作品タイトル不明
釣りとドゥインクラー
ディーナについてヒカルたちは部屋を出た。3人の怪しげな仮面&フードが船内を歩いていくのを、ある兵士は興味深そうに、ある兵士は忌々しげに、ある兵士は困惑を持って見ている。
ちなみにコウはラヴィアの首に巻き付いていた。
通行可能な通路、緊急時の避難ルートを確認する。兵士たちの私室はもちろん、動力室やブリッジを見学できるものではないし、倉庫を見たところで意味はなく、売店なんてものもないし、案内のディーナも必要最低限のことしか話さないのであっという間に見学ツアーは終了する。
ヒカルたちは甲板へとやってきた。
「あっ、手すりのほうには行かないでください! 武器が多いので!」
ディーナの注意を聞き、半分聞き流しながら歩いていく。
見渡す限りの海、白い雲。
一定距離で並走している他の船以外になにもない、ただ青一色の世界だった。
「……そう言えばこんなふうに船に乗ったの、初めてだな」
飛行機には乗ったことがあるし、新幹線にもあるが、泊まりがけで乗る船というのは今まで経験がなかった。
「飽きそうだ」
ラヴィアもポーラもばらけて甲板を散策している。特にラヴィアが、布をかぶせられた機械をのぞき込もうとして「うわああ、止めてください!」とディーナが叫んでいる。
ヒカルがぶらぶらと進んでいくと、甲板の一角で釣り糸を垂れている兵士が3人ほどいた。
ひとりは熱心に釣り竿を見つめ、ひとりは手すりに頬杖をついてぼんやりし、ひとりはすでに寝そべっている。
(あの釣り竿にリール……だいぶ進んだテクノロジーっぽいな)
ヒカルは釣りに詳しいわけではないのでよくはわからなかったが、これまで見た釣り人——ほとんどが川の釣り人だったが、彼らは竿に糸を結んだだけの原始的な釣り竿を使っていたような記憶がある。
ああして、釣り糸を巻くリールを使っているのは1度か2度見たかな? というくらいだ。
(沖の海はずっと深いから、釣り糸が長くないと釣れないのか)
なんとなくヒカルは「魔力探知」を海に向けて発動させる——。
「!?」
いる。めっちゃいる。大群がうようよ動いている。え、こんなに魚いるのになんで釣れてないの? と思ってしまうほどにいる。
「そうか、釣り針とエサのある高さが違うんだ。——おーい、アンタたち。釣ってる場所が多分違うぞ。深さ30メートルくらいのところに落としてみろ」
『!?』
声をかけられ驚き、それが仮面の少年だったのでさらに驚いたらしい兵士たち。2人がぎょっとして、1人は眠ったままだった。
だが言葉が理解できないようだ。ヒカルはディーナを探すが見えるところにいない。
「しょうがないな。——貸して」
ヒカルが手を出すと、意図を理解したもののいまだ戸惑っている兵士から釣り竿を無理矢理受け取る。リールを巻いてみるとだいぶ上のほうで釣っていたらしい。
エサがついているのを確認すると、ヒカルは30メートルのところまでエサを落としていく——と、
「おっ、引いたぞ!」
『うええ!? なんだよこいつ!』
『ここって釣れるのか?』
『ZZZ』
『ふつう釣れねーよ! 今まで誰も釣れてなかっただろ!』
『だよなあ』
『ZZZ』
「おい手伝え、って——うお!?」
ぎゅうん、とヒカルの持った釣り竿がしなる。いきなり重くなったのだ。
「は!? なにこれ、重い!」
『バカ、釣り竿立てろ!』
『切れるぞ!』
『ZZZ』
ワーワー言いながら引っ張り上げると、5キロほどはあるカツオっぽい魚が海面に現れた。ひとりがダッシュで銛を取ってくるとカツオもどきを突き刺し、引き上げることに成功した。
カツオもどきの口には別の魚が入っており、最初こっちを釣ったのだがそれをカツオもどきが食ってきたらしい。
「おー……魚釣ったの初めてだ。おもしろいな、これ」
『お前すげーな! めっちゃでけえ!』
『あちぃ……走ってマジバテた』
『ZZZ』
そんなことを話していたときだ。
『ほう……休憩時間に敵国の者と仲良くするとは、規律が緩んでいるんじゃないですかねえ』
5人の兵士を引き連れたドゥインクラーが現れた。
やべっ、とか言いながら兵士たちは逃げていく。寝ていたヤツも、サボりの常習犯なのかヤバさを感じ取ると跳ね起きて走り出した。ちなみにこのカツオもどきは厨房に運ばれこの日の夕食に出されることになる。
「初めて、会います。私、ドゥインクラー」
片言ながらもヒカルたちと同じ言語を話せるようだった。
「ああ。おれは 白銀の貌(シルバーフェイス) だ。まあ、初めましてかな」
ドゥインクラーが連れている男のひとりは以前ヒカルが忍び込んだときにディーナを追いかけていたヤツなので見覚えがあるが、向こうはヒカルのことなんてわからないだろう。
「お茶いかが? 通訳、ナシ、ナシ」
小太りな男がにこやかに微笑んでいる。うさんくささマックスである。そもそもこの男は手下をけしかけてディーナを追わせていたのでグルゥセルと敵対関係にあるのは間違いないだろう。
「あなた危険、わかっている。私ひとり」
1対1で話そうというのだろう。
ヒカルはちょっと考えたが、構わないだろうと考えた。どのみち船旅はまだまだ続く。
「わかった。行こう」
ドゥインクラーと名乗った男のソウルボードは他の者と比べてなにかが突出しているわけではない。武芸に秀で、魂の位階が高い。だが彼はこの軍艦の「責任者」だと言ったし、周囲の態度も彼にへつらうようだった。
ラヴィアたちにドゥインクラーと話してくると告げると、ディーナが顔色を変えた。
「私も同席します」
「1対1で話そうという申し出だから」
「しかし私は通訳です!」
食い下がろうとしたが、彼女もドゥインクラーの一言で引き下がらざるを得なかった。
『ディーナ。これはこちらの話だ。君には関係ないだろう』
「…………」
悔しそうな、してやられたような顔だ。やはりグルゥセルとドゥインクラーは敵対派閥なんだろうなとヒカルは思った。
連れていかれたのはおそらくドゥインクラーの私室だろう。客室より一回り小さいが、壁に掛かった外套や帽子、執務机の造りなんかは高級品の部類である。
事前に言っていたとおり、ここにはヒカルとドゥインクラーしかいない。そのためドゥインクラー自らお茶を淹れていた。
「へえ」
出されたお茶は、ほうじ茶に似ていて香ばしさを感じた。
「いいお茶だな」
「わかる、ですか?」
「香りが豊かで味わいが深いからな。どうやら大陸が違っても舌の出来は同じらしい」
ヒカルの言葉にドゥインクラーは満足そうにうなずいた。
少し話してみてヒカルもわかったのだが、彼はこちらの言語を話すことがそこまでうまくはないが聞くほうは問題ないようだ。
「わざわざ おれ(・・) を呼んだってことはなにか用事があるんだろう?」
「——警戒されていますね」
「これっぽっちの人数で敵地に乗り込むんだ。警戒の百や二百もするだろう」
「あなた、ひとりで軍艦壊す」
それだけの武力があれば恐れるものはないだろう? という意味合いのようだ。
「船を壊して海に落ちたらどうする? この海の巨大モンスターに通用するかはわからない」
「ああ。それはそうですね。モンスター、倒せないでしょう」
「アンタたちは倒せるのか?」
「いえ。私たちのルート、モンスターいない」
あっさりと秘密をバラしたドゥインクラーにヒカルは驚いた。ドゥインクラーは笑みを深める。
「正直、話す、大事なこと」
隠し事をするつもりはない、とでも言いたいのか。
「つまりアンタたちは海棲モンスターの出現しないルートを発見したというのか? そのルートはかなりの遠回りになるからグランドリーム大陸まで日数がかかると」
「大体、そう。私たちのルートにもモンスターいる。ただ、どけられる」
「どける……なんらかの魔道具で?」
「そう」
「大砲じゃないんだな」
「大砲——ああ、ブラストキャノン?」
「火薬で砲弾を射出する筒状のものだ」
「そう、ブラストキャノン。ブラストキャノンは使わない。効かない」
海棲モンスターを倒すのではなく、遠ざける方法を見つけたという。
詳しく聞くと特定のモンスターを遠ざける魔道具ができ、彼らはその特定のモンスターしか出現しないルートを見つけたという。
「最初の質問に戻るが、この会合はなにが目的だ?」
「まずは情報交換。知りたいこといっぱいある」
「……それはこちらも同じこと」
「ならば、利害、同じ。話しましょう」
「他の目的は?『まずは』と言ったよな?」
ドゥインクラーは終始上機嫌だった。
「情報交換が終わって、お互い信用できると思った。そのとき話す。それがいい」