作品タイトル不明
払暁の襲来
ゴォォォンゴォォォンゴォォォンと鐘が鳴り響いたのは中央鐘楼だ。この場所はすでに占拠されており、監視のために2人の兵士がいるはずだがーー。
『お、おい、どうするよ』
『こんなの聞いてない! 鐘楼は使わないはずだ』
『と、とにかく確認しよう』
兵士たちが鐘楼の階段を慎重に登っていった——。
他の鐘楼では、同様に監視のために残っている兵士が言い合いしていた。
『王様側の兵士が攪乱のために鳴らしているんじゃ?』
『でも聞こえてくるのは中央鐘楼だぞ。あそこは真っ先に我々が押さえたはずだ。あそこが取り戻されているのならこっちは負けてるってことになる』
『じゃあ負けってことか?』
『わからねえからこうして話してんだろ!』
混乱する叛乱軍を冷ややかに眺めていたのは、すでに捕縛済みの守備兵だ。
彼はひとりでここの宿直となっていたが、仮眠を取っていたところをいきなり縛られたので、殺されてはおらず、こうして床に座らされている。
『もっとシンプルに考えられないのかねえ? そしたら真実なんて見えてくるだろ』
『な、なにっ……』
『 ほんとうにヤバイ(・・・・・・・・) ことが起きてるんだよ。アンタらだってこんなバカげた叛乱を止めざるを得ないような、マジもんにヤバイことだ』
『!?』
ぎょっとするふたりの叛乱兵。
『な、なんだよ、そのヤバイことってのは』
『知らねえよ。だけど、もしも俺の仲間が鐘楼を取り返していたのなら、緊急避難の鐘なんぞは鳴らさない。「兵力の非常呼集」で宮殿に兵士を一気に集める』
『それは——そうかもしれないが……』
『大体この鐘がここまで聞こえてるってことは、国民が動き出すぞ』
『!』
叛乱兵はそれに気がつくと、外へと走り出した。
『あ……』
すでにあちこちの家に明かりが灯っている。異常事態に気づいていた家はもちろん、鐘で目を覚ました国民も多いのだろう。
——なんだ!?
——避難だ! 避難信号!
——とにかく逃げろ!
こうなってしまえばどうしようもない。電撃的に宮殿を制圧するという作戦は失敗したのだ。
『どうする。こうなったら間違いを訂正する鐘を鳴らすか。それで混乱が収まるか、あるいは火に油を注ぐことになるのか』
『あ……』
すると横にいたもうひとりの兵士がその場にへたり込んだ。
『どうした、おいっ。こんなことで凹んでんじゃねえよっ。ここからでも挽回しねえと俺たちに明日はないんだ!』
『あ、あれ……』
『ん?』
彼らがいた鐘楼は、いちばん北にある鐘楼だった。
そこからは通りが真っ直ぐに伸びて、北側にそびえる街の城壁も見ることができる。
『あ……』
そちらを見やった兵士は、同じように口をあんぐりと開けて声を漏らした。
不意に始まった周囲の慌ただしさと、遠く聞こえる鐘の音に紛れて聞こえていなかったが——耳を澄ますと地響きのような音が聞こえてくるのだ。
地響き。
街の北側からやってくる。
いまだ暗い夜空、城壁の向こうに上半身が見えた——それは先日、この町を恐怖に陥れた存在。
ヤママネキそのものだった。
それが、 何体も(・・・) いたのだ。
『……おん? どうだったよ?』
縛られ、座っていた鐘楼の守備兵は、血相を変えて戻ってきた叛乱兵に怪訝な思いをしながらも気軽に声を掛けた。
『お、お、お、おいっ、落ち着けアンタら!』
だが片方がナイフを引き抜いて迫ってくるのを見るとさすがに顔色を変えた。
刺される——と思うのは無理からぬことだろう。叛乱兵はナイフを振り下ろすと、ぶつり、と守備兵を縛っていたロープを切った。
『……あれ?』
『頼む!』
わけがわからないでいる守備兵に、叛乱兵は頭を下げた。
『鐘を鳴らしてくれ! 緊急避難だ!』
『え? え?』
ズゥゥゥゥン。
大地を震わせる音が聞こえてきた。
事情がわからないのは守備兵である。
『急がないと国がなくなる!』
『いや、鐘、え?』
『早くしろォォォッ!!』
『わかった! わかったって!』
ナイフの切っ先を突きつけられ、守備兵は立ち上がった。
鐘楼に掛けられたハシゴを飛ぶように昇りながら守備兵は城壁方向に気がつく。
『へ……? な、なん、あれ、って、あの……モンスター……? ——うおおおおおおマジもんにヤバイことなってんじゃねえかっ!』
彼はさらにスピードを上げて鐘に取りつくと、ゴォォンゴォォンと低い音の鐘を狂ったように叩き鳴らした。
魔導ランプが照らし出す戦場の真ん中で、立ちすくんだポーラ。誰も彼もが突然鳴りだした鐘楼の鐘の音に驚いている。
『いったいどうなっているッ!』
ルーデンドの叱責に、衛生環境局長が青い顔でうろたえる。
『い、いや……なにがなんだか。確かに中央鐘楼は押さえたのですが』
『現に鐘が鳴っているッ! さっさと制圧に行け!』
『は、はいっ』
『——もう手遅れでしょう』
走り出そうとした衛生環境局長を留めるように言ったのはゴルジアだ。
『鐘は鳴ってしまった。もう、国民は動き出しますよ』
『そんなことは』
『わかっている——のなら、やるべきことはひとつでしょ?』
『なに……?』
『可及的速やかに宮殿を制圧する。今、人質がどうのなんて時間をかけている余裕はもうありません。ブラストキャノンをぶち込むなら、今だ』
ブラストキャノンの触媒を紛失したものの、残りの素材をかき集めて1発は撃てる準備が整っていた。それを温存してきたのだが——。
ルーデンドが視線を向けると、そこにいるのは16人に守られた回復魔法使い。
『魔法使いごと、か』
『アイツを落とせば、敵の士気は一気にくじかれる。終戦後に治療ができないのは痛いですが、今は宮殿を制圧するのが最重要』
『……無抵抗な魔法使いを……』
『ルーデンド局長。あなたは、今日の叛乱を成功させるためにすべてを犠牲にする覚悟なんでしょうが! ここでなにをためらうッ!』
ゴルジアの叱咤に、キッ、とルーデンドは顔を上げる。
『ブラストキャノンを出せ!』
立ち止まったポーラだったが、先方からは特にこっちに来いともなにも言われず放置されていた。あれ? このままでいいのだろうか? と思って隣にいるガリクソンを見るが、ガリクソンもまたわからないように首をかしげていた。
が、
『女神様、アレを……!』
ブラストキャノンが正面から現れた。
(え? え? あれって確かラヴィアちゃんが無効化したんじゃなかったっけ? なんで出てきたの? ハッタリ? っていうか、アレが向いてる先って——)
大筒は水平になっていた。
目標は——。
(——私、だ)
身体が凍りついたように動かなくなる。恐怖が実体化して身体を押さえつけてきたかのようにすら感じられる。
——女神様、避難——。
——動いて、走ってください——。
——盾になれェッ——。
親衛隊の皆さんが口々に言うが、その言葉は頭に入ってこないし、そもそもポーラは彼らの言っていることを理解できない。
たとえポーラがすぐに走り出して逃げたとしても、砲弾の速度から逃れられるワケがないのだが。
撃たないよね? 撃つはずない。
そんな希望的観測はすぐに木っ端微塵に打ち砕かれることになる。
砲手の横にいる叛乱兵たちが両手で耳を覆ったのだ。
(あっ……)
ブラストキャノンが、光を放った——。
轟音。
放たれた砲弾が、こちらへ——いや、彼女たちをわずかにずれて、誰もいない地面をえぐりながら吹っ飛んでいく。
照準がズレた?
違う。
ブラストキャノンが放たれる直前、その大砲へ横からタックルした人物がいたのだ。
『このッ……!』
『誰だ、押さえつけていなかったのは!?』
発射する大砲にショルダータックルをかましたことで、衝撃波でその身体は数メートル飛ばされていた。肩や腕の骨が粉砕したのだろう、ぐったりと地面に寝転がりながらも彼は——ヴィレオセアンの騎士リュック=ランドンは笑って見せた。
「……騎士を、舐めるな……」