作品タイトル不明
「ただいま」と、思い悩む彼女
「ふう……やっと着いたな」
乗合馬車から降りると、ちょうど日が暮れようとしているところだった。雪は止んでいたが吹いている風は冷たく、地面に落ちても溶けない粉雪を巻き上げる。
「寒い……」
「寒すぎですねえ……」
防寒がきっちりしていた馬車は魔道具で多少なりとも温まっており、外気にさらされるとやたら冷たく感じられる。
ヒカルはラヴィアにポーラ、それにラヴィアに巻き付いたまま震えているコウとともに自宅であるアパートメントへと向かった。カギはケイティに預けたが返してもらうのは明日にし、とりあえず今日は大家に開けてもらう。
「風がしのげるだけでだいぶ違うな」
暖炉に火を点しながらヒカルは言う。外套を脱ぐのはもう少し経たないと無理だろう。
長く空けていた部屋だったがあまりほこりっぽくはない。ケイティが時々換気をしてくれていたのだろうか。
「ヒカル」
くいくいとラヴィアに袖を引かれる。
「ん?」
「……帰ってきたら、挨拶しよう」
「んん?」
どういうことかわからないでいると、ラヴィアは、
「ただいま」
ここが我が家だろうと言いたいのだ。たとえ、仮の家だとしても。
「……そうだね。おかえりラヴィア。あと、ただいま」
「おかえり、ヒカル」
ふふ、とふたりで笑い合う。
「あの、ヒカル様、テーブルに置き手紙が
「ありがとう。ケイティ先生かな——」
と思いながら目を通したところでぎょっとした。
『なんですかあの竜石は。あんなもの置いておかないでください。思うさま研究し尽くしたい欲求を抑えきれません。早く帰ってきてください。危険です。あのようなものは危険です。私は私を押さえられる自信がありません。危険です。早く帰って。危険です』
「…………」
なんというか、彼女にとって竜石——ヒカルがウゥン・エル・ポルタン大森林で倒した地竜亜種の巨大竜石は、目に毒だったらしい。悪いことをした。
ヒカルは部屋を見て回る。地竜亜種の巨大竜石に大量の霊石は棚に置かれてあるし、ラヴィアが古代神民の地下街で手に入れた宝石や豪華な装丁の本もそのままだ。ホコリが積もっていないのはなんだかんだ言ってケイティが来て軽く掃除してくれたのかもしれない。
ベッドに腰を下ろすと、どっと身体から疲れがにじみ出るような気がした。ごろんと寝転がってつぶやく。
「しばらくは……休みが取れるな」
「ヒカル。ポーラがお茶を淹れてくれた」
部屋にラヴィアが入ってくる。
「ああ、うん。行くよ。——そう言えばラヴィア、あの豪華な装丁の本の中身ってなんだった?」
「カギが掛かっているからまだ読めていないの。横からちょっと見た感じだと百科事典のようなものみたい」
「へぇ……」
それなら急いで読まなければいけないということもないだろう。カギ開けの練習にちょうどいいかもしれないな、とヒカルは思った。
『ムム! なにあれ!?』
と、ラヴィアの首元に丸まっていたコウが起きた。
「アレ、ってなんのことだ?」
『あの石だよ! 大きいヤツ!』
「ああ——地竜っていうのかな。その亜種みたいなのを倒したときに手に入れた竜石」
『竜石……食べていい?』
「なんでだよ。ダメだよ」
『食べたい!』
「ダメだって。ていうか食べられるのか?」
『そりゃ食べられるよ。ていうかそのためにオイラたちはこっちの世界にいるんだから』
「……どういうことだ」
ヒカルは場所を移してポーラのお茶を飲みながらコウから話を聞いた。部屋も少しずつ暖まってきており、外套はもう着なくても大丈夫だ。
ヒカルたちはお茶を飲みつつ砂糖を固めた干菓子をつまみ、コウは屋台で買ったニンニク焼きをむさぼっている。
「……つまるところ、龍は邪に連なる存在である竜を倒すことが使命として与えられていると。竜石は竜の象徴だから、あれを食うと倒したという証明になるってわけか」
『そうそう』
コウが口元にニンニクをこびりつかせながら言う。なかなかに臭い。ラヴィアはニオイを中和するべくリンゴのような果実を準備している。後でコウに食べさせるのだろう。
「竜石を食べるとどうなる?」
『それは使命だから』
「使命はわかったから、どうなるかって聞いてるんだ」
『……食べなきゃいけないんだ』
「どうにもならないんだな? 単なる自己満足かよ。それなら竜石を使って武器を作ったりしたほうがいい」
『ダメだよ!? 竜が生きた証を残すことになるじゃないか! 竜はただでさえ繁殖力がすごいから存在を消滅させていかなきゃいけないんだ!』
どうもコウが言うにはこの地上では聖と邪の縄張り争いがあり、龍と竜はその代理戦争をしているようだ。
(ソウルボード上は聖も邪も同じ扱いなんだよな……聖ってつまり神の側だよな? ソウルボードが神の造ったシステムなら、聖を優遇しなきゃおかしくないか?)
いや、とヒカルは思い直す。プラスがあるからマイナスがある。システムはバランスをとらなければいけないのだ。
(邪があるからこそ聖の存在が証明されるんだ……めちゃくちゃ公平だな)
ヒカルが考えていると、ポーラが、
「そう言えばヒカル様……ここに来るまでに倒してきた盗賊のことなんですが、その、実験? はうまくいったんでしょうか?」
実験とはすなわち、ソウルボードのポイントを使いまくることによってヒカルのソウルボードをさらに成長させられるのではないかと考えて行った実験だ。
盗賊を捕縛し、ソウルボードのアンロック項目にポイントを注ぎ込みまくるという方法で、ヒカルはすでに200ポイント以上を使っていた。
だが——結果は、なにもなかった。ソウルボード「プラス」は1ポイントのままだ。
「……実験は失敗だよ」
「あっ、す、すみません」
「いや、いいんだ。——ちょっと寝るよ」
温かいお茶を飲むと身体がぽかぽかして眠気が急に増してきた。
ままならないソウルボードのシステム、龍と竜との代理戦争——竜石をどうするか、考える必要がありそうだ。売ればとんでもない金額になることが予想されるし、装備品の強化にも使える。だがコウの言葉を信じるなら竜の痕跡を消すために龍に食わせた方がいいだろう——。
ヒカルがいなくなった居間では、コウもすでに腹一杯になって——果物もすっかり食べた——テーブルの上にひっくり返って眠っていた。ラヴィアが布を持ってきて、四つ折りにしてコウにかけてやる。
「? ポーラ、どうしたの?」
「あ、なんでもない、の……」
「なんでもないように見えない」
目に見えて落ち込んでいる様子だ。
「……さっき、ヒカル様に変なことを聞いてしまったから……」
「実験の失敗のこと? ヒカルなら気にしてるとは思わないけど」
「私、アギアポールでも役に立たないどころか足を引っ張ってしまって……」
ポーラが気にしているのは、本来ポーラがいちばん詳しいはずの教会総本山で特に活躍もできず、逆に修道服に近い色の服を着ていたことで「灰の修道」ゲロップなどに目をつけられたことだ。
「……気遣いくらいできればよかったんだけど、逆にヒカル様の気に障ってしまったみたいだから……」
「気にしすぎ。ヒカルは気に障ったことはそうだとちゃんと言うから。ずけずけ言うから。言わないってことは気にしてないってこと」
聞きようによってはなかなかひどい言葉だが、ラヴィアとしてはヒカルを信頼しているからこその言葉でもある。とんでもない精霊魔法を使えるラヴィアに、恐れたり、過剰な気遣いをすることもなく、ああも開けっぴろげに話してくれるヒカルはラヴィアにとってかけがえのない存在なのだ。
(……ヒカルはまだポーラにすべてを話してない。ポーラもなにか「隠されている」ことがわかってる。だから心配なのね)
わかっていてもラヴィアからポーラに伝えるわけにはいかない。ヒカルはやがてポーラにすべてを話すのではないかとラヴィアも思ってはいるものの、まだ話していないのだ。
「大丈夫。ポーラは可愛い」
「かっ、可愛くなんてないし、それは関係ないからっ」
顔を赤くしてポーラは反論した。