軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怒りの行方

「……彼はやっぱりヒカルくんなのかな?」

「ソリューズは結構気にしてるよねぇ〜〜。別にウチはシルバーフェイスが何者でもいーと思うけど」

「サーラさんは気にしなさすぎなのですわ。力を持つ者の心根が正しいのかどうか、確認しなければ危険です」

「シュフィはシルバーフェイスが嫌いというよりヒカルが好きではないのね!」

森を歩きながら雑談しているのはランクB冒険者パーティー「東方四星」の4人だった。雑談しているとは言ってもグランドリーム大陸の大森林は危険なモンスターが多く、彼女たちが警戒を怠ることはない。

朝から歩き出して4時間、ここに来るまでにすでに5体の大型モンスターを仕留めている。

「まさか冒険者としての仕事……素材の採取に希望を見いだされるとは思わなかったね。私たちはずいぶん前から素材の採取依頼なんて受けていなかったから」

「ヒカルくんがずいぶん熱心に調べてたから、今回のことでだいぶ冒険者ギルドの株が上がったみたいだにゃ〜〜」

ドリームメイカーで開かれた首脳会議に「東方四星」は参加していない。ただ漏れ聞こえてくる情報をつなぎ合わせただけではあるが、その後のギルドの代表者がご機嫌であることからも会議はうまくいったことは間違いないのだろう。

ランズハーヴェストだけでなく、ドリームメイカーにもギルド支部を設立することも決まったらしい。冒険者にとっても稼ぎの幅が広がることはいいことだ。

「さて……そろそろ目的地に近づいている。みんな気を引き締めていこう」

ソリューズが言うと、それまで談笑していたメンバーの表情は真剣極まりないものに変わる。

彼女たちが森に入ってきたのは、城壁に上がって酒盛りをしていた——しかも夜更けに——冒険者がこんなことを言っていたからだ。

——森林の奥で一筋の煙が上がっていたんだ。

昼になって確認してみると、見えない。のろしを上げるならば目立つ昼にやるものだろう……と、冒険者のほとんどがその言葉を信じなかった。酔っ払った上での目の錯覚だろうと。

だがソリューズは違った。その煙が上がった場所を確認したいとギルドに申し出て、1日で帰ってくるならばと許可を得た。

「みんな停まって」

先頭を歩くサーラが鋭く言う。ソリューズは即座に抜剣し、シュフィとセリカは樹木に身を隠す。

サーラの鼻が、ひくりと動いた。

「……ニオイがする。煙のニオイだ」

「!」

彼女たちは視線を交わし、うなずき合う。あの冒険者が言っていたことはウソではなかった——。

慎重に歩を進めていくと、 斥候(ローグ) タイプではないソリューズも煙のニオイを嗅ぐことができた。

「これは……」

たき火の痕があった。のろしを上げるためのものではないのは明らかだった。そこには鳥の羽が散らばり、骨が転がっていたのだ。

「……やはり、炊煙ね」

夜間にしか見えない煙。それは「身を隠しながら食事をした」ということではないかと思われたのだ。あるいは暖を取りつつ夜を過ごすため。

いずれにせよ、

「何者かがいるのは間違いないわね!」

セリカが腕を組んで胸を張った。なぜ胸を張ったのかは誰にもわからないが。

「足跡はこっちに続いてる……おそらく人間。足を引きずっている」

サーラが指差した地面を見ても、ふつうの人間にはわからない。だがサーラがそう言って間違ったことは今までに一度もない。

そして彼女たちは、その人物が誰なのかすぐに知ることになる。

書類を受け取ろうとしたグルゥセルは顔をしかめた。昨日の激戦の末、ひどい筋肉痛に襲われていたのである。内出血については回復魔法で治療してもらったものの、筋肉痛や疲労はそのままにしたほうがスタミナがつくからとそのままにされていた。

とはいえ、それだけでも、回復魔法がなかったドリームメイカーからすればとてつもなく便利なものだと思わざるを得ないのだが。

『いやはや、すごかったですな。グルゥセル様のあの戦いぶり!』

今日はいつもより多くの人間がグルゥセルの執務室にやってくる。たいした用事ではないのにやってくる。そうして昨日の話をしていくのである。

『すごくはない。実際、勝ったのは獣人王だ』

『あれは武器のせいでしょう? 獣人王もまたグルゥセル様との再戦をお望みだ』

『……それは勘弁してもらいたい』

げんなりしてグルゥセルはため息を吐いた。あんな戦いを何度も求められては完全に仕事が止まる。それはゲルハルトも同じのはずだが、彼は今日もまた訓練場に出てきて暴れ回っているらしい——と聞いたときにはさすがのグルゥセルも耳を疑った。

そのぶんゴットホルトが目を回すほどに働いていることをグルゥセルは知らない。

そんな話をしていたときだ。

『グルゥセル様!』

部屋に、ジンが飛び込んで来た。

『どうした。ノックくらいしろ』

『す、すみません……でもそれどころじゃなくて!』

さすがのグルゥセルも、ジンのこの取り乱しようがおかしいと気がついた。

『……裏切り者、コウキマルが冒険者によって捕まり、連行されてきました』

『!!』

ふだん冷静沈着なグルゥセルが表情を変えて立ち上がる。

『今どこにいる!』

『留置場です。ご案内します』

グルゥセルは、来客も放り出して走り出した。

ジンは、コウキマルの兄ワカマル、それにシルバーフェイスといっしょにランズハーヴェストまで遠征した仲であるからコウキマルのことを知っている。

またグルゥセルも立場が立場であるから事情についてもすでに聞いていた。グルゥセルにとっての宿敵であり、また得がたい強力な味方でもあったドゥインクラーを殺した張本人——そう思うと、血が沸騰するように熱くなる。

今回、ドリームメイカーに押し寄せたモンスターもコウキマルが後ろで糸を引いており、シルバーフェイスと彼の仲間になったガリクソンがコウキマルを撃破したことも知っている。生死は不明だったコウキマルを軍も探していたのだが——まさか事情を知らない冒険者が先に見つけるとは。

『乗っていた巨鳥は見当たらず、コウキマル本人も大ケガを負っていたために捕縛の際に戦闘は行われなかったようです』

『それはなによりだ』

『この先……中央の部屋におります』

この国を放棄したときに留置場も一度空になっていたために、現在ここに置かれているのはコウキマルただひとりだった。

殺風景な通路の奥に、3つの牢屋があり、中央に——ボロボロの服を着た男がいた。

小さなイスに腰を下ろしているが、その両手は鎖でつながれ、右足にも重石がつけられてあった。左足についていないのは左膝から先がなくなっているからだ。

そこには包帯が巻かれ、治療も行われた後だった。

『あなたがコウキマル……』

顔を上げたコウキマルに、グルゥセルは目を見開く。白目の部分が黒く染まっている——グルゥセルがコウキマルと顔を合わせるのは初めてのことだった。

『お前がここの総司令官か。ワシをどうするつもりじゃ』

『どうもしない』

『……なに?』

『ここは戦闘地域の最前線だ。安定化し、王様がこちらにいらっしゃるまでどうすることもない』

『お前はバカか?』

『なにっ』

あけすけで無礼な物言いにジンがいきり立つが、それをグルゥセルが手で押さえる。

『……私はドリームメイカーの国民。国の法律を守る責務がある』

『それをバカだと言うのだ。この国を滅ぼしたのはお前の目の前で座っているワシぞ。国が滅びた後になって法律もなにもあったものではない』

『国とは人が作るもの。国民がいる限りこの国は存続する……そう、王様は言われた』

『…………』

死んだドゥインクラーを思えば今すぐこの手で殺してやりたいと思う。だが、その外道を行ってしまえばコウキマルとなにも変わらない。それに——彼の姿を見て、自分の中で怒りが消えていくのをグルゥセルは感じていた。

哀れだ、と思った。

自身にとって唯一の心のよりどころだった国を捨て、その国に復讐するためだけに気が遠くなるほどの長い年月を、この老人は生きてきたのだ。

そしてそれも失敗に終わった。

『行くぞ、ジン』

『えっ? い、いいんですか? 尋問とか……』

『してどうする? 顔を見てわかった。この者は命を賭して我が国に襲いかかってきた。尋問したところでなにも情報は得られまい。時間の無駄だ』

『は、はあ……』

物足りなそうなジンだったが、グルゥセルが歩き出すとその後ろについていく。

『……待て』

コウキマルが、呼び止める。

『この国の存在はすでに我が主の知るところとなっている。人間がどう抗っても太刀打ちすらできぬ強大な力の持ち主よ。せいぜいこの大地から逃げることだな』

『…………』

グルゥセルはゆっくりと振り返る。

『我らは戦うために戻ってきた。太古より人間は、その非力を知恵によって補い、強大な力にも打ち勝ってきたのだ』

『ふはははは。ない知恵を絞って戦えばいい』

『……お前は知恵者だと聞いていたが、たいしたことはないな』

『なに……?』

『お前が立てた作戦もシルバーフェイスに看破されていた。お前の知恵は、浅知恵に過ぎない。我らは知恵を結集し、叡智へと磨き上げる。最後には我らが勝つのだ』

『…………』

今度こそほんとうに黙り込んだコウキマルを置いてグルゥセルは歩き出した。

薄暗い留置場から出ると、外は春の日射しが降り注いでいる。

『……ジン』

『はい』

まぶしさに目を細めながらグルゥセルは言う。

『最後には我らが勝つのだ』

自分に、ジンに、言い聞かせるようにグルゥセルはもう一度宣言した。