軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヴィル=ツェントラの初日

海洋国家ヴィレオセアンの首都ヴィル=ツェントラは巨大な港を擁している。漁船に軍船、商船など種々雑多の船が入り乱れており、これでは有事に大混乱を来しそうなものなのだが、精強で鳴らすヴィレオセアン海軍本部は首都の隣に位置しているため問題ない。

「おぉ……すごいな」

馬車の 上(・) に座ったヒカルは、丘の上から一望できるヴィル=ツェントラに思わず声を漏らした。

海面はキラキラと太陽を反射し、数多の帆船が出航し、係留されている。

1日歩いても端から端まではたどり着かなさそうな巨大な港——海岸線そのものが港になっているのだ——そして沖にはいくつもの岩礁がある。これら岩礁があるおかげで港近辺に波が立たないのだろう。

ヴィル=ツェントラは平地の都市だったが、遠目から見ると中央がこんもりとせり上がっている。これは単純にそれらの建物が「巨大」だからだろう。

ヴィレオセアンの王——とは呼ばず「総首領」と呼ぶらしいが——が住むのは、ひときわ大きい館だろう。

この首都に城壁がないのは、周囲を急峻な山に囲まれているからだ。

平地に発展した町——それがヴィル=ツェントラである。

「今まで見たことのないタイプの街だ……楽しみだな」

すでに観光気分のヒカルである。

クインブランド皇国の皇帝一行がヴィル=ツェントラに入ると市民が一斉に歓声を上げた。

うわべだけではなく本気で歓迎しているようである。クインブランドとヴィレオセアンの国交が好調であるというのはほんとうだった。

「カグライ皇帝陛下! よくおいでくださいました!」

銀の鎧に身を固めた、銀髪の青年がきらびやかな装飾の旗を引き連れてやってくる。

青年はすでに馬から下りて片膝をついている。

「出迎えご苦労である」

いちばん豪華な馬車に移っていたカグライは、馬車の窓からそう声を掛けると、

「これより迎賓館にご案内申し上げます。私も馬に乗ることをお許しください」

「許す」

青年は立ち上がると馬に乗り、カグライの馬車の近くに来た。馬車と青年の間にはカグライの護衛騎士が3人挟まっているが。

「……もしやそなたはランドン将軍の血縁の方かえ?」

「! カグライ陛下! 我が父のことをお覚えでしたか!」

「父——ランドン将軍の令息であったか」

「は、リュック=ランドンと申します。父ギャスパーと同じく海軍の道を歩んでおります。今は青年騎士隊の隊長を務めております」

「そうであったか。ランドン将軍にはよくしてもらった」

カグライと銀髪の青年、リュック=ランドンは言葉を交わしながら進んでいく。ひとつ後ろの馬車に移動していたヒカルは、リュックが年齢の割にそれなりの地位に就いているのだと知った。

彼の父、ギャスパー=ランドンはどうやらヴィレオセアン自慢の海軍を統べる、海軍大将だったらしい。すでに病没しているが。

(カグライも長く生きているだけあって交友関係が広そうだな)

そんなことを考えていると迎賓館に到着し、荷物を下ろし服を着替えると、すぐにもカグライは供を連れてヴィレオセアン総首領へと会いに出かけることとなった。カグライがヒカルに言ったとおりスケジュールはほんとうにぎりぎりのぎりぎりまで押していたようだ。

総首領のいる屋敷——この街で最も大きい建物で見た目こそ「屋敷」だが実際には「城」——へとやってくると、他にも数台の豪奢な馬車が停まっていた。旗印を見ると、

(ポーンソニア王国、フォレスティア連合国……あの質素な馬車は教会のものか?)

完璧に「隠密」を発動しているヒカルには誰も気づかない。馬車と馬車の間をすり抜け、壁際を通りカグライを視界の隅に収めながらついていく。「魔力探知」も常に発動だ。

屋敷の奥へ奥へと進んでいく。10分は歩いただろうか。ようやく目的地——両開きのドアの前へとやってきた。

その部屋には赤い絨毯が敷き詰められていた。港に面した側はバルコニーになっていて一面の窓ガラスから温かな光が射し込んでいる。

地上7階に位置するこの部屋からは港がよく見えた。

部屋の中央にある円卓の定員は10人程度だが、座るのは5人程度だから問題ないのだろう。

円卓以外にはなにも置かれておらずかなりの空きスペースがあるはずだが、そこには多くの人間が立っている。随行の文官、それに護衛の騎士たちだ。

(混雑ってレベルじゃないぞ……中は暑そうだな)

ヒカルの心配のとおり、窓は開け放たれており常に空気が入るようになっている。そうでもしないと室温が上がって仕方ないだろう。

そんなヒカルは、部屋の天窓から見下ろしている。この部屋だけペントハウスのように他の建物の上にひょこっと頭ひとつ出ていた。この部屋にたどり着くには屋敷の中を通ってくるしかないために、屋根の上は逆に警戒が薄い。

「クジャストリア陛下、お会いしたかったである」

衆人環視の中、カグライはポーンソニアのクジャストリアへ挨拶へと向かった。

長年争ってきた2カ国、それが同盟を結んだという報は電撃的に各国へ伝わった。クジャストリアとて当事者ではあったがカグライに会うのは初めてだ——彼女は国政に参加することを許されてはこなかったのだから。

カグライが距離を詰めて彼女に手を差し出すと、クジャストリアはその手を握りかえした。

おお……と小さなどよめきが広がる。

緊張が見えていたクジャストリアの表情がわずかに緩んだ。いきなりの大舞台、右も左もわからぬところで彼女から行動を起こすことは難しかっただろう。

そこを、カグライが動いたのだ。

——お気遣い、ありがとうございます。

——なに、同盟の相手である。

そんな、言葉にならない言葉を視線で交わすふたり。

「久しいな、カグライ陛下」

「これは、マルケド女王陛下。お変わりなく」

「それはカグライ陛下のことを言うのであろう?」

スピリットエルフで年齢を重ねても見た目がさほど変わらないマルケドは、人間の3倍の寿命を持つマンノームのカグライへと答えた。

フォレスティア連合国のマルケド女王とカグライが会うのは、これが2度目だったりする。フォレスティアの王は10年ごとに 代替わり(・・・・) するため、それぞれの王が積極的に外交をすることはこれまでなかった。キリハルやルマニアといったそれぞれの領地のトップが直接やりとりをすることが一般的だった。

今回はマルケドがやってきた——カグライはそのことを心に留めておく。

なにか、フォレスティア連合国内で起きているのかもしれない。

(あれはいろいろ考えてる顔だなぁ……ちょっとしたことから変化に気づくあたり、カグライは完全に政治家向きだよな)

天窓から見下ろしつつヒカルは思った。

(あとは——あれは教会の人間だろうな)

がっちりした体躯の、法衣を着た男がいた。年の頃は40から50と言ったところだろうか。きまじめな顔である。ソウルボードを確認すれば名前はわかるが、あいにく5メートル以上の距離があった。

そしてもうひとり——この会議の主催者がいる。

「カグライ! 挨拶するなら真っ先に私だろう!?」

赤く長い髪をなびかせ、カグライへとつかつか歩み寄る。

国の頂点と言うにはあまりにラフな格好だ。白のブラウスに、身体のラインがハッキリ見える黒のパンツ。それにハイカットのブーツである。

肩から下げている金糸をよったモールがなければ地位を示すものはなにもない。

「これは、ジルベルスタイン総首領。ご健勝のようでなによりである」

「そのような他人行儀を……もうすこし心を許してはくれんのか」

年齢は30歳前後だろうか? ありあまる生命力が身体からあふれているのか、声の張りがすごい。そのせいで年齢よりも若く見えているのかもしれない。

ヒカルも名前だけは知っていたが、本人を見るのは初めてだ。

パトリシア=ジルベルスタイン。

ヴィレオセアンを治める総首領である。

「総首領! 時間は限られておりますぞ」

今にもカグライに抱きつきそうな勢いだったパトリシアをいさめる家臣。パトリシアはむむむと眉間に皺を寄せたが、時間がないのは事実である。

「わかった! いろいろと積もる話もあるが、今は本題に入りたい!」

「ちょっと待つがよい、ジルベルスタイン殿」

「カグライ、私のことはパトリシア、と——」

「 総首領殿(・・・・) 、この部屋にあまりに人間が多いであろ? 減らさぬか?」

「私はいいと思うが——」

パトリシアはクジャストリア、マルケドへと視線を向ける。ふたりともうなずいた。

「ここは領内でも最も安全だ! 護衛の人数は5——いや、各国3人までとしよう!」

護衛騎士たちは不平を口にしたがあまりに反発するとそれはそれでヴィレオセアンを疑っていると取られかねない。護衛騎士たちが渋々廊下へと出て行く——。

(あれ?)

ヒカルは気がついた。今まで人数が多くてすぐには気づかなかったが——出て行った中に「東方四星」の3人がいた。

ソリューズだけはちゃっかり、居残り3人のうちの1人に含まれていた。