軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仮面の口車

司令官室にいるのは6人。

部屋の主にして司令官であるグルゥセルと、彼の部下が1人。

グルゥセルの対面に座っている小太りな男はドゥインクラーという名であり、相手がグルゥセルだからと怯む気配もない。

頭頂部はうっすらと禿げ上がり、口元はにやけていたが目元には油断がない。

『それで、司令官殿はプリミーヴァルの猿どもを攻撃する腹は決まりましたかな?』

『攻撃はしないと何度も言っている。我らが王のお望みを忘れたか』

『王が必要とされているのは 結果のみ(・・・・) でしょう? 王は出発前にこうおっしゃっていたではありませんか。未開の地ゆえなにが起きるかわからない。機を見るに敏たれと』

『私は勝手な行動を慎めと言ったはずだ。軍議にかけてもいいのだぞ』

ぎろりとグルゥセルが見据えると、ドゥインクラーは相変わらずにやけていたが、彼の背後にいる3人は一瞬顔を青ざめさせる。

小者め、とグルゥセルは内心でつぶやく。

『司令官殿、私はこう言っているのですよ。あなたのやり方ではみな納得しない、と。ここに至るまでにどれほどの犠牲を払ったと思っているのです? 海棲モンスターを遠ざける魔道具の研究に何人が死んだと? これだけの軍備を整えるのにいくらかかったと? にもかかわらずあなたは生ぬるいやり方をなさる。これでは 偉大なる計画(マスタープラン) のために散っていった者たちの、遺族が納得しますまい』

『遺族を納得させるためにデウ=ローク島を攻撃したというのか? 独断でスパイを送り込んで、 原始の者(プリミーヴァル) たちに逮捕されたというのか?』

『計画の達成に犠牲はつきもの。形としてわかる成果が必要なのですよ』

『これ以上の犠牲は望まないと王が仰せであるのに、貴様のやっていることは単なる暴走だ』

はぁ、と深いため息をついてからドゥインクラーは言う。

『司令官殿……それでは間に合いませんぞ。王の命は救われない』

『貴様が王の命運を語るな!!』

『ならば司令官殿は王を救うに全力を尽くしていると言うのですかッ!!』

怒気と怒気がぶつかり合い、室内に沈黙が訪れる。

グルゥセルの部下もドゥインクラーの取り巻きも次になにが起きるのか、固唾を呑んで見守っている。

このふたりがそれほどに権力を持っているからだ。ふたりがぶつかれば多くの人間が傷つき無事では済まないだろう。グルゥセルが最高権力者であるにもかかわらず、独断でスパイを送りデウ=ローク島へ勝手に攻撃を仕掛けたドゥインクラーを排除できないのは、それほどまでにドゥインクラーにも権力があるということである。

(デウ=ローク島ではなし崩し的に総攻撃となってしまったがゆえに、ドゥインクラーの罪を責めることができなかったが、今回は違う。プリミーヴァルに捕縛されたスパイはドゥインクラーの手の者であることは間違いない。返還された時点で身元を明らかにし、ドゥインクラーの罪を公表し、取り巻きもろともグランドリーム大陸へ送還するのが最善手だ)

グルゥセルがこう考えていることはドゥインクラーも百も承知だ。

だからこそこうして、夜更けであるにもかかわらずぶしつけな訪問をし、グルゥセルに揺さぶりをかけている。

ふたりのにらみ合いがいつまで続くのか——と取り巻きたちがやきもきしていたときだ。壁を伝う金属の管、伝声管から声が聞こえてきた。

『司令官! 司令官はおられますか!』

最初こそグルゥセルはドゥインクラーから目を離さなかったが、立ち上がると伝声管へと近づく。伝声管のフタを開け、

『ここにいる』

『ああ、よかった——ご報告があります』

明瞭な声が聞こえてきた。報告内容を伝える声には焦りが含まれており、だんだんとグルゥセルの端正な顔が歪む。

大声を上げなければ伝声管の声はドゥインクラーには届かない。ドゥインクラーは余裕の態度でじっと座っていた——のだが、

『これは……どういうことかな?』

報告を聞き終わったグルゥセルが伝声管のフタを閉じる。

首だけ振り向いた彼の顔を見て、ドゥインクラーの顔に初めて驚愕が表れる。

赤黒く変色したグルゥセルの顔。

そこにあるのは明らかな怒り——。

『私の連れてきた書記官ディーナを、貴様の付き人が海へと突き落としたという。今、必死で兵士たちが捜索をしている』

ドゥインクラーの目が見開かれる。

『どういうことか説明してもらおうか。納得のいく説明でなければ……』

身体中から放たれる怒りのオーラに、これまで平静を装っていたドゥインクラーですら上半身をのけぞらせる。

『……容赦はしない』

「ハッ、ハァッ、ハァ、ハァッ……!」

「落ち着けよ。ここは船の上だ」

「こ、そん、落ち着いて、いられっ……!」

「落ち着けって」

ヒカルは小船を走らせ、すでに軍艦からは離れている。

飛び降りた先に小船があることくらいは最初から計算の上だ。小船に着地する瞬間、ケイティからもらった 重力均衡装置(グラヴィティ・バランサー) を発動すれば衝撃をかなり抑えられる。

もちろん、そんなことを知らないディーナは大声で叫んだのだが。

(おー、探してる探してる)

振り返るとサーチライトを持ち出した兵士たちが海面にライトを当てている。ディーナが浮いてこないかを確認しているのだろう。

頭から滑り落ちたディーナの帽子と、彼女が取り落とした書類が海には浮いている。

小船の航跡が残っていたらまずかったが、波が消してくれたようだ。

「あ、あなたは何者ですか……!」

狭い船上ではあったが、ディーナは自分を守るようにヒカルから距離をおこうとする。がんばったところで3メートル程度しか離れられないのだが。

「その言葉を使っている時点でわかっているだろう? 大陸の人間(プリミーヴァル) だ」

「私をさらってどうする気ですか!」

「殴られるところを助けたというのにその言い方」

「でも今こうして船から離れていますよね!?」

「まあ、ね。邪魔が入らないところで話したかったし」

「……話……?」

若干の冷静さを取り戻したようだ。

「 おれ(・・) が推測するに、あのでっぷりした男はグルゥセルの敵だ」

「!?」

「だが、おれたちプリミーヴァルと事を構えるに当たって意見が分かれている。デブのほうが強硬派で、司令官のグルゥセルが押さえ込もうとしている」

「あ、あなたは 偉大なる夢(グランドリーム) 大陸の言葉を理解できるのですか?」

「いいや? だが、推測すればたやすい」

言葉がわからないことはすぐにバレてしまうだろうからウソはつかない。ただ、どこまで情報を握っているかについてはヒカルも言うつもりはなかった。

「……結構です。私を船に戻してください」

「それはできない」

「なぜ!? このまま私が戻らなければ大変なことになります!」

「グルゥセルとデブの決裂が決定的なものになる、か?」

こくり、とディーナはうなずいた。

「……ふぅん、君は相当あの司令官に買われているみたいだな」

「私が特別なのではありません。司令官は部下をとても大事にされるのです」

「ならばなおさら返すわけにはいかない」

「なっ!?」

「君がおれたちの お客さん(・・・・) になってくれればグルゥセルは迂闊に攻撃をしない。そうだろう? たかだかスパイの身柄を取り戻すために交渉の使者を送り込むくらいだ」

「で、でも——」

「よく考えてみてほしいが、君にとって船を離れる不利益はなんだ? 軍の内部で対立が深刻化することだろう? それは、君が、デブの手下によって海に突き落とされたと 勘違い(・・・) されたせいだ」

ヒカルがそう仕向けた、というのはある。

そのせいでディーナはかなりあわてているわけだ。自分が紛争の火種になってしまうと。

「だけどおれが、ヴィル=ツェントラに来ている使者にこう伝えよう。『ディーナ氏は海に落ちたが保護されている。ケガもなく無事である。彼女はグルゥセル司令官がデブと仲違いすることを心配している』とね。そうすれば明日にもグルゥセルはそれを聞き、早まった内部対立は起きない」

「そ、それは……そ、そうなんですかね……?」

まくしたてるように言われたディーナは顔に疑問符を浮かべている。

よし、この子は押しに弱いぞ、とヒカルは内心ほくそ笑む。

「ヴィル=ツェントラに渡ることは君にとって大きなメリットになる」

ここでヒカルは一気に押す。

「まず、おれたちはグランドリームの言葉がわからないから、両方の言語に堪能な君には協力をしてもらいたい。だから君を害することは絶対にないし、安全は保証されている」

ディーナはわずかにほっとしたような様子を見せる。

やはり、情報を聞き出すために尋問でもされるのかと思っていたのかもしれない。

「その上で聞いて欲しいのだけど、ヴィル=ツェントラの人々はデウ=ローク島を奪われて殺気立っている」

「!」

これはハッタリだが、完全にウソでもない。

デウ=ローク島を奪われたヴィレオセアンは、一度は奪還のための挙兵をしているのだ。

「そんな状態でスパイ返還の交渉などうまくいくはずもない。さらにはグルゥセル司令官の ほんとうの望み(・・・・・・・) を叶えることもできない」

「!?」

ディーナの身体が驚きに固まる。ヒカルの読みは当たっているらしい。

「あ、あなたは……グランドリーム大陸に渡ったことがあるのですか?」

「ない」

「ではどうして我らの目的を知っているのです!」

「ただの推測だ。今回の君たちの行動は侵略が目的じゃない」

つっかえながらもディーナがうなずく。

さあ、ここからが本題だ。

「侵略ではないが……こちらの大陸にしかないものを必要としている」

うなずくディーナ。

「だが侵略を目的としたい連中がいるために、こうしてちぐはぐな行動をしている」

「その通りです」

「考えてもみるといい。今、おれたちが君たちになにかを協力してやると思うか? 君たちが求めているのは上陸すれば達成するような簡単なものじゃないんだろう。なにかもっと——深い協力が必要なんだ」

これはただの勘だったが、当たっていたらしい。

「その通りです」

ディーナはもう一度、うなずいた。力強く。

「話してくれ。そうすれば、戻ったおれが上層部を説得して君たちへの協力を促す。戦争が回避されるならそれに越したことはないからな」

「…………」

ディーナは迷っている。ヒカルを——この仮面をかぶった男を信じていいのかどうか。

さあ、どう出る。

確率としては半々だとヒカルは踏んでいた。ここで彼女が首を縦に振らなければそれはそれでいい。このままほんとうに「客人」として迎え入れるまでだ。グルゥセルとの交渉カードは多ければ多いほうがいい。

だがもしも話してくれるのなら。

(面白い話なら、僕だって 乗り(・・) たい)

もちろん戦争がなくなることがいちばんの目的ではあるが、すでにヒカルの動機は興味本位に移っている。

これほどの武力を開発し、明らかにこちらの大陸とは違う進化を遂げたグランドリーム大陸。転生者が関わっているだろうと踏んでいるが、それにしたところで長足の進歩である。

(どうやってここまで来たんだろう。どれほどの文明水準なんだろう。ああ、知りたい!)

そう思うと真剣に悩んでいるディーナがかわいそうではあるのだが。

「……あの」

そしてディーナは、決めた。