作品タイトル不明
財宝の所在
秘書官はパトリシアから「もう監視は止めろ」と言われていたが、それでもなお5日、追加でヒカルを見張らせていたのは彼の用心深さによるものだろう。
だが結局、彼らはいつも通りの生活をしているだけでなにも得られるものはなかった。
そうしてついに監視を止めた。
「——あ、ヒカル様、お帰りなさい」
「うん。ゴメンだけど扉開けててくれる?」
「はい〜」
監視がいなくなってから3日した夜——ヒカルはひとり、外から戻ってきた。
ポーラが扉を開けてやると、ヒカルは両手で抱えるほどの金属製の箱を持って部屋へ入ってきた。めちゃくちゃ重いというわけではないようだ。
その表面は泥で汚れていて、金属部分は腐食が進んでいた。ただそれなりに厚みのある金属のようで穴が空くまでではなかった。
「ヒカル、もしかしてそれ」
「ああ」
ラヴィアが読みかけの本を閉じて立ち上がる。彼女のいるテーブルまでヒカルはゆっくりと箱を運んでいく。
「見つけたよ、アレグロ王の『真の財宝』」
はっ、と息を呑んでラヴィアがポーラを見る。ポーラもまたその箱をまじまじと見つめていた。
ヒカルが、ドン、と箱を置くとぱらりと土が落ちたが誰もそんなことを気にしない。
「さて……それじゃ、開けてみようか?」
「うん。早く早く、見たい見たい」
「珍しいな、ラヴィアが興奮してる」
「だって今まで何度もお話で読んだ財宝伝説が、目の前にあるんですもの!」
ヒカルはナイフを取り出して金属箱の隙間に差し入れると、べきべきと音を立てながら一方が開いていくが、なかなか固くてそう簡単にはいかない。
「ヒカルばっかり苦労させてしまってごめんなさい」
「あー、汚れることも多かったから、さすがにラヴィアやポーラに任せるわけにはいかなかったかなぁ」
ヒカルの作業を横で見ながら、ポーラが言う。
「それにしてもヒカル様が最初、200万ギランじゃなくて羊皮紙を選んだときにはびっくりしましたよう」
「あそこじゃ説明する余裕もなかったしね。あの人たちも気づけないのは仕方ないよな、あの羊皮紙 そのもの(・・・・) が魔道具だったなんて」
最初に詩の文言を見たときに、ヒカルは「これは財宝のありかを示す暗号だ」と気がついた。
「魔力探知」を使い続けていたから羊皮紙から魔力が漏れ出ているのは感じていたし、本物の財宝を手に入れるにはこの「羊皮紙」そのものが必要なのだろうとも「直感」した。
そうなればあとは、羊皮紙を手に入れるだけだが——200万ギランを捨てて羊皮紙を手に入れる、というのはなかなかに難しい。
どうしたって疑われるからだ。
「見た目をこぎれいにしておいてよかった。冒険者には見えなかっただろうけどさ」
「おかげでわたしたちは『ただのお遊びで冒険者をやっている』って思われた。だから羊皮紙を欲しい、と言ってもあまり疑われなかった……ってことよね?」
「うん」
「でも、ヒカル様。パトリシア様たちがよくもすんなりあきらめてくれましたよね」
「まあねー。僕も初めて祭壇を見たときは焦ったけど、あれはほんとよくできてる…… 嫌がらせ(・・・・) だ、よ」
最初、ゼルゼ岬のアレグロ王生家へと向かったときのことだ。ヒカルも調査団と同じように洞窟の先に祭壇を見つけた。
そこで、
——うわっ、もう掘り起こされてるじゃん!
と思ってしまうのはある意味当然だろう。
「だけど、それこそがトラップだったんだよね。『もう財宝はないよ。あきらめなよ』っていう。あんな洞窟は偶然、誰かに見つかることもある。それを見越した上で細工しておいたんだろうね」
偶然洞窟を見つけてしまった人間だって、妙なところに洞窟があればそこに「意味」を見いだしたがるものだ。
だがすでに掘り起こした形跡、荒らした跡があれば、ふつうなら「もうここには財宝はない」と思う。
宝の地図を持ってやってきた人間ならなおさら引っかかりやすいトラップだ。
ひょっとしたらほんとうに、少額の財宝を置いておいた可能性もある、とヒカルはにらんでいた。そういった歴史はヒカルたちが探した範囲では過去になかったけれども。
一度発見された「財宝の隠し場所」に、「新たな財宝への手がかり」があるだなんてふつうは思わないだろう。
「でもヒカル様は『詩集』という言葉に着目した……んですよね?」
「うん。宝物箱にあったのは一篇の詩だし、それだけで『詩集』と言うのはおかしい。つまり続きがある……って思ったんだ」
箱を開ける手を止め、懐から丸めた羊皮紙を取り出しテーブルに載せた。
「あの時点で僕は、宝物箱から出てきたこの魔道具をまだ使ってもいなかった。だから文言だけで財宝が見つかってしまってはおかしいよな、って思い直したのも大きいんだけどね」
テーブルに置かれた羊皮紙——「アレグロ王の宝物箱」から発見された羊皮紙の余白には、新たな詩が追加されていた。
3つも。
「あの日、朝日が差し込んで……羊皮紙をそこに当てると文字が浮かび上がったでしょ? よく見ないとわからないけど、あの洞窟の小窓にも魔道具が仕込まれてあったんだ」
それからヒカルたちは浮かび上がった文字——詩に見せかけた次の手がかりへのヒントを解いていく。
監視の目があるので図書館に行くのは最低限で、あとは冒険者ギルドの依頼をこなしながら夜間には「隠密」でヒカルがその「手がかりのある場所」へとひとりで出かけていった。
それを繰り返してようやく——今日、本物にたどり着いた。
ヒカルは箱を開ける作業を再開したが、それからさほど時間はかからなかった。
「そろそろ開く……ぞっ、と!」
ヒカルが中をのぞき込むと、ラヴィアもポーラも額を寄せてきた。
「箱?」
「箱ですね」
そこには——少量の土といっしょに、小ぶりな箱が入っていた。
見た目は「アレグロ王の宝物箱」と同じだが、サイズは二回りほど小さい。
ただ、箱に宝石ははめ込まれていない。
ヒカルが取り出したその箱がテーブルの上に置かれると、
「おお〜」
ラヴィアが感嘆の声を漏らし、ポーラが拍手をした。
表面の赤はだいぶ退色が進んでいるが宝石の輝きは損なわれない——とはいえ砂埃をしっかりかぶっているのだが。
「開けてみるね」
ヒカルが手を伸ばすと、簡単に箱は開いた。
そこにあったのは1枚の羊皮紙と——多くの宝石だった。
室内の明かりを受けてきらきらとまばゆいばかりの光を放つ。
「わあ……」
思わず、といった感じでラヴィアが声を上げる。
ポーラはと言えば声もなくフリーズしていた。さすがにここまで入っているとは思わなかったのかもしれない。
真ん中に置かれてあるダイヤモンドなんて、握りこぶしに近いほどの大きさだ。
ヒカルが手にした羊皮紙にはこう書かれていた。
————————
詩集・終 アレグロ=サンドロワ=アカシオン
光はこぼれるもの この手からこぼれ 二度とすくえぬもの
形ある光はむなしいが 形なければ光を得られぬ
我が命の灯火は尽きんとす
願わくば光がとこしえに続かんことを
————————
「……詩集の『終』だから、これでほんとうに最後ってことだな」
ヒカルは宝石のひとつを手に取って明かりに透かして見る。透明度が高いが、魔力反応はない、ただの宝石だった。
「苦労の甲斐はあった……かな?」
「十分すぎる」
「すすすすすすごいですぅう!」
「ふたりともひとつかふたつ、気に入ったのあったら持っておく? こんなに大きな宝石を手に入れるチャンスはなかなかないと思うよ」
するとラヴィアとポーラが視線を交わした。
「遠慮しておくわ」
「私も、結構です。畏れ多すぎます……それにヒカル様がほとんどひとりで行動して見つけたものですし」
「そう? 遠慮しなくていいのに。ふたりがいっしょに図書館で調べてくれた情報があったからすんなり見つけられたんだよ」
「わたしの場合は遠慮というか……その、これってアレグロ王のお墓にあったものでしょう? 身につけてあまり気分がいいものでもないし」
「あ……うん、そうか」
確かに。
ヒカルは言わなかったが、この箱があったのは地下の霊廟のような場所だった。人里離れた森の奥に、魔道具で隠されていた。
箱は、ミイラ化した遺体の隣に埋まっていたのだ。
(でもなぁ……この最後の詩が意味してるのは)
アレグロ王の最後の詩、「形ある光はむなしいが 形なければ光を得られぬ」とある。
これは「宝石の光は人間の放つ光よりもむなしいものだけれど、そんな宝石(つまりお金)がなければ人間は生きていけない」という意味だろうと思う。
(使って欲しい、とも取れるんだよな。まあ「願わくば光がとこしえに続かんことを」……「金に換えて有意義に使え」っていう意味合いのほうが強そうだけどさ)
アレグロ王はひとりで眠っていた——孤独な人物だったのかもしれない。
だからこそ私財を残すにしても、知恵のある者に託したかった……そういうことではないかとヒカルは思う。
「でもそれよりね」
そんなことをつらつら思っていると、ラヴィアが続けた。
「わたしは高価なものを身につけるよりも、ヒカルといっしょにいるほうが楽しいし、うれしいから。これは全部お金に換えて、いっしょに楽しむことに使いましょう」
そう、ストレートに言われるとヒカルもそれ以上は言えない。
むしろ照れてにやついてしまった。
「ヒカル様の口元がだらしないです……! ラヴィアちゃんの言葉の破壊力すごいです!」
「うるさい。ラヴィアは可愛いからいいの」
全部お金に換えようと決心したヒカルだった。
結局この宝石は、盗賊ギルド——ポーンドのケルベックのツテを使って、その代表に売りさばくことになった。
総額は2億5千万ギラン。
これで当面の活動は安心だなとヒカルは思った。