作品タイトル不明
雌伏の3か月
来年初春に「グランドリーム大陸奪還作戦」は始まるのだが、それまでの3か月が長いとヒカルには感じられた。
大勢の人間が動くことなので、糧食の確保や連絡方法の確立、統一訓練、細かい調整など様々なことが必要なのはわかっていた。それに冬の間に船を出すのは海がしけるので危険だということもわかっていた。
それでも3か月、なにもせずじっとしているのはヒカルにとってはつらかった。
この間にも大陸はどうなっているのだろうか。向こうを叩くのは早ければ早いほうがいい。もしかしたら手遅れになるかも——不安は尽きない。こちらの大陸に戻ってきてからすでに半年が経過していた。
龍の里に帰ったコウもその後どうなったかわかっていない。せめて元気でやっているかどうかくらいわかればよかったのだが。
「まあ、そうなんですか——」
「あの演劇の見所は——」
「また見に行きたいですねぇ——」
それでもよかったところもある。
寒さは厳しいながら穏やかな日々が続き、トラブルとともに転がり込んできたリュカもすっかりラヴィアやポーラと仲良くなって3人でよく行動している。
リュカが働き口を探したところ、彼女は楽器が得意であるということでこのホテルのロビーで演奏するようになった。リュートというか、月琴というか、彼女の奏でる弦楽器は優しい音色でロビーを優しく包んでいた。宿泊客からも好評のようだ。
ラヴィアは冒険者ギルドでドリームメイカーの人々の通訳をしたり、新たな魔法の研究のために——いや趣味が半分かもしれないが——図書館に通ったりしている。
ポーラは孤児院や教会を回って「仮面の聖女」として回復魔法を使い、ヴィル=ドリームでは「仮面の女神様」として親衛隊の皆さんに会ったりしている。
そして時間を作っては3人で観劇に行ったりしているようだ。
(それに引き替えこっちは……)
シルバーフェイスとしてちょくちょくドリアーチに呼ばれるし、「剣聖」や「獣人王」が「手合わせしろ」と迫ってきたりといろいろと面倒ごとに巻き込まれていた。
(にしてもなんで僕の周囲はむさ苦しい男たちばかりなんだ)
そうは思ったが答えは出ない。
3月の出航までに、リュカとクロードの仲が直る見込みはないのかと探りを入れてみるかと思い立った。クロードたちはアインビスト軍のテントで暮らしており、日々を鍛錬に明け暮れているようだ。
(そこがむさ苦しさの絶頂だな……)
行きたくない気持ちで心は占められていたが、「それでもリュカさんのためだ」と心を鬼にして向かった——のだが、
「……は?」
甲高い声が出た。
「クロード様ってぇ、すっごくお強いですよね!」
「見てみて! イヴァン様の腕、ふとーい!」
「きゃっ!」
確かに、野原に建てられた天幕である。
だがそこには——ひらひらした服を着た獣人女子たちがクロード、イヴァン、ローイエを囲んでいるのが見られた。
「ま、まぁな。これでもそこそこの剣の使い手だと、思っている」
「わっはっは。触ってみるかこの腕?」
「……ちょっと、離れてくれないか。これから訓練の時間だから……」
いやいや、ローイエがいちばんストイックにトレーニングしようとしてるのってどうなの? クロードは既婚者だろ?
内心でツッコミを入れながら、黒いフードに仮面をつけたシルバーフェイスはそちらに近づいていく。
「——お前は!」
クロードがハッとして立ち上がる。
一応、シルバーフェイスのことは知っているらしい……と安心していると、
「うわ、真っ黒〜」
「あの仮面なに? 怖い」
獣人女子たちの無自覚な言葉がヒカルの胸をえぐってくる。
「ああ、彼はゲルハルト様も認める武人らしいよ。俺がいるから怖くないさ」
「きゃぁっ、クロード様、頼りがいある〜!」
きゃいきゃい女子が声を上げている。
……もう帰っていいかな?
ヒカルはそう思いつつも、
「——クロード=ザハード=キリハル。確か仇敵ルダンシャの娘と 結婚(・・) した男だったな」
なるべく、ハッキリと、「結婚」という言葉を口にした。
「クロード様って既婚者だったの!?」
「え? あ、ああ……」
「そうなんだぁ……へぇー。でも、奥さんから奪うほうが燃えますぅ!!」
と言って獣人女子ががばりと抱きついた。さすがにヒカルもこのパターンは想定外で、キャッキャが加速するのを見ていることしかできない。
「君たち、いい加減にちょっと離してくれ。俺は、そこのシルバーフェイスに話がある」
だが、クロードのほうから話をぶった切った。言われた女子たちはきょとんとし、イヴァンとローイエもきょとんとし、ヒカルもまたきょとんとした。
「——あの子たちは、遠征中の兵士たちの相手をする娼婦だよ」
獣人女子たちがいなくなるとヒカルは天幕へと通され、クロードがコップに茶を淹れながら言った。
「俺たちは食客扱いでここにいるからさ、どうもお金を持っていると思われてて、ああしていつも取り巻かれてるんだ」
「へぇ……」
「正直ちょっと困っている」
でもデレデレしてたよな? と言いたいところをぐっとこらえる。
今回のように大がかりな遠征となると、食料だけでなく性欲の問題が出てくる。特に獣人は性欲が激しい者も多いようで、他国に比べて多くの娼婦が同行している。
彼女たちもたくましく、遠征は軍の金払いもいいので張り切ってサービスしてくれるのだとか。
「——それでシルバーフェイス、なんの用だ? 俺からもお前に聞きたいことがある」
クロードが真剣な顔でヒカルにたずねる。その右上腕部に口紅のキスマークがついていなければ格好がついたものを。
「ヒカル」として面識のある彼らを前に、ことさらに声音をくぐもらせて声を出す。
「おれの情報ではアンタたちはフォレスティア連合国の人間だ。食客……というのは今聞いたが、どういういきさつでアインビストにいるのか確認しておきたくてね」
「どうしてお前がそんなことを気にする?」
「これでもおれは、今回の遠征に 入れ込んで(・・・・・) いるからだ。アインビストとフォレスティアが場外乱闘でも始められたら困るんだよ」
「ふむ……」
腕組みをしたクロードに、ローイエが囁く。
「……先日の連合会議にもシルバーフェイスは参加していたらしい。俺たちよりは明らかに、今回の作戦に詳しいはずだ。新大陸にも行っていたと聞くし」
「……そうだな」
それを眺めながらヒカルは思う。ローイエ、お前、リーグのところで働くつもりじゃなかったっけ? ここで油売ってていいの?
「変に疑われるのは本意じゃないし、第三者のお前に事情を知っておいてもらうことは悪くないかもしれないな。俺たちの事情を話すことは構わないが、吹聴はしないと約束してくれるか」
「ああ」
するとクロードは、心を決めたように話し出した。
「お前は俺がリュカと……リュカ=ロードグラード=ルダンシャと結婚している情報をつかんでいるな? だが俺はひとりでここにいるからリュカとケンカでもし、ここに来た——つまりフォレスティアに敵対しているのではないかと想像した。そういうことだろう、お前が考えているのは?」
ドヤ顔で聞いてくるが、リュカのほうから話を聞いているヒカルとしては、
「……ああ」
と薄い反応をするしかない。
クロードは続ける。
「リュカにはちゃんと話をしてある。この遠征についても快く送り出してもらった」
『ダウト』
「ん、今なんて?」
「あ、ああ……いや、気にせず進めてくれ。それでどうして遠征に来た?」
日本語、というか英語で突っ込んでしまった。
こいつ外向きでは「妻とは良好です。話し合いもできています」とか言っているのかと、ヒカルは呆れる。
「実は俺には、越えなければならない相手がいる。その実力を身につけるためにはアインビストではダメだと悟った。もっと経験を積まねばならないからだ」
「……そんな相手が?」
ヒカルは思案を巡らせる。
もしかしたら自分がいない間にフォレスティアでなにかあったのかもしれない。リュカには知られないよう、クロードはひとりその相手と戦っているのでは……。
「ああ」
クロードはうなずいた。
「ヒカルという男だ」
「ぐぶほっ」
シルバーフェイスはお茶を噴き出した。
「大丈夫か!? 口に合わなかったか」
「あ、ああ……いや、喉の変なところに入っただけだ」
立ち上がろうとしたクロードたちを手で制しつつ口元を手ぬぐいで拭った。
(ちょっと待て! なんでそこに僕が出てくるんだよ!)
本人が目の前にいるのだがクロードは深刻そうな顔で続ける。
「そいつにはときに助けられ……」
「ときに蔑まれ……」
「ときに地獄のようなシゴキを受け……」
クロード、ローイエ、イヴァンの3人がまるで最初から打ち合わせしていたかのように3人でつなげていく。
「フォレスティアを散々引っかき回してくれたが、大恩人でもある」
「俺たちの人生観を」
「木っ端微塵にしてくれた」
「いやそこまではないだろ?」
「え?」
思わず言ってしまった。
「あ、いや……アンタたちもそこそこの年齢だろうし、人生観を変えるような相手ではないだろう、と思っただけだ……」
「お前はヒカルに会ったことがないから知らないのだ。ヤツは……すごいぞ」
「ヤツは、バケモノだ」
「ヤツは、悪魔だ」
「…………」
ひどい言われようにヒカルは頭をかきむしりたくなるのをこらえた。
「だけど」
お茶の入ったコップを両手で持ったクロードが言った。
「腕試しのために『選王武会』に出た俺たちは、本選にまでは出られたんだが、そこではあっさりと負けたんだ。あーあ、負けてしまったな……とそれくらいのつもりだったのになんだか無性に悔しくて……それはローイエやイヴァンの気持ちも同じだった」
「気がついたんだ。負けたことが、ヒカルから教わったことを否定されたみたいでそっちのほうが悔しいんだって」
「そのとおりだぜ。あんなに苦しい思いをした俺たちが束になっても勝てなかったヒカルを、あの場にいる全員に見せてやりたかったしよ。俺たちはこんなでも、俺たちの師匠はもっとすげえんだぞって」
それを聞いたヒカルは、胸がじんとするのを感じた。
あのときはその場の流れとミハイル教官にそそのかされたのと、必要に迫られて行った彼らとの訓練だった。
それほどまでに大事に思っていてくれたなんて。
「……俺はまだまだだと思った。まだまだリュカを守るには力が足りない。今なら、経験を積むための最高のチャンスがある——新大陸の遠征だ。幸いゲルハルト様も俺たちを気に入ってくれてどんどんチャレンジしてみろと言ってくれてるからな。だからこうして遠征部隊に志願したんだ」
そう言ってクロードは、締めくくった。
それからしばらく話をしてヒカルは彼らの天幕を出た。
12月の底冷えするような風が吹いて、ヒカルの吐く息が白く流れていった。
「……どうしよ。これ結局、僕のせいってこと……?」
途方に暮れたそのつぶやきに応えられる人はそばにはいなかった。