作品タイトル不明
再会と再確認
フォレスティア連合国の冬の移動は、雪と寒さに強い長毛種の馬を用いる。身体もずんぐりとしており速度は出ないが長距離を安定的に走る。
リーグやクロードたちがジャラザック領からスカラーザードへ向かうときにもこの馬を使っていた。御者のミハイルは着ぶくれするほどに毛皮の外套を着込んでいる。馬車の車両は連結しており先頭車両にクロードやジャラザックが乗り込み、次の車両にリーグとお付きの人々だった。あくまでもリーグはルマニアの代表として来ている。クロードたちと仲良くしているところを見せるわけにはいかないからだ。
アレクセイは他にも手勢を遣わせてくれることになっているが、準備もあり、1日遅れで進んでいる。
「…………」
「…………」
クロードとイヴァンのいる車内は沈黙に包まれていた。雪の中を走るために馬車の揺れ以外には聞こえてこない。雪に吸われて外は死のような静けさがあった。
時刻は午前。今日も夜明けと同時に出発しており、強行軍の疲れは溜まっていた。
だが、
「イヴァンよ! そろそろレイドザードが見えてくるぞ!」
「うっす!」
御者のミハイルから声が掛かった。
レイドザードはスカラーザードから旅程で1日というところだろうか。
「クロード。うまくいきゃぁ今日中にスカラーザードに着く」
「…………」
「わかってんな? ちゃんとリュカちゃんに話をするんだぞ」
「……わかってる」
思い詰めた顔でクロードが答えると、
「おお!? なんだありゃ……レイドザードの門が閉じられてるぞ」
「どういうことっすか、教官!?」
身を起こしたイヴァンは御者台へと続く小窓を開ける。外の冷気が一気に吹き込んできてイヴァンが顔をしかめる。
一面銀世界の道をひた走る6頭の馬。もこもこに着込んだミハイルは前方を見据えており、レイドザードを囲う石壁を指差した。
街へと入る門は——確かに、閉じられている。日の出ている時間帯は開いていなければならないものだから、当然、おかしい。
馬車がレイドザードに近づいていくと、高さ3メートルほどの門の隣にある通用門が開いた。そこから衛兵がひとり出てくる。
「おーい、止まれ」
ミハイルが馬の動きを緩めるころには馬車から完全武装したイヴァンとクロードが飛び出した。
「門を閉じるとは何事だ!」
着ぶくれしたままのミハイルは御者台から衛兵にたずねる。
「ちょっと中の衛兵の手が足りなくてな! どうせこの雪だ。街に入る人間なんてそうはいないから閉じておいたんだが——だいぶ大所帯だなあ」
「待て、待て。衛兵の手が足りないとはどういうことだ? なにがあった?」
「はっはっは。なに、悪いことが起きたわけじゃあない。お前たち——見たところジャラザックから来たようだな。知ってるか? ジャラザックを荒らしていた『ヒョードル一家』がお縄についたんだ。その人数が多くてな、監視や取り調べのために人手が必要だったんだ」
「な……なん、なんだって?」
ミハイルが絶句していると、クロードが衛兵に詰め寄っている。
「リュカは!? リュカは無事なのか!?」
「リュ、リュカぁ? なんじゃそりゃ、誰のことだ?」
「落ち着けクロード! 申し遅れたが、私はジャラザック当主であるアレクセイ=ヴォン=ジャルザード=ジャラザックに仕えており、スカラーザードでも教鞭を執っているミハイルと申す者。詳しく状況をお聞かせ願いたい。私の知っている『ヒョードル一家』に関する情報もあれば、取り調べも進むだろう」
「っ! そ、それは失礼しました。ミハイル殿、申し出に感謝いたします。守備隊長、それに代官殿に連絡しますのでまずは中へ」
こうして一行はレイドザードへと入った。まずはミハイルが代表で衛兵の詰め所へ向かい、クロードたちが場合によっては必要となる宿を探すこととなった。
「あ、クロード」
「ヒカル!?」
最初に入った、街でいちばん大きなホテルのロビーで見かけたのは黒髪黒目の少年——ヒカルだった。
「なんでお前がここ——」
「ああ、イヴァンにリーグもいたのか。そちらはリーグの付き人か?」
口をぱくぱくさせるクロードだったが、ヒカルはお構いなしに声をかける。額にきれいな縦皺を刻んだリーグが、
「……なるほど、いろいろとわかりました。ヒカルさん、あなたがやったんですね?」
「ん?」
「ヒョードル一家ですよ」
すると、ヒカルは小さく笑った。
「まるで僕が悪いことをしたみたいじゃないか?」
確かに、ヒョードル一家の襲撃をはねのけたのはヒカルだった。連中を縄でふん縛って往来に放り出してきたのだから騒ぎになるのもこれまた当たり前ではある。
ヒョードルの手下に対しては、ヒカルは不意打ちですべて済ませた。「隠密」からの一撃なので「暗殺」効果が発生するため、むしろ殺さないように気をつけた。
ヒョードルを相手に正面から乗り込んだのは、ヒカルの対人戦闘経験を積むためだった。実のところこれまでの「盗賊狩り」においても同じように経験を積ませてもらっていた。
とは言っても、ヒョードルのソウルボードは「投擲」3が最高値で、たいした相手ではなかったのだが。
「どういうことだ? ヒカルがやったのか? 俺にもわかるように教えてくれよ!」
「そうだそうだ。俺とクロードだけがなにがなんだかわからねえよ」
「や、まぁ、そういう話をする前にだね」
ヒカルは親指を立てて自分の背後を指した。
「話すべき、別のことがあるんじゃないか?」
ホテルのロビーに併設されているラウンジ——そのテーブルに座っていた、4人の女性。
エカテリーナが立ち上がると1歩前に出て、腕組みする。リュカはその隣に立った。
「リュカ——」
クロードはぽかんとしてから、我に返る。ヒカルを見て、決意を込めた顔でうなずいた。
彼は大股でロビーを突っ切っていく。ロビーにいる他の客たちも、クロードの歩く決然とした姿に気がついて彼を視線で追う。
段差を下りてラウンジのエリアへと入ると、リュカに向き合うように——5メートルほど離れた場所でクロードは立ち止まった。
「リュカ!」
その声はラウンジ中に響いて、客だけでなく従業員たちもクロードを見やる。
「俺が……間違っていた。謝りたい」
「クロード、私は——」
「言わないでくれ!」
リュカの口からこぼれそうになった言葉を、クロードは右手を開いて封じる。
「頼むよ……。先に……俺の言葉を聞いて欲しい」
そうして彼は、その場の床に右膝をついた。周囲の人たちがこれに驚き、おおっと小さくどよめく。
「リュカ=ロードグラード=ルダンシャ。俺の小さなお姫様。俺はあなたに何度も愛を誓った……初めて会った夜会で、学院の雑木林で、スカラーザードの街で……そのすべてを憶えている。だけど、俺はバカだから、君を不安にさせるようなことをしてしまった。今、俺は……北限に積もる雪よりも深く反省している」
彼は懺悔を口にした。だが彼の言葉が懺悔だけで終わるはずがないことは、頭を垂れることもなく正面の少女を見据えていることからもわかる。
そして、その先を少女自身もまた期待していることも——。
「リュカ。俺は、剣だ。あなたの未来を切り開く剣だ。どうか俺の手を取って供に歩んで欲しい。事態がめまぐるしく変わって……ちゃんと口にしていなかったよな。どうか……今年の春、俺と結婚してください」
クロードが頭を垂れ、救いを求めるように右手を差し出した。
「…………ッ」
リュカが口元を手で押さえる。あふれ出る感情を留めるように。
だけれど目元からこぼれ落ちる涙は、止められなかった。
「……行ってあげなよ」
小さく、エカテリーナに促され、リュカはうなずいて応えた。彼女は一歩踏み出し、二歩目三歩目と小走りに進んで——クロードの手を握り、自身もまた床に膝をついた。
「クロード——クロード。私のクロード。ごめんなさい、私がしっかりしなければいけないのに、不安になってしまったの。これから始まる新しい生活は、これまでのフォレスティアになかった——誰も経験したことがなかったものになるはずだから。どうしたらいいかわからなくて……」
手を取られたクロードは顔を上げ、リュカが涙に濡れているのに気がつくと痛ましげに顔をゆがめる。
「ごめん」
左手で彼女の後頭部を抱き寄せると、胸に押し当てる。そうしてクロードはリュカの髪に頬を寄せた。
「ごめん……」
「……もう、謝らないで」
「ああ——これで、謝るのは最後にする。リュカ……教えて。俺と結婚してくれる?」
「……はいっ!」
彼女が嗚咽交じりに応えると、イヴァンがふぬーっと鼻から息を吐いて両手を叩き始めた。それにつられるようにポーラもまた拍手をすると、他の客たち、さらには従業員までも拍手をする。たちまちホール中が拍手の渦に巻き込まれ、エカテリーナもまた仕方なさそうにパチパチパチと手を叩いた。「リュカとクロード? って……まさか」「合同結婚式の?」「俺、劇場で何度か見たぞ」という声もまた聞こえてくる。新たな脚本ができあがりそうだった。
ヒカルはラヴィアを見て、ラヴィアもまたヒカルを見ていた。ふたり微笑み合って同時に拍手した。
「——で、どうする気だよリーグ?」
ふたりの愛が再確認され、興奮冷めやらぬラウンジだったがヒカルはリーグのそばに寄って小声でたずねた。
「どうする、とは?」
「わかってるだろ。このままルダンシャが引き下がるはずがない。——何日稼げると思う?」
ヒカルが聞いたのは、ヒョードル一家の失敗に気がついたルダンシャが、どれくらいで次の行動に移るかということだった。
「……早くて3日でしょう」
「そんなにか」
「ここからルダンシャの領境までは近いですからね。万一を考えて兵力を集めているのがルダンシャの 女狐(・・) ですよ」
女狐とは当然、リュカの母であるルダンシャ代表のことだろう。自然とそういう言葉をリーグが口にしたことにヒカルは少々驚いた。
「ずいぶんとまぁ、この冬にいろいろと経験なさったようで」
「……そのつもりでしたが、ヒカルには驚かされてばかりなので悔しいですね」
「一応言っておくけどヒョードル一家なんてたいして強くないぞ。お前たちは国外に行って揉まれたほうがいい」
「あなたに言われると説得力がすさまじいですよ」
「ローイエあたりをアインビストに放り込んだらいいぞ。選王武会があるし」
「……真剣に検討してみましょう」
ローイエ——ルマニアの人間ながらジャラザックのミハイル教官に師事し、大剣講義でがんばっていたローイエは、最近は特にリーグの近くにいることが多かった。今ごろはルマニアの領都で下男のようにこき使われていることだろう——本人が自身を鍛え直すためにそう望んだというのもある。
「それで? 3日をどう使う?」
ルダンシャの動きはリーグのほうが詳しいだろう。ヒカルの問いに、リーグはわずかな時間考えてから、
「——スカラーザードに行きましょう。学院ならこちらに地の利があります」
「戦闘になるってわけか」
「おそらく」
リュカの安全が確認できるまで、学術都市スカラーザードに滞在することに決まった。