作品タイトル不明
「塔」という名の
脇差しを抜くとストーンゴーレムが反応したように感じられたが、それも一瞬のことであとはしんと静まり返った。
『……いつ見てもそれ、すごい迫力だよねえ』
「他人事みたいに言ってるけどさ、お前を助けたときに宿った魔力のせいだからな?」
相変わらずの存在感ある刀身ではあったが、ヒカルの「隠密」――さらに言えばソウルボードの拡張機能である「ソウルブレイズ」によって上限を超えて強化されている「隠密」ならばこの存在を隠すこともできるのだろう。
切っ先を「塔」の壁面に突き立てると、サクッ、と差し込まれていく。いともたやすく壁を突き抜けると、ずずずと下に引っ張ることでそのまま切り裂かれていく。
「よっ、と……」
手前に引っ張るように脇差しを抜くと、壁面がごっそりと取れた。白い粉が舞ったので息を止めて距離を置く。
「……これ、卵の殻だ」
『?』
「白い壁の材質がなにかに似てると思ってたんだ。卵の殻だ」
いわゆる鶏卵である。あの、カリカリした殻の感じによく似ていた。
「中は……」
のぞき込めるほどの大きさなので、ヒカルは首を伸ばしてみる――と。
中は吹き抜け――と言っていいのだろうか。天井は塞がっていたが明るさには問題なかった。内壁にへばりつくように伸びていた支柱が、中央の発光体を支えている。薄紫色に光る魔力反応のある物体である。
大きい。
発光体自体はワンボックスカーやマイクロバスほどもあるだろう。それが壁面から伸びている支柱に支えられている。
「なんだこれ……」
『竜石』
「え? あのでっかいのがまるごと竜石だって言うのか?」
『間違いないよ』
もう一度視線を向ける。他に生き物の姿はなく、この「塔」は竜石を守るためにだけ存在しているということがよくわかる。
やはりこれは「卵」に近いなにかだ、とヒカルは感じた。繭と言ってもいいかもしれない。
(さっき飛んでいったドラゴンはこの竜石を守っていたのか? まさか、あのドラゴンの子供ってわけじゃないだろうけど……)
いくらなんでもサイズが違いすぎる。
壁面にも魔力反応を感じているが、これはさほど多くはない。その魔力がなんなのかヒカルはすでに気づいていた。
光学迷彩だ。
(そういうことか……この「卵」の強度からするに、海から砲撃を打ち込まれたら、無傷じゃ済まない。だから海の方向からだけでも見えないようにしたんだろう。逆に言えば、陸からは近づけない、近づいたとしてもストーンゴーレムが対処するから大丈夫だと考えていたわけだ)
そう―― 考えていた(・・・・・) のだ。
何者かが。
となると光学迷彩の技術を街から流出させ、それを取り入れた――というのは事実なのだろう。船の砲撃を警戒すべきという情報とともに。
(この期に及んで、この「卵」が自然発生的にできたとは言えない。これはルーツであり、卵であり……何者かの意図を持ち、配置されたオブジェクトだ)
目的はひとつ。
(大陸を邪に染めるため……か)
裏を返すと、すでに侵略の手はここまで伸びているとも言える。
「なあ、コウ。アレ、お前食うのか?」
『……ちょっと大きいけど、食べたほうがいい』
「ちょっとどころじゃなく大きいと思うけど」
『がんばる』
「あっ」
ヒカルの首から離れたコウは、穴からするりと「卵」の内部に入り込むとふよふよと飛んでいく。あわてて周囲をヒカルは確認したが、ゴーレムは反応していない――どうやら「卵」の内部には不干渉である仕組みのようだ。
「ったく……驚かせて」
コウは浮遊する力を持っているが、ほとんど使わない――使えない。相当の「聖魔」を消費するからだ。ここのところ「龍の道」も使っていなかったのでコウの体内には「聖魔」が余っているのだろう。
過去にヒカルが討伐した灰貴龍も飛んでいたが、あれほどの巨体を浮かすのは相当の「聖魔」を使うはずだ。
「とりあえず……僕も中に入るか」
ここにいても仕方がないので、ヒカルもまた「卵」内部へ入るべく脇差しで壁を削っていく――。
それを「卵」と呼ぶにはいささかスケールが大きいし、形も相当に細長かった。だが中央の発光体がもたらす光は一定ではなく――どこか生命の鼓動を感じさせる明滅があった。
コウはふよふよと発光体に近づいていくと、がぶり、となんのちゅうちょもなくかぶりついた。
牙が立てられた場所はえぐり取られたが、血がにじむでもなく、光が減衰するでもない。
むしゃりむしゃりと咀嚼していたコウは、
『……この大陸、ここまで邪に染められているのなら、復活させるのは難しいかもしれない』
つぶやいてはもう一度噛みついた。
コウにしては、味わうでも、味に対するなんらかの感想を表すでもない、単なる行為としての咀嚼だった。
「あー……ようやく入れたな」
身体についた白い粉をはたきながら「卵」の内部へとヒカルは入り込んだ。上空ではコウが発光体をむしゃむしゃやっている。
「……ま、これ以上食べられないってところで『 全能の筒(リヴォルヴァー) 』で一気に焼き払うかな?」
ヒカルはヒカルで簡単な昼食を取ると、周囲を確認する。
地面は外の空き地とほぼ同じなので歩くのは問題ない。だが「塔」――「卵」の内部がこれだけだとすると少々期待はずれではあった。
少なくともドラゴンが屋上にいたようなので、てっぺんになにかあるかは確認したいのだが――。
「おっ」
壁面に沿って、螺旋状の坂道ができていた。発光体を支える支柱の一部が変化して、階段のようになっているのだ。
そこに人為的なものを感じないでもなかったが、坂道をげしげしと蹴ってみても強度は問題なさそうだったので上っていくことにする。
「落ちてもまぁ……『 重力均衡装置(グラヴィティ・バランサー) 』があるから地面と激突は避けられるしね」
無音だった「卵」内部だが、上っていくと、むしゃむしゃバリバリとコウの咀嚼音が聞こえてきた。
「おーい、コウ。食べてるか?」
『集中してるから黙ってて』
「お、おう……」
声を掛けるとこの反応である。コウはすでに自分の身体ほどを食べており、腹がぼっこりと膨れている。
「また長いこと眠るんじゃないだろうな……」
コウは放っておくことにし、螺旋の坂道を上っていく。さすがに延々と坂道はしんどくはあったが、天井に空いた穴が見えてきた。
「おー……」
顔を出すと、青空が広がっていた。
強い風が吹いてヒカルの髪の毛をくしゃくしゃにしていく。
屋上は平べったくなっており、白い壁面とは違って汚れが目立った。ドラゴンが何度もやってきているからかもしれない。
「ん? あれは……?」
そこに、ひとつだけ異物があった。
木の支柱に大きな毛皮が張られてある三角形の――テントである。
強風でも飛ばないよう、杭が打ち込まれてある。
大きさは人間が2人も入ればいっぱいになる程度だが、今は無人だ。
「ドラゴンの飛来する場所に、人間のテント、ね……どういうことだ?」
ヒカルは周囲を見回し、誰もいない、飛んでこないことを確認するとテントへ向かって歩き出した。
そのテントは使い古されたものという感じではなく、かといって真新しいものでもなかった。火を焚いたらしい痕跡もあったが木材はない。風で飛ばされたのだろう。
テントの内部を確認する――と、
「! これは……」
毛皮の寝床があるきりの狭い室内に、1つだけ、目を引くものがあった。
地図だ。
植物紙に印刷されたこの大陸の地図――そこに「ルーツ」の場所が手書きで記されている地図だ。
元の地図はおそらくドリームメイカーで印刷されたものだろう。それがここにあるということは、これを持ってきた、あるいは手渡した者がいる。
「……内通者だ。ということはこのテントの持ち主は、コウキマル、あるいはコウキマルの一族」
ワカマルの懸念は当たっていたことになる。
ヒカルは懐からメモ用紙と羽根ペンにインク壺を取り出すと、大急ぎでルーツの場所を複写した。
「ん? でもこれって……」
ルーツの場所はドリームメイカーでも魔道具で把握しているはずだが、この地図には大陸北方の位置まで記されている。
いくらなんでもコウキマルたちが大陸北方まで調査できたとは思えない。
となると――誰かから聞いた、教わったということになる。
「……コウキマルは邪に連なる者と手を組んだということか?」
背筋にヒヤリとしたものが走った。
「そうか――だからヤママネキをドリームメイカーにけしかけたんだ」
疑惑がひとつにつながっていく。
「コウキマルたちはまだ生きているのは確定だ。そして――邪に連なる者と利害が一致しているのだから、彼は街を破壊する気なんだ」