作品タイトル不明
鐘の音
——近くにいるんだろう、回復魔法使い! 出てこないと仲間が死ぬことになる!
ゴルジアの声はよく通り、奥で治療を続けるポーラの耳にも届いた。
仲間が死ぬ——。
そう聞いて真っ先に思いついたのはラヴィアのことだった。別行動してブラストキャノンを無効化しているはずの彼女だが、ミスをして捕まったのかもしれない。
「い、行かなきゃっ……!」
「女神様!? ダメ、行ってはいけない!」
ガリクソンが止めようと手を伸ばしたが、ポーラの方が早かった。ゴルジアの見込み通りポーラの居場所は戦闘地帯からさほど遠くなく、すぐにも彼女の目には魔導ライトの光が目に飛び込んでくる。
「……あれ?」
だがそこにいたのはラヴィアではなくリュック=ランドンたちだ。ホッとはしたが、事態が好転したわけではない。多少は知っている人たちだ、彼らが殺されるのも見過ごすことはできない。
リュックたちが捕まり、人質のように扱われるという事態は想定していなかった。彼らが死んだら、この後に始まるヴィレオセアンとの交渉に悪影響が出ることは明らかなので、叛乱軍も手を出さないだろうと踏んでいたのだ。
(でもああして利用されちゃってる……私たちが思っていた以上に切羽詰まってるってこと? それともなにか他に理由が……)
考えようとしたがうまくまとまらない。周囲ではドゥインクラーが『すぐに奥へ連れ戻しなさい』と叫んだり、『交渉するのはこちらだ』とルーデンドが声を張り上げたりしている。
戸惑ったような顔で、しかしガリクソンら親衛隊の皆さんがポーラを守るように展開する。ポーラは意を決して歩き出す。
(ここでリュックさんたちを死なせることは、ヒカル様も望んでいないはず……!)
ポーラの思考原理はすでに「ヒカルならどうするか」というものになっていた。
やってきた回復魔法使いを見てルーデンドが満足そうに笑う。そしてゴルジアが代わりに口を開く。
「回復魔法使いがこちらに来るなら、命の保証をする。もし、回復魔法使いに従う者がいるなら、それらの保証もする。お前たちはこの戦いに関係ないはずだ。だが、ドゥインクラーにつくというのなら、この者たちの命はない」
ゴルジアがリュック=ランドンの肩に刃を載せた。
「回復魔法使い殿……」
ドゥインクラーが苦しそうな顔でポーラに言う。
「我々としては、どうしてもあなたに味方して欲しい。この国には絶対に王様が必要。あいつらのやっていること、絶対にダメ。よくない」
もどかしそうに拳を握りしめ、『ああっ、もっと言葉の勉強をしておくべきだった! うまく伝えられん! ディーナいないのか!?』と毒づくが、この場でポーラに通じるよう流暢に言葉を操れるのはドゥインクラー以外にいない。
(私がこちらに残れば、持久戦になって、勝敗がわからなくなる……その代わり、リュックさんたちは殺される)
ポーラは必死で考える。
(私があちらに行けば、私やガリクソンさんたちの命は保証される……でもきっと、国王は殺されて国の形が変わる。……どっちをヒカル様は望んでる?)
それは簡単だ。
あらかじめヒカルがその話はしていたからだ。
( どっちもダメ(・・・・・・) )
ヒカルは、国王が死ぬことやリュックが死ぬことを問題としていたわけではない。
ただ、なるべく多くの命を救える道を探していた。
ラヴィアがブラストキャノンを無効化するべく動いたのもその一環だ。ブラストキャノンは一撃で人の命を大量に奪えるし、それに触媒は希少で、 他に使い道がある(・・・・・・・・) ものだからだ。
(どうしよう、どうしよう)
ポーラは視線をさまよわせる——と、宮殿の壁の上に、闇に溶けるように、しかし銀色の仮面をちらちら見せている姿があるのに気づいた。
(ラヴィアちゃん!)
彼女は右手人差し指でくるくると丸を描いて見せた。
(え? 丸? 丸ってなに、ラヴィアちゃん!?)
ポーラがわからないでいると、今度は人差し指を空に向けて、ぐるーっと倒して見せた。
(なに? なになに? 星? 星が傾く——あっ、時間? 時間を稼げってことかな?)
確認したいができない。
ポーラは、自分よりラヴィアのほうがはるかに賢いと思っているので彼女の意見に従おうと思った。
「……いくつか確認したいことがあります」
と、ポーラが切り出すと、うんうんとうなずいたラヴィアは闇に溶けて消えた——「隠密」を発動したのだろう。
実のところこのポーラの「時間を稼ぐ」というのはラヴィアがまさに伝えようとしていたことだ。ただ、丸をぐるぐる描いたのは時計の針を示し、空を指したのは日が昇って落ちていくところを示したのであり、あんまり通じてはいなかったのだが結果オーライではある。
「確認……?」
ゴルジアは怪訝な顔をしたが、ルーデンドと何事かを話し、
「まあ、いいぞ」
と答えた。
「ええっと、まず、私の命の保証というのはどういった形で行われるのでしょうか?」
「形……。戦闘地帯からは離れてもらうし、こちらの兵士を何人かつける。それでいいだろう」
「私は、守備兵の皆さんを治療しましたが、その罪は問わないと?」
「もちろん。むしろ、全部が終わった後に、ケガ人の治療をして欲しいと思っている。むやみに君を傷つけたりはしないな」
「その……ガリクソンさんたちは結構人数がいるんですが……」
「何人だ?」
「今は確か16人ほどいらっしゃいます」
「16!? 多いな」
ゴルジアはルーデンドに話しかける。渋い顔ながらルーデンドはうなずいている。
「まあ、それは構わない。ただ武装を解いてもらい、『 一人百伐(ハンドレッドマン) 』ガリクソンなどは腕を縄で縛ってもらうことになるな」
ハンドレッドマン?
そんな二つ名がついていたのか——とガリクソンを見ると、
「昔の話」
とどこか恥じらうように言った。
「確認はそれだけだな?」
「いえ、まだです」
「なんだ、まだあるのか。言ってみろ」
「あ、えっと」
途端に言葉に詰まる。時間稼ぎになにを言えばいいかなんてすぐに思いつきもしない。
「なんだ? 言え」
「ええっと、その……」
「——お前?」
「道を! 道を空けてください! 私が通れないので! 道を!」
「…………わかった」
ゴルジアがルーデンドに意見を求め、ルーデンドがまたも渋い顔でうなずく。
兵士たちはかなり詰めているのか、ゴルジアの指示でぞろぞろ動き出すが少々時間がかかりそうだ。その間に、ドゥインクラーがポーラに聞いてくる。
「——回復魔法使い殿、あなたは、我らに力を貸してくださらない?」
「ち、違います。これは時間稼ぎです」
「時間……? なるほど、朝を待つということですね?」
朝を待つ? そうなのだろうか。ポーラにはよくわからない。
「奥に、荷物があるから取りに行ったと、そう伝えてくださいっ!」
「あ、回復魔法使い殿!」
ポーラは走ってその場を後にする。大丈夫なのだろうか? これで?
わからない。
(ああ、ヒカル様、どうすれば——)
ポーラが奥に引っ込んでから15分ほどが経った。
「まだ戻らないのか!」
すでに兵は横にどいて道はできている。回復魔法使いさえ来ればそこを通ってもらうことができる——のだが、なかなか出てこない。
『ゴルジア、人質をひとり殺せ』
『しかし……よろしいので? 態度が硬化するかもしれません』
『今は時間勝負だ! 回復魔法使いさえどうにかなれば、30分で押し切れる!』
『それは確かに。では——』
ゴルジアが剣を抜いてリュック=ランドンに突きつけると、リュックも黙ってはいない。
「戦士の風上にもおけぬ男だ。だまし討ちして人質に取るなど、それがこの国のやり方かッ!」
「歴史が変わるのだ。犠牲はつきものだ」
「くっ……」
「死ね」
ゴルジアが剣を振り下ろそうというときだ。
「ま、待ってください! それ以上はダメです!」
回復魔法使い——ポーラが出てきた。
実のところポーラは物陰でじっと隠れて様子をうかがっていた。ギリギリのギリギリまで待つつもりで。
「ようやく来た。命拾いだな」
「…………」
剣の切っ先は、リュックの髪を数本切ったところで止まっていた。
リュックはゴルジアではなくポーラを見つめ——ただ悔しそうに歯噛みしていた。この場でなにもできない無力さを噛みしめるかのように。
「魔法使い、さっさとこっちに来るんだ」
「あ、あの、まだ確認……」
「もうウンザリだ!」
ビュウッと剣をもう一度振り上げたゴルジアに、ポーラはびくりと身体を震わせる。
(あああぁぁぁ……もう、これ以上は時間稼ぎできないよぉ……どうしよう。どうしたら? ラヴィアちゃん、ラヴィアちゃん!)
視線をさまよわせたがラヴィアの姿は見えない。
「……回復魔法使い殿、これまでありがとうございました」
深々とドゥインクラーが頭を下げる。その様子に、ガリクソンや親衛隊、兵士の面々が驚いた顔をしていた。
「今この瞬間も、回復魔法使い殿は手を尽くそうとしてくださってます。それは、とてもありがたい。でも、ここからは我らの国のことのようです」
「あ……」
「どうぞ、行ってください」
あの執念深そうなドゥインクラーが、そこまで言った。
そうまで言われてようやく、ポーラは自分にできることがもはやないのだということに思い当たった。
「……ありがとう、魔法使い」
「ああ、俺なんて何度も命を助けてもらった」
「ここまで戦えたのはアンタのおかげだ」
兵士たちが口々に礼を言い、ドゥインクラーにならって頭を垂れる。
「わ、私、私は——」
「……女神様」
ガリクソンに促され、とぼとぼと歩き出す。
全員が頭を下げている中を歩いていくポーラは、敬虔な信者の群れを割って歩く司祭のようだった。
(弱気な姿を見せちゃダメ。私にできるのは、後は、勇気づけてあげることだけ)
彼女の着ている灰色のローブは血に汚れ、彼女自身もさすがにくたびれていたが、それでも、
「————」
胸を張って、前を見て、涙をこらえて歩んでいくその姿は、険しい信仰の道を歩む求道者のそれだった。
その彼女の姿に、ぽかんと口を開いてしまうゴルジアだったが、すぐに自身も横にどいてポーラのために道を空けた。
戦闘地帯となっていた道を歩いて行く。2軍が対峙するちょうど中間を過ぎていく。
静かな夜の底、ポーラと、16人の戦士だけがゆっくりと歩みを進めていた。
「…………!」
そのときポーラは、宮殿の塀の向こう——屋敷の屋根の上にラヴィアの姿を見つけた。
彼女の頭の上にはコウが乗っている。
(コウちゃん目が覚めたんだ——)
と思っていると、ラヴィアはポーラに向けて両手を開いて差し出した。
来るな! 止まれ! とでも言っているかのように。
(え? 今さら? でももう時間稼ぎの方法なんてない——)
そう思いつつもポーラが立ち止まった。
彼女の動きを注視していた全員が、なにが起きたのか、と彼女を見やる。
だがポーラとしてもなにをしていいのかわからない。
「あ、あの——」
それでも、なにか言わなきゃ——と思ったときだ。
ゴォォォン…………。
鐘の音が、聞こえてきた。
ゴォォォン……ゴォォォン……ゴォォォン……ゴォォォン……。
と連続して鳴り続けるそれは、鐘楼から聞こえてくるもので間違いはなく、この「低い鐘の音」が「連続する」ところの意味は——。
『訓練以外で初めて聞いた……これは「全国民の緊急避難」だ』
ガリクソンが呆然とつぶやいた。