作品タイトル不明
ゼルゼ岬の調査
アレグロ王の生誕地として知られているのはゼルゼ岬であり、ヴィル=ツェントラの北方、早馬で半日といった距離のところにある。
「明日にはまた来るからよ!」
ヒカル、ラヴィア、ポーラの3人を連れてきた早馬のオッサンたち——この世界の早馬のオッサンはたいていが渋めのオッサンだ——は、そう告げると手を振って去っていった。
まだ日は高い。
街道——と言うにはだいぶ荒れている道路脇に休憩できそうなスペースを見つけてヒカルたちは腰を下ろした。
持ってきたお弁当で軽い昼食である。
「馬って乗ってるだけで疲れるよ。そう思うと、コウがいたときはだいぶ楽だったんだよな。『龍の道』のショートカットはズルすぎるほどに便利だ」
するとラヴィアがぽつりと、
「コウちゃん、元気かな」
「……勝手に里を抜けたことは相当怒られるみたいだけど、まあ大丈夫なんじゃないの。そんなことよりもグランドリーム大陸で邪に連なる者が暴れていることを見つけたほうがよほどの功績じゃないか」
「そのことだけど、龍って神様の使い、みたいな立ち位置なのよね? あっちの大陸であれほど大々的に邪が広がっているのに気づいていないって不自然なのではないかと思っていたの」
「そうだね——ラヴィアはなぜだと思う?」
「ん。龍は全能じゃないからミスはある」
「コウを見ている限り、全能からはほど遠いよな」
「ふふ。コウちゃんはいいの」
コウはだいぶ特別扱いされている。
「それでね——龍はあくまでもこの世界の神様を支える存在というだけで、それはわたしたちとあまり変わらないのではないかしら」
「同じ生き物……かなり強めに作られた生き物、ということ?」
ラヴィアはうなずいた。
「僕はちょっと違う考えではあるのだけど、同じ生き物という点ではラヴィアと同じかな」
「どのあたりが違う?」
「うーん……コウや他の龍の言葉を鵜呑みにするなら、彼らは天界に住んでいて、神の存在を身近に感じながら、神の意志を実行する存在だ」
うんうんとラヴィアがうなずく。
「だけど『聖魔』を扱える力を持ってはいるものの、やれることは僕らとさほど変わらない。その『聖魔』にしても僕らだって使うことができる——効率的な利用法はまだ見つかってないけど。龍と、その他の生物には違いがもちろんあるのだけど、逆に言えばその違いは、人間と動物との違いと同じ程度の幅に収まっているように思える。つまり彼らは神に近くもなんともない」
「それならどうして龍たちは『神の使徒』を名乗るのかしら」
「彼らは長命で、とてつもない力を持っている。選民意識、とは言わないまでも、それに近い考えをもっていてもおかしくない。わかりやすく彼らは『自分たちこそ神に近い存在』だと思ったんじゃないかな。でもその過剰な自意識は龍にとっての弱点なんだ。だから、邪に連なる者に裏をかかれたことにも気づかない」
「……ヒカル様にとっての神様、ってなんですか?」
それまで黙っていたポーラが口を挟んだ。
彼女にとって「神」は幼いころから信仰してきた対象だ。
この世界では「ソウルカード」や「ギルドカード」を通じて「神」の恩恵を得ることができるがゆえに、神に仕える教会関係者は自分たちの信仰を疑う必要がない。
神にまつわる書物に出てくる龍は、ポーラたちにとっては神に近しい存在。
だから、ヒカルが言っている「龍は他の生き物といっしょ」という内容は教会にとっては危険な発想なのである。
「神はこの世界の根幹を支える存在だよ。だからこそ、『意志』を持っている龍は神の 眷属(けんぞく) たり得ない」
「どうして龍が『意志』を持ってはいけないのでしょう?」
「この世界のシステムでは『聖』も『邪』も等価値だから、かな。僕のソウルボード上には『聖』も『邪』も同じように表示され、同じようにポイントを振ることができる。もしも『邪』がよくないものであるならソウルボードもそうならなければいけない」
ヒカルが考えるに、「信仰」は「人間がどうしてももってしまう心の動き」のひとつである。だからこそソウルボードでは「心の動き」つまり「精神力」のカテゴリーに「信仰」があり、その強さによって「聖」や「邪」に傾く。
その「表示の判断」に善悪の価値観は関係ない。
うーん、とポーラが考え込むとラヴィアが口を開いた。
「でもヒカル。『聖』と『邪』が等価値であるなら、『聖』を推すコウちゃんたちと、『邪』を推すグランドリーム大陸の龍がいるのだから、これはバランスしているのではないかしら?」
「それは……面白いな。そう考えると、龍が神の使徒であるというのはあながち間違いじゃないかもしれない。龍に意志を持たせることで『聖』か『邪』を選択させ、世界の均衡を保つ、か」
そんなふうに議論しつつお昼の時間は過ぎていった。
* *
「パトリシア様、 北(・) に向けた調査団が帰ってきました」
「——報告を聞くわ」
その日の夕方、パトリシアは秘書官からそう言われ、調査団を待たせている別室へと移動した。
1泊2日の強行軍なのであちこち薄汚れた格好だ。
団長らしき男が敬礼しつつ報告を始める。
「我ら調査団は正規軍より4名、諜報部より4名、歴史学者2名を含む全10名で構成され、昨日正午にヴィル=ツェントラを進発し、ゼルゼ岬には日没直前に到着しました。アレグロ王の生家とされている家は荒廃しており、学者の同行がなければわからなかったほどです」
過去の英雄もすでに忘れ去られようとしているらしい。
今回の「宝物箱」のことでアレグロ王が再度脚光を浴びるかもしれない。そうなれば生家も観光名所として活性化する可能性がある。
ゼルゼ岬を整備した方がいいかもね——とパトリシアは心の中にメモをした。
「生家の中はどうなっていたの?」
「なにもありません。家具もなにも。屋根は崩れ、壁は残っておりましたが床も抜けており、まともに入ることもできません」
「わかった——それから?」
「すでに日も暮れ、周囲は暗くなっておりましたが墓地を発見しました。それから西に向かうと確かに、岬の崖下へと向かう大穴がありました。相当巧妙に隠されており、生い茂る藪のせいでそうと知らなければけっして調べようとは思わないような場所です。入ってゆくと、らせん状の階段を下ることができました」
詩にあったとおりだ!
パトリシアはごくりとつばを呑むが、なるべく平静を装ってたずねる。
「……それで?」
「洞窟は南側に少々突き出ているようで、その終点には小さな祭壇のようなものがありました。右手には小窓が開いており、向きは東。そこで日の出を待つことにしました」
いよいよ核心だ。
それなのに……隊長の表情は優れない。
「ですが朝日は差し込んできたものの、なにも起きませんでした」
「……なにも起きなかった?」
「はい、なにも。それから正午まで待ちましたがなんら変化がなく、見張りからこちらへ接近している早馬の報告があり、そこから撤収しました」
やってきたのは冒険者ヒカルだろう。
「それじゃあなんにも意味がない詩だったってわけかい」
「いえ、それがもうひとつありまして。先ほど申しました『祭壇のようなもの』です」
「ふん? そう言えばそんなこと言っていたね」
「かなり荒らされていました。祭壇の下には穴が開いていて、ちょうど博物館の宝物箱程度の大きさのなにかを取り出したような穴が……」
バンッ、とパトリシアはテーブルを叩いた。
「ああっ、もう! 先を越されてたってこと!?」
「……はい。穴を掘り起こしたのはずいぶん昔のようで、祭壇もその際に荒らされてから時間が経っているようでした。数年レベルではなく、数十年、あるいは百年以上前かもしれません……」
すでに、いたのだ。
アレグロ王の残した財宝に気がついて、掘り起こした者たちが——。
「……考えてみればそうよね……」
立ち上がり、部屋を歩きながらパトリシアは苛立たしげにつぶやく。
「財宝を集めるにせよ残すにせよ、秘密は漏れる。箱を用意する者、財宝を集める者、宝物箱だって魔術を施す者……様々な人間が関わる。その全員に、財宝のありかを隠すことなんてできるわけがないのに。……はぁぁぁぁ、興奮して損した」
「心中、お察しします」
「では総首領、冒険者ヒカルについてはいかがします?」
「ゼルゼ岬に何人か残しているんだろ? それならそれで、帰ってくるまで監視しておいて。万が一、あなたたちに発見できなかったものを見つけるかもしれない」
「…………」
明らかに調査団長は「それはあり得ない」という顔をしていた。彼は彼で、その道のプロだからだ。
だが総首領の決定は絶対だ。
それから数日後——秘書官は激務のパトリシアに報告をした。
「総首領、冒険者ヒカルの動向ですが」
「ヒカル……? ああ、あの スカ財宝(・・・・) の」
「スカとは、これはまた結構なおっしゃりようですな」
「それで? なにかあの少年は発見したのかい」
秘書官は首を横に振った。
「残念ながら。我が調査団が確認した翌日、同じようにゼルゼ岬に至ったようですが、翌日の昼にはなにも持たずに早馬とともにヴィル=ツェントラに戻ってきています。その様子は意気消沈していた、と……」
「そりゃそうだろ。200万ギランがパァだから。——まさか、やっぱり200万ギランで買い戻せとか言ってきたのかい?」
「いえ。戻ってきてから2、3日は図書館に通っていたようですが、それも止め、今は冒険者ギルドで依頼を受けているようです」
「ふーん……どんな依頼だい?」
「孤児院の修繕や、国庫に足りない一般薬草の納品など……まあ、金にはならない仕事ばかりと言いますか」
「やっぱりね。どこぞの道楽息子なんだろう、金には困ってないんだよ。で、自分たちの満足のために他の冒険者がやらないような仕事をやって、いいことをした気になる」
「監視はどうしましょうか?」
「監視ィ?」
パトリシアはびっくりしたように目を見開いた。
「まだ監視を続けてるのかい? うちの諜報部がそんなにヒマだとは思ってもみなかったよ。道楽息子の冒険者の監視なんてさっさと止めて、ビオス宗主国やアインビストの、面倒な連中を押さえて」
「かしこまりました。——では本日のご報告は以上です」
「ありがとう。下がっていいよ」
「はっ」
礼をすると秘書官は執務室を出て行った。
室内でわずかにカーテンが揺れたことには、パトリシアも、秘書官も気がつかなかった。