと見上げた——そのとき、息が止まった。

「あ……」

夜更けの町並み。街灯に照らされた歩道を……歩いてくる、影。

シャツにオレンジのカーディガンを羽織り、すらりとしたデニムを穿いた少女には見覚えがあった。

――生きにくいよ、それじゃ。あなたは賢いかもしれないけれど、危なっかしい。どこかで、いつか、ひょんなときに……ふっ、と死んでしまいそう。

ヒカルの将来を見事に予見し、そして高校ではセリカの親友となっていた葉月だ。

黒く、滑らかで長い髪を左側に流している。

どこか遠くを見ているような現実離れした美しい顔もまた、あの頃と同じ——いや、大人びた、だろうか。

葉月は亀裂の数メートル手前で立ち止まった。じっ、とこちらを見つめている。ヒカルの心臓がどくんと高鳴った。なんで。どうして。彼女がここにいるのか。

『葉月!』

その向こうから走ってきたのは、セリカだ。ローブを小脇に抱え、インナーはプリントTシャツに替わっている。肩から下げたスポーツバッグは重そうに揺れていた。

『・・・・・・・・』

『へへ、ごめん。驚いた? ——は!? そこ!? 痩せたからなんなのよ!』

『・・・・・・』

セリカの声は聞こえるのに、葉月の声は聞こえないことにヒカルは焦った。

声を聞きたい、と思った。

向こうに行きたいと。

だけれど、そのとき亀裂がぎちぎちと不愉快な音を立て始めた。

「——この音はなんだい? って、あれは、セリカ!?」

横にやってきたソリューズが焦った声を上げる。

それもそのはずだ。亀裂は、その幅を少しずつ狭めてきたのだから。

「セリカ! 閉まり始めているよ! セリカ!!」

「おい、こっちを向け!」

ソリューズとヒカルは声を上げたが、聞こえていないようだった。セリカはこちらに背中を向けて葉月と話しており、葉月はたまにこちらを見るのだが、どうやら亀裂は見えていないようだ。

「まずい。閉じていくスピードが早い」

亀裂に拳を叩きつけたが、ソリューズの手は、分厚い水槽を叩いたかのようになんの影響も与えない。

ソリューズは剣を抜いた。その細身の剣は白雪のようにまぶしい輝きを放つ。そこに膨大な魔力が込められているのをヒカルは見た。

「はああああああああッ!」

切っ先が亀裂にぶつかり、そこで初めてチィンと硬質な音が鳴り、火花が散った。ハッとしてセリカが振り返る。

『え!? なんで閉まろうとしてるわけ!? あ、ちょっ、あの、葉月——』

『・・・・・・』

『でもあたし、まだ』

人が通るにはぎりぎりのサイズまで縮まっている。

「なに、どうしたの?」

「ソリューズさん?」

「んぅ……」

「くぁ〜」

眠っていた4人も目を覚ましたようだ。

『あたしは、まだあんたに——』

ヒカルは思わず、叫んでいた。

『ソリューズとの約束があるんだろ!!』

びくん、としたのはセリカだけではない。

葉月もまたハッとしてこちらを見た。

シルバーフェイスを、ヒカルを、見た。

『セリカ、走れ!』

『んんんもおおおおおおお! 葉月! しまらないけど——これでほんとの、バイバイだから』

セリカが本気で走り出すと、葉月の目が開かれる。

ああ、先輩もそんな顔をするんだな——とヒカルは思い、

『さよなら』

亀裂へと、手を伸ばす。

もう人間が通れるかどうかも怪しいサイズだ。

だがヒカルの手は、亀裂の 向こう(・・・) へと差し出され、セリカの手をつかむと一息にこちらへ引っ張り込んだ。

「んびゃっ、がっ!?」

およそ女子高生が出していい声とは思えない悲鳴とともに、セリカはもんどり打った。スポーツバッグが投げ出され地面に転がる。

「セリカ!」

「セリカ!?」

「セリカさん!」

パーティーメンバーがセリカへと駈け寄り、抱きついている。そしてわんわんと泣き出した。

「ちょ、ちょっと、なんなの!? ちゃんと帰ってくるって言ったでしょ!?」

それを聞きながらヒカルは亀裂へと視線をやる。

そこにはもう——なにも、なかった。

(あのとき葉月先輩は……僕を、見た?)

最後に見た彼女の姿は網膜に焼き付いている。

大人びて見えた。彼女から見て自分は、どう見えるのだろうか?

だが彼女の声はこちらには聞こえてこず、セリカの声しか聞こえなかった。つまり——亀裂自体がセリカにしか見えていなかったのかもしれない。

ほんの少し残念なような気持ちはあったけれど、それは苦い後悔などではけっしてなかった。驚くほど自分の心が軽くなっているのをヒカルは感じていた。

そのとき左右の袖をそっと引かれた。ラヴィアとポーラだ。

「——助かったわ、シルバーフェイス!」

ソリューズたちにもみくちゃにされながらもセリカが大きな声を上げる。

「あと一瞬遅かったら、こっちに帰ってこられなかったかもね! あたし、向こうのお菓子をいっぱい持ってきたからアンタにも分けてあげるわ!」

「そりゃどうも」

転がっていったスポーツバッグは、中に荷物が詰まっている割りに軽そうではある。そうか、お菓子か、と中身がわかるとセリカらしいと思った。

「ん……ローブはどうしたんだ?」

「え? ——あっ! ない! あ〜〜〜〜! さっき、こっちに来る途中で落としたんだわ! もう! あれ高かったのに!」

セリカは頭を抱えて唸ったが、

『ま、いいか……葉月への置き土産だと思えば』

とぽつりと日本語で言った。

セリカはヒカルのところへとやってくる。

「ありがとね!」

差し出された右手を、ヒカルは小さく息を吐いて握りかえした。

「高くつくぞ」

* *

「っひょ〜! なに今の罠の威力!? センクンマジセンクン」

「それな」

森を進む3人組があった。ランクA冒険者パーティー「愉快痛快」の3人組である。

モンスターが現れても、チャラいエルフのギリアムが時間を稼ぎ、その間にセンクンが罠を張り、その罠で仕留める——というサイクルで着々とモンスターを倒していた。

爆発、魔法による攻撃、昏睡——様々な罠を、敵にあわせて設置するセンクンは、

「言うて、まぁ〜俺らにかかればこんなもんっしょ」

「ひゅー! センクン言うね〜!」

「それな」

右にセンクン、中央にギリアム、左にナーゴと3人で肩を組んでスキップで森を進む。

身長差も、ちょうど頭1つぶんずつあった。

「らったったった、たったった〜♪」

彼らは順調だった。強いモンスターもいたが落ち着いて倒せたし、チームワークは相変わらずすこぶるよい。

彼らの楽観がよかったのか。あるいはハイペースで森を突き進んだのがよかったのか。あるいは単に運がいいだけだったのか。あるいは——スキップがよかったのか。

「お? なんだあそこ、森が切れてるじゃん」

簡易的な地図上ではまだまだ森が続いているはずだった。

だが、確かにセンクンの言ったとおりそこは森が切れて陽射しが降り注いでいる。

センクンたち3人は、太陽の下へと出ていった。

「あ——」

そして彼らは、発見した。

蟻地獄のように、すり鉢状に削れた大地。そこにはらせんを描いて下りていく坂道ができている。

10メートルほどの深さであるその最深部は、ぽかりと、家1軒ぶんの広さがあった。

「あれってもしかすっと」

「もしかするんじゃね〜!?」

「それな」

その空き地にあったのはさらに下方へと続く穴だ。穴には階段がついており、周囲には青白く光る柱が8本立っている。

「ダンジョンだぁぁぁああああああ!!」

グランドリーム大陸で、初となるダンジョン「夢追う者の 地下迷宮(ラビリンス) 」が発見された瞬間だった。