作品タイトル不明
潜入のシルバーフェイス
よくできている、とヒカルは思った。ヴィレオセアンに係留されていた船はすべて、なんらかの魔道具を積んでいた。「魔力探知」でほんのり感じられたので間違いないだろう。
だが、この船は違う。これだけの巨大船なのにほぼ魔道具が使われていないのだ。
船内の明かりは燃料を燃やしているし、音声伝達は伝声管だ。
ただ船の中央下部に巨大な魔力反応があるので、ここが船の動力源であり魔道具なのだろう。
(さて、こっちかな)
船の前方、ブリッジには人影が少ない。最低限の警戒態勢ということだろう。
司令官室はブリッジからそう遠くない場所にあるようだ。そこに2人の気配を感じる。
(……聞こえない)
鉄の扉はしっかりと閉じられてあり、中の様子はうかがい知れない。ここを「司令官室」だと判断したのは、この部屋だけやたら広く数少ない魔道具の反応があったからだ。
(ドアをちょっと開けてみるか? さほど明るくはないから行けるかもしれないけど……)
ヒカルの「直感」ではなんとなくイヤな予感がしている。
中にいる人物のソウルボードを確認しようにも5メートル以内にいない。
伝声管に耳を澄ますと——。
(!)
かすかに、聞こえた。
——ほら、もう一度この文章を読んでみてください。
——わ、我々、グランドリーム、大陸の、民が……*********!
——何度も勉強した言葉でしょう。
——******、***。
途中から滅びの大陸の言語が混ざり出す。どうやら、ヒカルたちの言葉を勉強中のようだ。
そこから先はまた聞こえづらくなってしまう。
(言葉の壁はやっぱり大きいよな。盗聴してもなにを話しているのかわからないし、書類を盗み読みしてもなにが書いてあるのかわからない)
今回の偵察では向こうの内情とまでは行かずとも、装備や軍隊編成、文明レベル、ある程度の行動目的がわかれば御の字だとは思っていた。
(!)
前方から足音が聞こえ、ヒカルはハッとする。注意が散漫になっていたらしい。
この通路は燃料を節約しているためか薄暗い。だがふたり並んで通るには狭すぎるし、隠れてやり過ごすような場所もない。
ヒカルはこの場から離れつつここは天井に張りつくしかないかと考えていると、
「***、*******……」
やってきた男は司令官室のドアをノックした。困ったような声で中に語りかける。
返答が小さく聞こえ、男がドアを開く——。
(どうする。僕も中に入るか? でも、状況がわからないのにあまりに危険だ)
男が入っていく。
(中は想像以上に明るい……様子だけ確認しよう)
ヒカルは音もなく司令官室へと進んでいく。と、入っていく男と入れ替わるように中の人間がにゅっと顔を出した。そうして廊下の左右を確認した——屈んでいたヒカルには気づかなかった。
部屋のシンボルと同じ、剣と鳥のマークを胸につけている。
これが司令官か。
【ソウルボード】グルゥセル
年齢30 位階149
86
【生命力】
【自然回復力】12
【スタミナ】9
【免疫】
【疾病免疫】3
【毒素免疫】2
【知覚鋭敏】
【視覚】3
【聴覚】2
【嗅覚】2
【筋力】
【筋力量】12
【武装習熟】
【剣】2
【短槍】4
【長槍】6
【天槍】1
【弓】2
【鎧】5
【敏捷性】
【瞬発力】3
【柔軟性】3
【バランス】2
【精神力】
【心の強さ】5
【直感】
【直感】4
【知性】
【演算】2
「直感」4ならば確信は持たれないだろうが、違和感を覚えられる可能性はあった。その場に伏せたのはギリギリだった。
(司令官強すぎだろ)
際立つのは「長槍」6に「天槍」1だろう。「剣聖」ローレンスとほぼ互角だ。肉体的なスペックはローレンスがガチ勢であるのに対して、グルゥセルはスピードタイプで頭がいい。
この軍艦に乗り込んでからいくつものソウルボードを見てきたが、これは頭ひとつ抜きんでている。
長い銀髪をポニーテールにした男だ。どこか怜悧な印象を与える顔だったが、その頬に深い傷痕があった。
まるで口が裂けているように見える傷痕は、もみあげまで届いていた。
「*********!」
すると向こうから別の集団がやってくる。
ドアを閉じようとしていたグルゥセルは端正な顔をゆがめ、そちらを見ている。
やってきたのは小太りな男を筆頭に、5人の集団だ。グルゥセルを見るや、けして友好的とは言えない無遠慮な視線をぶつけている。そこには司令官に対する敬意などはない。
「……ディーナ」
グルゥセルは小声で室内に呼びかけると、ひとりの少女を自分の身体で隠すようにして廊下へと出した。ディーナ、と呼ばれた少女はやってきた集団とは逆方向へ——つまりヒカルのいるほうへと小走りに進む。その直前に壁をよじ登り、天井に張りついたヒカルの下を彼女は通り過ぎていく。
ソウルボードを見る限りでは明らかな非戦闘員で、「言語理解」と「言語出力」が2ずつあったところだけが目を惹いた。もちろん、「魔力」はアンロックされていなかった。
グルゥセルはやってきた小太りの男に相対する。男とともに司令官室に入る——が、集団の最後の1人は廊下に残った。
「……*******」
にたり、といやらしく笑うとディーナが消えた方向へと歩いていく。
(これまたトラブルの予感だな)
小太りの男たちがドアの付近にいる間にソウルボードを確認するが、これといってめぼしい能力はなかった。乗船している兵士たちと同じくらいだ。全員でかかってもグルゥセルに勝てないだろう。
この会合を確認するべきか迷ったが、どのみちなにを話しているのかわかるはずもない。ヒカルはディーナを追うことにした。
(どこだ)
「魔力探知」でいる場所がわかってはいるものの、船内のルートが入り組んでおり、彼女の元へはすぐにたどり着けない。
ヒカルが一度外へと出ると、彼女は2階層下のデッキにいた。
船員や軍人とは明らかに違う服装だった。浅黄色のパンツスーツとでも言えばいいだろうか? ソウルボード上の年齢は22歳だったが、顔は童顔で、10代と言われても驚かない。
他の者たちと同じ銀髪に紫色の肌だ。髪はショートボブで頭には小さな帽子が乗っかっている。
ディーナが心細そうに背後を振り返りながら進んでいく——と、
「****」
「**!?」
先回りした追っ手が、ディーナの前に現れた。
ふたりが言い合いを始める。騒ぎを聞きつけた見回りの兵士がやってきたが、男の方が偉そうになにかを言うと苦々しげな表情で見回りは去っていく。
ディーナは青ざめた顔でそれを見送った。
「***********」
「!!」
男がディーナの手首をつかむ。と、ディーナはとっさに男の頬に平手打ちを放った。
パァンと乾いた音が鳴る。
(それはよろしくないぞ)
高慢ちきで、相手を力ずくで従わせようとする男だ。そんな反撃を食らって冷静でいられるわけがない。
「****!!」
顔を赤くした男が、拳をディーナに向けて振り下ろす。
ディーナがぎゅっと目をつぶる——瞬間、
「!?」
彼女の身体は矢のように背後へと飛んだ。
「!? ッ!? わああああああ!?」
なにが起きたのかわかっていないのは空振りした男だけでなく、ディーナ自身もそうだ。
がっしと受け止められた彼女はそこに銀の仮面をつけた人物がいるのに気がついた。
「——ああいうヤツに手を出したらダメだ。うんうんと従う振りをして時間を稼ぎ、もっと権力のある人間に泣きつかないとな」
ヒカルはすでにディーナと同じフロアに下りていて、フック付きロープを投擲、引っかけた彼女を思いきり引いたというワケである。
服の後ろ襟が破けてしまったが。
「っ!? その言葉—— 原始大陸(プリミーヴァル) の方ですか!?」
ああ、僕らは「プリミーヴァル」と彼らから呼ばれてるんだな、とヒカルはそのとき知った。
「そのとおりだ。ときに君——」
仮面越しに、ヒカルはうっすらと笑った。
「高いところから飛び降りたら叫び声とか上げてしまうよな?」
「……え?」
「いい声を上げてくれよ——」
「え、え、え、えええええええ!?」
ディーナはこのときヒカルがすでに「集団遮断」を発動していることには気づいていない。
だがわかっていたのは、ヒカルに半ば抱きかかえられるようにして、猛スピードで向かう——甲板の端へと。
そうしてディーナは、仮面の男とともに空中へと身を躍らせたのだった。
「きゃあああああああああ————」
跳んだ瞬間に「集団遮断」はオフになっていた。
そのため、このときディーナが上げた悲鳴を何人もの見回りが耳にした。