作品タイトル不明
英雄の資質
『ダメだ。お前たちは連れていかない』
とヒカルが断言した相手は、
『なぜですか……! 我らは花仮面の女神様のためならば命を捨てる覚悟があります! あなたなら我らの命を道具として有効に利用してくれるでしょう!?』
親衛隊隊長のガリクソンだった。
『あー、ダメ。ダメ。ダメ。その発想がダメ。てんでダメ』
『なっ……!?』
『ほら、フラワーフェイスを見てみろよ』
フラワーフェイス——ポーラはこの話を横で聞いていたが、ぷくーっとわかりやすく頬をふくらませていた。
『ぬおっ!?』
『女神様がお怒りでいらっしゃる……』
『なんと恐ろしい……!』
親衛隊員たちがざわついている。ただ頬をふくらませてジト目をしているだけなのだが。
彼らがいるのはヒカルがシルバーフェイスとして与えられた、このドリームメイカーに31宅しかない庭園邸宅のうちの1つである。
街中に緑はないが、この庭園邸宅にだけはある——あの和風家屋だ。
そのいちばんの大部屋を使っての作戦会議で、座卓には地図が広げられ、それをヒカル、ラヴィア、ポーラ、ガリクソンの4人が囲んでいる。大部屋といってもそれでも全員は入りきらないので縁側を開放してほとんどの隊員はそこで直立不動になっていた。
『お前たちはフラワーフェイスの聖なる魔法によって戦士としての道をもう一度歩めるようになった。その命を粗末にすることはフラワーフェイスの顔に泥を塗っているに等しい。な?』
『泥は嫌いですっ』
『……とまあ、このとおりフラワーフェイスも怒っている』
なんだかピントが外れているが、ぷいっ、とポーラが横を向くと隊員たちがどよめいた。彼らの反応がなかなか面白いとは思うもののずっとこれでは話が進まない。
『いいか? 話を整理する。北限地域に進むのは おれ(・・) 、スターフェイス、フラワーフェイスの3人だ』
『しかしボス、たった3人というのは』
『おれだってひとりで行きたかったよ……』
『ひとりですって!?』
『それを言ったら止められた。めちゃくちゃ』
『ぶい』
ラヴィアがヒカルの横でピースしている。
機動力を考えればヒカルひとりのほうが楽は楽なのだ。ただもちろんデメリットもあって、不慮の事故に遭遇した際にリカバリーが効かないことや、魔法もリヴォルヴァーの弾数しか使えないのでいざというときに弾切れが怖いということもある。
だがラヴィアはヒカルをひとりで行かせることがとにかくイヤだったようだ。今回のような相当に強い相手となればなおさらで、ラヴィアはそれを「女の勘」と言って、言い張って、押し切って、ヒカルを黙らせた。
(女の子は理屈じゃないんだよなあ……)
そんなぼやきを言える相手もいないヒカルである。
『お前たちに頼みたいのは、ドリームメイカー周辺で派手に暴れてもらうことだ。すでに敵は、コウキマルの失敗にも気づいているだろう。そうなれば軍を内陸に誘い出すようなまだるっこしいことはせずに物量で押しつぶしてくるとおれは予想している。これだけ多くの人間がやってきたんだからな、これに続く遠征があると考えないほうがおかしい。叩けるときに叩きにくるはずだ』
『ふむ……』
『だがコウキマルがルーツの守護者を 調整(・・) してくれたおかげで強力なモンスターがそろうまではまだ日数が必要だろう。その間に、おれたちは北を目指す。それには敵の注意を南に——ここに集めておくことが必要だ』
ヒカルはこつんと人差し指で地図を指した。指が押さえていたのはドリームメイカーだ。
『……ボスはまるで見てきたようにおっしゃいますね』
そのボスって止めない? と言っても彼らが聞かないことは明らかなのでもう言わないヒカルである。
『まあね。おれが戦った時よりも明らかにルーツの守護者は弱く、持っている竜石もしょぼかっただろ? この地を撤退したドリームメイカーが援軍を引き連れてくると敵が予想し、守護者を再配置していたことは間違いない。ドリームメイカーの人口1万人に対して2000人程度の軍ならばそんな作戦を採らなくてもいいけど、1万を超える兵士がいれば犠牲を抑えつつ相手を撃破したいと考えるのは自然だ。敵を 釣る(・・) ために軍を内陸まで引き込み、ランズハーヴェストを襲撃したんだよ』
『ですがこちらの人数は大きく減じているわけではありません。強攻策を採ってくるでしょうか?』
『さっきも言ったとおり、これまでの作戦はコウキマルが立てていたんだと思う。相手が竜……邪龍になる可能性が高いと思っているけど、もしそうならヤツらは小細工なんてしない』
ヒカルの脳裏にあるのは、アースドラゴン亜種であったり、ロックドラゴンであったり、灰貴龍であったり。
どれもが人間を下等種としか見ていなかった。
そしてその油断こそがこちらのつけいる隙ではあるのだ——。
『ドリームメイカーの防衛は急ピッチで進めるようグルゥセルには言っておく。でなきゃ、ヤママネキが10体も投入されればすぐに城壁を破られるから』
『それは……そうですね』
『それだけにカギになるのがお前たちだ。なるべく街から出て戦ってくれれば、人間サイドは竜石集めにいそしんでいると考えるだろ? まさか防備を固めているとは思いもしないはずだ。敵の慢心を誘い、本格的な南進を1日でも遅らせるのが目的となる。……いいか、これは時間との競争でもあるんだ』
ガリクソンだけでなく、親衛隊員たちが息を呑む。
『まだまだ敵さんは圧倒的優位にあると信じているだろう。それこそが、おれたちにとっての最大にして唯一のチャンスだ。これを逃せばお互い消耗戦に突入する。何万という人類の血を流すのか、それともおれたちがちょっとばかり危険に身をさらすのか、どちらを選ぶかは明白だよな? お前たちが稼いでくれた時間で——おれは邪龍を殺す』
細かいところを詰め終わると、親衛隊員たちもヒカルの作戦に賭けると請け合った。半信半疑で動かれるよりも、心底から理解し、腑に落ちて行動してもらいたかったのでヒカルとしては一安心ではあった。
『ではボスたちはこれからすぐにも出立されますか?』
『そのつもり——いや、ちょっと待て』
『? ボス?』
ヒカルは立ち上がった。この家に向かってやってくる存在に気づいたのだ。
ものすごい速度で走ってきた彼は——やがて、屋敷の入口にいた親衛隊員に連れられてこちらへやってきた。
「シルバーフェイス」
「……なにか用かな、『剣聖』殿?」
彼が何者かを知らなくとも、その恵まれた体躯を見れば強者であることはすぐにわかるだろう。
ポーンソニア王国騎士団長ローレンス=ディ=ファルコンは親衛隊に囲まれた真ん中に突っ立ってヒカルを見据えていた。
「行くのか」
ただそれだけを、言った。
「ああ」
ただそれだけを、答えた。
ヒカルは不思議と、ローレンスはヒカルがなそうとしていることに感づいているのではないか——そんな気がしていた。それは彼の「直感」があるからかもしれないし、なんとなくヒカルもまた「直感」しただけかもしれないし、あるいは——ソウルボードとは関係ないことかもしれなかった。
この世界でヒカルが出会った人のうち、バケモノじみた者が何人かいたがローレンスはその筆頭である。
「……勝てるのか」
「やるしかないだろうね。暗殺はおれにおあつらえ向きの仕事だ……そう思うだろ?」
「自分を卑下するな。お前は英雄になれる素質がある」
ヒカルは一瞬、ぽかんと口を開いた。まさかローレンスの口からそんな言葉を聞けるとは思わなかったのだ。
「だが死んでは意味がないぞ……生きて帰って来い。お前がいないと、獣人王がうるさくてかなわん」
「ははっ。それが理由か」
「私はお前のように姿を消せないからな」
それだけ言うと、ローレンスはヒカルに背中を向けた。
「『剣聖』殿」
その背に、ヒカルは声を掛けた。
「おれは英雄なんて柄じゃない。せいぜい日陰を歩むさ」
首だけ振り向いたローレンスは、なぜだか少し、まぶしげな目をした。だがなにも言わずそのまま去っていった。