作品タイトル不明
スカラーザードとの長いお別れ
フォレスティア連合国首都フォレスザードで行われた合同結婚式は大成功のうちに終わった。
首都では10日ほどお祭り騒ぎが続き、ヒカルたちもしっかり楽しんできた。
クロードとリュカの 夫妻(・・) は、ルダンシャの動きが不明瞭なのでしばらくはジャラザックに身を潜めることになった。新婚旅行ができるような状況ではない。
「もし叶うのなら、また学院に通いたいと思っているんだ……学生連合の今後だって気になってるし」
そうクロードは言い、去っていった。
春になったので学院は新学年が始まる。ミハイル教官やミレイ教官は結婚式が終わると一足先にフォレスザードを出立し、遅れてヒカルたちも自宅に戻ってきた。
「窓を開けると気持ちがいいな」
冬の間は無用の長物だったバルコニーも、今はさんさんと明るい陽射しを浴びている。まだまだ冷たさは残っているが新鮮な空気が、数日空けたせいでわずかに淀んだ室内の空気を洗い流していく。
「ヒカルの荷物は?」
「僕は着替えくらいかな、持っていくのは」
この家を引き払うことにした。また戻ってくるかもしれないが、この春での延長契約はしないことにした。
帰ってきて早々、忙しないことだが引き払う準備をしているのである。
もともと私物は少なかったがそれでも半年以上暮らせばいろんなものがある。
「ヒカル様、これはどうしますか?」
ポーラが持ってきたのはラグビーボールほどの竜石だ。テーブルでビスケットをかじっていたコウがむくりと身体を起こし、
『オイラが食べたい!』
と名乗りを上げる。
『食べたい食べたい! 食べておかなきゃ! ね! 竜の石だもの!』
「うーん…………。まあ、いいよ」
『えー! いいじゃんちょっとくら——え? いいの?』
「そりゃまぁ竜石は使い道はあるけど、それより竜に対して手を打たなきゃいけない気がしてるんだ、今は」
コウが言うには灰貴龍のような龍は、世界を回って邪に連なる者と戦っているらしい。戦う、と言うより駆除と言うべきか。
それならウゥン・エル・ポルタン大森林で暴れていた地竜も倒してくれればよかったのにとヒカルは思うのだが、人の世界に存在する龍は数が少なく、また常にいるわけでもない。
理由は定かではないが龍も数が減っているらしい。
そのせいで邪の勢力が強まっている——気がする、とコウは言っていた。
そんな貴重な龍の1頭をヒカルが倒してしまったが、あんなふうに攻撃を仕掛けてくる相手ならば倒さざるを得ない。代わりと言ってはなんだが、こうして巨大な竜石を消滅させようと思った。
ちなみに地竜の暴走は、「より強いモンスターに新兵器を打ち込んでみる」実験でルダンシャ代表が指示したことが調査により判明している。
ルダンシャ代表の身柄は中央政府の預かるところとなっていた。これから連合国の法により裁かれるのだが、ルダンシャをあまり刺激しないよう女王は苦慮しているという。
『食べちゃうよ!? ほんとに食べちゃうからね!?』
「いいよ。ていうかどうやって食べるんだ? ガリガリかじるのか? それとも——」
テーブルに置かれた竜石に、コウはばくんと噛みついた。もちろんコウの口では入りきるわけもない——のだが、
「え、えぇ……?」
ずる、ずるずるずる……とコウの口が大きく広がる。まるで蛇が卵を飲み込むように口を通って胃袋へと入り込んでいく。
『ぶふぅ——』
竜石の位置が非常によくわかる。ぼっこりと腹がふくらんでいるのだから。
「それ大丈夫なのか?」
『大丈夫……オイラちょっと眠い、から、しばらく……寝る』
「え?」
コウはうとうととしたかと思うと、ぱたんと横倒しに倒れた。
焦ったヒカルたちだったが、コウはほんとうに眠ってしまったらしい。竜石を消化するのに睡眠が必要なのだろうか? よくわからなかったが、コウの説明が足りないことは前からだ。
明らかに重要な情報を持っていそうなのだがコウから教えてくれることはない——こちらから聞けば答えてくれるけれども、知らないことはヒカルだって質問できない。
灰貴龍の他の龍についても『いると思うけど誰がいるかはわからない』ということであまり実のある答えはなかった。
「……ヴィレオセアンに行く前には起きて欲しいけどな」
ラヴィアとともに家を出ながらヒカルはつぶやく。
コウがいないと「龍の道」が使えないのだ。あのショートカットが使えないとなると、ヴィレオセアンにはポーンソニア王国かクインブランド皇国経由で行くしかない。
「先を急ぐ旅でもないのだし、ゆっくりでもいいじゃない。知らない街をいっぱい通ることになるし」
「馬車に酔うのはラヴィアのほうなんだよなぁ……」
「うっ」
「車内で本を読むのは止めなさい」
「うぅ……だって……」
長距離馬車にラヴィアは必ず本を持ち込むのだが、揺れる馬車で本を読むと必ず車酔いするのである。そのたびにポーラが回復魔法を使い、またラヴィアが本を読み、また車酔いし……の繰り返しである。
とはいえ具合が悪くなったラヴィアを膝枕してやるのはヒカルの仕事なので、それはちょっとうれしいのだが。
「——結構人がいるな」
ヒカルはラヴィアとともに学院の敷地へと入っていく。コウをひとりにしておくわけにはさすがにいかないので(いきなり吐いたりするかもしれないし)、ポーラは念のため留守番だ。荷造りをすると張り切っていたが。
学院には、冬の帰省から戻ってきた学生、それに今年入学らしい学生がいた。日陰にはまだ雪が残っているものの敷地内の木々は新しい葉をつけ始めている。訓練場ではミハイルが学生を使って地面の整備をさせていたが見つかると手伝わさせられそうなので「集団遮断」で回避した。
「——やあ、ヒカルくん」
ケイティは研究室にいた。研究室には研究員たちが戻ってきておりケイティひとりでさんざん散らかしたあれこれは片づけられてある。
使われていない隣の講義室へと移動した。
「先生、実は学院を辞めようかと思うんです」
切り出すと、ケイティはぴくりと眉を動かしたが、
「そんな気はしていたんだ。君は学び舎に収まるような 玉(・) じゃない」
「いえ……ミレイ教官にはだいぶ教えてもらいましたよ」
「そうなの? なら、お別れできないのは残念だったね。ミレイは今実家に帰ってるよ」
「え、そうなんですか?」
どうやらミハイルとともに学院に戻るつもりが、強引に実家に呼び戻されたらしい。冬の間に大量に「お見合い」の話が来ていたが「春が来たら受けるから」と逃げていたところ、合同結婚式を見学し、そのまま学院に逃げようとしていたことが明らかだったので実家から追っ手がきたというわけだ。
「……なんていうか、ミレイ教官らしいですね」
「だろう?」
ケイティはくすくすと笑った。
「そうだ。コウくんは元気かね?」
「え、ええ……まあ元気ですよ」
「大丈夫、もう研究対象でいじくり回したりなで回したりちょっとだけ舐めてみたりはしないから。今日は来ていないのかい?」
「竜石を食べて寝ています」
「…………」
ヒカルの言葉に形の良い眉をひそめて、
「……君は、学院を辞めるというタイミングで研究しがいのありそうなことを言うんじゃないよ」
「コウが悪いんですよ」
「まあ、それについては今はいい。聖魔に関してだいぶ研究が進んでね、まだプロトタイプしかできていないが君にこれを渡そう」
ケイティがポケットから取り出したのは腕時計によく似たものだった。革のベルトがあり、金属の小さな箱がくっついている。腕との接触部は鉱石らしい。
もちろん文字盤はないが。
「なんですか、これ」
「魔力を流し込むことで聖魔を発動させることができる。ほんの一瞬、しかも変換効率だってお世辞にもいいとは言えないけれどね」
「それって——すごいじゃないですか」
ヒカルの視線は腕時計もどきとケイティの間を行ったり来たりした。いくら聖魔の化身みたいな存在である龍を直接研究できたとは言え、失われた技術である聖魔を復活させるのは並大抵ではない。世紀の発明とも言えるのではないか。
「名付けて『 重力均衡装置(グラヴィティ・バランサー) 』。魔力を流すことで聖魔を発動し——」
ケイティはいたずらっ子のような笑顔で言った。
「——およそ0.1秒、浮力を得る」