軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化の原因

へらっとした敵が、もうひとり別の敵に注射を刺した——これが彼らにとっても予定調和で なかった(・・・・) ことは、男の動揺からしてもわかる。

刺された男は叫び声を上げて地面に突っ伏した。「なにをした」と叫んだ青髪が男に近寄ろうとしたが、

「!?」

ばりばりめりめり——と服をちぎる音なのかはたまた筋肉を破る音なのか——血しぶきをまき散らしながらピンク色でにょろりとしたものが飛び出してくる。

最初、クロードはそれが新種のモンスターだと思った。人間の身体に卵を産み付け、孵化すると肉体を食い破って出てくるようなモンスターも存在するからだ。

しかし にょろりとしたもの(・・・・・・・・・) は男から飛び出すことなく、1メートルほどの長さで止まり、うようよと揺れていた。太さはソーセージほどで色はピンク、数は50……いや100はあるだろうか。

クロードが海を知っていれば、まるでイソギンチャクのようだと思ったことだろう。

「ヨゼフゥゥゥゥ!?」

青髪の襲撃者が混乱して叫ぶ。ヨゼフと呼ばれた触手の男は死んだ——違う、生きている。

がばり、と顔を上げた。

目から赤い血が流れているが、視線はクロードをとらえていた。

『おおおおおおお』

両手両足で四つん這いになると一気に駈けだした。クロードはとっさに剣を振り抜き、ヨゼフの顔を正面から切り裂く——だが勢いは衰えない。

「なっ——!?」

体当たりを食らってクロードは地面を転げる。押しのけようとしたが、触手が伸びてきてクロードの胴体ををがっちりとつかんだ。

「ぐあおおおおああああ!?」

めきめき、と締めつけられてイヤな音が鳴る。あまりの力の強さに視界が真っ赤になって激痛が走る。だが声が出ない。出せない。

剣はそばに落ちていた。だが腕も締めつけられていて手が届かない。腰にぶら下げていたナイフを抜こうと手首を動かす。柄をつかめない。つかめた。ナイフを抜いて触手に刺す。刺す。刺す。

「あはは。そんなんじゃあ効かないですよ。もう人間らしい痛覚だってないんだし」

「ヨゼフになにをしたんだ!?」

「ああ、ラークス隊長」

ラークスがへらっとした男——ロイの肩をつかむ。こんなことは知らされていない、ロイがなにをやったのかも知らなかった。

「このままだとじり貧ですから、奥の手を使ったんですよ」

「奥の手!? こんなのは奥の手とは言わん! これは、これはまるで——」

「——魔物みたい、ですよね」

さらりと言ったロイに、ラークスが凍りつく。

クロードが必死でナイフを何度もヨゼフに刺しているがヨゼフは一切動かない。触手だけがゆらゆらとゆれ、ナイフの刺されるにちゃっ、にちゃっという音だけが聞こえていた。

「ロイ……お前、まさか……このために隊に入ったのか……?」

「ラークス隊長のご想像は大体合ってますよ。確かに 新兵器(・・・) の威力を試すためにラークス隊に入りましたから。でも、それだけじゃないです。クロード=ザハード=キリハルを殺すという目的も達成したかった。言わば、我々は同志」

「同志だと!? 仲間をこんな姿にして——ヨゼフは戻るんだよな!?」

「戻る……?」

心底わからない、というふうにロイは首をかしげた。

「どういう意味ですか? 今回の任務が終わったら、どのみちみんな死罪でしょう」

「それは……」

「であれば戻る必要なんてないじゃないですか。ヨゼフさんは命を賭して、仇敵を倒した。名誉の戦死ですよ」

触手はさらに生え、ヨゼフの肉体はほとんど見えない。さっきクロードがヨゼフの頭を叩き割ったのもラークスは見ていた。それなのにまだ触手は動いている——。

「こんなものは……こんなものは名誉の戦死などではない……」

ぽつりとつぶやくようにラークスは言った。身体から力が抜けていくようだった。

ロイは呆れたようにため息を吐いただけだ。

「ま、いいじゃないですか。クロード=ザハード=キリハルを殺し、さらには新兵器の実験台としても大活躍したんですから。きっと 代表(・・) はヨゼフさんの遺族にたっぷりお金を払ってくれますよ」

「待て……なんと、言った? お前は、だ、代表の手の者なのか?」

「そうですよ? ていうか、そうに決まってるじゃないですか。こんな重要な新兵器を任せるのなんて代表権限くらいなきゃできませんって」

「————」

ラークスはめまいがするような気分だった。

すべて、代表——あの女の手のひらの上での出来事だった。自分は、死地を選ぶことなど結局のことできなかったし、死に様すら 実験(・・) に使われるのだ。

怒りを通り越して薄ら寒さを感じていた。

「ヨ、ヨゼフは……」

「だーかーらー、言ってるでしょう。もう死んでるようなもんですよ。こうなっちゃったらどこに心臓があってどうやって生きてるのか、わからないんですし。とりあえずこの変化についてはまとめて報告するつもりですけどねぇ——」

そのときガチャリと講義C棟のドアが開いた。

「あ……」

静かになったから、終わったのかと安心したのだろうか。

そこにいたのはラークスも顔を知っている、リュカ=ロードグラード=ルダンシャだった。

寝間着に外套を羽織っただけという彼女は、触手に縛り付けられ、地べたで血を吐いているクロードを見るや顔を蒼白にする。

「これはこれは。わざわざ出てきてもらえるとは楽ができましたねぇ、ラークス隊長——」

「クロードッ! クロード! クロード!?」

リュカが駈け寄ると触手が伸びてきて彼女をつかもうとした。

「おっと」

それをショートソードでロイが斬って捨てる。触手から薄ピンクの液体がほとばしった。

「クロード!!」

「姫さん、大人しくしてくださいね。お母様がお呼びですよ」

「クロード、クロード! いや、いやぁっ!!」

クロードの目は開いているが、すでに光は失われつつあった。リュカを触手に取られてはかなわないとばかりにロイは彼女の襟首をつかんでクロードから引き離す。

「クロード! クロードォォ!!」

「うわっ、たっ、暴れるなって! ちょっとちょっとラークス隊長もぼうっとしてないで手伝ってくださいよ!」

ラークスは呆然と立ち尽くしていた。

泣き叫ぶリュカの声が遠くに聞こえていた。

(ああ——ルダンシャは、どうなってしまったんだ……)

明らかに異常な「新兵器」とやらを開発していたルダンシャ代表。

それをためらいなく使うロイ。

目の前で泣き叫ぶ少女——。

(俺は……こんなことをしていていいのか——)

運命をともにすると言ってくれた仲間が、無残にも触手まみれになって転がっている。

こんなものは、こんなものは望んでいた最期の舞台ではない。まったくない。

だが、もう後戻りはできない——。

「ラークス隊長——」

言いかけたロイだったが、彼の動きが止まった。

「クロード、クロードッ! クロー……」

涙で顔をぐしゃぐしゃにしたリュカも気がつく。自分をつかんでいる男の力が緩んだ——と思うと、その場に男はくずおれるようにして倒れた。

雪の上にじわりと広がる赤い血。ヒュー、ヒュー、と空気を求めてロイがあえいでいる。

「……おい、そこの青い髪」

代わりに立っていたのは黒髪黒目の少年——リュカもよく知っている、少年だった。

「この触手、どうやったら解除できるか言え。言わなければ殺す」

ショートソードを血に染めたヒカルは、ラークスへと鋭い視線を向けていた。

講義C棟へ向かったヒカルの行動は素早かった。触手によって倒れているクロードを確認。まとわりついているのは、

「触手……?」

見覚えがある。あれは、ウゥン・エル・ポルタン大森林で地竜亜種が生やしていた触手に似ている——。

『ヒカル。イヤな感じがするよ』

「っ!? コウ、いるのか!?」

『変なニオイがしたから背中にかじりついてきた』

あのコウが、食っちゃ寝することだけが得意技だと思っていたコウがついてきていたとはヒカルはまったく考えていなかった。

先ほど家を出るときに、見かけなかったからてっきり眠っているのだろうと思ったのだ。

まさか背中に貼り付いてついてきているとは。

「コウ、大人しくしてろよ——僕は今、結構頭に来ている」

へらっとした男が、講義C棟から出てきたリュカへと向かっていく。倒れているクロードをどうこうするつもりはないらしい。

ヒカルは「隠密」をまとった状態でリュカへと近づく。そして、男の背後へと回り込んで「腕力の短刀」を突き刺した。

「ラークス隊長——」

「クロード、クロードッ! クロー……」

この状態ならば「暗殺」も発動しているので男を殺してしまうかもしれなかった。だが、そんなことはどうでもいい。

クロードを——友人を、傷つけられたことで想像以上に頭に来ていたのだ。

「この触手、どうやったら解除できるか言え。言わなければ殺す」

「——っ、そ、それは……わからない……」

突然現れたヒカルに驚いた様子の青髪の男だったが、ヒカルの放つ怒気に気圧されたようだった。

「そうか。じゃあ——」

「俺だって、こんなことは望んでいなかった!!」

ヒカルが動こうとしたとき、青髪が叫ぶ。

「こんな——こんな、人をモンスター化するようなことは……。張本人のロイだって、どこに心臓があるのかも、どうやって生きてるのかもわからないとか言ったんだ……俺は、俺は、ジャラザックの達人と戦って、それで、死ねれば……よかったのに……!! どうして、どうしてこんな……」

「…………」

泣きながら膝をつく青髪。彼がどのような思いでここに来ているのかなど、ヒカルが知るよしもない。

しかし彼がなにも知らないのは事実のようだった。

(いや——ヒントはあった)

「どこに心臓があるのかも」という言葉。

触手の塊のどこかに、「核」となるものがあるはずだ。

ヒカルは「魔力探知」を使う——意識を研ぎ澄ませる。

「——あった」

クロードに抱きついている肉体の一箇所に、魔力の塊があった。近づき、即座に刃を突き刺す——と、

「!」

触手が力を失ってばたばたばたと倒れる。

「クロード……クロード!!」

すぐにリュカが近づいて、クロードから触手を引き剥がしていった。

「そ、そんな——それは、いったいどうやって……」

青髪が唖然としてその様子を見ている。

「どいて」

ヒカルはリュカをどけるや、「筋力量」1を活かして触手ごと、抱きついている男を引き剥がした。

「う……う……リュ、リュカ……」

「クロード!」

「ダメだ、リュカさん。安静にさせないと」

クロードの傷はひどい。骨はあちこち折れているだろうし、内臓がどうなっているか。

下手に動かしたり抱きつくのは危険だ。

だが、ここに置いておいても凍え死ぬだろう。

「どうする……!」

助けを呼びに行くにしても、青髪を縛っている余裕はない——。

だが、運命はクロードを見捨てなかったようだ。

「ヒカル様!!」

向こうから走ってきたのは——ヒカルの3人目のパーティーメンバー。

「回復魔法」8を誇るポーラだった。