作品タイトル不明
船団「西伐軍」
デウ=ローク島に停泊していた軍艦のほとんどが灰色に塗られてあった。そのうちの1隻の引き渡しが決まると、兵士たちの私物や書類、物資の持ち出しが始まる。それらの受け入れのために3隻の軍艦が残り、残りの軍艦はすべてその日のうちにデウ=ローク島を発った。
シルバーフェイス一行——3人と1匹だったが1匹については隠されていた——に与えられた部屋は客室であり、ホテルの客室とまではいかないがそこそこの広さと清潔さがあった。明かりの魔道具などはなく、オイルランプが光源だった。
ちなみに、リュック=ランドン率いる回復魔法使いたちとは別の船である。
「あ、あの、この船に乗っているのって、あとは全部向こうの大陸の方……ですよね? その、大丈夫なんでしょうか?」
とポーラが心配するのももっともだ。
だがヒカルは問題ないと考えている。なぜなら彼らは、ヒカルが1撃で軍艦を沈めたところを見ている。そんなリスクがあるのに襲撃してきたりはしないだろう。
もし確実にシルバーフェイスを仕留めるなら、気づかれないようこの部屋ごと爆破するとか、毒ガスを室内に入れるとかだろうが、明らかに客室はふつうの客室でありわざわざ暗殺用に作られたものではなかった。
それにヒカルの「魔力探知」があれば船内の動きは大体わかる。異常を確認できたら行動すればいい。
「それで……今さらだけど、ふたりともいいんだな?」
滅びの大陸に渡る——この決定はヒカルが勝手に決めてしまったことではあったが、もしラヴィアかポーラが嫌がるようなら考え直してもいいと思っていた。
だけれども案に反してふたりは「行くよ?」「行きます!」と二つ返事でオーケーだった。
「もちろん。わたしの行くところはヒカルが行くところだもの」
「わ、私も、ヒカル様のお役に立てるならどこへでも行きます」
真っ直ぐに言われると、
「あー、うん、ありがと」
「……どうしたの?」
「ヒカル様は照れてるんですよ、ラヴィアちゃん」
「そこ、妙なこと言わないように」
ごほん、と咳払いをしてヒカルは言った。
「そんなわけでついに僕たち『新月明星』は大陸を超えることになった。向こうでなにをするか、だけど——」
「はい。図書館」
「……ラヴィア、たぶん期待できるサイズの図書館はない。向こうはかなり切羽詰まった生活してきたっぽいし。そもそも文字が読めないぞ」
「むう」
『はいはいはい! 食べ歩き!』
と、横からコウが手を挙げた。
「……お前な。自分で向こう行きたいとか言っといてそれはなんだよ」
『えー。食べ歩きしないの? 珍しい食材とか、料理とかいっぱいあるよきっと』
「…………まあ食べ歩きは、する」
ヒカルが言うと、コウとラヴィアが「いえーい」とか言いながらタッチしている。
いつの間にラヴィアまで食いしん坊路線へ……!
「あのぅ、それでコウちゃんは、どうしてあっちの大陸に行きたいんですか?」
ヒカルがラヴィアの転身に驚愕していると、ポーラがたずねた。
「そう言えばどたばたしてて深く話せなかったな。実際のところどうなんだ?」
『うん。オイラ、竜石を食べて寝てただろ? その間ずっと——夢を見ていたんだ』
その夢とは、龍の夢。
龍たちが積み重ねてきた長い長い歴史の夢——。
「龍の血脈に、記憶を共有するような、そんな能力があるのか?」
『そうみたい。昔、里の古老が言ってた気がするよ。でも、里にいる間はそんな夢は見ないんだって、見る必要がないんだって』
「里を出た龍は見る必要がある——里を出る龍は、竜を倒す龍だよな? 竜を倒すのに必要なこと、って言いたいのか?」
『ん』
コウはうなずいた。
竜石は竜——「邪に連なる者」が所持しているもので、世界を邪に傾ける力の結晶である。
それを食べることで龍は己の宿命を刺激される。そして「龍たちの記憶」にアクセスできるようになる。
『ってことだと思う。全部後付けの推測だけどねー』
「つじつまは合う。それで、どうしてグランドリーム大陸に?」
『うん……なんだか邪に連なる者のニオイがいっぱいしたから。今もすごくしてる。たぶんあっちの大陸には邪の痕跡がものすごくいっぱいあるんだと思う』
邪の痕跡、というか「邪」がなんなのかヒカルにはよくわからない。
ビオス宗主国の地下大空洞で見たドロドロした黒いああいうものだろうか。
「向こうの大陸のモンスターは強力らしいが……関係はあるのかな。あと、あっちの連中は魔法を使えない」
「そのふたつにつながりはあるのかしら」
ラヴィアが人差し指をあごに当てて宙を見つめる。つられてヒカルも宙を見つめたが、もちろんなにも浮かんではいない。
「ま、行ってみるしかない、かな」
「そうね。——ヒカルがドリームメイカーに行きたいのは、ヒカルと同じ地球から来た人がいるかもしれないから、なんだよね」
「ああ」
すでにヒカルがグランドリーム大陸を目指す理由については話してあった。
「会えるといいですね、ヒカル様!」
「そうだなあ……会えるなら会っておきたい、かな? それにはポーラの力が頼みだからな」
ポーラの回復魔法で、向こうが望む人間の病状を回復させられれば、態度は一気に軟化するだろう。そうなれば行動の自由は幅が一気に広がるはずだ。
「はい、お任せください……」
「なんで自信なさそうなんだ」
「ううぅ……病気類はなかなか治りが悪いので……」
回復魔法とは言え万能ではない。風邪を一気に治癒できないように、病気の類には効きが悪いのだ。
(場合によってはポーラの「回復魔法」をMAXにしてもいいかもしれないな)
今、彼女の「回復魔法」は8で、10が最高だ。残りのポイントも2ある。おそらくそこで新たな「職業」も出るだろう。そうなればポーラは回復魔法を極めることになる。
グルゥセル率いるこの船団は「西伐軍」と言うらしい——ヒカルたちの通訳に当たることになったディーナがそう言っていた。
両方の大陸の言葉に堪能な人材は少なく、ゴルジアが騎士リュックと回復魔法使いのほうについたのでディーナがこちらについた。ディーナは最初、ヒカルたちのいる客室にやってくると、
「このたびは申し訳ありませんでした」
開口一番頭を深々と下げた。
ヒカルが無言でいるといつまでも頭を上げないので、彼女の前へと歩いていく。
「ディーナ」
びくりと身体を震わせる。
「あの晩に言ったとおり、 おれ(・・) は全員を殺してもよかった。だが軍船1隻を沈めるだけにしておいてやった。——次はない。この意味、わかるな?」
「は、はい……」
頭を下げたまま小刻みに震えているディーナを見て、ヒカルはこんなものかなと思う。脅しとしては十分だ。
ディーナは通訳だが、ヒカルたちの話の内容や行動はすべてグルゥセルに報告されると思っていいだろう。
「顔を上げろ。頭を下げたまま通訳をするのか?」
言われてようやく上げたディーナの顔は真っ青だった。
ちなみにこのときのやりとりは後々ポーラから「あのときのヒカル様怖かったです」と言われ、ラヴィアからは「ヒカルは敵に容赦がないから。そのぶん味方に優しい」とフォローをされることになる。
「それで、到着予定は?」
「は、はい。およそ12日の航海後に大陸西端へ到着します。それから海岸線沿いに3日移動することになります」
「ふむ」
ヒカルが感じたのは「だいぶ時間がかかるな」ということだった。
ヴィル=ツェントラからデウ=ローク島まで2日で着いた。その2倍の距離に大陸があるとカグライは言っていたはずだ。
「本来なら、真っ直ぐ向かえば4日で着く距離だよな? なのに12日掛かるのはなぜだ」
「……それは……」
「海棲モンスターを避けるための方法に関係しているんだな?」
「…………」
「まあ、いい。船内を案内して欲しい」
ディーナの沈黙は「肯定」と同じだった。
どんな方法で海を渡ってきたのかヒカルも興味がある。これから少しずつ解き明かしていけばいいだろう。