軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼女の第一歩

ヒカルはコニアの牢の前に来ると、配膳口から手を突っ込んでちょいちょいと手を振って見せた。コニアの手が触れると「集団遮断」を起動する。

「これからアンタを外に出す」

「え!?」

「 おれ(・・) の言うことは絶対だ。ここから先、一切声を立てるな。質問も不可だ。いいな」

そこまで言うと問答無用で手を離し、ヒカルは「隠密」状態のまま「次元竜の文箱」に収められている脇差しを取り出した。革のベルトが鞘につけられており——脇差しの柄飾りにはまったく合っていないのだが——背負うようにして固定する。

ヒカルが鞘から脇差しを抜くと、黒地の鞘にうっすらと浮かんでいる龍の紋様が先端から順に消えていく。

『む』

首に丸まっていたコウが声を上げる。コウは最近、食事時以外は首にまとわりついて寝ていることが増えたのだが、ほんとうにそんな怠惰な生活を送っていて「龍」的に大丈夫なのだろうかとヒカルは心配してしまう。

『オイラの気配がする』

「なんだそれ。これからコウを知らない人が合流するから、じっとしてて」

『お腹空いたんだけどー』

「いやいや、出てくる前にご飯食べたばっかだから。寝ぼけてるだろ?」

『えぇ? そう言えばそうだった……じゃあまた寝るねー』

すぐさま首元で動かなくなる。なんとも平和な生き物だ。

ヒカルは気を取り直して脇差しを構える。それを錠の部分に向けて突き立てる——ぐぐぐっと力を込めると、簡単に扉に突き刺さった。

「ッ!?」

鉄扉の向こうで息を呑む気配がする。カギが壊され、扉が開かれるとそこには目を見開いたコニアが立っていた。

ふだんの「青の騎士」の正装ではなく、麻でできた粗末な縫製の上下を着させられている。教会はコニアに、権威ある「青」の服を着せたくなかったのだろう。

「!? な、なに? 誰がいるの……?」

「ああ、『隠密』があるからわからないのか——ここだ」

「ひぇっ!?」

ヒカルが手を触れて「集団遮断」に切り替えるとコニアはぎょっとして身を逸らした。

「……あ、あなたは何者なの」

マントのフードを目深にかぶり、首にはちろりと白い毛皮が見えている。その顔は銀色の仮面に覆われているのだ。

「『 白銀の貌(シルバーフェイス) 』。——さあ、行くぞ。手を離すと魔道具の効果が切れるから気をつけろ」

「でも」

「発言は禁止だ」

ヒカルはコニアを独房から引っ張り出す。コニアは、扉が堂々と開かれているのに入口でこちらに背を向けている看守が気づいていないのが不思議なようだった。

ふたりで手をつないで歩いていく。コニアは居心地が悪そうだったが、ヒカルとて同じだ。

(……葉月先輩とはよく話をしたけど、直接接触したことなんて……なかったな)

ほんの少しの身体の触れ合いもなかった。だからだろう、彼女の記憶はヒカルの中でぼんやりとした印象に変わり、消えることのない鈍い輝きを放っている。

ふたりはすぐにも牢獄の入口までやってきた。鉄格子の扉の向こうで、兵士がこちらに背を向け座っている。小さな机に書類を出して書き物の仕事をしているらしい。

ヒカルはコニアを振り返り、小声で聞く。

「……気を失わせることはできるか?」

「できる。——そう、殺さないのね、あなたは。そんな便利な魔道具があっても」

ヒカルは手に脇差しを持ったままで、先ほどから視線を感じる。「集団遮断」がなければダダ漏れになってしまう魔剣のような気配をコニアは感じているのだろう。

もちろんそんな疑問に答えるつもりはなく、ヒカルは脇差しで先ほどと同じように錠を断ち切った。小さくない音が鳴っているのに相変わらず兵士が反応しないことにコニアはますます疑問を覚えているようだがヒカルの言いつけを守って質問しないでいる。

どうぞ、とばかりにヒカルは鉄格子の扉を開いてコニアを前に進ませる。狐に化かされたような顔をしながらコニアはヒカルの横に立つと、手を離した。

「ん?」

と兵士がなにかに気づいて振り返ろうとしたときには、コニアの手刀が首の側面に叩き込まれた。兵士の上体が揺らいでコニアが両手で支え、机に突っ伏させる。見事な腕前である。

(……ギルベルトに呪魂魔法を使ってもらうという手もあったけどなぁ、今ここであの人を自由にすると何しでかすかわからないしな)

ヒカルは扉を閉じ、パッと見ではすぐに脱走がバレないようにした。

「行こう」

ヒカルが手を差し出すと、

「…………」

「……ギルベルトのことか?」

たずねると、コニアはうなずいた。

「ギルベルトはここに残していく。アイツは危険だからだ」

「……少しだけ、待っていてくれる?」

思い詰めたような顔のコニアに、ヒカルは「1分だけやる」と言った。

コニアは鉄格子の扉を開けてギルベルトのいる独房へと向かう。ふたりの会話がわずかに聞こえてくるが、声量が小さくて意味のある単語は聞き取れなかった。

やがてコニアは戻ってきた。

「……行きましょう」

「いいのか」

「はい。——ごめんなさいと、伝えてきました。ギルベルト様を疑ってしまったこと、私だけ先に逃げることを……それにきっとあなたが、ギルベルト様も助け出してくれることを」

「ハッ」

ヒカルの口から乾いた笑いが漏れ、コニアはムッとした顔をする。

「なにかおかしいですか」

「さあね。自分で考えたらいい」

ヒカルはコニアの手を握り、歩き出す。兵士の休憩室らしき部屋からは特に物音はしなかった。入口の番人も1人しかおらず、静かなものだった。なんの問題もなく外の闇へと紛れ込んだ。

(ギルベルトを助ける、か。——それは違うよ)

内心で、思う。ギルベルトは強く凝り固まった信念で生きている。教皇には面従腹背し、二重スパイのような生活を送ってきたのだからそれもまたやむなしだろう。

そんな彼を助けることはできない。彼を放置しても死罪。牢から引っ張り出しても自爆特攻する。

(ギルベルトが救われるのは、他ならぬギルベルト自身によってだ)

ウンケンもそうだった。誰かが言って、変われる人間ではもはやないのだ。

自分で変わるしかない。

ヒカルはそのお膳立てを——環境を変えてやるだけだ。

* *

牢獄から「青の騎士」が脱出してから、3時間が経とうとしていた。

アギアポールから徒歩で2時間ほど離れた場所に森がある。その中で野営をしている集団があった。

「——これは、コニア様!」

「グレイヴィ様!」

グレイヴィ率いるスラムの人たちだ。教皇の命令によって破壊されたスラムに戻ることはできず、住人の半分ほどが散ってしまったが、それでもまだ数十人がグレイヴィにすがってここまで逃げ延びていた。

そんなグレイヴィは、囚人が着るような粗末な服に、剣だけを持って現れたコニアを見て驚く。

「よくぞご無事で……」

グレイヴィの目に涙が浮かぶ。たき火の光によって浮かび上がるのは、小さな毛布にくるまって眠る子どもたち。それはまだいいほうで、毛布もなく外套を布団代わりに敷いて眠っている者も多い。見張り番として起きていた者たちがなんだなんだとやってくるが、グレイヴィが大丈夫だと目で制する。

「ええ……無事、というわけではありませんでしたが、こうして逃げてきました」

コニアはグレイヴィに語る。「白銀の貌」を名乗る者に助けられたことを。彼とともに武器庫に入り込んで剣を失敬してきたことを。その彼は「やるべきことがある」と、街を出るまでは同行したが、そこから先はコニアひとりをこの森へと差し向けたことを。

「あと、これをグレイヴィ様に……」

コニアは革袋をグレイヴィに差し出した。中には金貨が何十枚と入っていた。グレイヴィの視線が、金貨を見つめ、それからコニアへと向けられる。数十万ギランに相当する金額である。

「シルバーフェイスはこのお金を使って逃げろと……。聖人の教えを守るのであれば聖都から遠く離れるべきだから、と言いました。地方都市に行くのが難しいなら亡命でも構わず、おそらく多人国家アインビストであれば手厚く出迎えてくれる ようになる(・・・・・) と……」

「なんと……」

「グレイヴィ様が、ギルベルト様より受け取っていたお金を使って、人々を地方都市へと送っていたことも知っていたようです」

「あぁっ」

グレイヴィは地面に膝をついて両手を組んだ。そうして深く頭を垂れて目を閉じる。

「グ、グレイヴィ様!?」

「……なんともありがたく、なんとも畏れ多い……」

「どうなされたのですか」

起きていた人たちが集まってくる。グレイヴィは感極まったように声を震わせた。

「その御方は間違いなく神の遣わした方でしょう」

「なっ——なんですって!? あ、あの人が『天の遣い』だとおっしゃるのですか!?」

「我らが窮地に陥ったとき、現れ、人々を救う——聖人に通ずる方です。この老い先短い人生で、そのような福音に出会えるとは……感無量です」

おおっ、と人々から静かな声が上がる。

(え、ええっ!? あの生意気そうな……子ども? じゃなかったかしら? でも持ってる武器は確かにすごかったし……)

なんだか納得できないコニアではあるが、グレイヴィの指摘は実際のところ正解でありシルバーフェイス、つまりヒカルの「職業」は【上級天ノ遣神:グレーターエンジェル】なのである。もちろん、指摘が当たったのは単なる偶然なのだが。

「夜が明けたら、ちりぢりになった人たちをできる限り集め、聖都を離れましょう。地方都市に行くかどうかは交通状況で考えます」

グレイヴィの声に、コニアは我に返る。

「——グレイヴィ様」

そして彼女は片膝をついた。

「私、コニア=メルコウリは必ずや御身を、そして皆さんをお守りします。もう、守るべきものを間違えません」

それはひとつの誓いだ。

身分や地位ではなく、弱き衆生を救い、人々を正道へと導く。そのために剣を振る——そんな覚悟だ。

これがコニアの第一歩。やがて「聖ルザルカの騎士の再来」と呼ばれるコニアの第一歩だった。