作品タイトル不明
「要塞」の蛇
「これまたずいぶん立派な『塔』……いや『要塞』だな」
ヒカルが最初に訪れたルーツは、周囲をしっかりとした岩に囲まれていた。その岩がまた、きっちりと切り出された石材に近い状態となっており、積み上げられた円筒状のそれは明らかに何者かが築き上げたものだった。
未成熟なルーツ以外はすべて、ランズハーヴェストの北にあった「卵」質なものだと思っていたヒカルは、驚いた。
「結局のところ、誰かが作っている――まあ、十中八九コウキマルたちだろうけど。だからこういった人工物になるのか? でも、こんな立派なものをどうやって造ったんだろう」
ふと、建築技術に思いを馳せたヒカルだったが、そんなことを考えるのは今でなくていいだろう。
要塞の表面にはすでに蔦が這っており、年季の入った建物である。「卵」同様に入り口はないのだが、石材はきっちりかっきり切られているわけではなかったので足をかけて登っていける。高さは10メートルほどなので今のヒカルの身体能力なら――「筋力量」3もあるのだから簡単に登っていける。
屋上にも中に入る経路がなければそのとき考えようと、ヒカルはするするとボルダリングの要領で壁を登り始めた。
「そう言えばボルダリングなんて絶対自分には縁がないと思ってたけど、ちゃんと力があるとこんなに楽しいものなんだなー」
周囲はぴぴぴと鳥が鳴いている、のどかな森林である。要塞内部には強烈な魔力反応があるもののここにはストーンゴーレムのような守備兵はいなかった。
だから、かもしれない。
ヒカルはすっかり油断していた。
あっという間に屋上にやってきて、ひらりとそこに降り立った。屋上の床は壁とはちょっと違う質の建材なんだな――と思った。
「……え?」
ぐらりと足元が沈み込む。
「え、え、え!?」
床面が蠢きゴゴゴゴと音を立てる。
見れば床全体が抜けるように落ちていく――床は渦を描くように亀裂が走り、それは一本の 巨大な蛇(・・・・) へと変わっていく。
「え――――!?」
自由落下しそうになったヒカルは壁面に手を伸ばした。
「発動!」
グラヴィティ・バランサーを発動し、一瞬身体が宙に浮く。その隙に壁に張り付いた。
危なかった。
「魔力探知」で巨大な竜石がとんでもない魔力反応を発していたのでその上に重なるように他の生き物がいたことに気づかなかったのだ。
というより、その生き物はほとんど魔力反応がなかった――ついさっきまでは。
――シュロロロロ……。
盛大に砂埃が舞う中、地べたでこちらを見上げているのは大蛇だ。大蛇、と言ってもそのサイズは桁違いだが。
蛇がぐるぐるととぐろを巻くその中心に、石の台座があり、巨大な竜石が鎮座していた。だが竜石に光はない――その周囲に苔がびっしりと生えていて光を閉じ込めているのだ。
蛇の頭ひとつで重量100キロは軽く越えそうだ。それを支えている身体はホコリまみれだが、長年仮死状態にあったのかもしれないとヒカルは考える。侵入者を待ち続けるために 低活性状態(スリープモード) になり、ごく微量のカロリー消費で生き続けた。
「……ゴーレムみたいな魔導生命体じゃない 正真正銘の生き物(・・・・・・・・) なのに、ゴーレムみたいに命令に絶対服従ってことか?」
そういった生命体がいたところでそこまで驚くことではないかもしれない。
ただこれほどに巨大な蛇が フタ(・・) のように要塞の屋上を形作っているとはまったく想像だにしていなかった。
今、蛇からは徐々に徐々に魔力があふれ始めている――あの巨体を起動しているのだ。
そしてその目はしっかりとこちらへ向いている。
運悪く、ヒカルがいるのは直射日光の当たる場所だ。一度認識されたヒカルを「隠密」能力で隠しきれない。
「……逃げよ」
蛇が動き出す前に逃げるに限る――ヒカルは壁を登っていく。先ほどまではするするとあっという間に登れたのに、逃げるタイミングの今となってはやたら自分の動きが遅く感じられる。
蛇から自分までの距離は10メートルはある。落ちた蛇がすぐにやってこられる距離ではない。
ふつうなら。
「!」
まだ魔力は蛇の身体に行き渡っていない。だというのにヒカルが逃げようとしていることを感じ取った蛇は、身体を縮めた状態から一気に伸び上がる。
「っぶな!」
猛スピードで迫る蛇はしっかりと口を開けている。ヒカルはとっさに壁を突き飛ばすと身体は空中に飛び出す。
ヒカルがいたところを蛇の胴体が通り抜け、壁面を削ってゴリゴリゴリと音をたてる。
「チッ」
蛇の上昇による風圧がヒカルの身体を吹き飛ばす。反対側の壁が一瞬で迫ってくるが両手両足で壁面に 着地(・・) 。身体に衝撃が走るがなんとか壁に食らいつく。落ちずに済んだ。
(どうやって倒す? ここでリヴォルヴァーを撃ったら竜石に誘爆しそうだ。「卵」のときの大爆発を考えると、この狭い空間だと明らかに僕も巻き添えを食う)
にょろりと「要塞」の上に首をもたげた状態の大蛇は、「?」とでも言いたげな顔でこちらを見下ろしている。
わずかな時間ヒカルを見失ったこと、ヒカルがちょうど影に入ったことで「隠密」が働き始めたのだ。この日中でもヒカルの姿を隠すことができるのは「遮断」系がマックスであることに加えてソウルボードの追加スキル「ソウルブレイズ」の効力のおかげだろう。
おそらく、動かなければあの大蛇にはバレない――。
と思っていたが、
「げっ」
蛇はこちらに大口を開けると、口から紫色の液体をびゅびゅっと発射した。これを「毒」ではないと断じる理由はひとつもないだろう。
上から降ってくる毒液に対して、上には逃げられない。また横に飛ぶのか? 空中に身をさらせば今度こそ蛇が食らいついてくる。跳べば位置がバレそうだ。跳ばなければ――。
(あいつはまだ、こちらの位置を完璧に把握していない)
だからこそ「毒」は広範囲に吐き出されている。
――シュロロロロ……。
蛇はちろちろと長い長い舌を出すと、そのままずるずると要塞の内壁に身体を添わせていく。みっちりと天井を塞いでしまいつつ首は天井中央からぶら下がるような状態になり、そのまま瞳を閉じた。
暗闇が訪れる。沈黙とともに舞い上がっていた砂塵が降りていく。
(……危なかった)
ヒカルは―― 同じ場所(・・・・) にいた。
毒液が降り注いでもじっとしていたのだ。
蛇は、やはり 蛇(・) だった。生き物の習性を理解しているし、野生の狩人として最適化されている。
ああやって毒液をふりかければ、いくら草むらに隠れていたとしても毒液をかけられる側の獲物は、周囲に着弾するだけで飛び出して逃げようとするだろう。それこそが蛇にとっての捕食チャンスだ。
逆に言えば獲物が逃げ出さなければ、そこには「いないもの」として判断する。2度3度と念入りに爆撃したりはしない。
巨大な塊は自分に当たらなさそうだったし、多少の飛沫ならば外套が防いでくれると判断してじっとしていたのだ。読みは当たって、外套に当たった感触はあったがそこが溶けるわけでもなく滴っただけに過ぎない。
(降りよう)
大蛇はまたもスリープモードに戻りつつある。ヒカルはゆっくりと、まさぐるように壁面を降りていった。
(ふー)
暗闇のせいで視界はないが、「魔力探知」では天井こそ蛇で埋まっているものの地面には十分ヒカルが降りるスペースがあった。
たどり着いたヒカルが――一息ついたときだった。
「!?」
左の親指に、ちょん、とした衝撃があった。
それは油断とも言えない油断だった。巨大な毒液の塊はヒカルに直撃しなかったものの、壁面を伝い落ちて――しずくがはねたのだ。
それが、親指に触れた。
直後に焼けるような痛みが発する。
手袋をしているというのに信じられないほどの痛みへと変わっていく。
(接触だけで浸透するのかよ!)
毒性がどれほどかわからないだけに一刻も早く処置しなければならない。この動悸が、毒によるものでないと信じるしかない。
ヒカルはすぐさま行動に移った。腰にぶら下げていた水筒から水をかける。「隠密」が働いているとは言え水音を派手に立てないよう注意しながら。
(落ち着け、落ち着け……)
痛みを感じるのは本当に親指だけだろうか? 間違いないか? ……間違いない。親指から全身に回るような毒か? わからない。だがしびれるような痛みは引かない。
汗が噴き出す。
毒を、除去したほうがいい。今すぐだ。
腰に手を回すが、そこに「腕力の短刀」がないことに気づく。先ほど壁面から離脱する際に置いてきたのだ。仕方なく、脇差しを引き抜いた。漆黒の刃は魔力の反応こそあるものの光を発するものではないのが幸いだった。
(ふーっ……)
目には見えないが、全身に汗をかいているのを自覚する。
懐から手ぬぐいを出すとヒカルは口に突っ込んだ。
(行くぞ――ッ!?)
ヒカルは脇差しの刃を左手の親指に当てると、手前に引くようにして親指を切り落とした。
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!)
火傷のような痛みのあと、寒気とともに信じられないような痛みが走る。涙が溢れてくるがなんとか歯を食いしばって声はこらえた。
左手が熱い。ぬるぬるするのは血のせいだろう。だが、なんとかこれで毒は食い止めたはずだ。
リヴォルヴァーにはポーラの回復魔法が入っているから、親指も治せるはずだが、今この場ではできない。魔法の発動は光を伴うからだ。放たれた光を「隠密」で消せないことをヒカルは経験的に知っていた。
(……この失敗は、高くついた。だけど学ばせてもらった。問題はここからどうするかだ)
まずは蛇を倒さなければならない。
ここで火魔法をぶっ放せば竜石と蛇を一網打尽にできるのだが当然ヒカルも巻き込まれてお陀仏だろう。
手ぬぐいを口から引き出すと、真っ暗でわからないもののなんとか左手に巻き付けた。しばらくの間、血を止めてくれればいい。
(蛇を倒すには壁を登っていく必要がある。だけど火魔法を撃ち込んだら竜石に誘爆する可能性がある……距離は10メートルほど。蛇を倒す方法は……あるには、ある。だけど問題もある)
ヒカルはソウルボードを開いた。これは光を発していないのにそこにあるのが確認できる。残りポイントは3だ――これをヒカルは「瞬発力」にすべて注いだ。