作品タイトル不明
深夜の分かれ道
『ブラストキャノンが使えなくなった……!?』
『も、申し訳ございません!』
起動に必要な触媒が突然なくなり、急いで倉庫に向かっているが、戻ってくるまでにかかる時間は早くても2時間——という報告が魔術局長ルーデンドの耳に入った。
『このッ……!!』
怒りのあまりに声すら途切れてしまうほどで、目の前で平伏する技術主任や担当者を蹴り飛ばしたい欲求に駆られるが、
『局長、次善の策を考えましょう』
『わかっておる!』
衛生環境局長に言われ、怒っている場合ではないと思い直す。
『2時間だと、夜が明けるな』
『ええ……明るくなっているでしょう。そうなれば、国民が騒動の全貌を確認します』
軍の主力は遠征中、残りは叛乱軍と宮殿の守りに費やされているために、敵に兵が増えることはない。
だがそれ以外にも、警察や消防機構があり、力自慢で荒事にも慣れている彼らは王様に協力することになる。
そうなれば、こちらは形勢不利だ。
『……どれほど長く、どれほど深く、策を巡らしたとしても……最後の最後は、力押しか……』
『そのようです』
『各門を攻略中の兵士を正面にすべて集めろ。気取られぬようにな。それと——局長、あなたは例のヤツらを連れてきてくれ』
『! ……わかりました』
兵士が走り出し、衛生環境局長もまた動き出した。
(ルーデンド殿があれほどお怒りであるのを初めて見た)
冷静沈着にして陰険、陰鬱、陰気と三拍子そろった男だったはずだ。
なんだか妙な感じもするが今日が異常事態だからだろうと衛生環境局長は考える。
「くぁ……」
いくら極度の興奮状態にあってアドレナリンが出ているとあっても、そろそろ集中力も切れ、疲労が噴出し始める時間帯だ。
(使えるものは全部使ってしまうということか。ほんとうならとっくに宮殿を制圧していた予定だったのに)
あんなに宮殿に守備兵がいるとは思わなかったし、回復魔法使いを押さえられないとも思わなかった。ブラストキャノンを使わざるを得なかったが、それも使用不能になるとは思いもしなかった。
裏目に出ていることが多すぎる。
こちらの情報が漏れていたのは間違いないが、グルゥセルには肝心なことは教えていなかったはずだ。仲間に裏切りがいるのか、とも考えたが、であればもっと早くに企みは露見していただろう。
(……情報を盗まれていたのか? だが、誰に——)
そこまで考えたが、今はそんなことを考えている余裕はない。
(できる限りをやるしかない。死ぬか、生きるかの分かれ道だ)
衛生環境局長は、星明かりの下、走って行く。
宮殿の最奥、謁見の間にドリアーチはいた。
そばにいるのはくたびれた格好のドゥインクラーひとりだ。護衛の兵士も最初こそいたが、こんな場所で護衛をしていても意味がないと追い出したのだ。
『ドゥインクラー、砲撃は止んだようですね』
『はい……ブラストキャノンが使用不能になったのでしょうか』
それはないだろう、とドリアーチは思う。ルーデンドは魔術局長で、この国で最も魔術に精通しているとも言える。
彼であればブラストキャノンを複数運ぶこともたやすいだろうし、弾薬の予備も多めに持っていく性格だ。
だが、反論しても意味がない。ブラストキャノンが止まったのは事実で、なぜ止まったのかはわからない。これは動かしようがない。
『……守備兵は戦えるでしょうか』
『ご安心を、王様。回復魔法使い殿が奮闘していますから、なんとか朝まではもたせるでしょう。ブラストキャノンがないのであればその確度は高まります』
ドゥインクラーの見解はルーデンドと同じだった。
ドリアーチは安心しながらも、自分自身が先頭で戦えないことに苛立ちを覚えている。これまでの大規模戦闘は、ごく稀なケースをのぞいてモンスターが相手だった。仲間内で殺し合うようなことは初めてだ。
しかも、敵の目標は自分。
もどかしさのあまり、思わず貧乏揺すりをしてしまう。
『……ドリアーチ様』
『あ、ああ……すみません。どうやら私が冷静さを欠いていたようです』
『いえ。私もそれは同じです。先ほどからずっと、 そのこと(・・・・) を考えていました』
『む。そう言えばドゥインクラーはなにか考え事をしていたようですね。どうしたのですか』
戦略に関してはドゥインクラーはほぼ無知であると言っていい。だから彼は守備兵に混じって戦ったりはしないのだ。いても、足手まといになるだけだから。
それを情けなく思って黙っているのだろうとドリアーチは勝手に思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。
『思考を、何者かに干渉されているような感覚があるのです』
『……なんですって?』
『理由のない不安、無駄に煽られる感情、気づけば過激な選択をしてしまう——そういう感覚はありませんか』
『!?』
ドリアーチは考える。言われてみるとそうかもしれない。確かに自分は先頭で戦えないことに苛立っていたが、そもそも国王である自分が先陣を切るなんていうのはバカげた話だ。
冷静に考えればすぐにわかることだ。
『そう……かもしれません。原因はなんですか? 魔道具ですか』
『そんな魔道具は聞いたこともありません。いえ、ひょっとしたらルーデンドが開発した可能性もありますが——どうも今回のルーデンドの行動はあまりにも拙速で、ブラストキャノンを使いまくっていることといい、腑に落ちません』
『ルーデンドも同じように影響を受けている、と?』
『おそらく』
『では原因はなんなのでしょう』
『わかりません……それをずっと考えていましたが、わからないのです』
ふたりが顔を見合わせたとき、宮殿正面から兵士が走ってきた。
『王様! ドゥインクラー様! 叛乱軍側に動きがあります!』
『どうした』
『そ、それが……敵は、プリミーヴァルからの客を人質にしたんです』
ドゥインクラーがドリアーチの名代として宮殿正面入口へとやってくると、そこは思っていた以上の惨状だった。
大地はえぐれ、石段は破壊され、屋根の一部が落ち、壁には穴が空いていた。
明かりが少ないので見えにくいが、あちこちに人の血が飛び散っている。
それでもなお、血だらけ、泥だらけで、半壊した大盾を構えている守備兵たち。
彼らの姿を見て不覚にもドゥインクラーの視界は滲んだ。
『ルーデンドォッ!!』
それだけに、忠実な守備兵をいたずらに傷つけたルーデンドにドゥインクラーは憤りのあまり叫ぶ。それが不当に煽られた感情なのかもしれないと思いつつも、この怒りは自分の正直な思いだと感じて。
『ようやく出てきたか。兵士を肉の盾にして、自分は安全な場所にいたのだから氏族の長としての資質を疑わざるを得ないな』
30メートルほどの距離を置いて向こうも兵士たちが整列している。
魔導ライトの明かりが背後から差し、ルーデンドの身体が黒く浮かび上がる。
そのすぐ後ろに座らされているのは10人ほど。明らかに肌や髪の色が違うので、ヴィレオセアンからやってきた回復魔法使いと護衛騎士たちだろう。
彼らの横にはゴルジアが、涼しい顔で立っている。
「おい、これはなんだ!? お前が誘ったのは調練だろう!?」
リュック=ランドンが怒りの声を上げるが、ゴルジアは無視している。
もともとゴルジアはルーデンド側についていた。そして今回のことが起きるにあたって、なにかに使えるかもしれないからとリュックたちの身柄を拘束したのだ——調練に参加という口実で誘い出して。
『ドゥインクラー。中にいる回復魔法使いに伝えよ』
ルーデンドは言った。
『おとなしく出てくるならよし、出てこないのであればプリミーヴァルからの客人はすべてこの場で殺す』