軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヴィレオセアンへの隘路

当初の約束通りヒカルは馬車1台を与えられ、基本的にはその中で過ごした。ヴィレオセアンへと向かうクインブランド皇国の馬車は合計20台。護衛の騎馬が500騎となかなか壮観ではある。

最初こそヒカルも騎士たちのソウルボードを確認していたが、さほど目立った者がいないとわかると見るのを止めてしまった。最高で「剣」4がひとりだけ。あとは「3」が多く、中には「2」の者もいた。

(ポーンソニアの騎士団のほうが若干上だな。フォレスティアはここよりもう2段くらい下がるけど)

カグライの馬車はひときわ立派なものが用意されていたが、ヒカルの「魔力探知」によればその馬車に乗っているのはカグライではなく影武者のようだ。本物のカグライは、ヒカルの馬車のひとつ後ろにある。

これにはヒカルも苦笑した。「なにかあったらお前が護ってくれるだろう?」と言わんばかりの配置である。ずいぶんと実力を買われたものだ。

ヒカルの存在は秘匿されていたが、当然こんな「特別扱い」されている人間がいれば目立つ。しかも日中は馬車に籠もっていて夜はどこかに姿を消すのだ——ヒカルとしては滞在の宿場町でこっそり食事をしたり保存食を買ったりしているだけなのだが、そんな状態は悪目立ちする。

宿場町の酒場には護衛の騎士たちも繰り出しているので仮面を外したヒカルはそばのテーブルで話を聞いたりした。

「あの 幽霊(ゴースト) 馬車に乗ってるの、誰だかわかったぞ」

言うに事欠いて「ゴースト」かよとヒカルは思うが、姿を隠しているのは事実だからしょうがない。

騎士たちは額を寄せ合って小声で話す。だがそのときもエールの入ったジョッキは手放さない。

「マジか。結局誰なんだ」

「ここだけの話……ヴィレオセアンに嫁がせる、陛下の遠縁の娘だそうだ」

「なにっ。めでたい話ではないか。なぜ隠す?」

「どうも見た目が……その、な」

「 醜女(しこめ) か」

「不敬だぞ」

「この際、不敬もなにもあるか。我らは誰とも知れぬ馬車を護っているのだぞ」

「同盟強化か? しかしそんな娘をなぜ差し出す」

「陛下にはお子がいらっしゃらないからなぁ……他に候補がないのだろう」

「同盟強化でめでたいはずが、見た目が問題でひっそり進めねばならぬと」

「今回の突然のヴィレオセアン行きは、そのためか。不細工をあずけたというわけではなく、陛下の大事な人間であるというアピールをするために」

「ふむう。筋は通っているな」

「だろう? 外務卿がそう側仕えに話しているのを聞いた。『これ以外はない』という完璧な推測らしい」

「おいおい——外務卿が事実を知らないだと? 推測?」

「そう言われると変だな。確実に知ってそうなのは軍務卿、宰相殿あたりだが」

「お二方とも皇都でお待ちだからなあ」

いつの間にかヒカルはカグライの遠縁にさせられていた。

どうやらカグライはヒカルに関して相当レベルの情報秘匿を行っているようだ。「それだけお前を大事にしている」と見せつけているのだろう。

(やれやれ、根回しの上手なことで)

ヒカルとしても今回のことは成り行き上仕方がない部分はあったが、ヴィレオセアンには一度行ってみようとは思っていたし、「滅びの大陸」については初めて聞く情報だ。カグライをむげにするつもりもない。

彼とはいい関係が築けそうだなと思った。

そんな旅路ではあったが、異変が起きたのはちょうどヴィレオセアンとクインブランドとの国境に差し掛かったころだ。

山間の細い道を進んでおり、馬車は1列で、護衛は馬車の前後に展開するため細く長い行列になっていた。

左右は高い崖がそびえており広がることはできない。

昼下がり、ヒカルは干し肉をかじりながら馬車の寝台に寝そべって宿場町で見つけた本を読んでいた。ヴィレオセアンに伝わる民話を集録したものだった。買いきりだったので結構値が張ったが、ラヴィアにも読ませて読み終わったら売ればいい。

「敵襲! 敵襲!」

カーンカーンと甲高い金属音が鳴り響く。

敵襲? とヒカルが起き上がったとき、ずずん、と地面が震える音と、喚声が聞こえてきた。

(——モンスターか)

いくら守備が手薄になったとはいえ、これほどの騎士がいる行列を襲う盗賊はいないだろう。

ヒカルが馬車から出て幌の上に登ると、馬車の行列は止まり前方で土煙が上がっていた。

「くっ! 硬いぞ!?」

短槍を持った騎士が戸惑ったように叫ぶ。その穂先は割れていた。

彼らが相対しているのは、大きさにしてトレーラーほどあるだろうか、四足歩行の 岩竜(ロックドラゴン) だ。

全体の形は亀に似ている。甲羅の代わりに岩石を積んでおり、首は2つ、足は8本生えている。

『ヴヴヴヴググ』

口を震わせ振動音を発するロックドラゴン。音とともに煙が出ている。分厚いまぶたがうっすら開かれて金色の瞳が見える。

先ほど騎士は、初撃を顔に打ち込もうとしたが素早い動きで頭を甲羅に隠されてしまった。岩石を突いた短槍の穂先はあっけなく折れた。

「囲め! 首が出ていなければどのみちこやつも動けぬ——」

騎士の隊長格が指示を出そうとしていたときだ。

ロックドラゴンが手近な騎士に突っ込んだ。

「んなっ!?」

しかも、2つの頭を甲羅に入れ込んだままで。

騎士はとっさに逃げようとしたが馬が体当たりを食らって吹っ飛んでいく。乗っていた騎士も片足を甲羅にぶつけたらしくずたずたに肉が裂けていた。

「弓だ! 顔を目がけて撃てェ!」

「足を叩いて動きを停めろ!」

「意外と速いぞ! 一所に留まるな!」

騎士たちは統率が取れた動きをしていたが、ロックドラゴンを相手にまったくダメージが通る気配がない。

回避できているとはいえ数発に1回は食らってしまい、脱落する騎士が増える。

「くっ、ここは竜種がいるというウワサはあったが、まさかほんとうに出るとは……」

「どうします!? 後ろには陛下がいらっしゃいます!」

「むむ……仕方ない、ここは一時撤退するしか——」

隊長が撤退を決断しかけたときだ。

ゆらり、とロックドラゴンの鼻先で影が揺らめいた気がした。ロックドラゴンは顔を甲羅に 埋めて(・・・) おり、分厚く硬い頭骨を盾代わりに矢を防いでいた。しかしタイミングを見て目をこちらに向けることがある。そうしないと周囲の状況を把握できないからだろう。

その、目をわずかにのぞかせた瞬間だった。

突如として現れた黒衣の人物——顔には銀の仮面をつけている。

『ヴグッ!?』

金色の目に、刃の切っ先が差し込まれると、何の抵抗もなく奥までずぶりと入っていった。

「なにィッ!?」

その刃の「存在感」に居並ぶ騎士たちも背筋を冷たくする。

「……首の片方が ダミー(・・・) とはね」

一瞬ののち、ロックドラゴンの巨躯は地面に落ちた。風が砂塵を舞い上げると——黒衣の姿がわずかな間見えなくなる。

「げほっ、ごほっ——なっ、どこへ行った!?」

そのときにはもう、黒衣の姿は見えなくなっていた。

ロックドラゴンの首は2つあったが、実際に身体全体に命令を下しているのは片方だけだった——それはヒカルの「生命探知」からして明らかだった。

甲羅によって守られている生き物にとって首は重大な弱点である。それを補うために「ダミー」の首が生えるよう進化したのか、あるいは片側がダメになったときのための「スペア」なのかはわからないが、片方をつぶせば生命活動が止まるだろうとヒカルは判断し、実際に止まった。

ヒカルとしては「魂の位階」を上げておきたいところではあったので、竜の討伐はちょうどよかった。実際、1上がった。

砂塵に紛れてヒカルが「隠密」を発動しつつ自分の馬車へと戻ろうとすると、

「!」

ふと歩く先に影が差した。

視線を上空に向けるが——そこにはなにもない。

「…………」

元々この山には竜種の存在が確認されていたようだが、あまりに都合良く出現したものだなとヒカルは考えた。

皇帝の移動ルートは安全性を重視して決められたはずだ。竜種が出ることは可能性として「ゼロではない」にしても、「ほぼあり得ない」という判断だったのだろう。

だがこうして、ロックドラゴンが出てきた。

(……単なる偶然か?)

ヒカルは物思いにふけりながら馬車へと戻る。

と、

「……なんでアンタがいるんだ」

「おお、戻ったか。こたびは助かったぞ、礼を言おう」

カグライがヒカルの馬車にいた。隣には見慣れぬ男がいる。

「そなたも退屈しているであろと思うてな、来たぞ。どうじゃ?」

カグライは美しくカットされたグラスとボトルを持ち上げる。酒でも飲もうという腹らしい。

「…… おれ(・・) は飲まない」

「さようか。では余らで飲もうぞ、な?」

「陛下。飲むならおひとりでどうぞ」

「そなたも相変わらず固いな」

固い、と言われた男へとヒカルは視線を投げる。年の頃は40後半か50といったところだろうか——人間なら。

厳しい顔をしているが、体つきは武人のそれではない。

「……クインブランド皇国の宰相を務めております」

「!」

どうやら、内政のトップらしい。

皇都で留守番のはずがどうして? と思っていると、ヒカルの考えを読んだように、

「私もいないとなると隙ができますから。そう長くはもたないでしょうが、皇都にいるという 体(てい) でひっそりと出てまいりました。 白銀の貌(シルバーフェイス) 様、以後、お見知りおきを」

「わかった」

「先ほどはロックドラゴンの始末をありがとうございました。竜種の出現と聞いて、一瞬肝が冷えました」

「もう知っているんだな」

「は……。我が騎士団もまだまだですな」

「あれは相手が悪かっただけだと思うけど」

「そうおっしゃっていただけると、こちらも気が楽です。討伐報酬も今回の報酬に上乗せさせていただきます」

ことさらこちらを詮索するでもなく、必要な情報だけを言う。

信用はされていないが敵だと認識されてもいない。

こういう人物は悪くない、とヒカルは思う。

「さ、シルバーフェイスよ。ここへ座れ。旅路はまだ長いぞ」

陽気な口調でカグライは言った。