軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騒擾の始まり

夜——と言うより深夜も深夜という時間帯、庭園邸宅に戻ってきたラヴィアが、ふぅ、と一息つくと隣の部屋でごそごそと音がしてポーラが現れた。

パジャマ姿の彼女は眠そうに目をこすっている。

「ラヴィアちゃん、今帰ったの?」

「ん。起こしちゃってごめん」

「全然! でも……こんな遅くまで毎日続いて、大丈夫?」

「平気。お昼寝してるし」

ポーラにくっついて日中は行動しながら、彼女の治療を眺めつつ退屈さに昼寝をしている——という体を取っているが、実際は貴重な睡眠時間になっている。

「……それに、氏族が集まって反乱の算段をしているところだから、今がいちばん油断できない」

「そう……だよね。そっちはなんとかなりそう……?」

「難しい、かな。ほんとうはそんなのに関わってる余裕もないのだけど……」

ラヴィアはすでに、反乱分子である氏族について当たっていた。それよりも、コウキマルへの 内通者(うらぎりもの) を探すほうを優先させたいのだが、内乱が起きてしまえば元も子もない。

「一応、ドリアーチ国王には警告しておいた。向こうもすでにつかんでいる情報ではあるのだけど」

「無理、しないでね……私は、ヒカル様もだけどラヴィアちゃんのことも心配なの」

「ん。ありがとう、ポーラ。——コウちゃんはどうしてる?」

「あ、うん! 今日ね、コウちゃんが寝言を言ったんだよ。そろそろ起きるかも!」

「寝言? なんて?」

「『もう食べられない……』」

苦しそうな声でポーラが言い、それを聞いたラヴィアも、言ったポーラもふたりして笑い出した。

そのときだ。どん、どんどん、どん、と家の扉が叩かれる。

「あ、護衛の人たちだ」

叩き方ですぐに身元がわかるようにしているのだ。ポーラに重傷を救われた男たちによって結成された「花仮面の女神様親衛隊」は現在16名となり、日々その人数を増やしている。

「どうしました?」

こんな時間に外出着はおかしいのでラヴィアが「隠密」を発動し、ポーラだけが仮面をつけて玄関の扉を開ける。そこには、いちばん最初にポーラのために命を捧げると誓った、元兵士のガリクソンである。

「女神様、街、おかしい」

ガリクソンとは片言で話をしている。彼はまったくラヴィアたちの言葉を話せなかったが、親衛隊を結成すると決めてから信じられない勢いで言葉を学習していった。

「街の様子が……?」

ガリクソンが指差したので、ポーラは扉から外に出て夜空を見やる——そちらが、ぼんやりと明るい。

火事だ、と直感する。

「一体なにがあったんです? 火事ですか?」

「その、兵士、動き。あの……その」

意思疎通には難しそう——と思ったとき、

『ガリクソンさん、スターフェイスです。お見苦しい姿なので陰から失礼します——なにが起きているのかわかる範囲で結構ですので教えてください』

『ス、スターフェイスさん!? こちらの言葉は話せないのではなかったのですか!』

『覚えました』

『お、覚え!?』

ヒカルに操作してもらったソウルボードの力は、実際、効果てきめんだった。単語を覚える力が飛躍的に上昇し、文脈から意味を類推する際のひらめきが増え、その精度が非常に高くなった。おかげで日々、言葉がわかるようになり、楽しいからさらに覚え——とよい循環が起きてラヴィアはたいていの言葉を使えるようになった。

『それが、我々もまだ事実把握に努めているところで、情報が足りておりません。通常の火災の場合は、消火組が出動するのですが、兵士の動きが活発になっており予断を許さないと考え、こうしてご報告に参りました』

『グルゥセルさんの配下は?』

『警戒していますが、彼らにも情報がないようです』

『ではドゥインクラーさんの動きはどうですーー』

とラヴィアが言いかけたときだ。

ドンッ、という爆発音とともに、庭園邸宅の向かいにある、ドゥインクラーの邸宅から火の手が上がった。

わぁっ、と喚声が上がる。

(——叛乱だ)

ラヴィアはすぐにそうだと気がついた。モンスターによる侵攻であれば外からやってくるが、いきなり内部の邸宅が燃え上がっているのだから。

(早すぎる)

いったいなにが引き金になったのか。ラヴィアの見立てでは、あと数日の猶予があるはずだった。遠征部隊が出て行ってまだ5日程度だし、叛逆者たちの武装が整っていないはずだ。

ラヴィアが入手できなかった情報としては、この日の昼に、遠征部隊からの脱走兵が街へとやってきたということがある。彼らは興奮した口調で『遠征部隊は王命を授かっているにもかかわらず遊んでいるだけで、これは明確な叛逆行為だ』と言った。

それを聞いた氏族たちがなにを考えたか——。

——グルゥセルは我らを裏切った。遠征部隊はタイミングを見計らって帰還する、 内乱(クーデター) を止めるための戦力なのだ。

そうとなれば急ぐしかない。グルゥセルが2重スパイである以上、彼らの背信はすでに国王に伝わっているということになる。

行動を起こすか、座して死を待つか。

行動を起こすなら1日でも、1時間でも早く動かねばならないーー。

それが、今夜だった。

『ガリクソンさん、ドゥインクラーさんの邸宅へ行って彼の身が無事か確認をしてください!』

『しかし、我らは花仮面の女神様のーー』

『その間に、私たちも逃走の準備をします。フラワーフェイスは回復魔法の使い手、彼女がいれば戦局をひっくり返すことだってできるのですから、必ず狙われます』

『! であればなおさらここを離れるわけには!』

『ドゥインクラーさんは数少ない氏族の味方です! 彼がいるといないでは、叛逆収拾後のこの国に大きな違いが出ます!』

『わ、わかりました……ですが5名はここに残させてください』

そう言ってガリクソンは走り出した。

話している間にもあちこちで火の手が上がっているのか、いつもならば星空の下、静まり返っている街に朱色の光が灯っている。

「準備できましたっ」

「行こう」

この庭園邸宅にやってきたときから、「いつどんなときに逃亡することがあるとも限らない」とヒカルに言われ、貴重品などはすぐに持ち出せるようにしてあった。ラヴィアが背中に荷物を背負い、ポーラは背中にコウを背負っている。ゲフとか言ったような気がしたが、まだコウは目覚めない。

ふたりが敷地から出ていくと、通りにいた親衛隊の5名はぎょっとしたような顔をした。

『逃走と聞きましたが、ほんとうですか!? 表は危険ですよ!』

これにはラヴィアが応える。

『遠くから砲弾を撃ち込まれたら、あの邸宅だと手も足も出ないままわたしたちは丸コゲになります。夜の闇はわたしたちの味方。ならば事態鎮圧のために動いたほうがいいです』

『えっ!? 星仮面様がなにかなさるのですか』

『先手必勝です』

『おぉ……』

なんだか兵士たちは感銘を受けたような顔をしているが、実のところラヴィアの心中は悔しさでいっぱいだった。

(ヒカルだったら、もっと早くに敵の動きをつかんでいたはず。わたしは——ヒカルの代わりを務めるだなんて偉そうなことを言ったのに、後手に回ってしまった)

ヒカルが残していった情報から、ラヴィアがマークする相手は割と限られていた。ただ証拠をつかめないまま日々を過ごし、結局、今日を迎えてしまった。

とはいえこの叛乱はヒカルとて予想できたことではないのだが。

『何事……ですかっ!』

小太りの男が、護衛に肩を貸されながら、げほげほと咳き込みつつ邸宅から出てくる。額から血を流してはいるもののまだ執務中だったのか普段着姿である。

その周囲を、ポーラ親衛隊の皆さんが囲んでいる。

『ドゥインクラーさん』

『これは、スターフェイス様……』

「フラワーフェイス、回復魔法を」

ラヴィアに言われ、ポーラがドゥインクラーに魔法をかけていく。その間にラヴィアはドゥインクラーに説明した。

『叛乱が始まったようです。首謀者はーー』

すでに手に入れていた名前を挙げていくと、ドゥインクラーは顔をしかめた。

『……なるほど。まさかルーデンド魔術局長も敵側とは……どこでその情報を? いや、そんなこと聞いていても始まりますまい。——フラワーフェイス様、ありがとうございます。貴重な回復魔法を』

「?」

「あっ、そうでした、こちらの言葉のほうがよろしいですね? ありがとうございます。——あれ、スターフェイス様、私たちの言葉、使えます?」

『ええ。練習しましたから』

「…………」

ドゥインクラーは半目になりつつ『ちょっと練習してすぐ使えるようなものではないと思いますが……』と独りごちてから、

「では、お二方も、行きましょう」

「行く……とは、どちらへですか」

当然、決まっているでしょう、とドゥインクラーは言った。

「ドリアーチ様のところです。王様を守り切れば私たちの勝利、万が一、にも、王様が亡くなれば、敵を全滅させたところで私たちの負けです」