軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

相手方のスパイ

「だが話はそれだけじゃぁないんだ。漁船に乗っていた男の情報だが——」

パトリシア総首領が言いかけたところだった。「東方四星」のソリューズはクジャストリアの後方にひとりたたずんでいた。本来なら騎士で固めるべきクジャストリアの護衛だったが、腕の立つ女性もいたほうがなにかと便利なこともある。騎士団は男しかいないため、ソリューズに白羽の矢が立った。

クジャストリアは飾らない王族でありソリューズとも気が合った。この重要な会議の場にソリューズが残ったのもクジャストリアの希望であることも大きい。騎士ではなく冒険者だからこそ気づくような危険もある、とクジャストリアは考えているようだ。

(ん?)

そのときソリューズは、ふと何者かの気配を屋根の上に感じた。

直後、

「クジャストリア様!」

ソリューズは彼女の身体を引き寄せて背後に跳んだ。天窓が割れる。なにかが上から落ちてくる。

大量のガラスとともに、円卓の中央に人間が落下した。

護衛たちが主人の確保に急ぎ、数人が剣を抜く。

そこにいたのは、黒のローブを着込んだ少年のような姿。

「貴様、何者だ!」

「——見てわからないのか?」

護衛たちの誰何の声に答えた、黒ローブ。そこには銀色の仮面がある。

くぐもった声を、ソリューズはどこかで聞いたことがあるような気がしたが、特定の誰かとは結びつかなかった。

「こいつは、滅びの大陸のスパイだ」

仮面の少年は布のようなものをめくり上げる。そこには気を失った男がいた——その肌の色は、紫。

「! これは……!」

パトリシアが反応する。

「確かに漁師が伝えた情報と一致する。滅びの大陸の連中は、ほとんどが紫色の肌をしている、と——だがお前は」

ぎろりとパトリシアは少年を見据えるが、そこに口を挟んだのはカグライだ。

「そこの者は余が雇った護衛ぞ。 白銀の貌(シルバーフェイス) 、手柄であった」

「シルバーフェイス! なにゆえクインブランド皇国に雇われておる!」

フォレスティア連合国の女王マルケドが、驚いたように声を上げる。

「成り行きで」

「成り行きだと? なら、フォレスティアのためにも成り行きで働きなさい」

「待て待て待って。カグライも、マルケド女王もそのシルバーフェイスとかいうのを知っているってことか?」

パトリシアが困惑していると、シルバーフェイスはスパイを覆っていた布——どんな細工がされているのか姿を隠すことができる布をばさりと放った。

「……光学迷彩の魔道具だと思われる。この技術、きっちり検証しておかないとやられるぞ」

「こうがくめいさい? どういう意味?」

「この国の魔道具師に見せたらいい。それじゃあな」

「あ、ちょっ」

シルバーフェイスは円卓から飛び降りると、すぐ近くのバルコニーへ通じるガラス戸へ向かった。

そんな彼の背中に声をかけたのは——クジャストリアだった。

「……ローランド?」

ぴくり、とシルバーフェイスの肩が動く。

「 おれ(・・) の名前は、そんなんじゃない」

シルバーフェイスはバルコニーへ出ると、そのままひらりと身を宙に躍らせた。

護衛が走っていって確認したが、そこにシルバーフェイスの姿はなかった。

「カグライ……しっかり説明してもらうよ」

「説明もなにも、凄腕の護衛、ということだけである。それよりもこのスパイをどうするか考えねばならぬであろ」

円卓には、いまだのびているスパイと、彼らの誰も知らない技術で作られた布が置かれてあった。

「はぁ……」

とクジャストリアは小さくため息を吐いた。

迎賓館の一室、彼女が滞在する私室である。

先ほどの会議は、スパイの身元確認や「布」の確認もあることから一時中断となった。

滅びの大陸の人間が紫の肌をしていることについてのみ、パトリシアから説明があった。元々ヴィレオセアンから出発した船に乗って滅びの大陸に入植した 人間(・・) はふつうの肌の色だった。白かったり黄色かったり小麦色だったりはしたが、あのような紫ではなかった。

パトリシアは紫の肌について先に情報を持っていた。手紙を運んできた漁師に聞いていたのだ。

そこから、ひとつの推測ができる。

滅びの大陸に残った人々はモンスターによる襲撃をなんとか免れた。その際、あるいはその後、滅びの大陸の 先住民(・・・) と交流を持ったのではないか?

その先住民の肌の色が紫だったのならば筋が通る——。

「どうしました? 先ほどからため息を吐かれて」

今、クジャストリアのそばにいるのは側仕えの者たちだ。文官や外務卿は別室で休んでいる。

護衛として、ソリューズが部屋の隅に立っていた。

「いえ……ちょっと気になったことがあっただけ。——そうだ、ソリューズ」

「なんでしょう」

呼ばれ、ソリューズはクジャストリアの側に寄る。

「先ほどのシルバーフェイスは、相当の腕を持っていると思われるのですが、あなたはどう感じました?」

「……そうですね。おっしゃるとおりかと思います。実際に戦ってみないとどれほどかはわかりませんが」

「ローレンスと比べてはどうでしょうか?」

「騎士団長と?」

その質問はあまりに意外だった。

アインビストとのごたごたが終わり、王太子とも停戦がなったものの、まだ王国内に火種はくすぶっている。特に王都が陥落するとマズイので騎士団長ローレンス=ディ=ファルコンは王都に駐在していた。ローレンスは、ヴィレオセアン行きに同行したがったが。

そんなローレンスは王国の武の象徴であり、クジャストリアが最も信頼している相手である。

(当然、騎士団長のほうが強いとお考えなのでは?)

そう、ソリューズは思ったのだが、クジャストリアの質問は無邪気に響いた。

本気で、どちらが強いのか聞きたがっている。

「……騎士団長と手合わせをしたことがないので、わかりませんね」

「ですが騎士隊長とは手合わせをしたでしょう?」

冒険者であるソリューズにも護衛を頼むという話が出たときに、騎士たちは大反対した。その不安を払拭するためにソリューズは騎士と手合わせをしたが、ソリューズの圧勝だった。次に騎士隊長が出てきたが、圧勝とは言えなかったがこれもまたソリューズが制した。

騎士隊長たちは不承不承ではあったがソリューズの実力に納得した。

「でしたら騎士団長のほうが強いのではないでしょうか」

「そう……」

納得できないような顔でクジャストリアはうなずいた。

「……恐れながら、陛下、あのシルバーフェイスという者に会われたことがあるのですか?」

「…………」

少々の沈黙の後、

「……ええ。おそらく、わたくしが会ったのはあの者だと思います」

「ローランドと名乗ったのですか?」

「いいえ。ローランドとは似ても似つかない顔……ですが、わたくしはなぜだか彼をローランドだと思ってしまうのです」

「ローランドとは何者ですか」

「…………」

その質問にも、クジャストリアは黙り込んだ。

「……もう死んだ、貴族の名です」

「そう、ですか」

死んだ、と知っているのになぜクジャストリアはシルバーフェイスを「ローランド」などと呼んだのか、ソリューズにはまったくわからない。

もちろん、過去に、太陽神のお面をかぶったヒカルがローレンス騎士団長と戦い、騎士団長に勝っていることなんてのも、ソリューズが知るはずもない。

クジャストリアは、仮面こそ変わっているものの、騎士団長に勝った少年とシルバーフェイスが同一人物であると直感したのだ。そしてその直感を、信じていた。

「……巡り合わせ、ですかね」

すでにソリューズは離れ、壁際にいる。クジャストリアのつぶやきを聞いた人間はいなかった。