作品タイトル不明
おかしな精霊
衛兵の詰め所で話をしたミハイルがクロードたちと合流したときにはすべて終わっていた。あまりの事態の進展にミハイルも驚いたようだったが、
「ま、ヒカルだからしょうがねぇか!」
と豪快に笑うと、スカラーザードへ向かうことにも賛成した。なぜ「ヒカルだから」で納得されるのかはヒカルとしても少々釈然としないのだが。
ヒカルたちはこの日のうちにスカラーザードへ到着でき、クロードやリュカはミハイルとともに学院で寝泊まりをすることになった。翌日から、ルダンシャがなにかを仕掛けてくることを想定しての防衛準備が始まる——。
「宿泊棟は確かに寝泊まりするには向いているが、いかんせん2階建てと小さいし防衛には向いてねぇ」
講義室の1つに集まっていた。教壇に立っているのはミハイルで、聞いているのはヒカル(コウつき)、ラヴィア、ポーラに、クロードとリュカ、イヴァンである。
リーグは付き人たちと今後について協議が必要で、ここにはいない。
「教官。それじゃあよ、一般の宿に移るってことか?」
「おいおいイヴァン。それじゃあもっと守りようがねぇだろ。あくまでもリュカを匿うのはこの学院だ。学院全体には結界が張られているから正門と裏門、西の通用門以外に出入りはできねぇ」
「それならやっぱり宿泊棟でいいんじゃ……」
「結界を過信すると痛い目に遭うぞ。あくまでもこちらは、何重にも策を巡らせておかねばならん」
ミハイルはもともと軍人だったこともあり、作戦立案には優れているようだ。なるほどなと思いながらヒカルも聞いている。
「ただ宿泊棟も利用する。敵はまず宿泊棟を襲うだろうからな」
「 囮(デコイ) か」
ヒカルが言うと、ミハイルはうなずく。
「拘束の魔道具を張り巡らせておこう。数人でも削れればめっけもんだ」
「教官、宿泊棟のことはわかったし、異存はありません。それでリュカはどこに泊まればいいんでしょうか」
「ふむ——クロードよ。お前ならどこにリュカを泊める?」
「え? えーっと……そうですね、宿泊できる場所と考えると、事務棟の宿直室とか……?」
「それは敵も考えつく。人間が泊まれる場所はそう多くねぇからな。あのなあ、クロード。こういうのはいかにして相手の裏をかくかなんだ。『宿泊設備がなさそうなのにある場所』。寝泊まりし、匿われているだろうとはまず思われない場所を考えろ」
「そんな場所ありますか?」
「それがあるんだよな。そうだ、ヒカルはわかるか?」
「……あんまり言いたくないんだが」
「ほう? 心当たりがあるんだったら言ってみてくれ」
ヒカルは小さいため息とともに言った。
「講義C棟」
するとミハイルは「正解だ」と言ってにたりと笑った。
講義C棟はミルクレープ=ヴァン=クァッド——ミレイ教官が「小剣講義」で使っていた場所だ。いや、正確を期すなら「講義C棟が小剣講義の開催場所だったが実際の小剣講義はC棟前の空き地で行われた」ということになるだろうか。なぜなら講義C棟は、ミレイが飲んだくれて帰ってきた後に寝る場所になっていたからだ。
ミレイを 矯正(・・) するためにC棟の内部を片づけたり掃除もしたが、毛布やらなんやらはまだ残っているから寝泊まりするには十分だろう。食事や風呂は考えなければいけないが。
さらにはミレイが私物化していたこともあってC棟を「要塞化」しても学院からとやかく言われることはなさそうだ。ミハイルもなかなか目の付け所がいい。
「……なんで僕が……」
講義C棟へと、ヒカルはとぼとぼと歩いていた。C棟が無事かどうか確認してきて欲しいとミハイルに頼まれたからだ。C棟にいちばん詳しいのはヒカルで、むしろヒカル以外の人間はC棟の中についてよくわかっていない。ミレイですらヒカルほど把握していないのだ。残念ながら。
建物から外に出る。中庭を突っ切っていくと早いのだが、雪こそ降っていないものの冷たい風が吹き抜けるとヒカルは身震いした。
「う〜、寒い……」
こういうときばかりは首に巻いたコウがありがたい——と思っていると、
『ヒカル、変じゃない?』
ご飯を食べているとき以外は寝ているコウが、起き上がる。おかげで隙間ができてヒカルの首元が涼しくなる。
「ていうかこういうときに起きないでくれよ。いつもは外に出てる間はじっとしてるだろ。寒い」
『ちょ、ちょっと待ってよ。ヒカルにくっついてたって魔力もらえないのに寒いところわざわざついてきてあげたんだよ!』
「はぁ……売ってるマフラーは文句も言わないし勝手に首から離れもしないんだけどなぁ」
『マフラー扱い!? 最近オイラの扱い悪いよ!』
「飯食って寝てるだけの穀潰しに発言権はない」
『ひどっ! や、だからちょっと気になったんだってば——』
コウにしてはしつこく何度も言うので、さすがにヒカルもなにかがおかしいと気がついた。
「どうした」
だがコウが言ったのは予想外のことだ。
『精霊の数が少ないような気がするんだ』
「……精霊? 精霊ってあの、精霊魔法で呼び出す精霊?」
『そう』
ヒカルの知識にもある。精霊はこの世界に満ちているものだが、 不可視(・・・) である。そのため、人間が精霊の存在を意識するのは精霊魔法で超自然現象を起こしたときくらいだろう。
魔力もそうだが、精霊もまた、地球にはなかった「物理法則」だとヒカルは認識している。
「精霊って……多いとか少ないとかあるのか?」
『当然あるでしょ。人間が魔法を使えば使うほど減るし』
「は!? 減ったらどうなるんだ!?」
『時間が経てばまた戻る』
「あ、ああ……そうなんだ。驚かせるなよ——ってちょっと待て。時間が経てば戻るのに、どうしてここには精霊の数が少ないんだ?」
『だからおかしいって言ってるじゃないか』
コウが言うには、スカラーザードというよりフォレスティアに入ったあたりから少しずつ減っていったように感じられたと。精霊が少ないことで生じる問題はあまりないのだが、精霊魔法を多用して精霊の数がごく少数になると一時的に精霊魔法が発動しない——そこに精霊がいないのだから当然そうなる——という現象が起きる。
「……原因は?」
コップにインクを垂らしたように、イヤな予感がヒカルの胸に広がっていく。
『誰かが精霊魔法を使いまくっているとか?』
「それはないだろう。フォレスティアがとりわけ精霊魔法を使う国だとかは聞いたことがない」
『あとは……精霊を吸い込んでいるとか』
「吸い込む?」
『吸収すれば魔力に変換できるから』
「ああ、精霊魔法石」
魔術でよく使われる精霊魔法石は、大気中の精霊を鉱物に定着させたものだ。こうなってくると精霊が実体を持ったなにかのように思えるが、精霊に実体はない。
精霊魔法石は魔術を通じて魔力のように扱える。火の玉が飛び出す指輪なんかにも精霊魔法石が使われている。
「というか精霊が少なくなることで精霊魔法が使えない以外の問題はあるのか?」
『わかんない。ただなんか、落ち着かなくて』
「…………そうか」
『あれ、ヒカル?「落ち着かない」とか感覚だけで言うなっ、とか怒られるかと思ったんだけど』
「僕をなんだと思ってるんだ。感覚は大事だ」
そう、特に「直感」は大事だ。2にしたソウルボードの「直感」もまた「おかしい」と言っている気がする。
「……ケイティ先生のところに行ってみよう。なにか知っているかもしれない」
ヒカルは足早に講義C棟へやってくると、中を確認、ホコリっぽかったが前に見たときから変わっていないのですぐさまケイティの研究室へと進路を変えた。
ヒカルの「魔力探知」では相変わらずケイティしか研究室にはいないようだった。
「失礼し——」
ドアを開けると、
「うふふ……霊石が一杯……うふふふふ……」
顔に炎の入れ墨をした女が怪しげな笑顔で大きめの霊石に頬ずりをしているところだった。テーブルには霊石が積まれており、それらはヒカルが譲った霊石であるのは間違いない。
「…………」
とりあえず、ヒカルは見なかったことにして扉を閉じた。
『ヒカル!? なにあれ!? あの人ヤバくない!?』
「言うな」
『あの人が精霊を吸い込んでるんじゃないの!?』
「言うな。……ちょっとその可能性を真剣に考えてもいいかもしれないけど、言うな」
ヒカルはノックをしてからもう一度研究室に入った。
「……ヤ、ヤア、ヒカルくん、ドウシタンダイ」
テーブルの霊石は片づけられており、両手を組んだケイティがそこにはいた。顔は真っ赤で涙目だったがそれには触れないでおこう。一応、ケイティにもいっぱしの羞恥心があるのだとわかってヒカルは安心した。あと、ノックは大事だ。