作品タイトル不明
決意の布告
その日、会食の場にはごく少数の関係者しかいなかった。
ヴィレオセアン側はパトリシア総首領、ヴィル=ツェントラ市長。
ドリームメイカー側はドリアーチ国王。
それぞれ秘書官や文官がいるものの、室内には10人もいない。
「本気でおっしゃっているのですか」
日課のようになっている昼食会だったが、その場でこれほど重大な発言が出るとはパトリシアは考えていなかった。
「ええ、本気です。ウソや謀略でそのようなことを申し上げるほど、落ちぶれてはおりません」
「しかしドリアーチ国王……あなたが今言ったことは、グランドリーム大陸の大半の権利を『放棄する』ということに等しいのですよ」
「わかっております」
ドリアーチが昼食のコースが終わるやパトリシアに告げた。
「グランドリーム大陸を取り戻すのに力を貸して欲しい。ついては、尽力に応じてグランドリーム大陸の土地を割譲する」——と。
元々、あの大陸にはドリームメイカーという1国しかなかった。もちろん大陸のほとんどが未開地であることは確かだが、それでも先に住んでいたという事実を盾に所有権を主張するのはおかしくない。むしろ、主張するのがふつうだ。
にもかかわらずドリアーチは「割譲する」——「権利を放棄する」と言っている。
(現実的にはドリームメイカーがコントロールを失っている土地。それをくれてやっても痛くもかゆくもないってこと? それほどにあの土地に戻りたいということ? ウチとしては技術が手に入るならドリームメイカーを併合しても構わないのだけど)
パトリシアはお茶の入ったカップを持ち上げて口に運びつつ思考を巡らせる。
するとそれを見越したようにドリアーチは言う。
「パトリシア総首領。あなたはこの国が来年存在していると思いますか?」
「……それはどういった主旨の質問でしょうか?」
「失礼。言い方が悪かったですね。ではこうしましょう。100年後はどうでしょうか? 1,000年後は?」
「長期的な未来において、国の存続を望むのは当然のこと。歴史に照らし合わせれば100年単位で国は入れ替わるものですが、そういう質問をしているのではありませんね?」
「ええ……。もう1つ質問を。10年後に、この大陸の人類は存在していると思いますか」
なにをバカな、とパトリシアは眉根を寄せる。「当然でしょう」と答えようとして——思いとどまった。
質問の意図に気がついたからだ。
「ドリアーチ国王。あなたは、グランドリーム大陸のモンスターがヴィレオセアンに……こちらの大陸に攻め込んでくると、そうお考えですか」
「ほぼ間違いなく、来るでしょう」
「だから、国土の権利を放棄してでも武力を呼び込み、モンスターを駆逐したいと考えている」
「はい」
「モンスターがあの大海を渡れるという根拠はありますか」
「あります」
するとドリアーチは、彼らの祖先の話をした。祖先は何百年もの昔、海を越える渡り鳥が運んできた植物の種子からグランドリーム大陸の存在を予見し、発見した。
渡り鳥が渡れるのだからモンスターに渡れない理由はない。
「ふむ……」
筋は通っているように感じられる。だが、あまりにもあり得ないとパトリシアは思う。
(……自分たちの優れた魔道具でも抑えきれなかったモンスターを、過大視しているのかもね)
そう考えた。
* *
ヴィル=ツェントラに隣接しているドリアーチたちの街、ヴィル=ドリームに戻ってきたドリアーチたち一行は、早速会議を招集した。
議題は、ドリアーチの提案に対するパトリシアの反応について、である。
『パトリシア総首領は、グランドリーム大陸のモンスターを侮っているようですね』
ドリアーチに同行していた文官のひとりが言うと、変わらず兵士たちをまとめているグルゥセルが口を開く。
『……それならばそれでよいのではありませんか。モンスターに恐れをなして出兵を拒否されるよりも、甘く見て多く出兵してくれるほうがはるかに有益かと思います』
『私もグルゥセルの意見と同じです。ただあまりに甘く見るあまり、実際に戦闘が行われ、その後我々をウソつきだと非難しなければいいのですが』
ドリアーチの懸念はそこだった。
グランドリーム大陸のモンスターについては正直に伝えているし、だからこそ脅威であると言っている。
にもかかわらず、パトリシアを始め、こちらの大陸の人々は真剣に受け取っていないように感じられる。「君たちは負けて逃げてきたからそう言うんでしょう?」という感じだ。
『それでも我らは仁義を通したことになるでしょう。ビオス宗主国でしたか……あそこはグランドリーム大陸に渡ることに相当乗り気でした』
『ええ……欲望を持った国は多いのでしょう。ヴィレオセアンが派兵に躊躇したとしても、他国が乗ってくればヴィレオセアンも人を出さざるを得ません』
そう言うドリアーチの表情が優れないことにみな気づいていた。
この国王は、優しすぎるのだ。政治の駆け引きなどにはまったく向いていない。
『グルゥセル、シルバーフェイスはどうしていますか』
『昨日来たときには特に変わりはありませんでした』
『彼からは大金を借りていますからね。早く返したいという思いもありますが……利用できるものはなんでも利用しなければいけないのでしょうね』
『おっしゃるとおりです。しかしシルバーフェイスのことは気にしないでよさそうです。むしろ他に不足はないかと聞いてきたくらいです……あの者の個人財産はどれほどあるのか』
『つまらぬ勘ぐりは止めましょう。いつか彼にも恩を返さねばならない……それだけでいいではありませんか』
『はっ』
検討事項はそれ以上なく、会議は短く終わった。結局のところパトリシアの出方を待つしかないのだ。
パトリシアが動いたのは早かった。翌日にはドリアーチを呼び出し、
「派兵の件、承りました」
と言ったのである。
「グランドリーム大陸奪還作戦」はこの日、正式に布告された。
* *
ポーンソニア王国女王、クジャストリア=ギィ=ポーンソニアはヴィレオセアンからの使者から派兵の件を聞くと一瞬眉をひそめた。
だが彼女は即座に使者へと答えた。
「我が国も協力します。しかしながらその規模については検討が必要です」
「もちろんでございます」
「派兵はいつごろ始めるつもりですか」
「第1次派兵は今年12月までにヴィル=ツェントラに集結。来年3月に渡海。第2次派兵は来年3月に集結、翌々5月に渡海。第3次派兵は来年5月に集結、翌々7月に渡海となります」
「ふむ……船は足りますか」
「正直を申しますと、どれくらいの協力を得られるかが未知数でございますから、わかりません。しかしながらクインブランド皇国は自前の船をお持ちですし、ドリームメイカーの協力の下、新船を建造しておりますからほぼまかなえるのではないかと考えております」
「ヴィレオセアンの陣容について教えてください」
「ヴィレオセアン海軍7,000、ドリームメイカー正規軍2,000の合計9,000を予定しております」
「なっ……」
クジャストリアは思わず腰を浮かせた。
彼女が知る限り、海軍7,000はほぼ全軍だ。最低限の沿岸警備しかできないことになる。
その反応を見透かしたように使者は言う。
「ドリームメイカーからは魔道具を借りておりまして、港湾近辺の海賊はこの魔道具で追い払えると判断しました」
「なるほど……わかりました」
はっきりしたことがある。
パトリシアは本気だ。本気で、東海の先の大陸を得ようとしている。
彼女たちにとって海は交通路であり、海でつながっている大陸は地続きのそれと等しいのだろう。
(相当な利益を見込んでいるということ……)
これはこちらも腹をくくらねばならないだろうとクジャストリアは思った。
今、国内は疲弊している状態から立ち直ろうとしている。だがそれはまだまだ発展途上だ。
クインブランド皇国と手を結べたのはよかったが、多人国家アインビストとは相変わらず険悪なままだし、軍の再編も必要だ。
よしんば新大陸の土地を確保できたとしてもその分割はどうする? 土地をもらえないのに出兵したがる貴族はいないだろう。土地を持たない官位貴族ならばこの好機に土地をもらおうとするだろうし、熾烈な争いがあることは間違いない。
(問題が、山積み……)
頭が痛くなってくるクジャストリアだった。
だが——それでも、
(話に乗らない、という選択肢はない)
ヴィレオセアンが本気を出すのなら海戦は勝てると思われる。陸上戦はむしろポーンソニアやクインブランド、その他内陸の国家にとって得意な分野だ。
きっとどの国も話に乗ってくる。
ポーンソニアだけがそれを見送るわけにはいかない。
あとはどの程度、この戦いに 入れ込む(・・・・) か。
いまだ10代である彼女の双肩には、重すぎる問題がのしかかっている——。