軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

パトリシアの報告

「ヤツらがデウ=ローク島の東海に現れたのはおよそ2月ほど前だ」

と、海洋国家ヴィレオセアン総首領であるパトリシアは切り出した。

「その帆船は見たこともないほど美しく、巨大なものであったという。ヴィレオセアンが所有する千人船の倍は優にあったらしい」

「それほどに巨大であるか」

カグライが眉間にシワを寄せると、パトリシアはうなずいた。

「この報告はたまたまデウ=ローク島を出てこの首都ヴィル=ツェントラへと向かう商船からもたらされた情報だ。荷を積んでいなかったのが幸いし、速度が出て逃げ切れた」

パトリシアは話を続ける——この商船以外のすべての船が接収されたという。

それほどに敵は足の速い船を持っていた。

「最初、デウ=ローク島は囲まれただけで8日が過ぎた。逃げ切った商船からの情報で我らも偵察船を派遣したがそのすべてが帰ってきていない」

「——それらも接収されたと?」

「そのようだ」

クジャストリアの質問に、パトリシアは淡々と答える。

口調とは裏腹に円卓の上で握りしめられた拳は震えていた。

「9日目、ヤツらは行動を起こした。そしてデウ=ローク島に黒煙がたなびくと、その日のうちに島は陥落した」

元々デウ=ローク島には簡単な城砦があるもののそこまで籠城に適した島ではなかった。だが、1日で陥落したのはパトリシアにとっても想定外のことだった。

パトリシアは海軍に号令を下す。デウ=ローク島を取り返せ、と——。

「敵船のほうが大きいとは言え、海兵の練度で言えば我らのほうが優れていると考えていた。だが、負けた。負けも負け、大敗だ!」

近づくことすらできずに、船という船が海に沈んだ。

この話にはマルケドも驚いたように口を開いた。

「それほどに強いのか」

「強い——と言っていいのかはわからねぇ。だが、我らとは明らかに違う武器を持っていた」

「武器?」

「クジャストリア殿は知らぬであろうから先に説明しておくが、ヴィレオセアン海軍は接近戦を行うことを まずしない(・・・・・) 。その前にカタをつけるんだ」

クジャストリアのいるポーンソニアは海を持たない。そのため、海軍を保有していなかった。

「一定距離で『精霊魔法』を放つ。これは術師が2種類いてな——」

「パトリシア様、それ以上は軍の機密に該当します」

パトリシアの側近がいさめようとするが、

「バカ野郎! どのみち連中には効かなかった戦術だ。なにを今さら隠す必要がある——失礼したな、クジャストリア殿。海上に存在するのは海と空のみ。だからな、風と水の精霊魔法をミックスして使う」

「ミックス!?」

精霊を組み合わせる混合魔法についてはすでに知られた知識ではあったが、運用するのが極めて難しいとされていた。なぜなら、それぞれの精霊が反発し合うことが多く、絶妙の魔力バランスでなければならないからだ。

ヴィレオセアンが長い間研究し、ミックスの比率を割り出し、術師たちが何度も何度も訓練したのだろう。

「このミックスを、紛争の最前線で使える軍は大陸広しといえど我がヴィレオセアン海軍だけだ」

天窓から中をのぞき込みながら、ヒカルは、ほうとうなずいた。

(面白い話を聞いたな。僕のリヴォルヴァーの弾丸にもミックスは使えるんだろうか? ケイティ先生に手紙を書いてみよう)

クジャストリアは感心したような顔だったが、カグライの眉間から皺は取れない。

「……それを使っても負けたのであろ?」

「そういうことだ。このミックスの射程がおよそ300メートルなのだが、ヤツらはその倍以上の距離からこちらを攻撃してきた」

「なんと!?」

「連中の船から黒煙が上がったと思うと、バリバリと空気が裂けるような音が聞こえ、飛来した炎の球が船を破壊した」

「それはどのような魔法である」

「わからねぇ! 魔法かどうかも——そうか、カグライも知らねぇか」

マンノームであるカグライが、なんらかの情報を握っているのではないかとパトリシアは考えていたようだ。しかしそのアテは、外れた。

「……魔道具としても余も聞いたことがない」

「わたくしもです」

マルケドとクジャストリアも首を横に振った——。

屋根の上ではヒカルが首をひねる。

(それってまさか……)

思い当たるところが、1つある。

( 大砲(・・) ? 火薬兵器があるのか? 魔法があるこの世界で?)

重苦しい沈黙が室内に満ちたが、それを振り払って言葉を発したのはカグライだった。

「武器の詳細はわからぬでよい。海軍を一当てし、敗北を喫し、パトリシア殿は我らに連絡を取ったということかえ?」

「そういうことだ。実は、私も船に乗って戦場視察をしに行ってその現場を見たのだがな——」

側近が非常に苦々しい顔をしていることから、パトリシアは、周囲が止めるにもかかわらず無理矢理視察に出たのだろうことがわかる。

「——あまりに一方的過ぎた。これじゃあ戦争にもなんにもならねぇ、ただの虐殺だ。あの武器があれば海からこの建物だって狙える」

護衛の数人がピクリと反応し、窓から外を見やる。

「ああ、大丈夫だぜ。この湾内には複雑な 根(・) があってな。地元の人間でもたまに船底を根にぶつけて転覆するほどさ。ましてやあれほどデカイ船なら通れる場所もほぼねぇだろう」

「それで——パトリシア殿。連中……滅びの大陸の者はなにを要求している?」

「これだ」

海戦での敗北後、デウ=ローク島から1隻の漁船が解放された。乗組員はパトリシアへの手紙を預かっており、それがこの手紙だった。

「……拝見する」

見たことのない、美しく白い紙だった。

カグライはそこに目を通すと、瞳を閉じ、手紙を隣のクジャストリアへと回した。

「なるほど……ここに書いてあったわけであるな。『500年前の借りを返してもらう』とは」

「そう。私もこれを読んで初めて連中が、滅びの大陸の者だと知った。言葉がちょっとばかし拙いが、筆跡が確かなのはデウ=ローク島にいた誰かに書かせたんだろう」

パトリシアも、伝え聞いている範囲では滅びの大陸に入植した人間はすべて亡くなっただろうと思っていた。

こうして目の前に現れた——しかも強大な武力を持って——ことは、悪夢以外の何者でもない。

「だが話はそれだけじゃぁないんだ。漁船に乗っていた男の情報だが——」

ヒカルはふと、常時展開している「魔力探知」に反応があることに気づいた。

こちらに近づいてくる——下から 上ってくる(・・・・・) 人間がいる。

(下から? 外壁をよじ登ってるふうに見えるけど、その壁って監視塔から丸見えだよな?)

じりじりと上がってくるそいつは、バルコニー側ではない。

外壁を上りきり、ヒカルのいる屋根までやってきた。

ぱちぱちとヒカルは目を瞬かせる。「魔力探知」では明らかに、ヒカルの5メートル先にいる。「生命探知」にも引っかかる。それなのに 見えない(・・・・) 。いや、なんというか——その周囲の空気が溶けているように感じられる。

(え?)

目を疑った。

空気に亀裂が入り、にゅっ、と手が出てきたのだ。

その人物がなんらかの「布のようなもの」をかぶって、それで「擬態」していることがわかる。

(いや、いやいやいや、それってまさか——光学迷彩!?)

いきなり科学のニオイがぷんぷんしてきたが、ヒカルにはまだ驚くべきところがあった。

手、である。

その手は紫色をしていたのだ。

「************、***********」

ヒカルの知らない言葉を独りごち、くくくと笑うその人物。

頬も紫色——髪の色は白髪に近い銀だった。

ポケットからメモ用紙と 鉛筆(・・) を取り出したのを見て、ヒカルは確信する。

こいつは、滅びの大陸側のスパイだ、と。