軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グラヴィティ・バランサーとローイエの成長

ケイティは「重力均衡装置」——グラヴィティ・バランサーを開発するにあたって、「翼を持たぬ灰貴龍が空を飛んでいた」というヒカルの話を参考にしたらしい。あれほどの巨体を浮かす力はコウにはないものの、コウの身体にもそういった 機能(・・) があるのではと考え、調べたのだ。

聖魔による力場への影響は「法則」に従っており——黒板を使って説明されたがあまりに専門的過ぎてヒカルには大雑把にしか理解できなかった。

「えーっと先生。つまるところ、聖魔は翼のように空気を滑空する役割を果たすのではなく重力や斥力といった力に直接働きかけることができる、既存の物理法則に当てはまらない法則ということですか?」

「そのとおり。理解が早くてありがたいけれども……ヒカルくん、あまり驚いていないね」

「まぁ……」

そもそも「魔法」なんてものがある世界だからなぁとヒカルは思う。

「似た魔法で風の精霊魔法に 空圧結幕(エアウォール) というのがあって、あれはエアクッションを作ることもできるけれど、このグラヴィティ・バランサーは根本的な原理が違うんだ」

「ふーむ……とりあえず使ってみますかね」

「わたしがやる? 魔力を使うのなら」

そこでラヴィアが言ってくれた。ヒカルにはほとんど魔力がないからだろう。

だがラヴィアがこのグラヴィティ・バランサーを使うタイミングがあるとも思えない。たとえば高いところから落ちたときとか、一瞬だけ水面に着地が必要なときとか——そんなときにだけ使えるような代物だ。

いや、ラヴィアが使えば空を飛ぶこともできるかもしれないが、いずれにせよ最初の実験は自分でやろうとヒカルは思った。ラヴィアに危険なことはさせたくない。

「僕のなけなしの魔力でまずはやってみる」

ヒカルは腕時計にも似たグラヴィティ・バランサーをはめる。右腕に3人おそろいのバングルをはめているのでこちらは左腕だ。

「むっ——おっ?」

ヒカルは「魔力探知」で自分の魔力を視ながら、魔力がグラヴィティ・バランサーに流れ込むようにする——と、髪の毛が逆立つような、身体が軽くなる感覚があった。

「……これはすごい、ですね」

「浮いたかい?」

「ええ……まあ、 気持ち(・・・) ですけど」

「グラヴィティ・バランサーを中心に半径2メートルほどの範囲で効果が出ると思ってくれていい」

「わかりました。ありがとうございます——まあ、これを使うようなことが早々ないよう祈ってますけどね」

検証が必要だな、とヒカルは思った。

「はははは。——そうだ、ラヴィアくんにも餞別があったんだ」

「わたしに?」

ケイティは一度研究室に戻り、分厚い本を持ってきた——ラヴィアの目がきらりと輝く。ぼろぼろの革の装丁で、表題文字はかすれて読めない。大きさはB5サイズもないくらいだろう。

「これは……手記?」

「手記というか、写本というか。学院に過去に在籍していた方が遺したものなんだけれどね、たまたま私の研究室が引き継いだんだ。だけれど使い道がなくてね」

「なんの写本なんでしょう」

「魔法書だよ。高レベルの火属性精霊魔法に関することが書いてある。確か君の使える魔法系統も火属性だよね?」

「!」

ラヴィアの火属性精霊魔法は初歩の「ファイアブレス」、通路を遮断することなどに使える「フレイムウォール」、それにとてつもない破壊力の「フレイムゴスペル」といった、 一般に知られている(・・・・・・・・・) ものを使うことができた。

それより高位の魔法は——必要としていなかったというのもあるが——火属性精霊魔法を研究し尽くした求道者だけが使えるものであり、言わば秘伝、あるいは その人専用(ワンオフ) と言っていいようなものばかりだった。

残っている文献は少なく、それらも王宮や一部研究所などが抱え込んでいた。

「い、いいんでしょうか?」

「もちろん——とは言っても戦術級のすさまじい破壊力、なんてのを期待されては困るよ? 私だって今の今まで忘れていたくらいの、使い勝手の難しい、さらには使用するにもかなりの熟練が必要な、くせ者ぞろいの魔法が書かれてあるんだ」

「それでも、とても参考になります」

ラヴィアは両手で抱きかかえるように写本を持った。それをケイティはうれしそうに見ていた。

ケイティに別れを告げたあと、訓練場に行くと、整地を終えた学生とミハイル教官がいた。

スカラーザードを出て行くことを伝えると、ミハイルは複雑そうな顔をした。

「そうか——いつか出て行くんだろうとは思っていたが……この学院が、お前に教えてやれることはほとんどないだろう。だがお前がいるとここにいるみんなも奮い立つんだ」

ミハイル率いる大剣講義の学生たちは目をギラギラさせてヒカルを見ていた。彼らとはここで何度も訓練を行ったが、最終的にヒカルに1撃でも与えられた学生はいなかった。

彼らが成長するのと同時に、ヒカルもまた実戦訓練を積むことができたのだ。その差は縮まることはなく、むしろ開いていった。

ここにいるほとんどがジャラザックの学生だが、

「教官——最後に、ヒカルと模擬戦やらせてくれませんか」

「あ、ずりぃ! 俺が頼もうと思ってたのに!」

「俺だ!」

「俺だって!」

最初に手を挙げたのは、そのジャラザック ではない(・・・・) 学生、ローイエ=黄虎=ルマニアだ。

ヒカルは、ローイエの真剣なまなざしが気になった。

「ということだが、どうするヒカル?」

「……ま、最後なんでローイエとだけなら」

ええー!? 不公平だ! と声が上がるが、

「見苦しいぞ。こういうのは早い者勝ちというものだ。——ヒカル、ローイエ、準備してくれ」

ヒカルは持っていた荷物をラヴィアに預け、準備体操をしながら声を掛ける。

「——意外だったな。ローイエはリーグのそばにいるのかと思った」

同じように準備体操をしているローイエがヒカルを見た。最初は準備体操をバカにしていた学生たちも、その有用性を知ってからは率先して身体をほぐすようになっている。

「……今、リーグ様に必要なのは有能な部下だ。俺はまだ足りない」

ほう、とヒカルは感心した。

出会ったときのローイエは、実家からつまはじきにされてふてくされているだけの学生だった。身の丈に合わない「大剣」を学んだりして。

今の彼のソウルボードを見てみると、

【ソウルボード】ローイエ=黄虎=ルマニア

年齢19 位階4

16

【魔力】

【魔力量】1

【精霊適性】

【風】1

【筋力】 【筋力量】1

【武装習熟】

【大剣】1

となっていた。

魂の位階が2上がり、「筋力量」と「大剣」が1になっていた。さらには「精霊適性」の「風」である。あのおバカだったローイエですら進歩している。

(男子三日会わざればすなわち刮目して見よ、ってヤツか)

ローイエの変化に驚く。

ならば油断せずにやろう——。

「両者準備いいな? ——では始め!」

模擬戦が始まった。

「ぜぇ、はぁっ、はぁ……マ、マジかー……」

ローイエが大の字になって伸びている。模擬戦が始まって15分、ヒカルとしては身体が温まってきたあたりだが、全力で攻撃を仕掛けてきたローイエはすでに疲労困憊だ。

「ローイエ」

倒れているローイエの横に立った。

「剣筋が速くなったからと言って浮かれるな。まだ筋肉が足りない。全然足りない。だから大剣に振り回されてる。基礎訓練を怠るな。そもそもお前の戦い方はジャラザック人を参考にしていて、ミハイル教官のやり方は連中の基礎体力が前提になってるんだ。ルマニア人の身体には合わない。合わないのなら自分の肉体を合わせていくしかないんだ」

「うぐぐ……」

「だけどまぁ、精霊魔法の不意打ちは面白かったぞ」

魔法に適性があるという指摘はローイエに以前したことがある。あのときのローイエは単なるワガママでその指摘を拒否したが——こうして飲み込んで、自分の力にしたのだ。

模擬戦終盤、疲れ切ったローイエだったが目は死んでおらず、なにか仕掛けてくるなと思っていたところで風の弾丸がヒカルに飛来した。

「あっさりかわしたくせに!」

悲鳴のようにローイエが言うと、ジャラザックの学生たちもまたうんうんとうなずいた。ヒカルとしては事前にローイエが精霊魔法を使えることは知っていたし、「魔力探知」で彼の魔力が膨れ上がった時点で「あ、魔法来るなー」とわかっていたのである。

それはかわすというものだ。

「……ま、小声の詠唱はふつうなら気づかれないんじゃないか?」

「フォローになってねぇよ!」

涙目のローイエが若干かわいそうになった。思えばローイエが自信をつけられるようなことは最近起きていない。このままでは心が折れてしまうかもしれない——そんなふうにヒカルは思ったのだ。

「そんならちょっとは他のところで腕試しでもしたらどうだ」

「腕試し……?」

「冒険者ギルドで登録してるだろ。そこの依頼でもいいし——ああ、あとはアインビストで『選王武会』があるんだよな。王様を決めるための武術大会。国中から腕っ節に自信のあるヤツらが集まる大会だ」

「選王武会……」

「実際にアインビストに行けってことじゃないぞ。そういった大会みたいなのに出てみたらいいじゃないかっていう提案だ」

「教官!」

のそのそと起き上がったローイエがミハイルに顔を向けると、ミハイルは、

「うむ。なかなか面白そうな話ではある。……遠征か」

「いやいや。遠征っていうか他国だからな? 簡単に言うなよ? ここで授業もあるだろ?」

「何事にも実習は必要だ」

「……一応僕は止めたからな」

なんだかミハイルやローイエ、他の学生たちの目がマジになっている。

まさかこぞってアインビストに行ったりはしないと思うが——。

(行かないよな?)

若干不安になるヒカルだった。

そんなふうにしてヒカルは学院に別れを告げた。

スカラーザードを出て向かった先は、ポーンソニア王国ポーンドである。ここで内戦のその後の様子を確認するつもりだったが——予期せぬ情報がヒカルを待っていた。