軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

脇差しの効能

それはコウと初めて出会ったときのことだ。冒険者ランクA「ライジングフォールズ」の魔法使いであるキャディ=フルブラッドが持っている杖が「龍珠の杖」というものだった。行きがかりでヒカルはそれを盗み出すことになり、その珠の中にコウが封印されていた。

龍珠の杖の珠は 魂吸石(ソウルドレイナー) というものだったはずだが、あれは魂……聖魔を吸い出し、魔力に変換するという代物だった。本来は単に生命力を吸い出すものなのだから、なんらかの魔術が組み込まれていたのだろう。

その 魂吸石(ソウルドレイナー) に脇差しを当てると、魔力を吸収して脇差しに宿った。どういった能力がこの脇差しにあるのかはわからないが、試してみる価値はある。

「どれ……」

脇差しを抜くと濃密な魔力の気配が現れるが、「隠密」によってうまくかき消される。切っ先を竜石に近づけ、そっと触れると——。

「!」

光が、あっという間に消えた。「魔力探知」を展開していたのでよく見えたが、魔力が脇差しに移り、竜石は単なる石になってしまった。

「……なんなんだろう、この脇差しは」

竜石の処理が簡単になったことを喜ぶよりも、脇差しがなんなのかという方向に興味が向いてしまう。おそらく、日本からの転移者である太田勝樹がフォレスティア連合国のツブラで製作したものか、あるいはその流れを汲んで造られたものだとは思うが、かなり複雑な魔術が組まれているようだ。

「とはいえ今は、処理が簡単になったことを喜ぼう」

* *

『このまま待機ってどういうことだよ……』

『街のみんなにゃめっちゃ激励されたのになぁ。俺なんて親に泣かれたくらいだぜ』

『死ぬかもしれない遠征部隊だなんて言われたら、そりゃそうだぜ。大海を渡る西伐よりもずっと森の脅威の方が身近だからな』

グルゥセル率いる遠征部隊は毎日の訓練や周囲の警戒はしているものの、基本は「待機」のまま3日が過ぎていた。

暇になった兵士たちは集まり、ひそひそ話をしている。

『……もしやジンのヤツがびびってんじゃないか?』

『おいおい、ジンとか呼び捨てにすんな。アイツはもう中隊長殿だぞ』

『お前もアイツ呼ばわりじゃねーか』

『いやさ、グルゥセル様が臆病風に吹かれるなんて絶対あり得ないだろ? となったら、誰かが必死こいて止めてるんじゃねえかと俺は思ったわけだ。他の中隊長は2人ともベテランだけどジンはなぁ』

『シッ。ジンだ』

テントとテントの間に走る道を、ジンが歩いている。ぶらぶらしている姿はお世辞にも「決死の遠征軍」に似つかわしいものではない。

『見ろよ、あれ……なんなんだ、平和ボケしたような顔で』

『俺、聞いたことがあるぜ。なんでも国に叛逆しようとしている連中が潜んでいるんだとか』

『マジかよ?』

『それを考えたら、今回の行動っておかしいよな? それにプリミーヴァルから来た連中も』

『臭いな』

『臭すぎる。ジンが叛逆側だとは思いたくねえがな……』

そのジンはと言えば、

『よう、鍛錬してるか』

だの声を掛けながら歩いていたが、内心では冷や汗をかいていた。

(ほらほらほらぁ! やっぱ不満溜まってきたじゃねーか! 見ろよアイツらの顔。敵前逃亡を見つけた鬼軍曹みたいになってやがる)

ジンはそそくさと歩く速度を上げて、グルゥセルのいる天幕へと飛び込んだ。

『グルゥセル様』

『どうした。ドリームメイカーから連絡があったのか?』

『あーいや、そうじゃないんですけど……あの、みんな「待機」で不満が溜まってますし、ちょっとでもいいからモンスターと戦ったほうがいいんじゃないかなと』

『バカを言うな。それでケガ人でも出たら元も子もない。ここで待機しているのは戦力温存のためだぞ』

『それはそうなんですが……事情を知らない連中からすると今の状態って意味わからないですよね? で、ドリームメイカーから緊急信号が届いたとして、一気に戻ると言ってもさらにワケがわからないだけですよ』

ふむ、とグルゥセルはいつものしかめっ面をさらにしかめた。

『……それには一理ある。だがモンスターと戦うのは論外だ』

『いっそのこと兵士たちに事情を話しては?』

『ダメだ。内通者はいないはずだが、だからこそ逆に混乱させる可能性が高い。みな、国への忠誠心が高く、叛逆の企みがあると言われてすぐに信じるとは私は思わない。ましてや相手は氏族の長たちだぞ』

『それはそうですね』

『あらかじめ事情を話して説得するよりも、上がっている火の手を見せたほうが身体が動く。結局のところ待つしかない』

『うーん……確かに』

グルゥセルなりにしっかり考えていたようだと、ジンが腕組みして唸っていると、

『ならばジン、お前が偵察に出るか』

『へっ?』

『シルバーフェイス殿と行動して、気配を消す方法かなにかを学んではいないのか?』

『いや、いやいや! 全然、これっぽっちも! ていうかアイツ、マジで信じられないような技術の持ち主ですよ。森の中に入った瞬間、姿が消えたようにすら感じましたから』

これでもジンは、精鋭部隊に選抜されるほどの戦士だ。そのジンがヒカルの遠征に同行してたびたび気づいたのが、ヒカルが別行動を取るときに離れた場所で気配を遮断すること。離れていても位置を感じ取れていたジンは、不意にヒカルが消失したかのような感じがし、背筋が寒くなったものだ。

『……早くてあと5日くらいか』

『なにがですか?』

『兵士の不満が爆発するのが、だ。長ければ10日はもつだろうが』

『そんなに早く爆発しますか……一応、みんな訓練を積んできてますよね』

『……ただの勘に過ぎないがな』

『いや、グルゥセル様の勘は当たりますからね……俺も気をつけますし、なにか考えてみます』

グルゥセルのソウルボード上の「直感」は4なので、一般人に比べれば相当「勘」が鋭いと言えるだろう。

『ああ、頼む。私も考えてみる』

だがその「勘」も必ず当たるわけではない。さらには不満がいちばん溜まっているのはグルゥセル直属ではなくジン直属の部下だったために、グルゥセルもそこまで兵士たちの不満を肌で感じることがなかったのだ。

翌日に、数名の兵士が姿を消していることが発覚した。

『なんてことだ……! それでも王様の信頼を預かる兵士か!』

報告を受けたグルゥセルが右腕をテーブルに叩きつけると、その天板は真っ二つに割れた。

同席した中隊長2名は平然を装っていたが、報告としてやってきた兵士は顔を青ざめさせた。冷静沈着の武人として名高いグルゥセルがここまで怒りをあらわにしたのだ。

『…………』

恐れる兵士を見たグルゥセルは、

『……隊に戻り、小隊長とともにこの事実が他の兵士の耳に入らないよう最善を尽くせ』

『は、はいっ』

逃げるように兵士が出て行った。

『……グルゥセル様、お言葉ですが、兵士の逃亡を隠すことは難しいかと。なにより規律違反を隠蔽するようなことは、これが露見した際に士気に響きます』

『わかっている』

わかっている、と口にしたグルゥセルだったが、頭の中ではまったく違うことを考えていた。

(——なんだ? この違和感は)

兵士の脱走という一報を受けて、冷静さを欠いたのは事実だが、こんなことでテーブルを壊すほどの短慮ではないという自覚がある。にもかかわらず、今、目の前には破壊されたテーブルがあり、載っていた地図はだらりと垂れ、インク壺は地面に転がっている。

向こうからジンが走ってくる。彼は首を横に振った。ドリームメイカーからの連絡はなし。彼もすでに脱走の話を聞いているのか顔色が青い。

(こちらの想定以上に早い、兵士の離脱。私の興奮。……なんだ、この得も言われぬ不安は)

自分のコントロールできないところで不安を煽られているような感じがする——。

『ジンッ! 貴様、自分の部下の把握すらできんのか!』

『中隊長に抜擢されて慢心が生まれたのだ! そこを部下に見透かされている!』

中隊長2名も、声を荒げてジンを叱咤している。ジンも口先では謝りながらも、怒りを瞳に滲ませていた。

『——待て。その辺にしておけ』

グルゥセルは中隊長たちを制止するが、ふたりは逆に激昂した。

『グルゥセル様! ジンの任命責任もありますぞ!』

『このような恥ずべきこと、誇り高きドリームメイカー軍においてあってはならぬこと』

ふだん、自分にここまで噛みついてくることはない。それほど不満が溜まっていたのか——と考えることもできるが、グルゥセルの「直感」は「違う」と囁いていた。

『お前たち——妙だとは思わんのか』

『妙? 原因を別に求め、責任の所在をすり替えるおつもりか』

『私がそのようなくだらない人間だと本気で思っているのか?』

にらまれた中隊長ふたりは、視線に込められた殺気に言葉を飲み込んだ。

『……すまん。私も、異様な心持ちなのだ。冷静であろうとしているのに剣呑な空気を発してしまう。お前たちもそうではないのか? 小さな怒りで済むはずなのに、感情の炎がやけに燃え盛ってしまう』

『!』

ジンを含む中隊長たちはハッとした顔をした。

『た、確かに……言われてみると』

『これはなんなのでしょう』

『わからん。だが、いくら不満があるとはいえ、厳しい訓練を受けてきた兵士が脱走するには早すぎる。なにかが起きている』

そのとき、外からワァッという喚声が聞こえた。

グルゥセルたちは視線を交わすと天幕から出ていく。

『なんだ……これは』

あちこちで兵士たちが殴り合っていた。それを仲裁しようと他の兵士が割り込むが、彼もまた殴られ、逆上して殴り返している。

『ジン! 櫓で通信をしろ! 向こうから連絡があるまでずっとだ!』

『は、はいっ!』

『私たちは事態を収拾する! なんらかの異常事態が起きているが、非常警報は鳴らすな。兵士たちをさらに煽ることになる』

混乱の中、ジンは櫓へと駈け出し、グルゥセルたちはケンカの鎮圧のために動き出した。

確かに、なにかが起きようとしていた。