軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヒカルの条件

「——それだけか?」

ヒカルが条件を口にしたときのゴルジアの反応が、それだった。

拍子抜けしたような、ほっとしたような顔だ。

「ああ。簡単だろ? おれ(・・) を含む視察団の受け入れをお願いしたい。ドリームメイカーの貴き御方が快癒した際には、大陸間は友好的な関係を築くべきだからな。500年も前の遺恨は忘れて」

「視察は問題ない。もちろん国内にフルアクセスというわけにはいかないが、機密情報がない場所ならばどこへ行ってもらってもいいはずだ。だがお前たちにとっては500年も はるか昔(・・・・) の話だとしても、俺たちにはまだまだ恨みがある。それを忘れてもらっちゃ困る」

ここで500年前のこともきれいさっぱりなかったことにしたかったが、そこまでゴルジアも甘くはないらしい。

「はいはい、わかったよ。それで視察団は決まりだな。出発はいつにする?」

「早ければ早いほど。そちらの回復魔法使いはすぐ手配できるのか?」

「回復魔法使いならおれの仲間を連れて行けばいい」

「なに?」

ゴルジアが渋い顔をする。ポーラを攫ったことで手痛いしっぺ返しを食らったことを思い出したのだろう。

「おいおい、さっきも言ったじゃないか。最初から友好的にしてくれれば平和的に解決できることばかりなんだぜ?」

皮肉をちらつかせて笑ってみせると、ゴルジアはますます渋い顔をした。そこにディーナが何事かをささやきゴルジアはうなずいた。

「……わかった。それで構わない」

「ちょっと待ちなさい。私のところの魔法使いも派遣するわ。同じく護衛はリュック=ランドン」

パトリシアが口を挟む。

「それで? 軍艦はいつ引き渡すの?」

「このまま人員を引き連れてデウ=ローク島に渡る。そこで軍艦を選んでもらいたい」

「……いいわ」

念入りに魔道具を破壊された軍艦を引き渡されてはたまったものではないが、とって返す船に同行し、すぐ船を選べるのならば向こうも小細工はできないだろう——パトリシアはそう考えた。

「視察団はどうするんだ? あんまり待てないぞ」

「後から送り込む、でいい。海を渡る手段は確立されているんだろ?」

「……今から30日後にデウ=ローク島に迎えの船を寄越す。それでいいな」

ヒカルは暗に「海棲モンスターを倒したんじゃなく、追い払う手段があるんだろ?」と臭わせたがゴルジアは引っかからなかった。その秘密は保持するようだ。

確かに、今後大陸間の交易が始まったら海を渡る技術はとんでもないアドバンテージになる。友好関係を築けるかどうかはわからないが、交易があるとするなら主導権はこっちが握ると言いたいのだろう。

「それでいい」

ヒカルは答えた。

リュック=ランドンとともにゴルジアが回復魔法使いを選びに行くと、ヒカルはパトリシアにここに残るよう言われた。

「で? どういうつもりだ? いくらお前がカグライの懐刀だとしても答えによっちゃタダじゃおかないよ」

ヒカルを見据えるパトリシアの目は冷たく、声にはドスが利いていた。

彼女が怒るのも無理はない。国家間の重要な謁見を勝手にのぞき見していたのだ。

一般人ならば震え上がる迫力ではあったけれどもヒカルとてこれまで修羅場を何度も切り抜けている。

カグライの懐刀になったつもりなんてないんだけどな——とは口に出さず、

「アンタは今回、ヴィレオセアンの総首領としてゴルジアに会った、そうだろ」

「? だからなんだ。当たり前だろ」

「一方で、クインブランド皇国、フォレスティア連合国、ポーンソニア王国の代理としての役割もある」

「それはそうだ。——チッ、そういうことか」

「ああ」

パトリシアはすぐに気がついたようだ。パトリシアはゴルジアと話すに当たって、すでに去っていったカグライ、マルケド、クジャストリアの代理としての立場もある。それは戦闘が始まった際にすぐにこの3国から助けてもらうための方便だ。

そのぶん、パトリシアがゴルジアと決められる協定の幅は限られてくるが、海戦で一度負けている以上、パトリシアとしても背に腹は代えられないのだろう。

つまるところ、ヒカルはこう暗に示したのだ——「おれだってクインブランドの代表だろう?」と。であればこの謁見の場に参加する権利がある。とはいえ、事前に通達しないのは非常識極まりないが。

「これは貸しひとつにしてやる」

「おー、怖い怖い。高い借りになりそうだ」

というか実際にはすでにカグライとの契約は切れているのだけれど、それを言えば貸しが2になるどころではないのでヒカルは黙っている。

「で? さっきのお前の話の意図はなんだ。視察団だって?」

「ああ、あれはそのほうがアンタらの都合がいいだろうから助け船を出しただけさ」

「都合がいい、とは?」

「まずグランドリーム大陸にはこちらにない進歩した科学技術がある」

「科学技術……?」

耳慣れない言葉なのだろう、パトリシアはそこに引っかかったようだ。

「魔法によらない、物理法則を究めた技術のことだ。ヴィレオセアン海軍が負けたのは、相手が魔道具を使ったから——って思ってるかもしれないけど、おそらくあれは魔道具の類じゃない」

「なんだって!?」

「火薬を使った砲撃だよ。——まあ、それはいい。アンタたちが軍艦を調べればわかることだからな」

細かいことまで説明する気もヒカルにはなかった。軍艦に入ったとき、重火器から魔力反応がなかったことからヒカルはあれらが「大砲」——火薬によって砲弾を飛ばす大砲なのだろうと当たりをつけているだけのことだ。

「今回、騎士リュックが回復魔法使いを連れてグランドリーム大陸に渡るとして、連中がその後、こちらと連絡を取るとは限らない。なにせ巨大な海棲モンスターを退ける技術がないんだから」

「…………」

「たった1回、おそらく数日という滞在で、リュックたちがどれだけの情報を持ち帰れる? 護衛の任務をおろそかにできないことを考えるなら、今回の渡航で得られる情報はかなり少ない。もちろん、その少ない情報すら貴重ではあるがな」

「……それで、視察団か」

「そのとおり」

「向こうが視察に向かわせた者の安全を保証するかはわからないわ。それにそもそも、リュックたちすら帰って来られるか……」

「だからおれが行く」

ヒカルは人差し指と中指で自分の胸を指した。

「おれなら連中に捕まることはない。街中に入れればこっちのものだ、連中の目をかいくぐって逃げることだってたやすい」

「でも仲間の回復魔法使いを連れて行くんだろ?」

「あいつにもおれと同じ力がある」

「!?」

正直に言うとポーラの「隠密」はまだまだヒカルレベルではないが。

「お前、どうやってそんな技術——いや、魔道具を」

「その詮索はナシだ。——詰まるところ、おれが行くことでリュックや回復魔法使いの帰還、その後の視察団の安全にもつながる。おれと敵対することを向こうは避けたいはずだからな」

「ならなんでゴルジアはあんなに簡単に、お前の同行を許した?」

「それは——」

ディーナがゴルジアにささやいた、言葉。

おそらくだがポーラの回復魔法もあったほうがいいとゴルジアに伝えたのだろう。彼らの目的は回復魔法使いを連れて行くことだから、1人でも多いほうがいいと考えたのだ。

そう、説明すると、パトリシアは唸った。

「そんなことより総首領殿、視察団をどうするか決めたほうがいいぞ。新たな技術に関する情報が得られるとなれば各国が参加したがるだろう。30日後にデウ=ローク島にいなければならないんだから」

「むむ、それはそうだけど……」

「ヴィレオセアンで専有しようだなんて考えないほうがいいぞ」

「っ!?」

「万が一が起きるということもある。そのとき、アンタたちが視察団を独占していればヴィレオセアンの自業自得、他国は協力してくれないだろう」

「そ、それくらいわかってる!」

パトリシアは声を荒げて立ち上がると、部下を呼び寄せて各国への連絡準備を急いだ。

「これでさっきの借りはチャラだな」

「……お前、ほんといい性格してるな。商人向きだよ」

それは初めて言われたな、とヒカルは思った。

なぜシルバーフェイスはそうまでしてグランドリーム大陸に渡りたいのか。

そう質問されなかったのは単にパトリシアがいろいろなことで頭がいっぱいになっていたからだろう。視察団の編成、軍艦の譲渡、軍艦の研究、デウ=ローク島の返還——。

聞かれていたとしてもヒカルは適当に誤魔化していたはずだ。ほんとうの理由を言うわけにはいかなかったから。

(光学迷彩に大砲の技術。地球からの転移者がきっといる)

会ったところでなにがあるわけでもないが、ここまできて会わないという選択肢もないだろう。

「東方四星」のソリューズはクジャストリアとともにポーンソニア王国へ帰った。セリカもソリューズから光学迷彩の話を聞けば、ヒカルと同じ結論——滅びの大陸には転移者がいると考えることだろう。

危険は承知の上だ。

どのみちこの世界で生きていくには危険が必ずある。

それなら、せっかく大陸を渡るチャンスがあり、 同郷者(ちきゅうじん) がいるかもしれない場所に行きたいではないか。

ヒカルが宿に戻ると目覚めたコウが待っていた——腹を膨らせて、テーブルで仰向けになって。そばには食い散らかした皿がある。

『やあ、ヒカル。オイラたちも滅びの大陸とやらに行こうよ』

どうやらコウも、なにかを つかんで(・・・・) いるらしい。

この日の夕方、ヒカル、ラヴィア、ポーラ、コウはリュック=ランドンの船に乗り込んだ。