作品タイトル不明
真夜中の戦闘
『な、なにが起きたんだ?』
『火事だ!』
『おい、消火組じゃなく軍が動いてるぞ!』
『ママ、お外がうるさいよ』
『外に出ちゃダメよ!』
ドリームメイカーの住人たちも非常事態の発生に気がついていたが、彼らのほとんどが往来に出てくることはなかった。
この、大陸にぽつんと孤立するように存在している小さな都市では非常事態発生時の行動について厳しく取り決めがある。
モンスターの襲来なのか?
火災なのか?
洪水なのか?
あるいはその他の事態なのか?
国王の居館にはもちろん、街の10箇所を超える位置に鐘楼がある。ここには2種類の鐘があり、その鳴らし方によって事態の内容を伝える役割がある。
たとえば、火災ならば高い音が鳴る鐘を短い間隔で鳴らす。
たとえば、モンスターの襲来ならば高い音を鳴らしたあと、低い音を1回挟む。
たとえば、どうにも手のつけようのない非常事態——全国民の緊急避難が必要な場合には、低い音の鐘を鳴らし続ける。
といった具合だ。
この鐘が鳴るまで、国民は自宅で待機することが強く求められて、徹底されているために街の中に混乱は少ない。
『ぐっ……こ、この通信鐘楼を襲うのは、重罪ですぞ……』
血を流しながら将校が言う。
すでに、各鐘楼に伝達する大元の鐘楼——街の中心部にある鐘楼は反乱軍によって制圧されていた。
『そなたの忠義は疑うところがなかった。しかし、鐘を鳴らされてしまえば街が大混乱に陥り、それは我らの望むところではなく、これは多くの血を流さぬための襲撃である。そなたの霊は手厚く弔うぞ』
『なにを血迷ったことを——うぐっ』
振るわれた剣の一撃で、将校は息絶えた。
『…………』
剣を持った男——氏族の長のひとりである衛生環境局長は、血の滴る刃を見やる。この鐘楼には将校を含む5人の軍属がいたが、全員息絶えている。
驚くほどに静かだった。
時間を掛けてしまえば鐘を鳴らされる可能性があり、奇襲で一気に殺した。
剣の切っ先が震えているのは、人を殺したショックからだろう。これまで何度も魔物を殺してきたが人間を殺したのは初めてだった。
そもそもドリームメイカーの軍自体がモンスターを討伐することを前提としており、この国では人殺しの経験を持つ者は犯罪者以外にいなかった。
兵役を経験しており、自身も鍛錬を怠っていなかったのでなかなかの剣の腕前である彼ではあったが、こうして人を殺したことでショックを受けている自分に驚いてもいた。
『局長、他に生き残りはいないようです。……局長?』
兵士が怪訝そうにたずねる。
歳は50を超えたところという衛生環境局長は、やってきた兵士に——反乱軍に寝返っている兵士に指示を出した。
『予定通り、通信鐘楼の制圧を続けてください。所属を確認できない兵士が来た場合は問答無用で無力化すること。私は、本隊に合流します』
『はっ。お気をつけて』
気をつけて、か。襲っているのはこちらなのだがな——と内心では思ったが、局長はうなずくと剣を鞘にしまって外へと出た。
月明かりだけが街を照らしている。遠くで火の手があがっているが、それ以外は目につくところもない静かな夜だ。こうして先を急いでいる自分は、夢の中にでもいるかのような気分がした。
衛生環境局長の 地位(ポスト) は、9氏族の中でももっとも権力がない氏族に割り当てられてきた。
反対に、最大権力を持つのが魔術局で、局長ルーデンドが今回の叛乱を仕切っている。だから、いかに衛生環境局長が反対の声を上げても無駄で、結局のところ叛乱は起きただろうし、反対したせいでその後の組織編成で冷遇されることは間違いなかった。
それでも——彼は反対した。
(ほんとうにいいのか。王様を退位に導くなど……いや、言葉遊びなど意味がない。我らは王様を殺すのだ。そうまでして手に入れなければならないのか、権力の座を)
魔術局の次、というよりほぼ同等の権力があるのが財務局長で、これはドゥインクラーが押さえている。権力はないが単純な武力を持っているのが軍事長官でグルゥセルがその責を負っている。
ルーデンドは、なにがなんでも国王第一と考えているドゥインクラーを煙たがっており、今回の叛乱を起こすに当たっても徹底してドゥインクラーの影響を排除したことからも、執念のようなものが感じられた。
(もし私が、衛生環境局ではなく、魔術局の局長であったならどうしたろうか)
魔術局が持っている権益に満足した?
もっと欲が出てやはり叛乱を起こした?
(魔術局長は9氏族の中でも一目置かれる存在だ。ゆえに多くの人間に影響を与える……今回の叛乱を起こすにあたって、兵士の多くが参加してくれているのもその証拠だ)
300を数える兵士、それに魔術兵器を利用できる技術者が30人ほど、仲間になっている。
グルゥセルが精鋭200名を連れ出したことで、一夜のうちに国王を倒し、多くの兵士や国民が混乱している中、新たな政権樹立を宣言することはできるだろう。
『……賽は投げられたのだ。これ以上考えても仕方がない』
前方に見えるのは王様の住む宮殿である。すでにルーデンド率いる本隊は宮殿の通用門をすべて押さえているはずだし、ひょっとしたらすでに突入しているかもしれない。
ドォン……。
腹に響くような重たい音が聞こえてきた。
『ブラストキャノン!? 使ったのか!』
魔術兵器であるブラストキャノンは、いわゆる大砲ではあるが火薬だけでなく魔術を利用することでその威力を高めていた。
今回の戦闘においてもブラストキャノンの投入が決まっていたが、これを使うことはほぼないだろうと考えていた。
いちばん抵抗が激しいのは、衛生環境局長が今向かっている宮殿だろう。だが、宮殿を破壊してしまえば国民は動揺し、その後の統治に影響が出る。なるべく穏便に済ませたい——というのは叛乱軍の総意だった。
『ブラストキャノンを使わざるを得ないようなことが起きているのか』
局長は全力に近い速度で走り出した。そうして宮殿から伸びる大通りに出ると、そこには思いもかけない光景が広がっていた。
宮殿正面に展開している反乱軍は乱れていた。攻め込んでいるはずが、背後から突入された数名によって蹴散らされ、彼らが宮殿内に入ることを許してしまったのである。
『王様! 王様はご無事ですか!?』
『ドゥインクラー、来てくれたのですか』
『ああ、王様ッ! 王様! よくぞご無事で……!』
花仮面の女神様親衛隊の皆さんに囲まれたドゥインクラーは、無事包囲網を突破して宮殿内に入っていた。そして彼が無事を願っていたドリアーチ国王は、武器防具を装備した出で立ちでそこにいた。
『助かりました、ドゥインクラー。あなたはこうなることを見越して、この周辺に私兵を忍ばせていたのですね』
『もったいないお言葉……』
ドゥインクラーの家が襲撃されても、彼の護衛がほとんどおらず、親衛隊の皆さんがドゥインクラー救出に当たった理由はここにある。
ドゥインクラーが抱えている私兵——軍属を抱えることは許されないので、自費で雇っている——たちは、宮殿近くにある家に待機させていたのだ。
なにか異変があればすぐに宮殿に駈けつけるようにと命令して。
『ですが王様。我が私兵は30名もおりません。宮殿を守る守備隊はいかほど』
『100名はいます』
『なんと!?』
『グルゥセルが、先を見越して残していったのです。宮殿に籠もることができれば100名の守備隊とともに数日はもつでしょう』
『むう……グルゥセル殿はそこまで考えていましたか……』
『あなたと理想の形は違えども、ともに優秀な氏族の長ですからね。もちろん守備隊がいると言っても、あなたが遣わしてくれた私兵はとてもありがたいですよ』
『はっ』
正門以外の通用門、それに乗り越えられそうな壁などに守備隊は展開しており、その1部隊としてドゥインクラーの私兵も活動しているようだ。
『王様! 王様! 奥へお逃げください!』
血相を変えた兵士が飛び込んでくる。
『どうしました』
『ブラストキャノンですーー』
言い終わるよりも前に、すぐ間近でドンッという破裂音と、その直後、悲鳴とともに爆砕する音が響き渡る。ドリアーチもドゥインクラーも、思わず頭を抱えて身体を縮こませた。
衝撃波が建物にも響いて、パラパラと砂埃が落ちてくる。
『ルーデンド……血迷ったか!!』
ドゥインクラーは顔を赤らめて叫ぶ。
——被害状況は。
——負傷者多数……前線がもちません!
前方で兵士たちの声が聞こえてくる。
『……彼も本気、ということですか。この国を変えようとしているのですから、それも当然——か。ドゥインクラー、私も覚悟しましょう。ここで死ぬかもしれませんが——』
『いいえ、王様。それはあり得ません』
『……あり得、ない?』
やたらと自信ありげなドゥインクラーの言い方に、ドリアーチが怪訝な顔をする。
『前線は食い止められます。絶対に。彼らは即死さえしなければ何度だって立ち向かえるのですから』