作品タイトル不明
世界への介入
ヒカルとラヴィアは冒険者ギルドを出て、グランドホテル・ポーンドへと向かった。集めてきた素材はとりあえずいったん預けて、ギルドで必要なものをピックアップしてもらうことになっている。
「ヒカル。さっきの話だけれど、クインブランド皇国のお城に掲げられてる『銀の仮面』って、あなたのこと?」
「……たぶんね」
過去に一度だけ、ヒカルはクインブランド皇国の皇都を訪れている。皇帝であるカグライ=ギィ=クインブランドと会うためだけに。
ウンケンと同じマンノーム種族であった彼は、ヒカルに託されたウンケンの手紙を読み、ヒカルの苦労に報いるために「次元竜の文箱」を与えた。
そんなカグライの居城の城門に掲げられた銀の仮面。
なにかしらの用事で、ヒカルを呼び出していることは間違いない。
「まぁ、考えられるところでは——ヴィレオセアンがらみかなぁ」
「やっぱりそうかしら?」
「怪しい動きがあって、国の上層部が情報を隠している。今いちばん怪しいのはそこだよね」
ホテルのエントランスから中に入る。ポーンドではいちばん立派なホテルということもあってエントランスロビーは広々としている。
「すみません、ポーラ=ノーラの名前で1部屋押さえてあると思うのですが——」
とカウンターで言いかけたヒカルはぴくりと止まった。
「はーい、ありますよお」
間延びした声で返してきた女性——その頭には2つのネコの耳。ネコミミがある。
あれ? え? あれ? この人ってビジネスホテルのほうにいた人じゃなかったっけ?
「? お客様、どうしましたかー?」
「あ、いえ……」
前にも会ったことあるよね? なんて聞くのはナンパの常套句だからちょっと言えない。
「——ヒカル?」
そこへ、声を掛けられた。
「やっぱりヒカルじゃない! どこに行ってたのよ!」
振り返ると、セリカ=タノウエがいた。
セリカはこちらの世界の言葉をまだまだ 流暢(りゅうちょう) には話せないので日本語で話したいと言い、疲れが溜まっていたラヴィアは先に部屋へ戻った。
エントランスロビーに併設されているラウンジでセリカと向かい合う。彼女は相変わらずの上等なローブを着込んでいた。
『それで? 王都に呼ばれているはずのランクBパーティーの方がなぜここにいるのかな?』
『王都に呼ばれたのはまだまだ王女殿下——あー、もう女王陛下ね。陛下の身辺が危ういから、身を護る存在が欲しかったという理由よ。ま、そういうのはサーラとソリューズがいれば問題ないからあたしは自由にさせてもらってる』
『危険が目に見えてあるという状態なのか? もう内戦は終わったんだろ』
『オーストリン王子は、アインビストが手を引くとわかった時点であきらめたんだけどねえ、アイツをそそのかしてた侍従長、こいつが黒幕で。侍従長は王子があきらめた時点で未来がないわけよ。散々悪いことしてきたから。だから姿を消したんだけど、一発逆転を狙ってクジャストリア様の命を狙ってるってことみたい』
『ふーん……大変だな、ランクB様も』
『アンタもランク上げなさいよ』
『冗談じゃない。メリット皆無じゃないか』
『お金がいっぱい——あー、もう大金持ちでしたねぇ? そんな方には下々の苦労はおわかりにならないと』
『その1割をかっさらっていった人に言われたくないけどね』
ランクAパーティー「愉快痛快」のセンクンから巻き上げた1億ギランのうち、1割をセリカに 投資(・・) している。
『ホットドッグチェーン、そこそこうまくいってるみたいじゃないか。驚いたよ、リタイアした冒険者を雇うなんて』
『ん……ま、ね。こっちの世界って命が軽いじゃない? それに、チャンスは少なくリスクは多い。たった一度のミスで、未来が断たれる人を救ってあげたくなったのよ』
『…………』
『偽善だと思う? それか、何様のつもりかって?』
『……いや、そうじゃない』
ヒカルが思ったのは——自分がどこまでこの世界に介入すべきか、ということだった。
ラヴィアの人生には介入した。だから彼女の人生を、命を、背負おうと思っているしラヴィアもそれを望んでいる。
同様にポーラにも介入し、今後もポーラは自分のそばにいるだろう。
だけれど他の人は?
クロードの場合は、ある程度のところまで力を貸して、あとは本人に任せるつもりだ。「青の騎士」のコニアやギルベルトについてもそうだ。
ヒカルのソウルボードを使えばもっと多くの人を救うことができる。だがそれをやれば、やがて秘密は漏れ、ヒカルの能力を望む者、ヒカルを疎んじる者、ヒカルを邪魔だと考える者が襲ってくることもあるだろう。あるいはヒカルが大事にしているラヴィアやポーラが危険にさらされることも。
そんなのは、イヤだ。
だが——やりようはある。
たとえば座して死を待つしかない重傷者も、ポーラの回復魔法でなんとかなることがある。死、まで行かずとも、冒険者としての未来を閉ざされた者も、回復魔法で再生させられる。それを陰から実行すればいい。その場合は報酬もなにも得られない、単なる自己満足に終わるのだが。
結局のところ、どこまで介入すべきかという問題なのだ。
介入すればするほど、ヒカルに面倒事が降りかかってくる。
『どうしたの、ヒカル?』
『……セリカは強いな』
セリカは、自分の力を存分に使って、この世界に介入している。冒険者として名を上げ、自身も魔法使いとして力をふるい、今はリタイアした冒険者を救う。
『はっ』
すると、セリカは皮肉っぽく笑ってソファに身体を埋めた。
『強くなんか、ないわよ。この世界に来て早々あたしは死にかけた。まぁモンスターが跋扈する森の中にいたんだから当然よね? 最初の1週間は泣き続けてたわ。日本に帰りたくて、家族に会いたくて、理不尽な運命を恨んで……今日は運良く生き延びたけど、明日はどうなってるかわからない。1カ月も生きられないだろう。死ぬんだ——ってね』
ヒカルだって恵まれた転生だったとは言えない。いきなり「人を殺せ。さもなくばお前も死ぬ」ときたものだ。だけれど——セリカはそれとは違う、わかりやすい「ハードさ」だったのだろう。
『……運良く精霊魔法を使うことができて、泣きながら殺したモンスターの肉を食べて……吹っ切れた。なるようにしかならない。生き物は、やがて死ぬ。だからやりたいようにやる』
それが理由か、とヒカルは思った。
セリカがこの世界に介入する理由——。
『あー。変ね、こんなことまで話す気なかったのに。日本語で気が緩んでたか……』
彼女は恥ずかしそうに顔を背けて唇を尖らせる。
『いや……話してくれてありがとう。僕もちょっと迷っていたことがあるから、参考になった』
『アンタも悩んだりするのね』
『どういう意味だよ』
『年齢相応でいいじゃないの、ってことよ、少年。思春期しなさい』
それからセリカとはホットドッグチェーンの展開について話をした。思いのほか資金はかかっていないようで、就業希望者が多く、人材を泣く泣くふるいにかけたり、他の仕事を斡旋したりとむしろそっちのほうが忙しいらしい。
『それでアンタはなにをしてたの? ビオス宗主国に行って、アインビストに行って、それから?』
『僕は——』
ヒカルはフォレスティア連合国でのことを話した。一冬越して、結婚式を見てきたと。
『へー。寒い冬にわざわざいちばん寒い国に行くとか、あたしには理解できないけど』
合理主義者のセリカらしい意見である。
『そう言えば、国の上層部がなにか情報を隠しているとかギルドで聞いたけど、なんだかわかるか?』
『あー、ソリューズから今日来た手紙にもそんなことがちらっと書いてあったわ。場合によっては長期間拘束することになるかも、みたいなことを打診されたって』
『へぇ……』
長期間かかる護衛依頼? 侍従長との争いが長引くからか——と思ったが、クインブランドのほうでも同様に動きがあるのなら、内戦のこととは関係ないだろう。
それからいくつか情報交換し、ヒカルはセリカと別れた。
(やっぱりクインブランドに行ってみるしかないか)
「東方四星」の長期拘束。クインブランドからの「呼び出し」。
この2つは同じことから発生しているように——ヒカルは「直感」した。