作品タイトル不明
結びの儀と新世界の始まり
フォレスティア連合国首都、フォレスザードの大聖堂はすべて石材で組み立てられた歴史のある建造物だ。
入口は大きく開かれ、30ほどの石段を登った先に聖堂がある。
今日ばかりは入場が制限されており石段周辺は十重二十重に人々が押しかけている。大聖堂前の広場は人々でごった返していた。
「すごい人だな」
「ええ……でもみんな幸せそうだわ」
「皆さんこの日を待っていたんでしょうねぇ〜」
人だかりを見下ろせるカフェのテラス席——ここももちろんツテによって確保できた——にいるのはヒカル、ラヴィア、ポーラ(首元にコウ)の3人、それに、
「あの中には着飾った2,400人がいるんだろ? どんな様子だろうなあ」
「教官には縁のない話っすよねえ」
イヴァンが余計なことを言い、ミハイルからゲンコツを食らう。
「はぁ……アタシを養ってくれて好きにお酒を飲ませてくれる人は現れないのかしらねえ?」
「いや、なんで僕のほうを見るのかよくわかんないですけど、ミレイ教官」
チラッチラッとこちらを見てくるミレイ。
「ラヴィアちゃん、あの集団わかる? あれがユーラバの伝統衣装」
「へぇ……物語で読んで想像してたのと結構違う」
エカテリーナがラヴィアに話題を振っている。
学生連合関係者はほとんどがこの場にいた。ただし、リーグは運営側なので聖堂内に、シルベスターはツブラの代表者として同じく聖堂内に、ケイティは学院で研究に没頭している。
——どうだったか、あとで教えてくれればいいから。
ということである。
「はぁー。ケイティはそんなことやってるから結婚できないのよねぇ」
なんてミレイ教官が言っているが、「お前も未婚だろ」というツッコミは不在である。藪をつついて蛇を出す必要はない。
「にしても——こんな日に龍が出てきたりしねぇだろうな? 空を飛べるって話だろう?」
学院に現れた龍については「白銀の貌」が警備兵に説明したとおりに話が広まっている。龍の存在を信じている人間は少数で、信じていない者がほとんどだったが。
そう言ったミハイルの言葉も冗談交じりであるが、一応龍は逃亡したことになっている。
ちなみにミハイルたちも一瞬「白銀の貌」がヒカルではないかと考えたようだが、大型モンスターを傷つけた——大量の血を流させていたことから「ヒカルではないだろう」と判断している。ヒカルの武器は「小剣」であり、それほどの傷をつけることはできないと考えたのだ。
もちろん、ヒカル自身も否定したし、「白銀の貌」がいたときにはポーラといっしょにいたと言ったというのもあるのだが。
「さあね。これくらい気持ちのいい日なら龍のほうが遠慮するんじゃないか?」
ヒカルはうそぶいた。
がらんごろーんと鐘が鳴る。聖堂内では式が始まったころだろう。
大聖堂はこの世界に 存在する(・・・・) 「神」を祀っている。
地方教会は独自の発展を遂げており、フォレスザード大聖堂の司祭は腐敗せずきちんと神様に向き合っている聖職者だった。
《この世に生を受けた我々は、神の見守る下、正しく、悪なく生きていかねばなりません。その長い道のりをともに過ごす伴侶を得たことは喜ばしいことでありましょう》
魔道具(かくせいき) を通じ、白髪の司祭が壇上から語りかける。
聖堂の上部には巨大な円形のステンドグラスがあり、正面から日が射し込んでいた。きらびやかな光が聖堂内に詰めかけた男女に降り注ぐ。
純白のウェディングドレス、きらびやかな民族衣装、 新(・) 郎 新(・) 婦と言うにはいささか年の行った男女、男性同士、女性同士のカップルもあった。
共通点はほとんどないように見えるが、彼らの誰しもが幸せそうにうっとりとしていた。
《今日、神の前で皆様はこれからの生活を共に過ごすパートナーと誓いをかわします。終生変わらぬ愛を捧げ、苦しみも喜びもともに分け合うことを——》
司祭が跪き、頭を垂れると、新郎新婦も同じようにしたり目を閉じたりと様々な反応を返した。
多くの人々がいるというのに、静かで、厳かな時間が流れていく。
1分ほども過ぎたろうか、司祭が立ち上がる。
《——神に誓いは届きました。多くの方々が望んでも叶わなかった結婚を、今日この日に叶えられたと聞いております。願わくは皆さんに祝福が与えられんことを……》
そこで司祭はチラリと視線をやる。壁際に並んだ席には来賓がいた。
《連合国国王マルケド女王も臨席される予定でしたが、残念ながら少々都合が合いませんでした。来賓よりルマニア 地方(・・) 代表、リーグ=緑鬼=ルマニア様よりご挨拶いただきましょう》
新郎新婦の一部に、かすかなどよめきが走る。
この場にいる者で政治に詳しい人間はほとんどいない。だけれども政治を知っている人間からすれば司祭の言葉は非常に大きな2つの意味を持つ。
1つはルマニア「地方」と呼んだこと。
これまで連合国は名ばかりの集合体であるという向きが強く、ルマニアはルマニア 国(・) と呼ばれることが多く、あるいはルマニア 領(・) と呼ばれる。
それを「地方」というさらに踏み込んだ言葉を使った。「地方」などという言葉を、ここにいる新郎新婦たちは聞いたこともなかっただろう。
これは首都教会が「より統合されるべき」と宣言したにも等しい——もっとも、こんな合同結婚式を行っている時点で教会の立場は「 統合賛成派(ユニオン) 」だと見られてはいたが。
2つはリーグを「ルマニア代表」としたことだ。
彼の父であるビリオンの代理なのは明らかだが、公の場でもリーグが「ルマニア代表」となったのはこれが初めてだったりする。
(やるじゃないか、リーグ……)
リュカの手をずっと握っていたクロードは、登壇するリーグを見据える。この冬の間に、リーグは「次期ルマニア代表」の座を確固たるものにしたのだ。
(学生連合でも、気を抜いたらリーグに全部持ってかれるかもしれないな)
来賓席にいるもうひとりの仲間、シルベスターへも視線を送る。シルベスターは笑みを浮かべてリーグがしゃべるのを眺めていた。
フォレスティア連合国に新たな風が吹き始めたことは、明らかだった。
「あっ、出てきましたよ、ヒカル様!」
もしも龍が出てきたらどう対応するべきか、とミハイルに問われ、知らないよ、なんて答えていたヒカルはポーラの声で広場へと視線を投げる。
大聖堂の巨大な扉が開かれ、着飾った今日の主役たちが雪崩れ出てくる。先ほどからやかましかった広場だがさらに歓声が上がっている。
その中に、クロードとリュカの姿を見つけた。
クロードはきょろきょろと周囲を見回したが、高い場所にあるこちらのテラス席に気がつくと、
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
手に口を当てて大声で叫んでいた。
「今、彼はなんて言ったのかしら?」
「聞こえなくてもわかるよ……」
ラヴィアの問いにヒカルは呆れた顔で返した。
——うちのリュカがいちばんキレイだ!
とか、その辺りだろう。
証拠に、リュカがクロードにひじ鉄を入れている。
「なんだかんだあったけど、幸せそうだな……」
頬杖をついてその様子を眺めていたヒカルだったが、
「ヒカルも幸せそう」
「え?」
「にんまりしてるもの」
気がつかないうちに、口元が緩んでいたらしい。あわてて取り繕ったヒカルへとラヴィアが言う。
「おめでたい日なんだから、笑ってもいいじゃない」
横に来て、ヒカルの左腕に腕を絡めてくる。
(おめでたい日、か。それもそうだな——これほど祝福に満ちた日って、僕がこの世界に来てから初めてかもしれない)
きらめく太陽の下、祝福の紙吹雪が舞った。
* *
「その連絡は 真(まこと) か」
フォレスザードの王城、会議室には女王マルケド、筆頭大臣ゾフィーラを始めとする大臣が集まっていた。
ゾフィーラが持っているのは数枚の紙——国家間の長距離通信によってもたらされた情報だ。
「はい。同様の内容でポーンソニア王国、クインブランド皇国、アインビストからも連絡が来ています。ビオス宗主国からはありませんが、まだ教皇周辺が混乱しているからでしょう」
「他国はなんと言っておる」
「 この情報(・・・・) が正しいかどうかの確認です。クインブランド皇国だけは、すでに その情報(・・・・) をつかんでおり、確認の意味を込めて聞いているような文面でした」
「むう……皆はどう思う」
マルケドが水を向けると大臣たちはあれこれ発言したが決定的な意見は出なかった。
それくらい彼らにとっては寝耳に水であり、あまりに 縁遠い(・・・) 情報だった。
「……ヴィレオセアンに見られた妙な動きは、これの布石であったか……」
数か月前、マルケドの下に寄せられた情報——海洋国家ヴィレオセアンが大急ぎで軍船を建造していること、糧食を買い占めていること——これらが意味するものがようやく見えてきた。
「……真偽はともかく、要請には応じなければなるまい」
マルケドは言った。
「ヴィレオセアンへ向かう。代理ではなく余自らが出向こう」
おおっ、という大臣たちの驚きの声が上がったが、反対の声は出なかった。
それほどに今回の案件は重要だったからだ。
「この目で、耳で確かめよう。ヴィレオセアンの東——海の果て、 滅びの大陸(・・・・・) にてほんとうに人間が生き延びていたのかを」