作品タイトル不明
邪な罠
ドリームメイカー側がブラストキャノンを撃ち込んできたという情報を受けた連合国軍司令部は、驚きを隠せなかった。
まさか早々に開戦を望むとは思わなかったのである。
もちろん、ただの1発の砲撃ではあるが、事前の通達を行った上でこの行動は交渉決裂を意味することは誰にだって理解できる。
それほどまでに——ドリームメイカーが彼らにとって死活的に重要な場所であると、司令部は認識しきれなかったのだろう。
「どうしますか。いきなり砲弾を撃ち込んでくるとは……」
フォレスティアの陸軍大臣が若干うろたえ気味に言うと、テーブルに肘を突き腕組みをしているクインブランド騎士団副長が応える。
「……やむを得ません。開戦です」
「しかし事前の協議では、この大差ならばドリームメイカーは門を開き我らを迎え入れるだろうと……」
「戦闘にイレギュラーはつきものです。海上ならばドリームメイカーも恐ろしいが、陸上戦ならば我らに一日の長がある。——攻撃準備を。よろしいですな」
「う、うむ」
「……問題ない」
陸軍大臣と、ビオス宗主国神殿騎士大隊長もまたうなずいた。
だが、彼らが部下に指示を出そうとしたときだ、新たな急使が飛び込んで来た。
「申し上げます! 北方にどの軍勢かわかりませんが土煙が上がっているようです!」
「北方……?」
副長、陸軍大臣、大隊長の3者が視線を交わす。
彼らは一斉に立ち上がり天幕から外へと出た。
「見張り台に上がる!」
そこは森林地帯のど真ん中であるため、周囲の見通しは悪い。
天幕のすぐ隣に櫓が設置されておりそこが見張り台となっていた。
副長は見張り台のハシゴに取りつくと軽やかに登っていく。木々のてっぺんから抜け出したそこは3人ほどが立てる場所になっており、見張りの兵が副長に遠望鏡を差し出した。
「どちらだ!」
「あそこです!」
兵士の指したほうを——遠望鏡を使うまでもなかった。
北方、数キロのところに確かに土煙が上がっている。その上には鳥が、巨鳥が、羽ばたいている。
左右に広がっているその量はとてつもない。
数千……いや、万を超えるのでは?
「軍勢ではない……あれは、モンスターだ!!」
副長は大急ぎで櫓から下りていく。
このタイミングでモンスターの襲来? ドリームメイカーは門を閉ざし、自分たちは森の中。あまりに不利。大体、どちらと戦えばいいというのか。
今さら「モンスターが来ているからいっしょに戦おう」などと言って相手が門を開くわけもない。
撤退するにしても時間がかかりすぎる。防御用の陣地構築はできていない。
残された道は——。
「北から来ているのはモンスターだ!」
下りてきた副長の言葉に、陸軍大臣と大隊長がぎょっとした顔をする。
「モンスター……? なぜここで!」
「ドリームメイカーがこの隙に攻撃してきたらどうするのです」
副長は渋い顔で大隊長を見やる。
「それはないでしょう。あのモンスターが来たならばドリームメイカーも危うい」
「……副長殿。あなたはひとつの可能性を忘れておられる。ドリームメイカーが呼び寄せたモンスターかもしれないという可能性です」
「!?」
すべてが罠だったとしたら——。
それはあまりに絶望的だが、可能性としてはあり得ると思ってしまった。
副長の背中がひやりとする。
「いずれにせよ、どちらも守ることはできない。ドリームメイカーができることはブラストキャノンを何発か撃ってくるだけでしょう。ならば無視するしかない。もしも門を開いて打って出てくるならば逆にそこをついて内部に入れば我らも戦いやすい」
「承知した。ではドリームメイカー側の警戒は神殿騎士が務める」
「……頼んだ」
内心、舌打ちしたくなるのを副長はこらえた。
神殿騎士がドリームメイカー側を警戒するということになれば、彼らはまともにモンスターとは当たらないということに等しい。
つまるところ体よく、安全地帯に逃げたのだ。
もちろんドリームメイカーが打って出てくることがあれば神殿騎士が戦うことになるが、その確率は低いだろう。ドリームメイカーが安全な場所から出てくる理由がない。
「全軍に伝達!! 敵は北にあり!!」
腹をくくらねばならない——死闘の予感がしていた。
『モンスターの襲来!? なぜ、こんなときに!!』
冷静さにかけてはドリームメイカー随一であるグルゥセルが、その端正な表情をゆがめて叫ぶほどにそれは予想外の報告だった。
先ほど、早まって連合軍にブラストキャノンをぶっ放した隊長を押さえ込んだところだ。彼を始め、不満な表情の隊長連中を集めたところへジンが帰還。そのジンは、北部方面に土煙が上がっているというさらなる情報をもたらし、鐘楼の見張りもまたジンの報告を裏付けた。
『どうします? 連合軍とやりあってる場合じゃないですよ。なんなら俺が向こうに行って、城壁内に入るよう伝えますけど』
ジンが切り出すと、連合軍に不信感を持っている隊長たちが騒ぎ出す。
『バカな! 連中などモンスターに食われたらいいのだ』
『連合軍がモンスターを引き連れてきたのではないか? あれだけ目立って行動していればモンスターにもすぐに捕捉されよう』
『ジンめ、これ幸いと連合軍に寝返る気ではあるまいな?』
グルゥセルは隊長たちの文句を黙殺した。彼らは今、正常な判断ができないのではないかと思えた。
(——正常な判断? 連合軍があれほど高圧的な態度を取ってきたのも、正常な判断ができていないからか? 正常な判断、正常な精神状態……まさか!!)
その瞬間、グルゥセルの脳裏にあることが思い出された。
邪による汚染は人間に影響を与えるとシルバーフェイスは言っていた。魔力がなく、魔法を使えないのはそれが原因だとも。
連合軍は多くのルーツを襲い、竜石を持ち帰った。その竜石が邪に連なるものではないという保証なんてないのだ。
むしろ、邪にまつわる魔力を帯びているに違いない。
(連合軍はやけにあっさりとルーツ襲撃に成功していた……無傷の、 巨大な竜石(・・・・・) を持ち帰った。それが、罠だったとしたら?)
連合軍の手によって、結界をやすやすと乗り越えて運び込まれる「邪」の竜石。
それが人々に悪影響を——正常な判断ができないほどに精神的な影響を与えていたとしたら。
『この内輪もめも導かれたもの……そこを狙ってモンスターをぶつけてきたということか!!』
『グ、グルゥセル様?』
ジンも、隊長たちも、突如として怒声を発したグルゥセルに驚きの視線を向けている。
ここまでもてあそばれ、コケにされたことをグルゥセルは憤ったが、しかし今は怒っているような場合ではない。
『……ジン。死を覚悟してもらうぞ』
『もとより、この作戦には命懸けてますって。で、なにしたらいいんです?』
『連合軍へ走れ。そして城壁内に彼らを入れよ。多くの命を救えるだろう』
その指示に、隊長たちが気色ばんだが、
『気がつかぬのか、痴れ者!!』
グルゥセルの怒気が真っ直ぐに向かってきた隊長たちはびくりと震えた。
冷静にして恐れられている総司令官であるグルゥセルだったが、これほどまでにはっきりとした怒りを見せることは滅多になかった。
ましてや、自分たちにそれが向くなどとは——。
『これは人類と魔物の戦いだ!! どうあっても我ら人類は力を合わせなければならん!!』
ぐるりと頭を巡らし、ジンを見据える。
『行け、ジン。お前の足に多くの人命が掛かっている』
『了解しましたッ!!』
ジンが走り出し、彼の後に偵察部隊が続いた。
彼らの誰もが真剣な表情で、自分たちの使命を疑っていなかった。
たとえ、砲弾を撃ち込まれて血が上っているはずの敵陣に踏み込まなければいけないとわかっていても。
木々の合間を縫って、時に木々を薙ぎ倒しながらモンスターが南下する。
大猪に大蛇はもちろんゴブリンのような小型のモンスターもいたがこちらの大陸のそれらは肌が赤銅色であり異様な怪力を誇っている。
魔物が叫び、吠え、ただひたすらに——正気を失ったかのように南を目指す。
先頭を走る魔物が、急ごしらえのバリケードを発見した。
と同時に展開している人間たちにも。
《ギャオオオオオオオオオッ!!》
魔物が吠えた。
「魔法部隊、撃てェッ!!」
精霊魔法が弾け、魔物に激突した。
戦いの火蓋は切られた。