作品タイトル不明
再訪と再会
「ヒマですね〜……」
「あらあら、ジルちゃんたら」
カウンターにぐでーっと突っ伏したギルドの受付嬢を見て、隣の受付嬢が笑う。
ポーンソニア王国、王都の衛星都市であるポーンド冒険者ギルドは閑散としていた。
昨年秋の内戦で街は混乱し、すわ決戦かともなったのだが結果的に戦いは回避された。その後の「停戦」発表で肩すかしを食らわされた形の冒険者たちは、食い扶持を稼ぐためにポーンドから離れていった。
というのも、ポーンドでは一時的にせよ街の機能が停まったからである。停戦後もすぐには活気が戻らなかった。
そのせいでギルドに依頼が来なくなり、冒険者たちがあぶれた。
さらには巡りの悪いことに今年はアインビストで「選王武会」が行われる。冒険者であっても参加資格があり、一攫千金を狙う野心のある者はそちらに向かっていた。
「にしても……冬も終わったんだから、戻ってきたっていいじゃないですか」
赤い髪をショートボブにしている受付嬢のジルはカウンターに載っているバインダーをぺしぺしと叩いた。未受注のまま溜まり、掲示板にも貼りきれなくなった依頼の数々である。
一冬の間、冒険者は王都や近場の都市に行ってしまったので、ポーンドの街が正常化したあとの依頼をこなせるだけの人数がいなかった。
「久しぶりにゆっくりできますし、私は歓迎してますけどね?」
「それは……まぁそうですけど」
ジルは唇を尖らせてグロリアを見る。
紫色の長髪は相変わらずつややかで、大きな胸の上に下りている。うっすらとしか開けられない目はたまになにを考えているかわからずに恐ろしさを感じるところもあったが、今の言葉は本心のようだ。
毎日のように冒険者たちに群がられ、猛スピードで受注票や納品物を処理していく——慌ただしくも充実していた日々。前はイヤでイヤでしょうがなくて、「早く休みを! それか人員追加を!」と思っていたけれども、実際ヒマになってみると忙しさが懐かしいのだから人間はわがままなものだ。
「なんだ。あまりに人がいないから休業でもしているのかと思った」
「はぁ? そんなわけないでしょ、見えないの? この依頼の山が——って」
不意にかけられた声に自然と返したジルだったが、カウンターの向こうに立っていた少年に——ギルドに入ってきたことにはまったく気づかなかった——気づくと、
「ヒカルくん!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
冒険者ギルド内に、他の冒険者はいなかった。閑古鳥が鳴くとはまさにこのことだろう。
応接ブースに入ったヒカルの向かいにジルとグロリアが座り——受付嬢がふたりここにいても問題ないのは「ヒマ」の証明である——ラヴィアはヒカルの横に座った。
ポーラは宿を取りに別行動している。いまだ眠ったままのコウを連れて。
「それで? なんでこんな状況に?」
「そんなことよりヒカルくん。そっちの女の子のことだけど」
ジルがジト目で見てくる。以前に一度、ラヴィアと会ったことはあったがそのときはランクAパーティー「愉快痛快」のセンクンと模擬戦をしたりといろいろあったのでうやむやにしたままだった。
「彼女、モルグスタット伯爵の令嬢よね!?」
「違います。わたしはただのラヴィア」
ラヴィアはフォレスティア連合国で作成したギルドカードを差し出して見せる。
「で、でも名前が同じで、手配書の見た目とも一致するのに……」
「手配書? 僕が聞いたところだとモルグスタット伯爵令嬢はもはや手配されていないと思うけど?」
「それは——」
「わたしはラヴィア。ただのラヴィア」
ラヴィアはもう一度同じことを言い、ヒカルの腕に抱きついた。
「……ヒカルの恋人の、ただのラヴィア」
「!?」
ジルが驚愕に固まり、グロリアはニヤニヤしている。
「ま……そういうことなので。それでそっちの状況は?」
ヒカルがたずねたが、ジルはまだ驚きから醒めずに使い物にならないのでグロリアが簡単に今のポーンド冒険者ギルドのことを説明してくれた。
「ふーん……人手不足か。『東方四星』はいないのか?」
「王宮に呼ばれてそちらにいらっしゃいます」
ランクBともなると大変だなとヒカルは思う。やはり冒険者ランクを上げるのは得策じゃないなと。
そんなことを考えているとグロリアが伏し目がちに聞いてくる。
「ヒカル様、少々お聞きしたいのですが……」
「ん?」
「奥方として娶られるのは何人までを想定しておいでですか?」
「ブホッ」
噴き出したのはジルだった。
「ちょ、なっ、グ、グロリアさん!?」
「ジルさんは少々黙っていて。私はヒカル様に聞いているので——ね、ヒカル様?」
「冗談きついな……。僕が誰と結婚しても自由だろ……」
とぼやいたヒカルだったが、ラヴィアに抱きつかれた腕がぎゅううとしまってくる。
えーっと?
ラヴィアさん?
笑顔だけど目が笑ってないですよ? アレですか。信用されていませんか?
「関係ありますよ。私がつけいる隙があるのかどうかが知りたいのです」
「グロリアさん!?」
さっきから驚かされまくりのジルが叫んだあとにパクパクと酸素不足みたいになっている。
「ないさ。あなたがつけいる隙なんて、ね」
「あら……それは残念」
「どうせ僕が大金を持っているからとかそういう理由だろ?」
ヒカルがセンクンと勝負して1億ギランを受け取ったことはグロリアだって当然知っている。そのお金が目的でそんなことを言い出していることも明らかだ。
「うふふ」
「やれやれ……ふだんはそういう腹黒さを隠してるんじゃないっけ?」
「それはもちろんそうですよ? ですが未来の伴侶には最初からすべてを見せておいたほうが後々楽ですから」
「…………」
怖い。まるで「本気で狙ってます」と言われているかのような。
ふとそのときヒカルの脳裏によぎったのは、グロリアに自分が探られているのではと感じて、彼女の後を 尾(つ) けた日のこと。
彼女は部屋でひとり、服を脱いで眠りについた——。
(ハッ。な、なに思い出してるんだ僕は! あれはただのミステイクだ、ミステイク! 彼女の裸を見てしまったことは悪気があったことじゃない!)
じー、とグロリアがこちらを見ている。
「……ヒカル様、なにか隠していらっしゃる?」
だからこの人きらいなんだよ! 鋭すぎ!
「——それでヒカルは何人のお嫁さんを迎えるの?」
「ラヴィア……君がそれを聞く?」
「ん」
抱きついたまま至近距離で聞いてくるラヴィア。
「……少なくともひとりには、僕のお嫁さんになって欲しいとは思っているけど……」
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。ラヴィアの顔を正面から見られない。
するとラヴィアは白磁のように白い肌を少し染めて、
「なら、よしっ」
と笑顔を見せた。
「……そ、それでね、ヒカルくんがしばらくポーンドにいるのならこなして欲しい依頼がいっぱいあるの」
動揺から完全に戻ったわけではないが、なんとか態勢を立て直してジルが言うと、
「え? 私はヒカル様のおっしゃった『ひとりのお嫁さん』が誰なのか興味がありますけど?」
「ヒカル、二人目は?」
まだ話を混ぜっ返すのかい、とヒカルは突っ込みたいところである。
ラヴィアの言う「二人目」がポーラを指していることは明らかだったけれども、まだまだポーラとは恋愛どうこうの関係になる気配もないし、ヒカルも踏み込んで行く気もない。
とか思っているとジルが、
「そ、それはまた今度アタシがヒカルくんから直接聞いておきます」
「えっ?」
「え?」
えぇ……。
「話を戻します! もーどーしーまーすー!」
バンバンとテーブルを叩くジル。
「あー……まあできる範囲で受けるつもりだよ。ここに来るまでに採取してきた素材もあるし」
スカラーザードからポーンドへはただ移動してきたわけではない。
ラヴィアの新魔法、ヒカルのグラヴィティ・バランサーの機能を確認しつつ、「魂の位階」を上げるためにモンスターとも戦ってきたのだ。位階があればソウルボードで能力を強化できる。今後を考えても必要な レベル上げ(・・・・・) だろう。
「ほんと!? もしかして 狼草(ろうそう) はある!? ローグビーの蜜結晶とか!?」
「両方ある」
「すごい! 依頼人が急かしてきて困ってたのよ……。これは難しいと思うけど、まさかまどろみ蘭なんてないよね……?」
「ある。フォレストバーバリアンをたまたま見つけたから倒してきた」
「すごーい!」
ジルは大喜びである。ヒカルとしてもポーンドで素材を卸すことを考えていたので、以前ポーンドで見かけた依頼書を思い出しながらめぼしい素材を採取してきたのだ。
「素材はどこにあるの!?」
「入口に置いたバッグに——」
ガタンと立ち上がってジルが走り出す。
ギルド内に人気がないのでヒカルは大きなバッグを入口に置きっぱなしだった。勝手にバッグを開けるとジルが喜びの歓声を上げている。
「……申し訳ありません。当ギルドの受付嬢がマナー違反を……」
グロリアの目が暗い光を宿し、顔はジルに向いていた。
「い、いや、そこまで喜んでもらえたならよかった。ていうかほんとに人手不足なんだな」
「ええ……ただでさえ人手不足なのに、有力な冒険者は王都に集められていますし」
「王都に? まだ内戦があるのか?」
「いえ、そちらは手打ちの方向で話がまとまったそうです」
王女クジャストリアの兄であり王太子でもあるオーストリンは王位継承権を返上する代わりに、その命と領土を保証された。
内戦は一応終結している。
「ギルドのネットワークでも拾いきれないのですが、どうやらヴィレオセアンに なにか(・・・) があったようで、クジャストリア様の近辺が慌ただしいのだとか」
「ヴィレオセアン……海洋国家か」
唯一ヒカルが足を踏み入れていない国だ。
「はい。本来なら春になると同時に女王たる戴冠式が行われているはずなのに、それも延期するほどで」
「ヴィレオセアンと接しているのはポーンソニアと、アインビスト、ビオス宗主国、それにクインブランド皇国……フォレスティア以外とはすべて接しているのか。他の国の様子もおかしいのか?」
「クインブランド皇国には同様の傾向が見られるそうです。しかしながらビオス宗主国は教皇聖下周辺がごたついていますし——」
ああ、地方司祭が大挙してるんだっけ、とヒカルは自分で仕掛けておきながら他人事のように思った。
「——アインビストはこれから選王武会ですしね」
「そう言えばそうか。クインブランド皇国の冒険者ギルドはなにかつかんではいないのか?」
「いえ、かなり情報が秘匿されているようです。——ああ、そうそう、ちょっと変わったことが」
グロリアはほのかな笑みを浮かべた。
「クインブランド皇城——皇帝陛下の居城ですね。その城門に、不思議なものが掲げられているようです」
「不思議なもの?」
「ええ。銀の仮面です」
今度はヒカルがブホッと噴き出す番だった。