軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼女の決断

「ヒカル!? 大丈夫!?」

思いがけず見えてしまった「日本」に——ヒカルはめまいを感じてその場に膝をついた。

だがラヴィアやポーラからすればそれはまったくわけのわからないことだろう。

「だ、大丈夫……ゴメン、ちょっと動揺した」

「ちょっとどころじゃありませんよっ! ヒカル様、お顔が真っ青です!」

ふたりに左右から抱えられ、なるべく遠くへ——亀裂から遠くへと連れられていく。ヒカルはちらりと振り返り亀裂を見やったが、様々な思考があふれてきて身体を動かせる状態ではなく、なすがままで離されていった。

——聖魔の影響か?

——世界と世界を結びつけるのは「魂」の結びつきだと僕は考えていた。だけど、コウはなにをどうやって向こうとつなげた?

——あれはほんとうに日本なのか? よく似た別の世界なのか?

——あの現象はいつから、そしていつまで続く?

——あの場所を通ることはできるのか? 帰ってくることは?

日本に帰れるかもしれない——ヒカルは鉛を飲んだような思いがした。

ソウルボードという力を得て、ラヴィアと出会ったこの世界で生きていこうと思っていた。今はポーラの 面倒(・・) だってみなければならない。日本に帰ることなんて考える必要もなかった。

だというのに。

目の前に突きつけられると、日本に帰れるかもしれないという可能性を突きつけられると、ヒカルはどうしようもなく混乱した。

夏には熱く、冬には冷たいアスファルトの道が。

青空を白い雲を反射する高層ビルが。

排ガスをまき散らしながら走る車が。

夜通し、煌々と明かりを灯しているコンビニが。

心通わせた友人なんていないのに、学校が。

ひどく懐かしかった。

「……ヒカル様、お水を」

100メートルほどは離れた場所で座ったヒカルに、ポーラが水筒を差し出した。水を飲むと少しだけ心が落ち着いた。

ヒカルの視線の先にはまだ揺らめきが見えている。あの揺らめきは、世界の亀裂は、そう簡単に消えそうもないが——10秒後に消えていてもおかしくないとも思えた。原理が不明なのだ。

先ほどチラリと見えた世界を考えるに、あれは日本だと思われる。ヒカルが死んだのと変わらない時代の。

「ヒカルは、あの先の風景に心当たりがあるのね」

ラヴィアに言われ、ヒカルはぴくりと動いた。

「えぇっ!? あれって魔法の世界かなにかかと思ってたよ!? だってあんな大きなお墓があるなんて……もしかしてヒカル様って巨人の世界から来ていたりするんですか?」

「……お墓?」

ヒカルはふと思い返す。

墓——墓石、巨大な岩——ビルだ。

「……っぶ、くくくっ、あはははははは」

「ヒカル様……?」

笑い転げるヒカルに、ついていけないラヴィアとポーラ。

ポーラの勘違いがなぜだかやたらおかしくてヒカルは笑った。そう言えば、自分が死んだときの世界は——あんなふうに人気のない高層ビルみたいなものが林立していた。よくよく考えるとあれは巨大な墓石だったのかもしれない。

「あー、おかしかった……。笑ったらちょっとすっきりしたよ」

もう一度水を飲んで、喉を湿らせる。

「ふたりには改めて、話さなきゃいけないね。僕の住んでいた世界がどんなところだったかを——」

地球についてはあらましを話しておいたが、実際の暮らしぶりなどは突っ込んだ話をしていなかった。ヒカルはもう戻れないだろうと思っていたからだ。

なにから話そうかと考えたそのとき、

「————ッ!」

ヒカルの「魔力探知」に反応があった。先ほどまで、動揺していたせいで「魔力探知」の確認を怠っていた。

すでに反応は100メートルほどの距離に迫っている。ヒカルたちの背後——斜面の上にその 4人(・・) は現れた。

「なーんにもないね……だけどこんな場所までシルバーフェイスくんがわざわざ来たっていうことは、ここになにかがあるってことかな?」

「東方四星」のソリューズがヒカルたちを見ながら言うと、

「中心になにかもやっとしたものがあるわ!」

黒髪の少女、セリカが——ヒカルと同じ日本人のセリカが、言った。

「東方四星」がこの場所に現れたというのは、ヒカルもまったく予想していなかった。彼女たちには彼女たちの、冒険者ギルドからの依頼もあるだろう。

(それに僕らは、ピンキーディアーのことはあったけれど、挽回できるくらい迅速に移動してきた。ハンググライダーだって使った。にもかかわらず彼女たちとほぼ同着だった……)

その間にもソリューズを先頭に、4人はヒカルたちのすぐそばまでやってきた。

「君たちは早いね。私たちは、あのお宅で宴会をした翌日にはもう北へ向けて街を出ていたのだけど」

やはり、とヒカルは思う。でなければこれほど早くやってこられないだろう。

呆れ混じりにヒカルは言った。

「ずいぶんな無茶をするんだな……たった4人でここまで来るなんて」

「いや、こう見えて私たちも高ランクパーティーだからね? むしろ君たちのほうが1人少ないじゃない?」

「なぜここへ来た」

「面白そうだな、って思ってね」

ヒカルは確かに、あの晩、いろいろな話をした。だが邪龍のことは ぼかし(・・・) た。だというのに彼女たちは——いちばん遠いこの場所を真っ先に目指した。

(——「面白そう」だって?)

それは冒険者としての「嗅覚」なのかもしれない。

「……ん? どうしたの、セリカ」

ふらりと、セリカが一歩踏み出した。

『ウソ……なんで、どうしてよ。あれはなんなの——なんなの!?』

「セリカ、落ち着いて。一体どうした?」

日本語を口走ってしまうセリカを、横からソリューズが肩を抱きかかえた。

ヒカルはそのセリカの反応の理由がわかっていた。

「……どうやらあの揺らぎは、別の世界につながっているようだ」

「別の世界、って——」

「どうやって!? いえ、あなたはあっちの世界に行った!? 行けた!?」

「セリカ! 落ち着いて!」

シュフィが横で詠唱を始め、セリカになにかの魔法をかける——心を落ち着かせるような魔法でもあるのだろうか? ヒカルがポーラを見ると、彼女はぽかんとしていた。知らないらしい。

しばらく時間がかかったが、その亀裂がなにを意味しているのかということはソリューズたちも十分理解できたらしい。

「すまない、シルバーフェイス。……こうなったら言うべきだと思うけれど、実はセリカは別の世界からこちらに渡ってきている人間なんだ。彼女以外にもごく少数、そういう人間はいるようでね」

「……もう、平気よ、ソリューズ!」

ヒカルと同じように真っ青になっていたセリカだったが、その頬は赤みを取り戻していた。

7人は亀裂のそばへと近づいた。間近にまで寄って——ヒカルだって数メートル手前で止まったというのに、目と鼻の先まで近づいたセリカは、

「えい」

「ちょっ!?」

亀裂に腕を突っ込んだ——腕は、中へと吸い込まれた。

「通れるわね!」

「セリカ!?」

「なにやってるかにゃ〜〜〜!」

「引っ張ってくださいませ!」

あわててソリューズとサーラ、シュフィがセリカを後ろに引っ張った——いともたやすく、セリカは背後に引きずり出された。

それを、ヒカルは、目を瞬かせながら見ていることしかできなかった。

「セリカ! 安全も確認できていないのになにをするのよ!」

ソリューズが——彼女にしては珍しく、狼狽と、恐怖と、そしてどこか怒りを漂わせながら声を上げる。

「あの亀裂がほんとうに君の故郷につながっているのかどうかもわからない! 確認もしないで! たとえ向こうに君の故郷があるのだとしても、戻ってこられるのかどうかもわからないじゃないか!!」

「…………」

その剣幕に、セリカはびっくりしたように目を瞬かせた。

「そうだよ、セリカ。ウチらも同じ意見なんだから」

「あなたにとって、わたくしたちとのつながりは……それほどまでに軽かったのですか?」

サーラと、シュフィもまた彼女に話しかける——それを聞いたヒカルもまたどこか納得した。

(そう……だよな。向こうが日本かどうかもわからない。 僕の知っている(・・・・・・・) 日本ではない(・・・・・・) 可能性もある。そんな不確かなもののために、さらには肉体になにか影響があるかもしれないというのに、飛び込むなんて……バカげている)

それは正論だった。

だけどセリカは納得していない目をしていた。

(…………)

ヒカルはぎゅうと手を握りしめた。セリカの気持ちがわかる。もはや理屈ではない——文字通り魂が惹かれるのだ。

それにセリカは、あらかじめ説明され、同意した上でこちらの世界にやってきたヒカルとは違う。事故に巻き込まれた彼女は、気づけば、まるで 攫(さら) われるようにこの世界にいた——。

「ソリューズ。サーラ。シュフィ。あたしは——あたしであるために、一度向こうに行かなければならないのよ!」

堂々と、なんのためらいもなくセリカは言った。

「だから今は見送って!」

今は見送って(・・・・・・) 。

セリカは戻ってくる気なのだ。戻れる保証はないというのに。

「…………」

ソリューズが——どこか飄々として、にこやかながらも裏ではなにを考えているかわからない彼女がこんな表情をするのかとヒカルは思った。

苦悩している。どうすべきかわからないでいる。

「ごめんね、ソリューズ! あなたとの 約束(・・) 、忘れないから!」

そしてセリカは仲間に背を向けた。

「じゃ、行ってくるわ!」

彼女は亀裂に飛び込んだ——するりと、彼女の身体は亀裂に入り込むと向こうの世界へと渡ってしまった。

亀裂の向こうに彼女がいる。

ハッとしたように立ち止まったセリカは、周囲を見回し、そしてこちらを振り返りもう一度驚いたような顔をした。

その驚きになんの意味があるのかはわからない。セリカはすぐに走り出し、見えなくなってしまったからだ。

「いいの、ソリューズ!? あんなふうに行かせちゃって! どうせならウチらも行くべきじゃないの!?」

「サーラさん……残念ながらそれは難しそうです」

「え——」

シュフィが亀裂に近寄って、その 表面(・・) に手を当てていた。

「……わたくしの身体は、通り抜けできません。透明な壁にぶつかってしまったかのように拒絶されています」

「!!」

サーラもシュフィに続いて亀裂に触れるが、同様に、その先には行けないようだった。

「向こうからこっちに渡ってきた人しか、行けない……? セリカは……ほんとうに帰ってくるの……?」

サーラの疑問に答えられる人間は、この場にはいない。