作品タイトル不明
カグライ皇帝との密会
机の前に座って書き物をしているのは、小柄な青年——人間の見た目ならば、青年と呼ぶべき見た目の男。
深夜——クインブランド皇国皇帝、カグライ=ギィ=クインブランドの私室には魔導ランプの明かりが点っていた。
さほど強くはないがロウソクのように揺れることのない、一定の光量が室内をぼんやりと照らす。
カグライは、ふと、その羽根ペンを持つ手を止めた。
「ようやくの到着か? あと1日遅ければ出立しているところであった」
「勝手に呼び出しておいてずいぶんな言い草じゃないか」
いつの間にか室内に現れた人影——黒のローブに銀の仮面——に驚いた様子も見せず、カグライは振り返る。
その人物、 白銀の貌(ヒカル) は、カグライの足下へと銀の仮面を放り投げた。この仮面は1月近く前から皇城の城門に掲げておいた仮面だ。
「他に呼び出す方法も思いつかなくての」
「まあ…… おれ(・・) だって頻繁に呼び出されたくはないけどね」
「だが、そなたはここに来た。なぜである?」
「おいおい、呼び出したほうが理由を聞くなよ」
「ウンケンのときにもそうであったが——そなたはなるべく世俗と不干渉でいようとしているように感じられた。ウンケンの手紙を余に運んだのは『個人的な』つながりがあったからであろ?」
それは、そうだ。
ヒカルがここに来たのは——無視してもよかったのだ。だけれど、来た。
セリカのように、とまでは言わないが、もう少しだけ積極的にこの世界に関与してもいいのではないかと思ったのだ。
「……ま、いいじゃないか。気まぐれだよ」
なんとなくほんとうのことを話したくなくてヒカルははぐらかした。
「そうか。ならば気まぐれでもよし。 白銀の貌(シルバーフェイス) よ、そなたに頼みがある」
「なんだ? そのために呼んだんだろ」
「ヴィレオセアンへ行く。同行をせよ」
やはりヴィレオセアン関係の問題のようだ。
「ふーん」
「ほう、驚かぬな」
「詳しい内容については知らないけどな」
「出発は明日の正午ぞ。皇城の城門に来るがよい」
「いやいや、ちょっと待て。なんでもうおれが行く前提なんだ? それに急すぎる」
ラヴィアたちはポーンドにいる。というのもまだコウが目覚めていなかったのとパーティーで動くとひとりで動くよりもずっと目立つからだ。
「そなたが来るのを待っておったのじゃ。1日遅かったら余はすでに旅の空ぞ」
それほどまでシルバーフェイスを待っていたのだとカグライは言った。
他の家臣に反対されても、ギリギリのギリギリまで出立のスケジュールを遅らせたのだとか。
「いやいやいや……なんでおれをそこまで待つんだよ。意味不明だ」
「そうかも知れぬ。だが余がヴィレオセアンへ向かわねばならぬほどの事態じゃ」
「……一体なにがあったんだ?」
「移動中に説明する——と言っても納得はせぬであろう。今話そう」
カグライはイスから立ち上がり、魔導ランプを持って小さなテーブルへと移動した。そのテーブルには大陸地図が彫り込まれてあり、ここ皇城の位置には宝石が埋め込まれてあった。
「滅びの大陸については知っているか」
「……いや? 知らないな」
ヒカルは記憶を探ったが、思い当たるフシはなかった。ヒカルの記憶の元であるローランドも貴族としてちゃんとした教育を受けているはずだが、ローランドの記憶にない。
知らない、と答えてもカグライは当然だろうという顔をしている。
「ではデウ=ローク島についてはどうだ?」
「ええと……ヴィレオセアンの東海に浮かぶ島だったか」
島、と言うにはかなり大きく、かつては小規模な独立国があったほどだ。
過去の戦争で占領され、現在はヴィレオセアンの領土となっている。
「そう。ここのことである」
カグライが指差したのは、ヴィレオセアンの東に浮かぶ小さなマル——東の果て。
詰まるところ地図はそこで終わっている。
「滅びの大陸は、ここぞ」
魔導ランプをコトリと置いたのは——さらにその東だ。ちょうどデウ=ローク島からヴィレオセアンまでの距離の、2倍。
「どれほどの大きさかはわからぬが、少なくともヴィレオセアンの海岸線と同等以上と言われている」
「そんな場所に大陸が?」
「デウ=ローク島より東は巨大な海棲モンスターがいてな、行くことはかなわぬ……今は、な」
「昔は行けたと?」
「そのとおり。東の大陸へはデウ=ローク島を拠点として入植の試みがなされたことがある。今からおよそ550年ほど前ぞ」
「……だいぶ昔のことだな。だけど、問題があったんだな?」
「およそ50年をかけて入植が行われ、東の大陸には小規模国家が樹立された。この国家樹立にはマンノームも関わっている」
なかなか大規模だな、とヒカルは思ったが、人口は1万人にも満たないほどだったという。
「残っている記録はあまりない。だが東の大陸はこちらの大陸よりも厳しい環境であったらしい」
「厳しい?」
「——モンスターが強力だったのである」
当時のトップランクの冒険者がいたからこそなんとか持ったが、彼らがいなければ即座に壊滅しただろうほどには強いモンスターだったらしい。
軍の派遣は国内の防備もあったので慎重に行われたために、最初は冒険者が頼みだった。
「入植開始から50年後……今から500年前のことぞ。急に、東の大陸とは連絡が取れなくなった。好戦的で巨大な海棲モンスターが東の海に現れるようになったからである」
「デウ=ローク島から東の大陸まではどれくらいの距離なんだ?」
「足の速い船で15日は掛かる。デウ=ローク島から出発した船も大半がモンスターによって沈められ、東の大陸からの船はほんの数隻をのぞいて沈んでしまったようだ」
巨大な海棲モンスターたちは今もってなおデウ=ローク島から観測されている。
「……そうか。だけど海棲モンスターが海を支配しただけだろう? それだけで『滅びの大陸』だなんて呼ぶのか?」
「問題は、その数隻残った船なのだ。東の大陸からデウ=ローク島を目指した船はもっと多かったと乗船者が言い残している」
「もっと多かった……?」
「大陸を捨てて逃げ出した船のことだ」
「どういうことだ。海にモンスターが出たからと50年かけて積み上げてきた土地を捨てて逃げるのか?」
「東の大陸内部にも問題が起きていたのだ」
カグライは難しい顔をして魔導ランプの上のほう——北方面を指した。
「生き残った者がこう言ったそうである。大陸北部はさらに凶悪な魔物の巣、『魔境』があった。魔物は人間の 侵略(・・) に気づいた。そして大挙して大陸首都——ランズハーヴェストを襲った。ランズハーヴェストは陥落寸前であり、人々は船に乗って逃げ出した」
「……船で逃げれば海棲モンスター。首都に残ってもさらに強いモンスターか」
「そういうことである」
封鎖された海域。
その向こうの情報はこの500年伝わっていない——全滅したから「滅びの大陸」。
「滅びの大陸の情報はなぜ秘匿されている?」
「隠しているわけではない。各国上層部は当然のように知っていることである。だが、すでに過去のことなのだ。デウ=ローク島以東は我らが行くべき場所ではない。それだけ知っていればよい」
ふう、とヒカルは息を吐いた。
この話の行き先が、わかった気がした。
「……聞こえてきたのか? 消息が……『滅びの大陸』からの 声(・) が」
カグライはうなずいた。
「『滅びの大陸』から来たとおぼしき船団が、デウ=ローク島を囲んでいるらしい。彼らは我らとの対話を求めておる。祖先を同じくするはずの我らとな」
だが彼らの第一声はこうだった。
「500年前の借りを返してもらう」——彼らは、自分たちが 見捨てられた(・・・・・・) のだと思っている。