軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仮面の宣戦布告

夜半ともなると光沢のある上等な法衣はもう着ていない。だが同様に上等なローブを身に纏った老人——この国のトップにいる教皇は、飾り気のない寝室でただ祈りを捧げていた。

月は高いところに上がっている。寝る前に1時間、起きてから1時間、神に祈りを捧げるのは教皇の日課だった。

エヴァンゲロス=テオドラキス。教皇にも人の名がある。幼いころより信仰の道に足を踏み入れていたエヴァンゲロスにとって、祈りの時間は「当然確保されるべき時間」だった。

なので、

「——何者だ」

背後で足音がしたことに、不快な声音を隠すこともなく問うた。それでもなお両膝をつき、両手を組んで神に祈る姿を崩さない。

「正直、もっとけばけばしい部屋を想像していたんだがな……まるで質素な部屋だ」

聞こえてきたのは聞いたことのない声——大人のものではない。教皇エヴァンゲロスは立ち上がりつつ振り返る。

室内にいたのはただひとり、黒のフード付きマントを着た——おそらくは少年。顔には銀色の仮面をつけておりその表情はうかがえない。他にある「色」としたら、襟元に巻かれている白の毛皮だろうか。

「余は、貴様が何者かと問うたのだ。答えよ」

「さあ。誰だろうね?」

「……クジャストリア王女の手の者か?」

エヴァンゲロスの言葉に、ぴくりと仮面の少年が反応する。

「——違うよ。惜しい、と言いたいところだけど、クジャストリア王女とは特に関係もないんだ」

実のところエヴァンゲロスはポーンソニア王国のクジャストリア、あるいは彼女に近い誰かが相当腕利きの「隠密」を飼っていると推測している。

外務卿の手下の冒険者が それ(・・) なのかとも思ったが、外務卿到着後の会談に同席した気配はない。ここまでエヴァンゲロスの読みが外れたことは珍しい。

「 おれ(・・) は 白銀の貌(シルバーフェイス) 」

少年は名乗る。

「アンタに罰を与えにきた」

そしてエヴァンゲロスが想定していなかったことを言った。

「罰だと?」

「そう。アンタはスラムを破壊したりとどうやら きれい好き(・・・・・) みたいだからな、おれはちょっとばかりこの『塔』を汚してやろうと思う」

「フッ、なにをバカげたことを。今この場で余が助けを呼べば神殿騎士が駈けつけるぞ。それを、なぜしないかわかるか? 貴様がどこの何者なのか見極めようとしているのだ」

「神殿騎士とやらを何人呼んでくれても構わないさ。おれにはこれがあるからな」

少年はマントの中から——どこに格納されていたのか、巨大な刃物を取り出した。エヴァンゲロスの表情が初めて変わる。

「そ、それをどこから手に入れた!」

腕に固定し、握り込むことで動作する巨大なハサミ——「断絶の刃」だ。地下の研究施設に秘蔵しているもので、「聖魔武具」のひとつ。

「どこにあるかなんて、アンタがいちばんよく知っているだろ? ——ん、あれ、こうして、こうやって装着するのか」

「汚い手で触れるな! それは貴様のような者が装備していいものではない!!」

すでにシルバーフェイスは「断絶の刃」を腕に固定している。手を握り込むと刃がバッタンバッタン動いている——だが、それだけだ。単なる金属製の巨大ばさみとしてしか動作していない。

とはいえエヴァンゲロスにとって「聖魔武具」は極めて重要だ。教会の威信を高め、エヴァンゲロスの信じる教義をあまねく大陸に知れ渡らせるのに必要なものだ。こんな得体の知れない少年に触らせてよいものではない。

チリン、チリン、チリンと戸棚に置かれてあったベルを鳴らした。エヴァンゲロスの身辺警護に当たる神殿騎士はもちろん、「塔」中にいる騎士という騎士に通達できる魔道具だ。1分と経たずに、最も近い詰め所にいた騎士が飛び込んでくる。

「教皇聖下!!」

「賊を発見、逃がすな!!」

「散開!」

入ってきたのは5人の神殿騎士。そのどれも腕の立つ者ばかりだ。続々と他の神殿騎士も集まってくるはずで、窓の外ではカーンカーンと甲高い非常警報が響く。あちこちに明かりが点いて寝静まっていた先ほどがウソのような明るさに変わる。

だがシルバーフェイスと名乗った少年は、さして気にする様子もなく「断絶の刃」の金具をきっちり締め込んでいた。

「騎士たちよ、その賊が死ぬことは構わぬ。だが賊が盗んだ武具は壊さぬようにせよ」

「ハッ!!」

騎士たちから殺気が放たれる。それでもシルバーフェイスは動じない。

「教皇さんさ、さっきも言ったけど、おれの印象はちょっと変わったよ。アンタは質素な部屋で敬虔な信徒として暮らしてる。まあ、法衣の見た目の豪華さとかは教会の 象徴(シンボル) として必要なんだろうけど」

そうこうしていると「通しなさい」と声が聞こえ、神殿騎士をかき分けるようにして上席秘書官のカティーナがやってきた。彼女は賊の侵入に驚いたが、それ以上に賊が手にしている「断絶の刃」を見て目を剥いた。そのままエヴァンゲロスへと視線を向けると、エヴァンゲロスは小さくうなずいて応えた。

「——だけど、やり方が悪い。アンタの考えを他人に押しつけるんじゃない。それが——気にくわないな」

「遺言はそれだけか?」

廊下にはさらに神殿騎士が追加される。これで圧倒的有利。エヴァンゲロス自らが走って逃げ、そのタイミングで騎士が動けば自分は無傷で賊を制圧できる——そう、彼は考えた。室内にいる神殿騎士のひとりも無言で「お逃げください」と合図を送ってくる。

よし、今がチャンス——。

「アンタ、この武器の使い方、知らなかったんだろ——」

走り出したエヴァンゲロスは、

「——見せてやるよ」

自分の読みがまたも外れたことにすぐさま気づかされた。

急停止しつつ振り返るが、もう間に合わない。

「待っ……!」

騎士が動き出すよりも先に、少年が腕を振り上げた。その瞬間、刃に青白い光が走り表面に紋様が浮かび上がる。

くるんっ。

少年が回転したと思うと「断絶の刃」はカシャンと音を立てて なにかを斬った(・・・・・・・) 。

「あっ」

騎士のひとりが天井を見上げた。それにつられてエヴァンゲロスも見上げ、絶句する。

5メートルほどもある天井——その先は屋根があるだけの天井に、無数の青い線が走っていたのだ。直後、目を覆うほどの光とともに天井が爆散する。

「ぐわっ!?」

「聖下、聖下!」

「聖下をお守りしろ!!」

爆風とともにガレキが降り注ぐ。騎士はエヴァンゲロスに殺到して身体を盾として教皇を守る。

「賊はどこだ!?」

「いない! っく、視界が悪い——ごほっ」

砂埃の舞う室内は、天井がなくなったせいで月明かりが満遍なく差し込むようになったが、視界はあまりに悪い。それでも数分すれば視界が戻ってくる——というのにそこに賊の姿はなかった。

廊下にも神殿騎士がみっしり詰めていたが、賊を見た者は誰もいなかった。

この日、「断絶の刃」と「闇夜のマント」が研究施設から消え去っていることをエヴァンゲロスは知った。「青の騎士」であるコニア=メルコウリが逃走したことと結びつける者もいたが、確証はなかった。ギルベルト=ガブラスをどうするかなどはすべて後回しとなっていた。

「断絶の刃」が今、どこにあるのか——そのことは意外と早く教皇の知るところとなった。

10日後、多人国家アインビストから使者が送られてきた。使者が言うには「国宝」たる「断絶の刃」を取り戻すことができたのだが、それまで「断絶の刃」はこのアギアポール、しかも「塔」に保管されていたという情報があるが事実か、と。事実ならばその理由を答えよ、納得できる理由でなかった場合、アインビストはビオスの敵となる——。

「教皇聖下と親しくされているランクA冒険者ライバー殿は、現在獣人王自らが 保護(・・) していますのでご安心ください。——さて、では教皇聖下のご返答やいかに?」

亀族の老人はそう言うと、教皇を直視した。

ライバーは教皇が送り込んだ腹心だ。パーティー「ライジングフォールズ」が手に入れた「龍珠の杖」が紛失しないようお目付役として同行させていた。彼が希少な魔道具で教皇に報告書を送っていることはこれまで感づかれていなかったはず。それを、見破られたというのか。

であれば「断絶の刃」を ライバーが(・・・・・) 盗み出した(・・・・・) ことも、つかまれている可能性が高い。ライバーの知らない「聖魔武具」の研究についてまでは知られていないだろうが。

「…………」

エヴァンゲロスは奥歯を噛みしめた。

アインビストは、場合によってはビオス宗主国に攻め入ると言っているのだ。彼らが戦争を起こすことに躊躇しないのは誰だって知っている。

ポーンソニアとつぶし合いを勝手にしていればいいと思っていたのに、戦闘狂の亜人たちがビオスの領内に入ると思うと、気が狂わんばかりに憤りを感じるエヴァンゲロスだった。

年明けから早々、ビオス宗主国は歴史上かつてない国難を迎えようとしていた。

「シルバーフェイスめ……」

教皇の、呪詛のようなつぶやきを聞いていた者はいなかった。