作品タイトル不明
遠征の兵士たち
ジンはなにがなにやらわからぬまま、グルゥセルに抜擢される形で今回の遠征軍の中隊長に命じられた。その配下は50人という規模であり、ジンに並ぶ中隊長は他に2人しかおらず、上にはグルゥセルただひとりという状況である。
遠征軍は川沿いに北方方面へ、1日進んだ場所を野営地とした。森を切り開き、大規模な野営地を設営している。
川は浅くなっているのでブラストキャノンを積んだ軍船こそ来ることはできなかったが、一度に30人程度を載せられる中型船が5隻ほど並走している。
『ふぁーあ……ねみ』
ジンに与えられた任務は今回2つ、1つは50人からなる中隊を指揮すること。そしてもう1つは――ジンは背中に重そうな風呂敷を背負って天幕から出る。
『櫓から見える森林の様子に変化はなし……と』
夜明け前、20メートルほどの高さで建設された木製の櫓にやっとこさ上ったジンは、周囲を見回し異常がないことを確認する。東の空は明るんでいたが天頂と西の空は群青に染まり、星空が広がっている。
静かなものだ。
眼下には見張りの兵士たちが使っている篝火が見えるが、その程度で、森は静寂に満ちている。
事前に聞いていたルーツの位置情報を考えると、ここから「塔」が見えていてもおかしくない距離ではあるのだが山嶺に遮られている。ちなみにこの山嶺から大河は生まれている。
『ほんとにシルバーフェイスは、ひとりで「塔」を破壊するのかねえ』
シルバーフェイスがやろうとしていることはトップシークレットであるのだが、ジンに関してはシルバーフェイスとともに遠征に一度は行っているので特別にグルゥセルが教えてくれた。
――このことを他者に漏らしたら、明日の太陽を見ることはないぞ。
という脅し文句とともに。
だったら教えてくれなくていいんだけど!? と喉元まで言葉がせり上がっていたが、無表情のグルゥセルにそんなことを言えるわけがない。
ジンたちの予定では、この野営地にシルバーフェイスが帰還するまで滞在することとなっていた。
あるいは――もう1つ。
『おっ……』
ジンは目を細める。
太陽が昇り始め、ジンの目に曙光が差した。
背負っていた風呂敷を下ろすやそこから取り出したのは、両手でなんとか持てるという巨大な鏡である。
キラッ、キラ、キラッ。
鏡を傾けて朝日を反射すると、それに呼応するかのように向こうからもキラッキラッと反応があった。
反応しているのは大河上の船――中継地点である。しばらくすると船からもキラッ、キラッと返信があった。異常なしである。確認の合図を送り返し、交信は終了である。
ジンの任務は、この鏡による交信を行うことであり、その中継の維持だった。
この通信網を作るにあたって、「絶対に裏切らない者」をピックアップするようグルゥセルに言われていた。「その者が裏切った場合、連帯責任を全員に負わせる」とまで言われたのだ。
ジンは迷うことなくドランとズズンの釣りバカコンビを選び、事情を知った彼らから恨み節を聞かされた。
『ドランもヘマ打つんじゃねーぞ……』
ズズンは中継地点であり、ドランはドリームメイカーにほど近い船上でこの知らせを受取る。その後彼は船でドリームメイカーに戻り、街の様子を確認する手はずだ。
このやり取りは正午、日没前と1日に3回行われることになっている。
もし仮にドランから返事がなければ、1時間待つ。それでもなおドランからの返事がなければ「異常アリ」と判断して全軍をドリームメイカーに引き返す手はずとなっている。川を下れば半日とかからず街に戻れるだろう。
遠征先でモンスターと戦うジンや、ずっと船上にいるズズンはなかなか大変ではあるが、街にいるドランがいちばん気楽であるものの寝坊でもして連絡を怠れば全軍に影響するというプレッシャーがあるので、ストレスは間違いなくドランがダントツだろう。
『にしても、変なもんに巻き込まれちまったなぁ……』
その日の昼、グルゥセルの天幕にジンを含む3人の中隊長が集められた。そこでくだされた命令は「待機」、である。命懸けの戦いに身を投じることになるだろうと身構えていた2人の中隊長は狐につままれたような顔をしていた。
『あの……このことは部下に伝えても?』
『無論だ。待機命令をくださなければ勝手な行動に出るものもあるだろう』
『…………』
『…………』
『まだなにかあるのか?』
『い、いえ』
『問題ありません』
2人の中隊長は顔を見合わせていたが、グルゥセルの決定に疑問符はつくもののそれも命令だと割り切ったらしい。
『ここは街から1日の距離とは言え、魔物の跋扈する森林のすぐそばだ。警戒を怠るなと伝えよ』
『ハッ』
『ハッ』
『ハッ』
2人の中隊長と同じように敬礼したジンに、一瞬、ちらりとグルゥセルが視線を投げて寄越してきたが、「余計なことは言うなよ」とでも言わんばかりである。ひやりと背筋が冷たいと思いつつもジンは天幕を後にした。
『なぁ……待機ってどういうことだ?』
『さっぱりわからん。おい、ジン 中隊長殿(・・・・) 。お前はどう思う』
ジンとて、はるばるヴィレオセアンまで遠征するチームに選ばれるほどのエリートではあるのだが、そのエリートの集まる部隊を率いる中隊長というのはさすがに大抜擢がすぎる。
そこになにか秘密があるのでは? と年かさの中隊長たちが考えるのも不思議ではない。しかもジンには中型船への連絡権限まで与えられているのだ。
『いや、俺もわかんないっすよ。いきなり呼ばれてお前は言うことだけ聞け、ってこれですもん。なんでもハイハイ言う使い勝手のいい中隊長が欲しかったんじゃないですかね?』
『ふぅむ……なるほどな。いかにもありそうなことだ』
予め考えておいた言い訳で切り抜けたかと思ったのだが、
『なんだったか、ほら、ジン、お前はあのー……そうそうシルバーフェイスとかいう異邦人と調査に出ていただろう? あれ、なにがあったんだ?』
『ああ、あれですか。西の廃墟まで行ったんですけど収穫はなかったみたいですよ』
『みたい……ってお前も行ったんだろ』
『そうですけど、船の上で待ってろって言われて……足手まといだからって』
『なんだそりゃ。腹立たしいな。プリミーヴァルのくせに』
『ジン、それでお前もハイわかりましたと黙っていたのか?』
『え、ええと……はぁ、まあ、くれぐれも機嫌を損ねるなとのお偉いさんたちの命令でしたし』
中隊長たちは不機嫌な顔になる。だがそれでも、彼らはシルバーフェイスの仲間のフラワーフェイスが、かつての仲間たちを治療して回っていることを知っている。
お偉いさんたちがそこに気を遣っているだろうことは間違いない。であれば自分たちもなにも言えない――はずなのだが。
『にしてもな、死ぬ覚悟まで済ませてきたのに待機かよ……』
中隊長たちは納得できないような顔で、離れていった。
(不満たらたらだな……ま、そりゃそうだわな。っつーかいつまでここで待機なんだ? あんまり長くなるとまずそうなんだが)
ジンの胸にちくりと不安が差した。
そのころヒカルはひとり、ルーツへと向かっていた。結局のところ「隠密」を使えない兵士を連れてきても足手まとい以外の何物でもないので単独行動である。
この大陸は大きい。ルーツは、メモしてあるだけでも30を超える。1つ1つのルーツの距離は30キロを超えているので、1つ破壊しても次のルーツに行くには1日以上かかることになる。
「行く途中途中でモンスターを倒さなきゃな……ソウルボードのポイントをどこまで貯められるかがこの遠征の効率化につながる」
孤独な戦いは始まったばかりだ。