作品タイトル不明
滅びの大陸にないもの
ディーナがヒカルに魔法を見せてもらっているころ、軍艦からやってきた使者ゴルジアはヴィレオセアン総首領パトリシア=ジルベルスタインとの面会に臨んでいた。
他国に比べれば謁見室のサイズこそ小さいが、調度品はどれも超一流。一流が持つオーラは謁見室にやってきた者を圧倒するはずだがゴルジアはあくまでも自然体だった。
「あなたがここでいちばん偉い人か? 街の代官? それとも大陸の覇者?」
ひざまづくこともしないゴルジアに、パトリシアの周囲に控えている騎士は不快感を隠さない。だがイスに座るパトリシアは特に動じなかった。
「いいや、私はこの国の代表ってだけさ」
「国……それは大きいのか?」
「どうだろうね。アンタの国はどうなんだい」
「俺の国ドリームメイカーは小さいよ。1万人くらいしかいないんじゃないかな」
「それは、小さいな」
情報を隠してくるかと思ったが、案に反してゴルジアはあっさり口を割った。
「我が国ヴィレオセアンは300万人を超えている」
「そんなにか」
純粋に驚いているのは、知らなかったからだろうか。
そこからゴルジアはいくつかこの国について聞いてきたので、パトリシアは答えてやった。街はいくつあるのか。人種はどうか。産業は。国はいくつあるのか。大陸は広いのか。モンスターはどんなものがいるのか——。
反対にパトリシアも質問をし、情報を得た。
滅びの大陸——グランドリーム大陸のうち、彼らが街としているのは西岸より内陸に入った場所。それ以外に街はなく、街を追われた者がわずかに外で暮らしているらしい。
大陸は大きく、さらにモンスターが強いために彼らは全土を把握できていない。
「俺が伝え聞いているところでは入植した当時作り上げた街は、もう滅びているんだ。廃墟が残っているとか残っていないとかいう話だけど、誰も確認してない。危険を冒してまで見るものはないからな」
「モンスターに襲われ、街を放棄したということか?」
「ああ。ほんとうなら全滅するところだったが、先住民族に救われた。先住民族であり俺たちの祖先は、モンスターを攪乱する魔道具で窮地を切り抜けた。そして入植者とともに内陸へと逃げた」
「ほう……。グランドリーム大陸に先住民族がいたというのは知らなかった」
「彼らは入植者を見張っていたようだ。入植者は目立ちすぎたからな、やがてモンスターに襲われると思ったんだろう。だが絶滅を傍観するのも気分が悪く、手助けをした」
「先住民族と交わることで混血が進んだのか? 見ればお前たちは皆、銀髪に紫色の肌をしている」
「そういうことになる。俺たちの誇りである月の銀にリンドウ華の紫だ」
話が進むと、やがて今回の目的についてとなった。
「——虫のいい話だとはわかっているが、ギギィを返してもらいたい。そちらに忍び込んだ俺たちの仲間だ」
「虫のいい話だとわかっているのならそちらの条件を提示してもらいたいけどねぇ」
「沖にいる軍艦をデウ=ローク島まで引かせよう」
ふっ、とパトリシアは鼻で笑った。
勝手に軍艦でやってきて、それを引かせることを条件にするなど、交渉でもなんでもない。
「私が求めるのはデウ=ローク島だ。勝手に攻め込んだ被害についても賠償してもらう」
「デウ=ローク島には1,000人を超える住民がいるようだな? 1人と比べては割りが合わないだろ」
おや、とパトリシアは思う。彼の言っている基準は島の権益や領土としての価値ではなく、人の命の数——。
(大陸にいるのは1万人と言っていた……。1人あたりの命の価値が重いのかしら。スパイを送り込んで、それが捕まったとしたらふつうはトカゲの尻尾切りをして終わりだ。それをわざわざ返還交渉をしにくるのだからねえ)
むう、と眉間にシワを寄せているゴルジアにパトリシアは言う。
「そもそもなんの宣戦布告もなく攻め込んできたのはアンタたちでしょ。こちらには各国家を連携して戦う用意があるんだ」
「……それならば、入植者を見捨てたことについてはどう責任を取る? デウ=ローク島にいる人口に近い人間が、こちらの大陸からの救いの手を待っていた。だがお前たちは見捨てた」
「500年も前のことの責任を取れって? 大体、こっちがアンタたちを救おうとしなかったとどうして言える? 海棲モンスターのせいで海を渡れなかったのはこっちだっていっしょだよ」
「…………」
「デウ=ローク島を返せ。要求はシンプルだろ」
むむむ、とゴルジアはさらに眉間にシワを寄せたが、
「……どうしても、デウ=ローク島にこだわるんだな」
「領土の侵犯は絶対に許さないからねぇ」
「この話、一度司令官に伝えたいが構わないか?」
「ああ。まだ交渉は始まったばかりだ」
「わかった。では明日出直そう」
と言って去ろうとしたゴルジアはふと足を止める。
「——そうだ。 治癒の魔法(・・・・・) を使える人間を派遣してくれないか? 軍艦内でちょっとした病気が流行っていて、それを治したい」
「ん? 軍医がいるんじゃないのか?」
「軍医が体調を崩して困っている。デウ=ローク島でも探してみたが、治癒の魔法の腕利きがいなかった」
「ああ……」
パトリシアはデウ=ローク島のことを考える。あそこは漁業と交易の拠点であり、それ以上でもなければそれ以下でもない。なにかあってもヴィル=ツェントラに来れば治療を受けられるから滞在している回復魔法使いは応急処置がせいぜいだったはずだ。
「……その病気の内容が気になる。回復魔法の上級者はこちらでも希少だ。一度治療院の者と会って話をしてくれ。治療院の責任者が問題なさそうであれば連れて行ってもいい。そのすべてにリュック=ランドンを同席させるがね」
「構わない。ありがとう。——礼と言ってはなんだが、これを差し上げよう」
ゴルジアは懐から革袋を取り出した。中に入っていたのは親指大の紫色の宝石——アメジストのようだが、色合いはもっと深い。
「これは?」
「通貨が使えないことはわかっていたからな。いくつか宝石を見繕ってきた」
「ふむ……。まあ、受け取っておこう」
「感謝する」
そうしてゴルジアはリュックとともに去っていった。
「……くく」
パトリシアは笑いたくなった。たったひとりのスパイと引き替えに、デウ=ローク島が戻ってくるだなんてことふつうに考えたらあり得ない。
だが、ゴルジアは検討のために軍艦へ戻ると言っていた。しかも病人の看護のために回復魔法使いを借りたいという。
「どれだけ命を大事にしているんだ、ヤツらは」
思いのほか簡単に、デウ=ローク島が戻ってくるかもしれない。
「私の交渉術もなかなかだろう?」
護衛騎士のひとりに言うと、騎士もまた追従の笑みを浮かべてうなずいた。
パトリシアは上機嫌だった。
数々の火魔法を見せられたディーナは呆然としていた。
大地のあちこちが焼けてくすぶった煙が上がっていたが。
「これで満足したか? もっと強い魔法もあるけど、使うのは危険だから」
「使えるよ?」
「……使わなくていい」
仮面をつけてウキウキのラヴィアが張り切って魔法を使いたがるが、ヒカルはそれを止める。使い道の難しい魔法についても見せていない。一応、それらはラヴィアの切り札でもあるのだ。
「あの……火の魔法だけですか?」
とそこへディーナが言うと、ラヴィアの身体がみるみる小さくなっていった。
「え、あれ!? ど、どうしたんですか!?」
「あー……うん。精霊魔法は火だけだな。他にもあるけど、おれたちは使えない」
「そ、そうなんですね。残念です」
「でも回復魔法ならある」
「!」
今まで以上の食いつきだった。
ヒカルににじり寄りながらディーナは、
「か、回復魔法とおっしゃいましたか」
「近い」
「見せてください!」
「近いっての」
つばが飛ぶような距離だったのでヒカルはディーナと距離をおく。
「……見せられるか?」
ヒカルはポーラに視線を送ると、
「見せることはできますが、傷がなければ治りがわかりませんよね」
「それはそうだな」
「わ、私でよければいくらでも傷つけてください。はい、どうぞ!」
ディーナが腕まくりして差し出してくる。さすがに女性に傷をつけるような趣味はヒカルにはないが、ヒカルたちの反応が悪いと思ったディーナはしゃがみ込むと、
「えっ。……ええええ!?」
地面に手を置き、拾った石を指に叩きつけた。
「っつうううううう!? 痛い、痛い痛い痛い!?」
「当たり前だろ! バカなのか!? ——魔法を!」
「は、はいぃ!」
ポーラがあわててディーナに近寄り、彼女の手を握る。中指の爪が割れて血が流れている。
「『天にまします我らが神よ、その御名において奇跡を起こしたまえ。右手がもたらすは命の恩恵、左手がもたらすは死の祝福』——」
詠唱とともにポーラの身体が金色の光を放つ。彼女の手のひらから光がディーナへと移っていく。
涙目で脂汗をかいていたディーナだったが、
「あ、ああ、ああああ……」
傷口の血に小さくあぶくが立ったと思うと、むずがゆさとともに痛みが引いていくのを感じる。
1分としないうちに傷は塞がった。
「す、すごい」
「——こんのバカ!!」
「ひぇっ!?」
ヒカルに胸ぐらをつかまれて立たされるディーナ。
「自分で自分を傷つけるバカがあるかよ! 大体、君の安全を保証したのはこっちだぞ!? それを君のほうから破るなんてバカにもほどがある!!」
「で、でも……」
「身の安全を保証するということは傷もつけないということだ。つけた傷を治すということじゃない」
「…………ごめんなさい」
先ほどとは違う涙を浮かべたディーナは、消え入りそうなほどにしょげ返った。
「シルバーフェイス」
ぽん、とラヴィアから肩に手をおかれたヒカルは冷静さを取り戻していく。
「……もう、戻るぞ」
そうして街へと戻った。