軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊の減少

「精霊の数が少なくなっているって?」

ヒカルの話を聞いたケイティは拳をあごに当てて考え込む。

「……うーん、精霊の密度については高位の精霊魔法使いが体感でわかるらしいけれど、それを数値化するようなことはこれまで行われていないはずだよ。聞いたことがない」

「精霊を測定することはできるんですか?」

「精霊の存在は確認できるよ。精霊魔法を使えばいいだけだから。でも密度まではわからない。大体ね、水槽に水が張ってあるとするでしょう? コップで水をすくえば、その場所は水がなくなるよね。でも次の瞬間には水が押し寄せて、コップですくった場所がどこかなんてもうわからなくなる」

「そんなに精霊ってのはいっぱいいるんですか」

「少なくとも私の認識では、そう。……ヒカルくん、精霊が減っているっていうのは誰に聞いたんだい?」

コウの話はケイティにはまだしていなかったが、ちょうどいいタイミングかもしれない。

「えーっと、先生。龍ってご存じですよね? 竜じゃないほうの龍」

「もちろん。ツブラの遺跡で確認したじゃないか、聖魔には龍と密接な関係があると」

こちらの世界に転移してきた日本人の太田勝樹。彼の遺した備忘録には龍が聖魔を生み出していることが書いてあったし、その内容をケイティも知っている。

「私も見てみたかったよ、聖魔とやらを……龍さえいれば聖魔を生み出してくれるのだろうが」

「こいつです」

ヒカルは首に巻かれていたコウをつかむと差し出した。

「?」

「龍」

「??」

「だから、こいつが龍です」

『あ、どうも。児白龍のコウっすわ』

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」

それからヒカルを見て、コウを見て、ヒカルを見て、コウを見て、というのを無言で20回くらいやってから、

「龍! 龍!? 龍!?!? 本物!?」

『ニセモノは龍じゃなくて竜だから。そこんところ間違えないでくれよな』

「しゃべったァァァ!!」

錯乱しているケイティにヒカルはコウを発見した事情を話す。それでもなお混乱しているようなのでヒカルがお茶を淹れるとそれを一気飲みしてようやく落ち着いたようだ。

「にゃるほろれ」

口の中を火傷しているあたり、まだ落ち着いていなかった。

それから研究室に置かれてあったポーション——実験で事故が起きたときのために用意してあるらしい——をぐいっと飲んで火傷を治してからケイティは言った。

「……つまりそちらの龍……コウくんが精霊の減少を感じ取った、と」

「そう。なにか考えられることはありますか——なんだか悪い予感がするんですよ」

「うーん……そうだねえ。というか君はどうしてまだ学院にいるんだい。ジャラザックに行くと言っていなかったっけ?」

「ああ。いろいろあってミハイル教官、リーグ、クロード、イヴァンといっしょに戻ってきました。あと2日くらいでルダンシャの連中が襲撃を仕掛けてくる可能性が高いので、学院で籠城戦をする予定です」

「…………ねえ、そういう大事なことはもっと早く言うべきじゃないかな?」

「精霊の減少や龍は大事じゃない、と」

「大事! 龍のことがいちばん大事!」

「ほら」

はー、とケイティはため息を吐きながら立ち上がった。

「私もミハイル教官のところに行こう。戦闘行為が発生するなら、魔道具を用意できるかもしれない」

ミハイルたちのいる教室まで歩きながら、ケイティは精霊の減少について考えられる仮説について話してくれた。

「1つはコウくんの言ったとおり、精霊を吸収するようななんらかの生き物がいるということ。聞いたことはないけれど、魔物の進化は人間の想像を上回るからね」

「フォレスティア全域で密度が薄くなるほどに精霊を吸い込んだ魔物がいる……というのは、あまり想像したくはありませんね」

「2つ目は——何らかの精霊魔法、いや、魔術の類だな。それも精霊を大量に使役するような魔術が発動している場合だ」

「魔法ではなく魔術だと思うのはなぜですか?」

「魔法だと術者が要るだろう? 連合国でいちばんの精霊魔法使いだってここまで大規模に精霊が減るような魔法を使うことはできないよ」

「100人とか集まったらどうですかね」

「それなら減るかもしれないが、魔法を使い続けなければならないよ。しかも精霊魔法はすぐに発動するから、いったいどんな超自然現象を起こしているのかということになる。ここのところ異常気象や天変地異の話は聞いていない」

「ふむ……それだとどんな魔術があり得るでしょうか? 精霊を大量に使役するようなものでは」

「…………」

廊下の途中で、ケイティは立ち止まる。

「禁術」

表情は浮かない。

「魔術の中でも『使用厳禁』となっているものがいくつかある。禁止の理由はいくつかあってね、たとえば力をコントロールする魔術式が完成していないためにその禁術を使うと大爆発が起きる、とか、それこそ周囲の精霊を大量に使ってしまうのでしばらく精霊魔法が使えなくなってしまう、とか」

「この辺りで精霊魔法が使えなくなったことはあるんですかね」

「禁術が使われた痕跡がないか、って聞きたいのかい? ないね。少なくとも私は知らない」

「そうですか……」

「それはそうとヒカルくん。コウくんにお願いして聖魔を出してもらうことはできないかな!?」

「コウ次第です」

「そ、そうか! どうかなコウくん!? 君がいれば聖魔の研究が大幅に進むことになるんだ! 頼む! お願い! このとおり!」

『お、おおう……この人暑苦しいな』

コウはドン引きしていたが、ケイティの研究に協力することはしぶしぶうなずいた。ただそれもこれも、ルダンシャをどうにかしてからだ。

(禁術……魔物の進化……)

ヒカルはふと、そのあたりに引っかかりを感じた。

(そうか——)

ウゥン・エル・ポルタン大森林での地竜亜種。それにツブラにあったネコハの街で巻き込まれたギガントロックヴァイパーとの戦闘。

ギガントロックヴァイパーの件が片付いたあと、冒険者ギルドでの祝勝会でソリューズはヒカルにこうたずねた。

——ギガントロックヴァイパーは、蛇よね。あんなふうに大地を蹴って集団で襲いかかってくるというのは明らかにおかしいと思わなかった?

ソリューズに「直感」のスキルはない。だからこそ彼女は合理的に考える。

蛇が平地に現れて集団で人間を襲うというのは、蛇の習性からすると考えにくい。

——ウゥン・エル・ポルタン大森林の異常発生といい、なにかおかしなことが起きているんじゃないかと、そう考えたことは?

たずねられたヒカルは竜と龍について考えた。

ギガントロックヴァイパーは蛇だ。だが特殊個体でギガントロックリザードもいた。ヤツらは二足歩行で歩くことができたし、森へと逃げていったがダブルネックヴァイパーもいた。

蛇は竜に至る進化の道筋なのではないか?

ダンジョン「古代神民の地下街」でヒカルが龍を解き放ったことが引き金となり、ウゥン・エル・ポルタン大森林の地竜亜種が目覚めた可能性がある。しかし——そうではないのかもしれない。ヒカルの知らない場所で竜の、なんらかの動きがあるのかもしれない。

「戻ったよ。ケイティ先生もいたから来てもらった。魔道具で協力してくれるそう……だけど」

教室に戻ったヒカルが言うと、ミハイルはケイティを見てちらりと喜んだが、それ以上に深刻な空気が漂っていた。

「どうしたんだ?」

「ヒカル。——リーグさんがいないの」

疑問にはラヴィアが答えてくれた。

「いない?」

「付き人も含めて、誰もいないみたい。荷物も馬車もないから学院を出て行ったんじゃないかと思う」

「——リーグは自分の身を守るためにここを離れたんだろう」

渋い顔でクロードが言うと、イヴァンが、

「おいおい、それじゃあリーグは俺たちを裏切ったってことか?」

「裏切りでもなんでもない。彼の立ち位置はルマニアの利害を代表することにある。むしろよくここまでついてきてくれたと思うよ」

「だけどよ! こっからが正念場だろ。明日にはジャラザックから応援も来るはずだし、状況は不利ってほどじゃない。それなのに、危険かもしれないからハイサヨナラじゃあ、裏切ったって思われても——」

「イヴァン。それ以上は言うな。元はと言えば……俺のせいだ。リュカを不安にさせなければジャラザックに留まることができた。あそこにいれば安全だったはずだ。スカラーザードに来てしまったのは俺のせいだ」

重たい沈黙が下りる。

(なるほど。リーグとしては学院に留まる合理的な理由がないよな。アレクセイに命じられたからクロードに同行したというのはぎりぎり説明できる。だけど学院に留まってルダンシャとの抗争に巻き込まれたりしたら、リーグの父がなんと言うか)

みなが深刻な顔をしているというのにヒカルは小さく笑った。

(……ま、リーグのことだ。なにも考えずルマニアに帰ったってことはないんだろ?)

くしゅん、とリーグは馬車の中でクシャミをした。対面に座っている付き人のひとり——秘書の働きをしている男が眉をしかめる。

「リーグ様。雪中を急行したせいでお風邪を召されたのでは? まったく……ジャラザック代表もなにを考えておられるのか。リーグ様にスカラーザードへ行け、などと」

「……あなたたちの防衛力を護衛代わりに期待したのかもしれませんね。クロード氏とイヴァン氏はアレクセイ様も気にかけているようでしたから」

「いい迷惑です」

「そう言わないでください。彼らがいなければ合同結婚式も失敗します。父上は合同結婚式を大きなビジネスにつなげようとお考えです」

「……それは、まぁ、そうですが」

リーグは一貫して「合同結婚式をビジネスとして成功させる」という姿勢だった。付き人たちはリーグの父、ビリオンの息が掛かった者ばかりだ。学生連合に肩入れした姿を見せるわけにはいかない。

だからこそさっさとスカラーザードを出た。ルダンシャのことについては付き人たちには詳しくは話していない。

(……クロードさんもだいぶ強くなったようですし、ミハイル教官、なによりヒカルさんもいます。負けることはないと思いますが……くれぐれも気をつけて)

リーグを乗せた馬車は隣の町へと向かい、走って行く。