軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

交渉の条件

ヴィル=ツェントラに連れてこられたディーナは、滞在中の居室としてカグライ皇帝の目の届くところに部屋が与えられている。

着ている服もこちらで用意されたものなので、肌の色は目立つが、それ以外はわりと溶け込める風体となっていた。

「…………」

深夜、窓を開けたディーナは外へ向けて手鏡を動かしていた。

反射した月の光が、建物の屋根を舐めるように進んでいく。

『……ディーナ、ここにいたのか』

「!」

窓の下から声が聞こえ、ディーナは思わず手鏡を落としそうになった。彼女が窓際からどくと、そこに入り込んできたのはゴルジアだった。

彼は全身を光学迷彩の布で覆っており、それを首だけ剥がすと生首が浮いているように見える。

『ここは安全なんだろうな?』

『はい。ですが廊下に見張りがいるので小声でお願いします』

『オッケー』

ディーナは手鏡でゴルジアに合図を送っていたのだ。ここにいるぞ、と。クインブランド皇国の馬車を見たゴルジアならば、ある程度ディーナがいそうな場所の見当をつけるはずだ。あとはディーナが、居場所を合図すれば忍び込むことなどたやすい。

『ディーナよ、見違えたぜ。こっちの大陸の人間みたいじゃねえか』

『冗談は止してください。それよりゴルジア様の首尾はいかがですか』

『くっくっ、こういうときこそ冗談を言えるようじゃないと一人前とは言えねぇな。——問題ない。回復魔法使いを確保した』

『えっ、もうですか』

『ああ。こっちじゃあ「治癒」とか言わずに「回復」と言うらしいな。だが疑いもせず、ひとりを派遣してくれることになった』

『その人物の腕前はどうでしょうか? その——治せるでしょうか』

ディーナは言いにくそうに、

『我らの王のご病気を……』

ゴルジアは難しそうに唸る。

『わからねぇ。だが賭けてみるしかあるまい。我らが偉大な王、我らに繁栄をもたらした偉大なる王の末裔、王にしか伝わらない秘伝の技術……それはすべてのドリームメイカーの民にとって必要なものだ。……こっちの大陸のヤツらはデウ=ローク島に相当こだわっていたからな、今ここで、腕の悪い回復魔法使いを送り込むことはしねぇはずだ。俺たちを怒らせて島に立てこもられれば困るのは向こうだからな』

『そう、ですか……』

『ディーナ?』

『この街に潜入しているギギィ様以外の斥候は無事ですか? どれくらい情報を集めているでしょう?』

『ディーナ、どうした?』

『……実は、私も回復魔法使いを見たのです』

『ほう』

ふたりの会談は、それから10分ほど続いた。

彼らの会話を聞いた者も、侵入に気づいた者も、いなかった。

翌朝、ヒカルはカグライ皇帝のところへやってきた。朝食を部屋で取ったばかりらしいカグライは、不愉快そうにソファにもたれていた。

部屋にはカグライのお付きの文官が3人いて、護衛の騎士は部屋の隅に陣取っていた。文官も騎士も気味悪そうにヒカルを見ている。

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもあるか。パトリシアが勝手に話を進めたのである」

カグライはヒカルに昨日の交渉内容について説明した。

パトリシアがデウ=ローク島を要求し、使者ゴルジアがそれを「検討する」と持ち帰ったこと。その際に回復魔法使いを要求したこと。

「回復魔法使い……やっぱりな」

「ほう、シルバーフェイスよ。そなたもそこに気づいたか」

「まあ。これだけ露骨にやられればな」

「じゃが、パトリシアはわからなかったと見える。約束は約束ゆえ、守らねばならぬ……予定通り回復魔法使いが派遣される」

わからない、という顔をしているのは文官のみだ。

「あ、あの、陛下。どういうことなのでしょうか? 我らにはパトリシア総首領の交渉に問題は感じられないのですが」

「ふむ……。ヤツらの目的が、回復魔法使いにあったのではないか、ということよ」

「え? 回復魔法使いは確かに珍しいですが、それほどでもないでしょう」

「それがそうでもないんだな」

ヒカルが口を挟んだ。

「おそらく、グランドリーム大陸の人間は魔法が使えない」

これに驚いたのはカグライをのぞく全員だった。回復魔法だけでなく精霊魔法まで使えないというのは、カグライも確信こそなかったが、可能性としては考えていたようだ。

「何らかの事情で回復魔法が必要なんだろう。そのために回復魔法使いを入手しようとしている」

「しかし、シルバーフェイス。侵略戦争にとらえかねられないほどのことをしでかしておいて、得ようとしているのは回復魔法使いだけというのはなんともバランスが取れんぞ」

食い下がる文官に、ヒカルはため息交じりに言う。

「……わかってるじゃないか」

「ぬ?」

「 バランスが取れる(・・・・・・・・) ような相手なんだよ、回復させなきゃいけないのは」

「つまりグランドリーム大陸……ドリームメイカーの国王、あるいはそれに準じる者」

カグライが後を引き取った。

そう、彼らがどれだけの危険を冒してでも救いたいと思う人物——それは国のトップをおいて他にないだろう。

「まあ、それほど忠誠心を集める国王ってのもすごいけどな……。あれだけ科学が発達しているのに魔法に頼らなければいけないと判断した。彼らの間で魔法がどういうものとして伝わっているのかは興味がある」

「なんでも可能にする不思議な力、とかそういうことであろ。魔法にできることは限られておるのだがな」

そこへ他の文官が口を開いた。

「ギギィというスパイはこちらの手の内ですし、ディーナ書記官もいます。にもかかわらずヤツらは回復魔法使いを連れて逃げるのでしょうか?」

「ほぼ間違いなくな」

ヒカルの魔力探知にはこの屋敷の中にいるディーナを感じ取れる。

彼女だけでなく、ゴルジアなど軍人も、文字通り「死ぬ気」で回復魔法使いを得ようとしているのだ。昨日のディーナの行動にはそれくらい鬼気迫るものがあった。

「国王を救うのに、多少の犠牲はやむを得ないんだろう。捕まったスパイの解放交渉というのは建前で、回復魔法使いを確保するのが目的だった——そう考えればしっくりくる」

「陛下! シルバーフェイスの言うことが確かなら、今すぐ止めましょう! まだ間に合います」

「…………」

ふうー、と長いため息をついたカグライはソファにもたれたまま瞑目した。

それを代弁してヒカルが言う。

「だからさっきから言ってるだろ。それができればとっくに手を打ってる。すでにパトリシア総首領が向こうと合意してしまった以上、もうなにもできない。大体どう言って止める? おれ(・・) だってこんなに早く手を打たれるとは思わなかった」

「……パトリシア総首領殿は先を急いでしまうのである」

パトリシアと付き合いの長そうなカグライは悩ましげに首を横に振った。

「ディーナ、いるか?」

カグライに許可をもらったヒカルは、ディーナのいる部屋へとやってきた。ディーナはヒカルを見るとびくりとした——その驚き方にヒカルは少々不審を覚えた。

「君もご苦労なことだ」

「な、なにがですか?」

「死んでもいい、とそう思っているんだろう?」

「…………」

「それほどまでに君の王は仕え甲斐があるのかね」

「どういう……意味でしょう? 自ら仕える王に敬意を払うのは当然のことです」

「ゴルジアはまんまと回復魔法使いを確保した。そのままグランドリーム大陸に帰るとしたら君の命は保証されない」

「!?」

見るからにディーナが狼狽する。

「そ、それは……」

「騎士リュックも同行しているようだが、軍艦にまで入り込んだら騎士が何人いようと君たちの敵ではない。回復魔法使い以外は殺してもいいくらいに思っている。違うか?」

「…………」

ちら、とディーナは壁掛け時計に視線を送る。

時刻は10時の10分前。確か9時半に、ゴルジアがリュックらとともに軍艦へ向かったはずだ。すでに回復魔法使いは確保されているということになるから、今さら時間を気にする必要はないだろうに——。

(……なんだ? パトリシアが約束を違えると思っているのか? それとも別の(・・・・・・) ……?)

ヒカルはディーナにカマをかけてみる。

「——昨日はゴルジアと連絡を取ったみたいだな」

「!? な、なんのこと——」

「そこで君たちは話し合いを持ったはずだ。ゴルジアは回復魔法使いを確保したことを伝えた。そして」

「…………」

「君はおれが案内した街や、おれたちが見せた精霊魔法や回復魔法……を……」

「…………」

ディーナがヒカルから視線を逸らしている。

その顔色は、青ざめ、唇が震えていた。両手を前でぎゅっと握りしめている。

(僕たちは回復魔法を見せた。ディーナはひどく感心していた。彼女は、回復魔法を 実感した(・・・・) 。その話をゴルジアにしないわけがない——)

ヒカルはその瞬間、気がつく。

「魔力探知」を放つ。ここからグランドホテル・ツェントラまではぎりぎり1キロの距離にあり「魔力探知」の範囲内だ。

(——いない)

背筋がスッと冷たくなる。

ラヴィアも、ポーラもいない。この時間帯ならばだらだらと本を読んだりしているはずだ。

ラヴィアの反応はすぐにつかめた。

彼女がいるのは——冒険者ギルドだ。

(なぜこんな時間に冒険者ギルドに? ポーラはどこにいる?)

ラヴィアが冒険者ギルドに行くことなど、ほとんど考えられない。

そう、考えられるとしたら——。

たとえば、ヒカルと連絡が取れなくなったときにわかりやすい場所にいるため。

たとえば、襲撃から身を護るため——。

「……ディーナ」

「ひっ」

一歩近づいたヒカルの殺気に当てられ、ディーナが小さく声を漏らす。

「お、おい、シルバーフェイス?」

部屋の隅に立っていた監視の騎士が声を掛けるが、ヒカルは構わずディーナとの距離を詰める。

「ディーナッ!!」

「——ひぃっ!」

「おい、止めろシルバーフェイス! 誰か! 来てくれ!」

ヒカルがディーナの肩をつかむ。我を忘れたその力の強さにディーナは顔をゆがめて苦悶の声を発するがヒカルはそれに気づかない。気づく必要もない。

「彼女を 攫(さら) ったなッ!!」

ポーラが、敵に連れ去られた——。