作品タイトル不明
滅びの大陸
特定の海棲モンスターを退ける魔道具というのがどういうものなのかは結局わからずじまいだった。
というのも船のルートが変わっているかどうかも、見渡す限りの大海原なのでよくわからず、その魔道具も常時発動しているもののようでヒカルの「魔力探知」でも特定の魔力をつかむことができなかったからだ。
ルートの変更はコンパスと空の星の位置を確認しながら行っているようだった。
そんなわけで12日の航海は退屈だった。
借りたカードゲームやボードゲームもあらかたやったし、兵士3人組との釣りもそこそこやった(彼らの名前はジン、ドラン、ズズンと言った)。
運良く大時化にも遭わずに順調な船旅が続くとそれはそれで退屈である。
ヒカルたちはその間、ディーナによって、あるいは他の兵士によって監視されていた。
特にディーナはヒカルとドゥインクラーの接触を好ましく思っていないようだったが、ドゥインクラーはそんなことまったく気にせずヒカルに話しかけてくるし、その間、ディーナは彼の部下によって遠ざけられていた。あからさまに会話の内容を聞かせる気がないのだ。
とはいえドゥインクラー相手にヒカルも重要な情報を簡単に漏らす気もなく、ふたりして当たり障りない話をしては、
「はははは」
「はははは」
と空笑いをした。
(この狸め)
油断できない相手ではあったが、無視もできない相手だった。
そんなディーナは定期的にグルゥセルに報告をしているはずだがどんな手段で行っているかはわからなかった。
ただ、正午に各船から小鳥が飛び立ち、それぞれの船に飛び交っている。小鳥を受け取った兵士は耳を澄ませ、神妙な顔でうなずいたり、たまにニタリとし、そばにいる同僚に耳打ちして笑っていた。
この小鳥が通信の魔道具であろうとは容易に想像できた。
その日は朝から、ヒカルは甲板に出ていた。ラヴィアは「日焼けすると疲れる」と言ってポーラとともに部屋にいることが多かったが、ヒカルは甲板によく出ていたので少々日に焼けた。とはいえ仮面をつけ、フードをかぶっているのでさほどでもないが。
ヒカルはついにその姿を目の当たりにした。
「——陸地だ」
航海に出てから12日目、水平線の向こうに黒い線が見えた。
その線はだんだんと太くなっていく——山の形が見えてくる。
緑の山だ。
「誰だよ——『滅び』だなんて言ったのは」
たとえそれが入植者の「滅び」を意味したのであったのだとしても、ヒカルの目にその言葉はあまりに不似合いだった。
それほどまでに豊かな生命力を感じさせる、緑がそこにはあった。
ワァッ——と歓声が上がった。
兵士たちも喜んでいる。彼らにしてみればこの500年で初めて、大陸を渡り、そして帰ってきたのだ。感動もひとしおだろう。
「ここから、南に下ります」
いつの間にかドゥインクラーがやってきてヒカルに言う。
「これからの3日間、風景も変わる。飽きない」
まだ、航海は続く。
ヒカルは飽きずに甲板で大陸を眺めていた。
長い砂浜が続く場所もあった。
森林地帯が海のギリギリまできている場所もあった。
断崖絶壁がそびえ、崖になっている場所に何十頭ものヤギがいてこちらを睥睨している場所もあった。
自然の洞穴があった。
海面を多くの魚が通り過ぎた。
だがそのいずれの場合も、人影はなかった。小動物や無害に見える動物だけだ。
「魔物はいないのか?」
と、釣りをしているジンにヒカルは聞いてみた。
ディーナが通訳すると、ジンは首を横に振った。
「魔物は海には近づかない、と言っています」
「500年前の入植者は海沿いに街を作ったんじゃないのか?」
するとディーナは表情を曇らせる。
「……そうです。明日、見えると思います」
彼女が言ったのは、「滅びた街」のことだった。
その言葉の通り、翌日にはかつて街であった場所へとやってきた。
「…………」
「…………」
「…………」
ヒカル、ラヴィア、ポーラの3人は甲板で並んでそれを見ていた。いや、彼らだけでなく手の空いている兵士たちは全員出てきて、眺めていた。
海辺のドックらしき場所は台座となる岩石だけ残っており、他は砂に侵食されている。
街の外壁は崩れ、草やツタに飲まれていた。
家らしきものの真ん中から巨木が生えている——この木が育つまでの年月を考えると気が遠くなった。
かろうじて、人が手を入れた痕跡が残っている。
だがここには明らかに人の住んだ跡があった。
これまでの大自然ばかりの風景にはまったくなかったものだ。
みな、口数少なくそれを眺めていた。
中には瞑目している者もいた。
つまらなさそうに、不機嫌そうに眺めている者もいた。
ヒカルは——ただ、圧倒されていた。
「……この廃墟がある限り、ドリームメイカーの人たちにとって500年前の出来事は、忘れられない過去なんだな」
街の跡地は1時間もしないうちに終わる。すると船は陸地へと近づいていく。
「この先は川を遡上します」
ディーナがやってきて説明する。
「川を? 海沿いにドリームメイカーがあるんじゃないのか?」
「このあたりは 根(ルーツ) に近いのです」
「ルーツ……」
「魔物が好んで集まる場所のことです」
魔物が好んで集まる場所——ダンジョン、という言葉をヒカルは真っ先に連想した。だがそれならば「根」のような言葉は使わないだろう。
「ルーツがどこにあるのか、わかっているのか?」
「それを発見する魔道具があります。私たちは地図にルーツの場所を記して、けして近寄りません」
「——500年前の入植者の街は、根に近かったんだな?」
ディーナは無言でうなずいた。
魔物は海に近づかない。海のそばの街が魔物によって壊滅した。この2つは完全に矛盾している。だが、魔物が近寄る「根」のようなものがあるのなら、矛盾は解消される。
「そうか。ルーツを発見する魔道具が500年前にあれば……」
滅びなかったんだろうな、と思ったが、ヒカルはそれ以上言わなかった。
言っても仕方のないことだ。
先住民はこの大陸に長く生きてきたはずだ。だからそういった知恵もあった。そういうことだろう。
「明日の早朝、ドリームメイカーに着く予定です。すぐに王様の居館へ向かうことになります。ご準備を」
そう言って、ディーナは離れていった。
翌日、日の出とともにヒカルたちは目覚め、船を下りる準備をしていた。2週間も過ごすと若干愛着も湧いてきた部屋ではあったが、できることなら長旅はしばらくごめんだった。あまりに退屈だった。
できれば「龍の道」があればいいのだけれど——とヒカルはコウに聞いたが、コウもこちらの大陸は初めて知るようで、まったく知識がないということだった。
ただ、
『臭い』
大陸が見えてからはずっとしかめ面をしていた。邪に連なる者ども——つまるところある種のモンスターたちが多く生息しているということなのだろう。
ヒカルからはモンスターの存在は見えなかったし、拡張した「魔力探知」でもつかめなかったが。
「そろそろ見えてくるのかな——ん?」
廊下が騒がしくなった。兵士たちが甲板へと駈け上がっていく。
最初それらは故郷に帰ってきた彼らなりの喜びなのかと思っていたが、どうも怒声が聞こえてくる。
「なにかあったみたいだ」
「ん」
「そ、そうですね!」
『臭い』
「行こう。コウはポーラがよろしく」
ヒカルたちは客室から出て、甲板へと向かう。
甲板上では大きな声が上がっていた。
その理由は程なくわかった。
前方、大河沿いにある街は周囲を森林地帯に包まれている。
そこから煙が上がっていた。
巨大な、人型のモンスターが街を襲っていた。