作品タイトル不明
「あの人」の名前
パトリシアが行った「デモンストレーション」のせいで各国の訓練は余計に気合いが入ったものになった。
特に「剣聖」ローレンスと「獣人王」ゲルハルトの訓練は過酷ながら着実にレベルアップできると評判で、国境を越えて腕利きたちが訓練の志願にやってきた。
キャンプ地を隣にしていることで騎士や兵士の行き来があり、冬の寒さは厳しくなるというのに活気はますます高まっていく——。
「…………」
「あ、リュカさん、なにを読んでいるの?」
「——ラヴィアさん」
ホテルのロビーにいたリュカに声を掛けたラヴィアは、彼女の手元に気がついた。
「それは手紙? ……もしかして」
「ええ。そうなんです、クロードからの手紙です。彼はまだ私がアインビストにいると思っていますから冒険者ギルドを通じて手紙を送ろうとしたようですね」
すでに冒険者登録済みのリュカは、クロードが手紙を持ってくる可能性も考えてギルドの受付嬢に「私がここにいることは彼に隠して、手紙を預かってください」と依頼した。
そして自分で受け取ったのだそうだ。
ギルドの登録時点で名前を偽ることができないためにできたテクニックとも言える。
「でもクロードさんはアインビストの軍にいるはず。ふつうなら軍の通信を使うんじゃないですか」
「そうすると他の人に内容がバレてしまうから恥ずかしかったようですよ……手紙にも書いてありました」
「……それでどんな中身が?」
「見ますか?」
「いいの?」
「はい。たいした内容ではありませんし」
苦笑いとともにリュカがラヴィアに手紙を渡した。
目を通してみると——そこにはクロードの葛藤が垣間見えた。
まず現状の報告。それに来年への展望。帰りはいつになるかわからないが必ず帰ってくる、と。
リュカに対しては「節度ある日々を送るように」といささか上から目線のメッセージを書いている。
愛を誓うような言葉はない。
「……これ」
なんとも言えない気持ちになってラヴィアが手紙を返すと、ますます苦笑を深めてリュカは言う。
「クロードの精一杯の強がりなのかなと思います。偉そうな書き方をするときは大抵、彼が寂しがっているときなんですよ」
「そうなの?」
「ええ……」
リュカは言いながらそっと窓の外を見た。
(へぇ〜……)
ラヴィアはその横顔を見て、あることに気がついた。
彼女もまた寂しいのだ。そしてクロードに早く会いたいと思っている。
座っている席からは窓がよく見えるのだが、その方角はクロードのキャンプへと向かっている。
意外と、お似合いの夫婦なのかもしれない。
そのころヒカルはポーラとともに冒険者ギルドにやってきていた。明日が今年最後の日——「大晦日」という言い方はしないが、「年越しの華祭り」が行われるので街全体がそわそわしている。
この年末ぎりぎりまで仕事をしようという冒険者はいないが、相変わらず勤勉なドリームメイカーの兵士たちは依頼をこなしている。
ただ、ギルドが閑散としているのかと言えば——そんなことはなかった。
「なんだこの人だかりは……」
「すごいですね……」
ギルドの外まであふれんばかりに冒険者がいたのだ。
「見たかよ!?」
「お、おお、見た見た。アレはやべぇな。さすがランクAの迫力だわ」
「つーかあの剣とか筋肉すご過ぎね!? ランクとか関係ねーわ、俺をあのパーティーに入れて欲しいわ」
「向こうがお断りだろ」
そんなふうに話している冒険者たちの声を聞いて、ヒカルは察した。
「あー……これはアレだな、『剣聖』や『獣人王』が冒険者をもっと集めろって言ったせいだな」
「どういうことですか?」
「グランドリーム大陸に渡る冒険者を大々的に募集したんだよ……それでぞろぞろと大物が集まってきたんじゃないかな」
これまではヴィル=ツェントラのギルドで募集していた程度だった。その目的も、
——グランドリーム大陸に冒険者ギルドの支部を作るため、その護衛を依頼する。
というものだった。
だが今回は違ったのだろう。大陸全土の冒険者ギルドに通達してあれば情報に敏感な冒険者はすぐにニオイを嗅ぎつける——美味しそうな財宝のニオイだ。
「こっちの用事は……また今度来たほうがいいかな」
ヒカルが冒険者ギルドに来たのは、「買い取り」の依頼を出していたからだ。ラヴィアの希望で「火魔法」「回復魔法」に関する魔法書で特殊なものがあれば買い取りたいと考えており、冒険者ギルドに依頼を出していた。
昨日、ホテルに「1件『回復魔法』の書で買い取り希望者あり」と連絡が来たので内容の確認にきたのである。
そこまで急ぎではないし、この混雑を割って入るだけの気力はなかった。
「それじゃ、帰りますか?」
「うん。そうしよう——」
『ヒカルじゃない! まだヴィル=ツェントラにいたのね』
ぽん、と肩を叩かれて振り返ると、そこにいたのは、
『久しぶりね』
『なんだセリカか』
『なんだとはご挨拶ね。これでも共同経営者でしょ』
共同経営者というのはホットドッグチェーンのことである。このヴィル=ツェントラでも「ポーンドホットドッグ」の屋台をいくつか見かけており、見かけるたびにフラフラとラヴィアが吸い寄せられていくので少々困っている。
あの激辛ホットドッグも相変わらず10本に1本は売れているようだ。
「お、おいあれ!」
「『東方四星』!? 俺初めて見たよ!」
「あのガキなんで話しかけられてんだ」
「道を聞かれてるとかじゃないのか」
「でもなんか聞いたことのない言葉だぞ」
周囲でそんな声が聞こえてくる。確かにセリカだけでなくその背後には、表面上はにこやかながらその実なにを考えているのかわからないソリューズ、へらへらしながらも油断なく周囲を確認しているサーラ、ヒカルに冷たい視線をポーラに温かい視線をと忙しく視線を使い分けているシュフィがいる。
さらにはヒカルはセリカと日本語で話しているのだから耳目を集めるというものだ。
「——こんな寒い外で話すのもなんだから、すぐそこの建物に入らないか?」
ソリューズが指したのは冒険者ギルドである。すでに「東方四星」が来たという情報が伝わっており、ぞろぞろと外までその姿を目にしようと出てくる冒険者がいる。
「お断りします」
社交辞令抜群のにこやかさでヒカルが言うと、
「そう言わずに。君もギルドに用があって来たんだろう?」
ソリューズもにこやかに引かない。
「いえ、たまたま通りがかっただけですよ」
「ギルドに用があったのに、あまりの混雑に途方に暮れているようだったけれど?」
「教会上層部の覚えもめでたい『東方四星』のリーダーともあろう御方が盗み見とは感心しませんね」
「私たちがいっしょに入って君たちの用事が手早く済むよう働きかけるさ」
こいつやっぱり面倒だな! とヒカルが再度断りを入れようとすると、
「なんだあのガキ。ソリューズさんにあんなに言われてるのに……」
「何者だ?」
「調べるか」
ヒカルの顔が周囲の冒険者に印象づけられていく。
「いっしょに入るかい? えーっと、君の名前は確か……」
わざとらしくアゴに人差し指を当てて考え込むように宙を見やる。
名前を出してもいいんだよ? と暗に脅迫しているようなものである。
わざわざ「アレグロ王の宝物箱」を開けたときにも顔が売れないように名前は仕方ないにしても顔が知られないようにしてもらったのだ。
ここで「ヒカル」イコール「髪の黒い少年」だとバレるのはまったくよくない。
「……そうですねえ、僕の買い取り依頼が受理されたかを確認するだけですから、すぐに用事は済むでしょう」
ヒカルはことさら強調する——自分の目的は「買い取り」だと。冒険者ではないのだと。
それはソリューズにとっても意外だったのか、目を少々大きく開いた。
「では行きましょうか」
さっさと終わらせるに限る。ヒカルは「東方四星」の先に立って歩き出すと、すすっとセリカが横に並んでくる。
『そうそう、チェーン店の利益が大きくなってきたから、あんたの口座にも振り込んでおこうかと思って』
『……その話はもうちょっと早くにして欲しかったなぁ』
ドリームメイカーの人たちに大盤振る舞いをして、すっからかんになった時期があるのだ。その後「アレグロ王の宝物箱」という依頼を見つけたからよかったようなものの、あれがなければかなり苦しかった。
『? なにかあったの?』
『いや、大丈夫。今何店舗くらいあるんだ?』
『100店舗が見えてきたわね』
『……予想外にすごいな。セリカは商才があるんだな』
『そうよ! これでもあたしの父親は起業家で、仕事の話をよく聞いていたし、あたしも面白いことをしたいってずっと思ってたんだから。まあ、日本にいるときは叶えられなかったけどね……友だちの葉月も誘ってやりたかったんだけどなあ』
ぴたり、とヒカルは足を止めた。
『ん。どうしたのよ、少年』
『……い、今なんて言った?』
『パパの話? かっこいいのよー』
『そうじゃなくて!』
『ど、どうしたのよ……』
思わずセリカに詰め寄って、彼女の両肩をつかんでしまう。
『——葉月、というのは……名字か?』
心臓が強い鼓動を打っている。
こんなときに、その名前を聞くだなんて思いもしなかった。
――生きにくいよ、それじゃ。あなたは賢いかもしれないけれど、危なっかしい。どこかで、いつか、ひょんなときに……ふっ、と死んでしまいそう。
ヒカルにとって唯一の、日本に対する未練と言ってもいいかもしれない。
卒業してしまってからは会うこともなくなっていたけれども頭の片隅に彼女はいて、鈍い光を放っていた。
『そう、だけど……。前に言わなかったっけ、高校に入ってから仲が良くなったあたしの親友のこと。彼女のフルネームは——』
セリカの言葉を聞いてヒカルは絶句する。
間違いない。
葉月先輩(・・・・) だ。