軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

連合軍の侵略

グルゥセルは朝から船を出す気だったのだが、それはかなわなかった。

なぜならば夜明けと同時に報告があったからだ——西側城壁の向こう、森の中に軍が展開していると。

急いでそちらに向かいながら、グルゥセルは部下に指示を出す。すぐにも大型船、中型船を出せるよう準備をしておくようにと。ただしそちらにかける人員は最低限とし、残りは西側城壁に展開せよ——。

『……これは』

朝の透明な光が照らし出した森林地帯を、城壁の上から見やったグルゥセルは一瞬言葉を失った。

森はこれまでと同じ森だったが、広範囲に渡って土埃が舞っている。

木々の切れ間には各国軍がみっしりと展開している。

何千? いや、万を超える軍隊が来ているのではないか?

『ドリームメイカーに告ぐ』

拡声の魔道具を使った言葉が聞こえてくる。これはドリームメイカーの言葉であったので全員が理解することができた。

『我ら連合軍は貴軍へと要求する。城壁に展開する部隊をすべて下ろすこと。武装を解除すること。弾頭を抜いたブラストキャノンを門よりこちらに引き渡すこと。街を明け渡すこと。これらの内容を本日正午までに完遂すること。完遂しなかった場合、拒否した場合、また明らかに遂行する気がないと見受けられた場合、我ら連合軍はドリームメイカーに攻撃を仕掛ける。繰り返す——』

その「要求」を聞いた兵士たちは唖然とし、次に、怒りの声を上げた。

『アイツらはなにを言ってるんだ!?』

『バカなことを!! この国を明け渡すだと!』

『上位者の振る舞いをしおって、何様のつもりだ!』

聞いたグルゥセルも同様に呆れ、次に怒りを覚えた。

彼らは竜石に目がくらんだ俗物であったとしても、その頂点に立つ者はそれなりの知性を持っていたはずだ。それをこんな、欲望丸出しの要求をするとは。

そもそもドリームメイカー奪還にまったく興味を示さなかったのはそちらではないか。

それを、仲間の死を乗り越えて街を制圧した我々に対して厚顔無恥な要求をしてくるとは——。

『——長官、落ち着いてください。連合軍とは言ってもクインブランド、ビオス、フォレスティアくらいしかいないようですよ』

落ち着いた声で言われ、グルゥセルはハッとする。

そこには心配そうな顔をしたジンがいた。

『なんだか妙ですよ。長官、そんなふうに目を血走らせたりはふだんしないじゃないですか。どうしたんですか。それほど、故郷を脅かされたのはショックですか? それとも、多くの死体のせいですか?』

『いや……確かにお前の言うとおりだ。俺はどうかしているらしい』

ジンに言われたとおり落ち着いて見ると異様なまでに好戦的なアインビスト、主力であるヴィレオセアン、「剣聖」を軸に一致団結しているポーンソニアの軍勢は見えないようだ。つまり戦力トップ3である。

もちろん、後詰めでいる可能性はゼロではないが、アインビストの個性を考えると相当に低い。

『最悪の事態は免れているということか……』

『それでも戦力差は5倍以上ありますけどねえ』

『向こうは本気で攻撃してくると思うか?』

『……そう、考えておいたほうがいいのではないかと。事情や理由は不明ですがここまでやっておいて冗談でしたなんてことはあり得ないでしょう』

『それもそうだ』

すぐさまグルゥセルは主立った隊長たちを集める。

彼らはカンカンに怒り狂っていたが、それを見たグルゥセルはますます自分が冷静になっていくのを感じる。

『迎撃準備を。ブラストキャノンは城壁に出さず、あくまでも壁の内側で使用すること。それによって命中精度が下がることは仕方ない』

即座に指示を出す。

『すべてを秘密裏に行え。敵陣の事情を確認するが、場合によっては船まで撤退することもあり得る』

『戦わないのですか!? ここは我らが祖国ですぞ!!』

戦って当然。

そんな思いを感じさせる言葉で隊長のひとりが声を荒げる。すると同調するように他の隊長たちもうなずいた。

まずいな、とグルゥセルは感じる。これまで軍の指揮系統でこのように感情的な反論が飛び出し、さらには他者が同調するということはなかった。

『可能性はすべて押さえておく必要がある、ということだ』

『……承知しました。まさか戦わないなどという可能性はないと思っておりましたが、そこまでおっしゃるのなら考えておきましょう』

と、まったく考えもしなさそうに言われると、

『いいか。撤退の準備は必ずせよ』

『…………』

『必ずだ』

『……ハッ』

グルゥセルは無理矢理に念押しした。

隊長たちが去っていくと最後にはジンだけが残り、気の毒そうに声を掛けてきた。

『予想外でしたね……ここまでみんな頭に来ているとは』

『まったくだ。これでは子どもと同じではないか』

ここは祖国だが、国王ドリアーチがここを捨てて全国民避難をしたことを理解していないのだろうか。

国民がいてこその国。国民さえいれば国は何度でも復活できる。

今連合国軍と戦って大きな犠牲を払うことはなんの意味もない。

『ジン。偵察を頼めるか』

『わかってます。向こうがこんなバカげたことを始めた理由を探ってきます』

『頼む』

ジンが走って出て行った。

『頼む……』

いったいなにが起きているのか。

自分が大河に浮かんだ一枚の木の葉のような、あらがえない力に翻弄されているようなそんな気がしていた。

そのころ——ランズハーヴェスト。

獣人王ゲルハルトは 客人(・・) であるクロード、イヴァン、ローイエの3人を相手に模擬戦を行っていた。

だがその実力差は歴然としており、クロードだけはぎりぎり食いついていくことができるもののイヴァンとローイエは早々にリタイア気味だった。

「だらしねぇなっ! キリッキリ動け!」

「王がバケモノ過ぎるんですよ!」

「軽口叩けるならまだまだ動けらぁなあ!?」

先ほどまぐれではあったがクロードが一太刀入れてしまったがゆえにゲルハルトがヒートアップしていた。

それを気の毒そうにアインビストの兵士たちが、うらやましそうに「極虎」のパーティーメンバーが見ている。

「ゴットホルト様。俺もまじりてぇ」

「ダメだ」

「いいだろ? 客人だけ楽しんでんじゃねぇか」

「ダメだ。この後は仕事がある」

「仕事もちゃんとやるっての!」

「ダメだ。ゲルハルト様を相手に仕事用の体力を残すことなど許さん。——む」

ゴットホルトが見やると、向こうからポーンソニアの騎士団長、「剣聖」ローレンスがやってくるのが目に入った。彼はその類い希なる肉体からも遠目で接近がわかる。

これはまずいとゴットホルトは思った。このままやってきたらゲルハルトがますます模擬戦にのめり込んでしまい「めんどくせぇ、真剣もってこい」と言い出すのは火を見るより明らかだった。

ゴットホルトは急ぎ足にその場を離れ、ローレンスに接触、「用事があるなら承る」とゲルハルトの目が届かない天幕へと連れていった。

「——急な来訪で済まない」

「いえ。ここは最前線です。いちいち訪問の予定を報せる使者を出すなどバカげたこと。——お茶をどうぞ」

「ありがたい」

ローレンスはゴットホルトが淹れたお茶を受け取ると一気に飲み干した。だいぶ疲れているようだとゴットホルトは観察する。確か、ポーンソニアが攻略している「ルーツ」は凶悪なモンスターがいることが多く——ゲルハルトはそれを「大当たり」だと言ったが——王国の消耗は激しいらしい。

「それでゴットホルト殿。今回のドリームメイカー攻略についてだが……」

ポーンソニアはその消耗を理由に、兵を出していない。少しでもランズハーヴェストで休ませたいということだろう。

その分彼らは巨大な竜石を確保しているために、第2次派兵を焦る必要もないという側面もあるのだろうが。

「ゲルハルト様はなんとおっしゃっているか聞いてもいいだろうか」

「どういう意味でしょうか?」

「アインビストは攻略に加わっていない。それはゲルハルト様の意向ではないのか?」

指摘に、ゴットホルトはうなずいた。

「……『気が乗らねぇ』とおっしゃいましたので」

「————」

そのあけすけな物言いに、ローレンスは目を見開いたが、

「はははは。そうか、気が乗らぬと。ならば仕方ないな」

笑って流してしまった。

(これが「剣聖」の強さよ)

ゴットホルトは内心で嘆息する。「剣聖」を間近で見るのは初めてだったが、自分を過大評価するつもりはないものの「剣聖」と自分とでは実力トントンくらいであろうと思っていたのだ。

それがどうだ。実物を見てゴットホルトは「勝てない」と即座に思った。むしろ、空前絶後の王であるゲルハルトと同レベルだと感じたのだ。

ゲルハルトに勝てる人間などこの世界にいないとゴットホルトはずっと信じてきたし、それこそが彼の、王に対する盲目的な忠誠のよりどころでもある。

もちろん「剣聖」を見たことで忠誠は揺るぎもしなかったのだが、それでも衝撃的だった。

だからこそ、だろうか、王は「剣聖」と真剣勝負をしたがっている。それはもう狂おしいほどに。こちらの大陸に来てはなおさらだ。

(「剣聖」はドリームメイカーが叛逆していようがいまいが、どちらでも構わないとすら思っているのだ。ランズハーヴェストという拠点——たいした拠点ではないが、ここさえあれば第二次派兵まではもつだろうという自信がある。その揺るぎなさよ)

ポーンソニア、アインビストはトップの意向で動いていない。ヴィレオセアンが残っているのはランズハーヴェスト維持と強化のためだ。

残りの戦力でも、陸戦ならば十分勝てるという見込みでドリームメイカーへと連合軍は向かった。

「それで、 気が乗らぬ(・・・・・) のはなぜとおっしゃっていた?」

「なぜ……? 王の気が乗らないときはなにをしても乗らないものですから、聞いていませんが」

「……そうか。ならばよい。茶を馳走になった」

ローレンスが立ち上がった。ただ「気が乗らない」という話を聞くだけで満足だったのだろうか——とゴットホルトが引き留めるべきか悩んでいると、

「獣人王は勘が鋭い。それにはそれの理由があるのだ。我々も動かないでよかったとこれで確信できた」

そう言い残し、去っていった。

ジンはいつもの偵察部隊からさらに人数を絞り込み、隠密能力に特化したメンバー3人とともに行動を開始した。そこにドランは含まれていなかったがズズンはいる。この無口な仲間は音を出さずに歩く特技を持っており、今回の任務には非常に向いていた。

城壁の崩れた箇所から外へと出ていく。草は高く生い茂っているので森にたどり着くまで彼らに気がついた敵軍はいなかったろう。

森に入って10分ほど進んだ先に、敵軍の見張りが見えた。

『……一度止まれ』

ジンを先頭に仲間が停止する。

『鎧から見るに、ありゃクインブランドだな』

『二手に分かれるか』

『いや……いっそのこと全員バラバラになろう。ひとりでも情報を持ち帰れればグルゥセル様はそれを生かすことができる』

『!』

ズズンは目を見開いた。

そのジンの言葉が意味するところは——4人のうち3人まで死ぬことも十分あり得ると覚悟しているのだ。

『……わかった』

『そんな顔をするなよ、ズズン。だらだら生きてきた俺たちが西伐軍船団に参加して、向こうで軽くドンパチやって、さらにはこっちに戻ってきてドリアーチ様の治療に成功し、今度は街を追われ、戻ってきたと思ったら大戦争。こんなに充実した日々を送れるとは思わなかっただろ』

『こんなに働かされるとも思ってなかった』

『違いない』

ジンとともに他の2人も笑う。

『……今回の連中の行動はなにかがおかしい。早めに情報を集めよう。では、行動開始——』

と、ジンが言いかけたときだった。

ひるるるる……という音の後に、ドォンッと地面が炸裂する音が聞こえてきた。

彼らの視界にあった見張りはハッとして身構えると、陣地へと駈け出していく。

『おいおいおい……あの音に、見張りのあの反応』

音は、ブラストキャノンで間違いない。

敵が持っているものもわずかながらあるはずだが、見張りの動きを見るに、

『誰か、ウチの隊長が早まってしかけやがった……!』

グルゥセルに「撤退の可能性」を言われて承服できなかったのだろう。

こちらから攻撃を仕掛ければなし崩し的に開戦となるのは、向こうの「要求」からしても明らかだった。

だから、ブラストキャノンをぶっ放した。

こうなれば連合軍の反応はひとつしかない。

どこかで甲高い笛の音が上がる。銅鑼の鳴らされる音が聞こえる。

『もう、情報収集どころじゃない! 戻るぞ——敵の総攻撃だ』