軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灰の衝撃

ヒカルがポーラに指示したことは、まず一命を取り留めさせること、そして遅れてやってきたミハイルにクロードを講義C棟に運ばせてその中で完全に治した。ヒカルとしてもあまりおおっぴらにポーラの力を見せびらかすつもりはない。

傷が治ったとはいえ体力もごっそり減っているし流した血は戻らない。クロードは気を失うように眠りに落ちた。

「それで——どうしてポーラが?」

「ラヴィアちゃんが呼びに来てくれたんです。ヒカル様はともかく、他の方がケガをする可能性があるので、私が行ったほうがいいって……」

そのラヴィアは他の助けを呼ぶために警備隊の詰め所へと走っているという。ヒカルの邪魔にならない範囲で助けようとしてくれているのだ。彼女の思いやりに触れてヒカルの心が温かくなる。

ミハイルのほうは襲撃者を無力化することに成功したものの重傷を負った仲間もいるという。そちらについてはポーラが応急処置として回復魔法をかけた。この程度ならば「そこそこ腕に自信のある回復魔法使い」と見てくれるだろう。

襲撃者11名のうち、死亡は5名。残りは捕縛することに成功した。

「……もう出てきていいぞ、コウ」

『ぷうっ』

ヒカルの外套の中に入っていたコウが出てきた。ポーラやミハイルは負傷者の看病のために別の棟へと移動している。ケガ人は一箇所に集めておいたほうがなにかと都合がいいのでクロードもそちらにまとめられ、リュカもクロードのそばについていった。

だから外を歩いているのはヒカルとコウだけだ。

「なにが気になるって?」

ヒカルは講義C棟の前に戻ってきた——すでにヨゼフの死体は運ばれており、血の跡や肉片だけが残っていた。空には月が出ていて、雪の白さに赤色がはっきりと見える。

ちなみに言うとロイも命拾いし、他の襲撃者といっしょに監禁されている。あの「新兵器」とやらがなんなのか、夜が明ければ取り調べが始まるだろう。

『うん——あの触手さ……ヒカルはどう思った?』

「 どう思った(・・・・・) ? そりゃ『気持ち悪』って思ったけど」

『オイラはさ、あの触手からイヤな感じを受けたんだ。——邪に連なる者の気配だよ』

「邪龍のことか?」

『んーん。それほどすごくはない。でも、そこまで遠くもない』

「ハッキリしない言い方だな。結局のところなんなんだ」

『なんらかの方法で、邪のものを煮詰めて……食べさせて……そうすると生き物は形が変わっちゃう』

料理の話——のワケはなかった。雪の上に落ちていたのは注射器。ヒカルが拾おうとするとコウがそれを止める。おそらくそこに、触手の原因がある、と。

「調べてみたほうがいいじゃないか」

『でも、こんなのを持ってたら危ないよ』

「素手で触れたりはしないから大丈夫——」

そのとき周囲が暗くなった。雲が月を陰らせたのか——いや、

「なんだ!?」

ヒカルが無意識に走らせていた魔力探知に巨大な反応がある。それは上空はるか高いところを飛んでいた存在だ。

そいつはゆっくりと旋回しながら下りてくる。

「おい、おいおい……」

下りてくる。

下りてくる。

ごう、と風音が鳴って下りてきた そいつ(・・・) は——中庭の木々を踏み潰して爆風を起こした。

雪のせいか砂埃は上がらずに粉雪が下りてくると周囲は急速に静かになっていく——ヒカルの前にいたのはこれまで見たいちばん大きなモンスター、地竜亜種と同じほどのサイズ。

とっさに「逃げよう」とか「隠れよう」とかヒカルは なぜか(・・・) 思わなかった。それは落ちてきた存在から「敵意」のようなものを感じなかったせいかもしれない。

灰色の身体に赤い目を持つ、龍だ。

《————矮小なる異世界人、そして我が同志よ————》

言葉が、まるで実体を持った音圧としてヒカルの身体に注がれる。外套がはためいて、目を開けていられない。

声を聞いている間、動けない。息すらすることも厳しい。

ヒカルの心拍数が急上昇していく。声が収まり、ヒカルは龍をにらみつける。

コウをそのまま大きくしたような存在だ。目ひとつでヒカルの頭ほども大きいが。

身体は月明かりを浴びて濡れたように光っていた。

《————邪なる存在を使ったのは、貴様か————》

まただ。また、この声——音圧をやり過ごしたヒカルは、

「ちょっと黙ってくれ! いちいちそんなふうに話しかけられていたらまともに会話だってできないだろ!」

すると、龍は片眉をくいっと上げた。

《————知ったことではない。聞かれたことに答えよ————》

より力を込めて話しているのか、ヒカルの身体が持って行かれそうになる。

音が止んで、ヒカルは肩で息をする。

「……そうかい」

ヒカルは、少しばかり頭に来た。

『ま、待ってヒカル! アンタは灰貴龍だろ!? ここにある邪のものはヒカルは関係ない!!』

あわてたようにコウが口を挟んでくる。

《————児白龍か。貴様は龍の里に帰るべき存在だ————》

『オ、オイラだって自由がある!』

《————成体にもならぬ龍がなにを言うか。笑止————》

『聞いてよ灰貴龍。人間は面白いんだ。たくさん美味しい食べ物を作ってる。オイラはその文化を龍の里にも持ち帰りたい! じいちゃんたちだってそれを知ったら——』

灰貴龍はまったく感心した様子もなかった。ただ視線をヒカルに向けた。

《————なるほど、貴様が児白龍をたぶらかしたか————》

先ほどから音圧をぶつけられ続けたヒカルは、だんだん慣れてきていた。慣れてしまえば呼吸もできるし、心拍数も押さえられる。

「たぶらかした、ね……」

ヒカルは鼻で笑った。むしろこちらが食費からなにから負担しているのだ。「龍の道」については世話になっているが、コウがどうにかして里に帰るのなら特に反対する気もない。

だが、今それをこの灰貴龍に言う気はなかった。

高いところから下りてきて、学院の中庭を壊し、声のボリュームを下げろと言っても無視したこの灰貴龍は、完全にヒカルにとって「敵側」の存在だ。

《————貴様、「天の遣い」であろう。にもかかわらず龍をたぶらかすとは、許されぬ。ここで罰を与える————》

瞬間、灰貴龍の周囲に魔法陣が展開する。ラヴィアが「 業火の恩恵(フレイムゴスペル) 」を使用するときに使う魔法陣よりは若干小さいが、その数は10を超える。

『ダ、ダメ! ダメだよ! ヒカルはいいヤツなんだ! 地上にいるのはオイラのワガママなんだ! ヒカルを殺さないで!!』

必死になってコウが叫ぶが、灰貴龍は聞く耳を持たない。無言の詠唱によって生まれた魔法陣から、発せられるのは赤い岩塊だ。

《————消えよ————》

だが次の瞬間、灰貴龍に向けられていたのは金属製の筒だ。

「望み通り、 消えてやる(・・・・・) 」

ヒカルがリヴォルヴァーを引くと、ノータイムで大規模火魔法が展開する。業火が灰貴龍に襲いかかった。

灰貴龍は、見誤っていた。人間は人間。龍は龍。次元の違う生命体だと考えていたし、信じ切っていた。数えるのも意味がないほど長い年月を過ごしてきた灰貴龍にとって人間の存在などその程度のものだ。

灰貴龍はこれまで積極的に人間に関わったこともなかった。

だが人間が龍を言葉巧みに誘惑することはあり得ることだと思っていた。過去に龍が人間と接触していたこともあった。ましてやその龍が、幼い龍であるのなら。

だからこそさっさとこの人間の息の根を止めるべきだ。児白龍なら巻き添えになってもすぐに回復してやれる。児白龍は龍の里に帰すべきだ。

龍としては至極当然な思考回路だと言える。それほどに絶対的な差が——生命の スペック(・・・・) としての差が龍と人間の間にはあるのだ。

そう、考えていた。

奇妙な金属製の筒から業火が飛び出してくるまでは。

む、と灰貴龍は小さく怯んだ。精霊魔法の類は一切効かない鱗を持っているからこの程度の魔法ならば意味がない——にもかかわらず怯んでしまった。怯んだ拍子に、魔法を放ってしまった。そんな自分を恥じる。

放たれた岩石が地面を穿ち建物を破壊する。轟音の後、砂埃が止んでいく。

目の前の建物は赤い鉱石の岩塊がぶつかって半分ほど崩れかかっているし、地面をえぐってずいぶん向こうで止まっている岩塊もある。

ますますさっさと人間を殺さねばならない、と思って見やるが、そこにはもう人間の姿はなかった——児白龍とともに。

人間の浅知恵よ——。

灰貴龍は鼻で笑う。今の魔法は目隠し。そして龍と比べてはるかに小さな身体ゆえに、簡単に隠れられると考えたのだろうと。

灰貴龍は周囲の気配を探る。魔力を飛ばし、ソナーのように相手を探知する独特のテクニックだ。

なぜだ……。

しかしどこにも、人間の気配がなかった。離れた建物の中に気配があるし、そこから出てこようとしている人間がいるが、さきほどの人間とは違う。なにより児白龍がいない。龍の気配を間違えるはずもない。

龍は赤い瞳を周囲に向ける。